おかしな事故物件

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おかしな事故物件

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「いや、そういう噂聞いたんすよ」
「困りますねぇ、変な噂ばかりで」
 そのややチンピラ風の男性客の言葉に、倉科計悟くらしなけいごは本当に困っているのかなと自問自答した。先日、先代である計牾の父が死亡して不動産業を受け継いでから、少し業態を変えるべきかと思案していた矢先のことだ。計牾の営む不動産屋は有限会社倉科不動産という。キャッチコピーとしてその前に『くらし安心』とつく。洒落てるのかダサいのか、計牾には判断がつきかねた。
 地元の覚えめでたい代々続く街の小規模店舗だが、その覚えのめでたさが少々方向がおかしい。けれども最近の売上としては、それで食っていっているようなものだ。
 変な噂。それは倉科不動産が扱う物件は事故物件ばかりだという噂だ。
「うちも必ずしもそういうのばっかりじゃないんですよ、普通のもあります」
 そうは言ってみたけれど、普通の物件など最近では大手業者やネットに客を取られ、小規模不動産業としては先細りなのが現状である。だってそれらの物件は誰でも真っ当に扱えるんだから。

「ってことはあるんだな! 事故物件! 丁度引越し先に困っててよ!」
 男は俄然身を乗り出し、その分計悟は後ずさる。
「そりゃぁあることはありますが、ちゃんと説明を受けたという確約書はもらいますからね」
 そういえば、男はわずかにひるんだ。
 不動産を業として賃貸するにあたり、様々な告知義務がある。たとえば過去にその部屋に死人が出たかどうか、などだ。一昔前は途中で一人挟めば義務がなくなるという話もあったが、最近ではその説明義務の範囲がどんどん拡大している。正直な所、向かいの家の人死にや隣の住人の奇行など、どこまで説明すれば責任を免れるのか不確かだ。このように事故物件というものは極めて扱いが面倒くさく、普通の業者は扱いたがらない。
 そういう様々な事情で真っ当な業者に断られた地主が噂を聞いて倉科不動産にたどり着く。

「で、どんな物件をお探しなんですか」
「春だろ?」
「……春ですね?」
「新入社員を住まわせる部屋が必要なんだよ。そうだな。一戸建てがいい。外人可能で社宅可能な部屋だ」
 男は一枚の名刺を差し出した。聞かない名だが、この流れはなんとなく想像がつく。
「あなたタコ部屋にするつもりですか」
「ばっ。そんなんじゃねえよ、人材派遣会社の社宅だよ」
「つまり就労許可不確かな名も知れぬ外国人が共同生活する場所ですね」
 そうして計悟は目の前で言葉に詰まっている男の素性を推測した。
 倉科不動産には業者に断られた地主も訪れるが、業者に断られた客も来るのだ。外国人に賃貸する場合、何が困るかと言えば文化の差だ。日本人なら当然である部屋を綺麗に使うという常識もない外国人や、ゴミ捨て場にゴミを捨てるという意味を理解しない外国人もそれなりにいる。夜中に騒ぐことも多い。つまり近隣のトラブルになる確立が高いのだ。
「事故物件以前の問題です」
「そ、そこを何とかよ」
 男はパチリと両手を合わせて計悟を拝んだ。
 事故物件をあてがっても、それ以外の原因で揉め事になるのは御免である。春になれば新しい人員を取るのはこの国のならいで、男の必要性はそれなりに高いのだろう。そしてきっと散々に断られてここに来たのだ。この時点で既に男と計悟の力関係は逆転していた。

「一つだけご紹介できる物件がございます」
「本当か!」
「ただしお客様の事情が特殊ですので、本来10万円の賃料ですが15万円でどうでしょう」
 最初から15万円で提示すればよいのに正直に値段を話すところが計悟らしいところではあるが、
「何ィ! 事故物件ってのは安いんじゃねぇのかよ」
「お客様であれば十分元がとれる価格ですよ。それに心霊感というのも国によって随分違いますからね。例えば仮に幽霊が出る物件をご紹介してもそちらに何のデメリットもなさそうですし。幽霊が外国語を話せるとも思えませんから」
 男は当然のように幽霊が出ることを前提とした計悟の言葉に絶句した。
「その値段でもご検討頂けるのなら内見に行かれますか? 古くて少し駅から遠いですが、3LDKで何人住んで頂いても結構です。いつ引っ越ししても結構ですし、見て頂ければ安いとご納得いただけますよ」
 男はしばし虚空をにらんで考えている風情を出したが、おそらくさほど考えてもいないだろう。せいぜい30人詰め込めば1人頭月5000円で済むという計算程度だ。
「とりあえず、見たい」

 その物件は辻切つじき中央駅から南西方向にある住宅地の一角にあった。周辺には2階建て程度の民家が連なり、大量の外国人など最も嫌われそうな雰囲気の場所である。それを感じ取ったのか、男もキョロキョロと不安げにあたりを見渡した。
「おい、こんなところいいのかよ。多分騒ぐぜ」
「承知の上ですよ。そうじゃないと紹介なんてしません。この事故物件は少し特殊なんです」
「凶悪な幽霊でも出るのかよ、人を……食べるような?」
 そのオドオドとした男の素振りに計悟は苦笑する。
「人死が出るような物件なんて貸せるはずがないでしょうが」
「だ、だよな」
「その度に事情聴取が面倒なんですよ。あの人たちは不審に思えばなんどでも聞きに来るし、その度に鍵を開けに行かないといけませんから」
 男は再び絶句した。そして困惑した。
 計悟が立ち止まった先にある民家は、本当に通常の普請の民家に見えたからだ。しかも隣の家との間も五十センチほどしかあいていない。通常の生活音でも隣家に響きそうである。
「ところでお客様はSFはお好きですか?」
「は? SF? 幽霊じゃなくてか?」
「ええ。この家は幽霊は出ません。空間がねじれているだけです」
「は?」
 男はその言葉を理解しかねた。計悟がガチャリと鍵をひねり、玄関ドアが開くのを極限の緊張とともに迎え、そして拍子抜けした。そこは普通の民家にしか思えなかったからだ。靴脱場の左手には腰高の靴箱、そして右手には直結した広いリビングが見えている。
「なんだ普通の家か。驚かせやがって」
「普通ですね」
「おう?」
「とりあえず中見てみますか? あまり意味はありませんが」
 男は意味がないという言葉の意味がよくわからないまま、計悟の後に続く。2階建てで1階に車庫とLDK、2階に3部屋。建物自体が古いという点を覗けば何も問題は感じず、15万円はむしろ安いと感じた。そして外に出て、計悟はガチャリと鍵を閉める。
「幽霊が出んのか?」
「幽霊なんか出ませんよ。じゃあ二周目いきましょうか」
「二周目?」

 そうして計悟が再び扉を開けたとき、男はあんぐりと口を開けた。靴脱場があるのは同じだが、その靴箱は正面に天井までの高さのものでその右側には短い廊下が続いていた。
「あれ? さっきリビングじゃなかったか?」
「じゃあ内見しましょうか」
「ま、待て」
 計悟の後ろについて歩けば、1階には1つの部屋と少し狭いLDK、2階には広めの部屋が2つあった。男が先ほど見た光景とまるで異なる。
「ちょ、ちょっと待て。これはどういうことだ」
「多分、空間がねじれてるんですよ」
「ねじれてるってなんだ」
「さぁ。私は学者じゃありませんので」
 男は呆然としながら計悟の後に続いて外に出て、そして鍵が閉められるのを見つめた。
「もう一周行きます?」
「次もまた変わるってのか」
「そうですね。私もそれほど多く開けたわけではありませんが、全く同じ部屋ということは無いと思います」

 内見にあまり意味がない。頭の中で咀嚼できるほどではなかったけれども、男はようやく計悟の言葉の意味を理解した、気がした。
「人がいなくなったりはしないのか、その、SF的に」
「今までそれはないですね。荷物の紛失も聞きません。中身が変わっても、同じ人が置いた荷物はだいたい同じところに置かれています」
「同じ人?」
「ええ。この家は開ける度に中身が違います。中に人がいた場合に中身が変わるわけではないですから、この家の中で世界が並列していて、同じタイミングで家に入った人以外は全てバラバラの空間に繋がります」
 男の頭は情報が飽和したようだ。漫画であればプスプスという音が聞こえるだろう様相に、計悟は店舗に戻って手づから男に暖かい梅茶を出した。計悟の気に入りの銘柄であり、計悟としては客を落ち着かせるための毎度のルーチンワークである。

「賃貸をご検討されるなら、もう少しご説明致します」
 男は計悟の問いかけに、とりあえず頷くしかなかった。
「メリットから説明します」
「メ、メリット?」
「ええ。あの家は空間がねじれていますから、中でどれだけ騒いでも外に音が漏れることがありません」
 これだけでも、男にとって破格なはずだ。けれども男はあの家に対して根源的な不信感というか恐ろしさを感じていた。それを表すように目がふらふらと泳いでいる。
「あなた方にとってのメリットは、あの家は平行世界を作り出せますから、何人でも詰め込めることです」
「な、何人でも?」
「私が確認したのはせいぜい30パターンほどですが、そこに10人ずつ詰め込んでも300人が入ります」
 男の瞳がギラリと光る。300人を詰め込んだ場合、一人頭の賃料は月額500円で済む。計悟はあの家の使い方はやはりこれが最適なのではないかと考えた。
「次にデメリットを説明します。外から中の人間を任意に呼び出すことは不可能です。戸を叩いても新しい場所に繋がるだけですから。スマホの電波は届きますので、スマホかメールなどで呼び出してください」
「お、おう?」
「あと、開いた感じヤバそうなら一回閉じて鍵をかけてまた開いてください」
「や、ヤバい?」
「ごくたまにヤバい感じの部屋に繋がることがあります。その場合の責任を負いかねます。まあ何かあっても外から見ればただの行方不明でしょうけど」
 男の顔色は再び悪くなった。
「取り置きってできるか」
「引っ越しシーズンですからね、申込書を頂かないと止められません」
 計悟は窓から見える桜が散るのを眺めながら、他に申し込みなどないだろうと思いつつ人材派遣業に積極的に声を掛けるか検討を始める。
 男は上に聞いてみると告げてそそくさと立ち去った。

 計悟はあの家の現象は口頭で説明しきれるものではないから、来るとすれば次はおそらく少し上の立場の人間だと予想する。計悟の頭の中ではやはり業態を変えるべきではないかという思いが強くなっていた。事故物件を安く貸すとあまり儲からないし、何かあっても文句を言われるだけなのだ。それならやはり適材適所に適切な金額で貸し出すべきではないかと思案した。
「幽霊が出るタイプのはお化け屋敷とかイベント会場に貸し出すとかどうかなぁ」
「今の時代は幽霊がいても構わないんですか?」
 計悟は虚空に向かって呟けば、天井から女の声で返事がある。
「多様化しているからね」
 そもそもこの倉科不動産の建物自体が幽霊が出る事故物件なのである。今更の話だ。

Fin
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