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1章 僕の怪談のはじまり ~新谷坂山の口だけ女~
ミイラ、屍蝋、即身仏の違い(後半)
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今回は前回盛りきれなかった「ミイラ、屍蝋、即身仏の違い」の後編です。
主にエジプト神話の後半と日本の即身仏の話です。
1.エジプト神話的あの世
エジプト神話に戻る。
人が死ぬとその「バー」はイアルの野という所を目指して様々な旅をします。「死者の書」には困った時のお祈り文句、呪文や秘密のルートなんかも書いてあって、最終的には死者の審判に行きつきます。
日本でいうと閻魔大王みたいなもの。
そこで43の禁忌を犯してないか質問されて最後にアヌビスという犬頭の神様が天秤に心臓、つまり「イブ」をのせてダチョウの羽より軽いかどうかを判断します。軽ければオシリスの待つイアルの野に行けるし重ければアメミットっていう頭がワニで体が獅子の化け物に食われてしまいます。
なんていうか、天国に至るにはハードルが高すぎるんじゃないかなと思うわけですよ。
よくこれで救いが見出せるな。これ、当時どういう認識だったんだろう。
それでイアルの野でようやく「バー」と「カー」が一緒になって「アク」という存在になり、イアルの野で生き続ける。
でもここでメデタシメデタシというわけじゃなくてだな、エジプト後期ではミイラが管理されなくて適切に祀られなくなると「アク」は死霊になる、という話が出てきた。
本当にエジプト人はこの宗教にどうやって救いを見出すのか……。
ハードル高いよね。
それはさておきエジプト神話はいろいろと面白い。
太陽神はラーですが、その涙から最初の人間が生まれたのが「ファラオ」。人間の息子という意味。
前話でも出てきたオシリスも神なんですが、オシリスは死んで最初のミイラになって死者の神になりました。ホルスの4人の息子もミイラだし、全体的にミイラが多い。エジプトの神は普通にミイラだったりします。ミイラってなんなんだろう。
それからエジプトの神様は姿も面白いし、多神教ライクにキャラ立っている。太陽神ラーは頭がフンコロガシで体が人という謎形態もある。人格としてろくでもないのも多いし全体的にバイオレンス。
そういえばみんな大好きメジェド様も死者の書に出てくるんですが、チラっとしかかいてなくてよくわからない存在。wikiで見ると、目から光を放って口から火を吐いているし謎めきますね謎めく。
2.即身仏のお話
さて最後の即身仏です。即身仏も分類的にはミイラの一種です。
但し、これは他の2種とは大きく違うところがあります。
それは自分でミイラになったっていうところ。
【注意:以下はグロいので、苦手な方は飛ばしてください】
ミイラは前回書いたように、乾燥させて腐敗を防いでいます。
ところが日本は高温多湿。乾燥できないから、そのままじゃミイラになり難い。
即身仏は「木食修行」と「土中入定」という過程がある。
「木食修行」は山籠もりして穀物を食べずに、木の実とか皮とか、草を食べて修行をする。これを3~15年くらい続ける。腐敗っていうのは前回も書いたけど、脂肪やタンパク質が細菌に食べられることで起こる。ところが草木じゃ栄養が得られないからまず脂肪がなくなる。その次に筋肉が糖化されて消費される。そうすると水分もなくなる。この時点で生きたままミイラに近づいています。
最終段階で「土中入定」っていって空気穴だけあけた深い穴のなかで鈴を鳴らしながら読経をする。音が聞こえなくなってから1000日たったら掘り出すと、ミイラになっている。
エジプトのミイラのように腐りやすい内臓を抜く等の加工しなくてもミイラです。そもそも亡くなる前に既にミイラだったから。
要するに即身仏はミイラになってから死ぬんだ。
1章終わったから書いちゃうけど、本作に出てくる「彼の方」は話の中では即身仏って書いたけど、この意味での即身仏とは違う設定にする予定です。
3.日本の即身仏
日本で確認されている即身仏は18体(明治以降の方一体含む)。試みた人は多いけど、最後まで成し遂げられた人はほとんどいないという修羅の道。
脂肪が残っていて腐敗した僧侶もいますしたいていが途中で逃げ出します。
即身仏になろうという理由はいくつかある。
真言密教に「即身成仏」という考えがあって、これは大日如来と一体化して人のまま仏になる、というもの。ただ「即身成仏」の本来の意味するところはは人のまま悟りを開いて仏になるってことで、即身仏になりなさいっていう話とは違うんだけれど、この考えの元祖は真言密教の僧侶が悟りを得る手段として即身仏になろうとしたんじゃないかなと思われます。
他は弥勒菩薩が下生するまで体を残して待ちたいということで即身仏になった僧侶もいるようです。
ところで「劫」という単位がある。寿限無の「五劫の擦り切れ」の劫なんだけど。
仏教では「1辺4000里の城に芥子粒がぎっしり詰まっていて、その中から100年に1粒ずつ芥子粒を取り出していって城の中の芥子粒が完全になくなっても一劫に満たない」とか「天女が羽衣を40里四方の石を100年に一度払って、その石が摩滅して無くなってもなお一劫の時間は終わらない」と言わています。
それで、弥勒菩薩がお釈迦様の救いきれなかった人間を救いに来るのがお釈迦様が亡くなってから56億7千万年後なんですよね。なお、今は地球が誕生してからだいたい46億年目くらいです。
人を救うとは。仏教はちょっと単位がでかすぎると思う。
正直、ミイラになっても56億年持たない。
それから今は即身仏は違法です。
即身仏になろうとする人自体は特に罪に問われないけど手伝ったら自殺幇助になるし、埋まった後に掘り出すのも墳墓発掘罪となる。
だから最後の明治時代に見つかった即身仏の方は、昭和になってから掘り出されたようです。
4.変わる死体感と次章予告
最後にちょっと、「死体」全般の話。
少し前まで、日本でも戦争や飢饉、災害等で死体を見る機会というものはありふれていた。死体は生活の中で普通に存在するものだった。前に書いた仏教と神道の違いもそうだけど少しの時代の断裂があると大きく常識が変わることがある。
1800年代のヨーロッパで「遺体記念写真」っていうのが流行りました。
これは亡くなった方の写真を撮って、記念に残すもの。遺影とかではなく記念写真として。
これは当時は最高の遺品と考えられていた。横たわっている姿や棺に入っている姿、遺体をスタンドで立てて家族で一緒に写真を撮ったりしている。写真の雰囲気はなんとなく穏やかでユーモラスなものも結構ある。
今はこんなことしないし、したらおそらく不謹慎っていわれると思う。
現代は有史以来最も死や死体が縁遠い時代で、死は日常から切り離されて隠されている。
現代人の死体感というものは未曾有に特殊な状況にあると思うしケハレとか穢れの概念も大分変わっていると思うのでそのへんの文献を探しています。
別所で書いてる鷹一郎さんのシリーズはその辺りもメインに進めたいと思っているという宣伝。アルファポリスは来年のキャラ文に出そうかと思っているので来年以降にもってきます♥
次回というかもうすでに幕間ですが、第二章は「恋する花子さん」です。
ある日突然、東矢一人はこれまで話したこともなかったクラスメイト2人に話しかけられ、なぜか深夜の学校を探検することに。そして奇妙な『学校の怪談』に出会い、価値観の異なる小さな恋が始まる。
基本的には藤友君と坂崎さんという新たな登場人物中心に話が進んで、藤友君がいつも通り不幸な目にあいます。 基本、動きが少ないのでスリラー要素はあんまりないですが、今後ともお読みいただけるとうれしいです。
主にエジプト神話の後半と日本の即身仏の話です。
1.エジプト神話的あの世
エジプト神話に戻る。
人が死ぬとその「バー」はイアルの野という所を目指して様々な旅をします。「死者の書」には困った時のお祈り文句、呪文や秘密のルートなんかも書いてあって、最終的には死者の審判に行きつきます。
日本でいうと閻魔大王みたいなもの。
そこで43の禁忌を犯してないか質問されて最後にアヌビスという犬頭の神様が天秤に心臓、つまり「イブ」をのせてダチョウの羽より軽いかどうかを判断します。軽ければオシリスの待つイアルの野に行けるし重ければアメミットっていう頭がワニで体が獅子の化け物に食われてしまいます。
なんていうか、天国に至るにはハードルが高すぎるんじゃないかなと思うわけですよ。
よくこれで救いが見出せるな。これ、当時どういう認識だったんだろう。
それでイアルの野でようやく「バー」と「カー」が一緒になって「アク」という存在になり、イアルの野で生き続ける。
でもここでメデタシメデタシというわけじゃなくてだな、エジプト後期ではミイラが管理されなくて適切に祀られなくなると「アク」は死霊になる、という話が出てきた。
本当にエジプト人はこの宗教にどうやって救いを見出すのか……。
ハードル高いよね。
それはさておきエジプト神話はいろいろと面白い。
太陽神はラーですが、その涙から最初の人間が生まれたのが「ファラオ」。人間の息子という意味。
前話でも出てきたオシリスも神なんですが、オシリスは死んで最初のミイラになって死者の神になりました。ホルスの4人の息子もミイラだし、全体的にミイラが多い。エジプトの神は普通にミイラだったりします。ミイラってなんなんだろう。
それからエジプトの神様は姿も面白いし、多神教ライクにキャラ立っている。太陽神ラーは頭がフンコロガシで体が人という謎形態もある。人格としてろくでもないのも多いし全体的にバイオレンス。
そういえばみんな大好きメジェド様も死者の書に出てくるんですが、チラっとしかかいてなくてよくわからない存在。wikiで見ると、目から光を放って口から火を吐いているし謎めきますね謎めく。
2.即身仏のお話
さて最後の即身仏です。即身仏も分類的にはミイラの一種です。
但し、これは他の2種とは大きく違うところがあります。
それは自分でミイラになったっていうところ。
【注意:以下はグロいので、苦手な方は飛ばしてください】
ミイラは前回書いたように、乾燥させて腐敗を防いでいます。
ところが日本は高温多湿。乾燥できないから、そのままじゃミイラになり難い。
即身仏は「木食修行」と「土中入定」という過程がある。
「木食修行」は山籠もりして穀物を食べずに、木の実とか皮とか、草を食べて修行をする。これを3~15年くらい続ける。腐敗っていうのは前回も書いたけど、脂肪やタンパク質が細菌に食べられることで起こる。ところが草木じゃ栄養が得られないからまず脂肪がなくなる。その次に筋肉が糖化されて消費される。そうすると水分もなくなる。この時点で生きたままミイラに近づいています。
最終段階で「土中入定」っていって空気穴だけあけた深い穴のなかで鈴を鳴らしながら読経をする。音が聞こえなくなってから1000日たったら掘り出すと、ミイラになっている。
エジプトのミイラのように腐りやすい内臓を抜く等の加工しなくてもミイラです。そもそも亡くなる前に既にミイラだったから。
要するに即身仏はミイラになってから死ぬんだ。
1章終わったから書いちゃうけど、本作に出てくる「彼の方」は話の中では即身仏って書いたけど、この意味での即身仏とは違う設定にする予定です。
3.日本の即身仏
日本で確認されている即身仏は18体(明治以降の方一体含む)。試みた人は多いけど、最後まで成し遂げられた人はほとんどいないという修羅の道。
脂肪が残っていて腐敗した僧侶もいますしたいていが途中で逃げ出します。
即身仏になろうという理由はいくつかある。
真言密教に「即身成仏」という考えがあって、これは大日如来と一体化して人のまま仏になる、というもの。ただ「即身成仏」の本来の意味するところはは人のまま悟りを開いて仏になるってことで、即身仏になりなさいっていう話とは違うんだけれど、この考えの元祖は真言密教の僧侶が悟りを得る手段として即身仏になろうとしたんじゃないかなと思われます。
他は弥勒菩薩が下生するまで体を残して待ちたいということで即身仏になった僧侶もいるようです。
ところで「劫」という単位がある。寿限無の「五劫の擦り切れ」の劫なんだけど。
仏教では「1辺4000里の城に芥子粒がぎっしり詰まっていて、その中から100年に1粒ずつ芥子粒を取り出していって城の中の芥子粒が完全になくなっても一劫に満たない」とか「天女が羽衣を40里四方の石を100年に一度払って、その石が摩滅して無くなってもなお一劫の時間は終わらない」と言わています。
それで、弥勒菩薩がお釈迦様の救いきれなかった人間を救いに来るのがお釈迦様が亡くなってから56億7千万年後なんですよね。なお、今は地球が誕生してからだいたい46億年目くらいです。
人を救うとは。仏教はちょっと単位がでかすぎると思う。
正直、ミイラになっても56億年持たない。
それから今は即身仏は違法です。
即身仏になろうとする人自体は特に罪に問われないけど手伝ったら自殺幇助になるし、埋まった後に掘り出すのも墳墓発掘罪となる。
だから最後の明治時代に見つかった即身仏の方は、昭和になってから掘り出されたようです。
4.変わる死体感と次章予告
最後にちょっと、「死体」全般の話。
少し前まで、日本でも戦争や飢饉、災害等で死体を見る機会というものはありふれていた。死体は生活の中で普通に存在するものだった。前に書いた仏教と神道の違いもそうだけど少しの時代の断裂があると大きく常識が変わることがある。
1800年代のヨーロッパで「遺体記念写真」っていうのが流行りました。
これは亡くなった方の写真を撮って、記念に残すもの。遺影とかではなく記念写真として。
これは当時は最高の遺品と考えられていた。横たわっている姿や棺に入っている姿、遺体をスタンドで立てて家族で一緒に写真を撮ったりしている。写真の雰囲気はなんとなく穏やかでユーモラスなものも結構ある。
今はこんなことしないし、したらおそらく不謹慎っていわれると思う。
現代は有史以来最も死や死体が縁遠い時代で、死は日常から切り離されて隠されている。
現代人の死体感というものは未曾有に特殊な状況にあると思うしケハレとか穢れの概念も大分変わっていると思うのでそのへんの文献を探しています。
別所で書いてる鷹一郎さんのシリーズはその辺りもメインに進めたいと思っているという宣伝。アルファポリスは来年のキャラ文に出そうかと思っているので来年以降にもってきます♥
次回というかもうすでに幕間ですが、第二章は「恋する花子さん」です。
ある日突然、東矢一人はこれまで話したこともなかったクラスメイト2人に話しかけられ、なぜか深夜の学校を探検することに。そして奇妙な『学校の怪談』に出会い、価値観の異なる小さな恋が始まる。
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