豊穣の王様

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豊穣の王様

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 それは白馬に乗ってやってきた。
 頑健たる鋼のような体躯は堂々たる威風を誇り、乗る馬の立派なたてがみをなでつけながら、黄金色に輝く畑の中を一人、やってきたのだ。強い決意のこもった村人の目も否応なくその姿に囚われ、いずれもゴクリと、耐えるように喉を鳴らす。
 ことの始まりは1月ほど前である。
 
「王よ。ミール村から本年も行幸の陳情が届いております」
「またか……。は嫌じゃ」
「しかし王。豊穣の祈りを捧げるのは古くからの王の努めです」
「けれど」
「代々の王も同じようになされました」
「しかし」
「魔女様のお決めになった規則です」
 厳かな大臣の声に、王は何も言い返せなかった。魔女はこの領域に君臨する絶対的な存在だ。遥かいにしえの王に魔女が、この王国に豊穣という名の試練を与えた。そして魔女に豊穣を願ったのはそもそもが、古の王とも国史に記載されている。だから当代の王もこの約束を反故にするわけにはいかない。先祖のしでかしの責任を取るのはお門違いではないかと思いつつも。
 王は眉間に深い溝を穿ちながら、重い溜息をついた。

 行幸の触れは即座に国に周知され、行幸の間、誰もミール村に立ち入れないよう万全の警備体制が敷かれた。村では子ども全てが教会に閉じ込められ、成人間際の者がその監督に置かれた。なぜなら子供はこの試練を乗り越えることが決してできないからだ。
 成人した者は全て、街道に出揃った。

 その者、青き衣を脱ぎ捨て、金色の野に降り立つべし。
 失われた大地との絆を結び、ついに人々を清浄の地にみちびかん。

 これが魔女様からの言い伝えだ。
 王は諦め、羽織っていた青いマントを脱ぎ捨て、白馬を進めた。馬については言い伝えにはないが、王が徒歩で練り歩くには大地は広すぎる。だからその効果に支障はない。これまでもなかった。
 王は先王からの申し送りを脳裏に浮かべ、この試練は無意味ではないと心に刻む。なぜなら6代前の王は2回、9代前の王は1回この試練を乗り越えたと聞いたからだ。そしてそのときの収穫量は、例年の10倍となったと聞く。
 どうやって乗り越えたのだろうと思いを馳せた。しかし特に効果はなかった。
 しかし王である以上、やるしかない。
 王は心に決意の火を灯した。
 極力真面目な顔でその行程の7割を過ぎた時、プッという吹き出す音が聞こえ、王は失敗を悟った。絆の結び直しは厳粛にせねばならぬ。笑うなど論外だ。そしてその音を皮切りに、そこかしこでゲラゲラと笑い声が上がり、王は羞恥に耐えかねて再び青いマントを羽織り、一目散に走り去る。
 王がいくら馬に体を沿わせても、風に煽られたマントの端から引き締まった臀部が晒されることは防げなかったから。

Fin
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