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7.あの月に梯子をかける、結局の所俺はそうしたい。
俺の知らなかった片桐さんの日常と人間関係。
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「コイツは少しイカレてるが、そこを気にしなきゃは有能だ。そうだろ?」
アスティナ技研に挨拶に行った時、ぶっきらぼうにそう言われた。
「桜川さん、イカレてるは酷いです」
「イカレてなきゃあんな絵を選ばないだろ。西園寺のせがれもそうは思わんか? どうせこいつの体のことで来たんだろ?」
そう言われて、俺が小さい頃に何度もこの桜川さんに会ったことがあるのを思い出した。親父からは親友だと聞いていた。親父の葬儀にも友人席の最前列にいた。大柄で厳つい鷲鼻の風貌は目立つ。
そうか、この人がアスティナ技研の社長だったのか。
「大変ご無沙汰をしております」
「堅苦しい挨拶はいらねぇよ。あいつは突然に死にすぎたから大変なのはわかってる。それを見込んでこいつを引き抜いてったのかと思ったくらいだ」
片桐さんが珍しく少し困った表情をしている。外で表情を変えるのは珍しい。
「父とは親しくされておられたのでしょうか。親友と伺ったことはあるのですが」
「何も聞いてないのか? 幼馴染でよくつるんでたんだよ」
幼馴染。つるんでるという割は近年親父と会っている場面を見たことはない。
怪訝な顔をしていると尋ねる前に答えが帰ってきた。
「まあ最近は会うことも減っていたが別に仲は悪くはしてねえよ? まあちょっと最近は色々あっただけだ。かわりにそいつが間に立ってたから仕事は問題ねぇしな。お前さんには関係ねぇ事だから気軽に遊びにきてもらってかまわねぇよ」
「そうなんですか?」
「桜川さん、西園寺が困っています」
「桜川さん、かよ。よそよそしいな。父さんとか社長とか呼んでくれねぇのかよ」
父さん?
「今は仕事中ですし私の社長は西園寺ですからね」
「なんだか楽しそうじゃねえか。よかったな。今日もやってくんだろ? それからそっちの、えー、サイオンジさんはうちの施設でも見てくか?」
昔の記憶の中の親父とこの桜川さんはこんな気安い関係だったような気もする。そういえば親父が亡くなってから必死で、色々な事を思い出す時間もなかった。そろそろ落ち着いてきたから世話になった人に挨拶回りもしないと。
「じゃあ社長、私は少し席を外します。桜川さんは顔は怖いけどいい人だから大丈夫ですよ」
「あ、私も」
「ついて行きたいなら後で見学させてやる。だからお前はとりあえず座れ」
片桐さんは慣れた様子で部屋を出ていきコーヒーが運ばれる。桜川さんが秘書を手で追っ払うと、急に空気は重くなり威圧感が漂った。
「で、何しにきた」
「何、ですか?」
「あいつを返品にきたのか? 確かにいつでも帰ってこいとは言ったがな、きちんとした理由がなければ」
「いや、待ってください、なんのことでしょう」
「あいつの体でも見て気持ち悪くなったか?」
「馬鹿な!」
何だこの人は。
急にふつと怒りが湧いた。俺を睨みつけるような桜川さんの視線を睨み返すと、急にその目がふっと柔らかくなった。
「悪かった。よかった。お前が道琉、お前の親父に似てて」
「父……ですか?」
「そう。聞いてるかは知らんが片桐は10歳くらいの時に俺とお前の親父が拾ったんだよ」
「拾った?」
「そう、道端に落ちてたんだよ、本当に」
道に?
そんなばかな。
「まあ、別に信じてもらわなくてもいいんだが」
「いえ、その」
「拾ったもんはちゃんと責任を持たなきゃな、お前の親父が拾ったもんでもあるからな。大事にしてくれるよな」
「それはもちろん」
「で、何しにきた」
その言葉は最初と違って少しだけ柔らかかった。
「何、と言うか片桐さ、片桐のことを知りたいと思って伺いました」
「あいつのことか。うーむ。あいつがなんであんな怪我してたのかは知らねぇ。俺は事情は聞いてねぇからな。なんか話したがらなかったしよ。ただうちは薬屋だ。怪我してたから治した。行く宛もねぇみてぇだったからうちに置いて働かせた」
「10才だったのでは」
「馬鹿、働いたのは18になってからだよ。18くらいまであいつは寝たり起きたりだったんだよ」
チラリと見た傷を思い出す。
8年も?
「道琉からは何も聞いてねぇのか? 本当に?」
「父の秘書だったこと以外は知りません」
「傷は見たのか」
「チラリとだけです」
「そっか。まぁあれはなかなか酷いもんな。拾った直後は死ぬだろと思ってた」
それは、そうなのかもしれない。傷の範囲を考えたら。
体幹のほぼ全てと両上腕と下腿。
「絵を描いているのは治療なんですよね?」
「あぁ。人に怖がられるからって去年の秋くらいに相談された。本当は結構金かかるんだけどな。全身ってのは珍しいからこちらも治験のノリでやってる。というか多分あの皮膚と体じゃずっと診てきたうち以外は無理だ。拒絶反応が多すぎるからな。ようやく薬のテストが終わって最近描き始めたとこだ」
「そう……なんですね。でもあの絵柄は……」
「俺もどうかと思うが、うちのカウンセラーと相談の上でアレにしたらしいから俺は何も言わん。余計怖がられる気はするが、まあアートと言い張れば今よりちっとはましなのかもしれん」
カウンセラーと?
ますます意味がわからない。
「最初はどうせなら風景とか幾何学とか勧めたんだけどよ、皮膚があるように見えると剥がされるんじゃないかと怖いんだとよ。闇深いだろ」
「そんな」
「まあ、そんな感じだな。俺もどうかと思うけどよ、嫌ならお前がアドバイスしろよ。今はお前んとこいるんだろ?」
「私が?」
「ああ。もう上の方は彫ってるけど下の方とか背中はまだだかんな」
アスティナ技研に挨拶に行った時、ぶっきらぼうにそう言われた。
「桜川さん、イカレてるは酷いです」
「イカレてなきゃあんな絵を選ばないだろ。西園寺のせがれもそうは思わんか? どうせこいつの体のことで来たんだろ?」
そう言われて、俺が小さい頃に何度もこの桜川さんに会ったことがあるのを思い出した。親父からは親友だと聞いていた。親父の葬儀にも友人席の最前列にいた。大柄で厳つい鷲鼻の風貌は目立つ。
そうか、この人がアスティナ技研の社長だったのか。
「大変ご無沙汰をしております」
「堅苦しい挨拶はいらねぇよ。あいつは突然に死にすぎたから大変なのはわかってる。それを見込んでこいつを引き抜いてったのかと思ったくらいだ」
片桐さんが珍しく少し困った表情をしている。外で表情を変えるのは珍しい。
「父とは親しくされておられたのでしょうか。親友と伺ったことはあるのですが」
「何も聞いてないのか? 幼馴染でよくつるんでたんだよ」
幼馴染。つるんでるという割は近年親父と会っている場面を見たことはない。
怪訝な顔をしていると尋ねる前に答えが帰ってきた。
「まあ最近は会うことも減っていたが別に仲は悪くはしてねえよ? まあちょっと最近は色々あっただけだ。かわりにそいつが間に立ってたから仕事は問題ねぇしな。お前さんには関係ねぇ事だから気軽に遊びにきてもらってかまわねぇよ」
「そうなんですか?」
「桜川さん、西園寺が困っています」
「桜川さん、かよ。よそよそしいな。父さんとか社長とか呼んでくれねぇのかよ」
父さん?
「今は仕事中ですし私の社長は西園寺ですからね」
「なんだか楽しそうじゃねえか。よかったな。今日もやってくんだろ? それからそっちの、えー、サイオンジさんはうちの施設でも見てくか?」
昔の記憶の中の親父とこの桜川さんはこんな気安い関係だったような気もする。そういえば親父が亡くなってから必死で、色々な事を思い出す時間もなかった。そろそろ落ち着いてきたから世話になった人に挨拶回りもしないと。
「じゃあ社長、私は少し席を外します。桜川さんは顔は怖いけどいい人だから大丈夫ですよ」
「あ、私も」
「ついて行きたいなら後で見学させてやる。だからお前はとりあえず座れ」
片桐さんは慣れた様子で部屋を出ていきコーヒーが運ばれる。桜川さんが秘書を手で追っ払うと、急に空気は重くなり威圧感が漂った。
「で、何しにきた」
「何、ですか?」
「あいつを返品にきたのか? 確かにいつでも帰ってこいとは言ったがな、きちんとした理由がなければ」
「いや、待ってください、なんのことでしょう」
「あいつの体でも見て気持ち悪くなったか?」
「馬鹿な!」
何だこの人は。
急にふつと怒りが湧いた。俺を睨みつけるような桜川さんの視線を睨み返すと、急にその目がふっと柔らかくなった。
「悪かった。よかった。お前が道琉、お前の親父に似てて」
「父……ですか?」
「そう。聞いてるかは知らんが片桐は10歳くらいの時に俺とお前の親父が拾ったんだよ」
「拾った?」
「そう、道端に落ちてたんだよ、本当に」
道に?
そんなばかな。
「まあ、別に信じてもらわなくてもいいんだが」
「いえ、その」
「拾ったもんはちゃんと責任を持たなきゃな、お前の親父が拾ったもんでもあるからな。大事にしてくれるよな」
「それはもちろん」
「で、何しにきた」
その言葉は最初と違って少しだけ柔らかかった。
「何、と言うか片桐さ、片桐のことを知りたいと思って伺いました」
「あいつのことか。うーむ。あいつがなんであんな怪我してたのかは知らねぇ。俺は事情は聞いてねぇからな。なんか話したがらなかったしよ。ただうちは薬屋だ。怪我してたから治した。行く宛もねぇみてぇだったからうちに置いて働かせた」
「10才だったのでは」
「馬鹿、働いたのは18になってからだよ。18くらいまであいつは寝たり起きたりだったんだよ」
チラリと見た傷を思い出す。
8年も?
「道琉からは何も聞いてねぇのか? 本当に?」
「父の秘書だったこと以外は知りません」
「傷は見たのか」
「チラリとだけです」
「そっか。まぁあれはなかなか酷いもんな。拾った直後は死ぬだろと思ってた」
それは、そうなのかもしれない。傷の範囲を考えたら。
体幹のほぼ全てと両上腕と下腿。
「絵を描いているのは治療なんですよね?」
「あぁ。人に怖がられるからって去年の秋くらいに相談された。本当は結構金かかるんだけどな。全身ってのは珍しいからこちらも治験のノリでやってる。というか多分あの皮膚と体じゃずっと診てきたうち以外は無理だ。拒絶反応が多すぎるからな。ようやく薬のテストが終わって最近描き始めたとこだ」
「そう……なんですね。でもあの絵柄は……」
「俺もどうかと思うが、うちのカウンセラーと相談の上でアレにしたらしいから俺は何も言わん。余計怖がられる気はするが、まあアートと言い張れば今よりちっとはましなのかもしれん」
カウンセラーと?
ますます意味がわからない。
「最初はどうせなら風景とか幾何学とか勧めたんだけどよ、皮膚があるように見えると剥がされるんじゃないかと怖いんだとよ。闇深いだろ」
「そんな」
「まあ、そんな感じだな。俺もどうかと思うけどよ、嫌ならお前がアドバイスしろよ。今はお前んとこいるんだろ?」
「私が?」
「ああ。もう上の方は彫ってるけど下の方とか背中はまだだかんな」
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