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1章 僕の怪談のはじまり ~新谷坂山の口だけ女~
高校デビューは失敗。
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僕が新谷坂山の封印を解いた時の話をしよう。
始まりはやっぱり新学期、新谷坂高校1年4組の最初のホームルーム、自己紹介の時間だった。
「東矢一人です。東の矢に一人と書きます。隣の三春夜市から来ました」
「一人? ボッチなん?」
「はい」
少しざわめく教室になぜかほどよく響いてしまった女子の呟きと僕の応答に、空気がピキリと凍り付く。僕の頭は高校こそは友達を作ろうという気概で溢れていたけれど、これまで確かにボッチだったから、きっと何かが空回ってしまったんだと思う。
……何故そこで頷いてしまったんだろう。
その瞬間、教室は混乱と、絶妙に微妙ないたたまれない空気に包まれた。
十秒ほどの無音の世界が過ぎた後、どこ吹く風だったその女子はきょろきょろと周りを見回し、まずったかな、という顔をしてテヘヘと軽く手を擦り合わせた。
「ごめんごめん。悪気ない」
その女子、末井ナナオさんには本当に悪気はなかったらしい。
でも、出合頭のボッチ同意は、同級生の脳内に『話しかけてもいいのかよくわからない奴』というレッテルをはってしまったらしく、その結果、同級生に微妙な距離を取られてしまった。そもそも僕はボッチだったのに。
不本意でなんという不意打ちだろう。
僕は引っ越したばかりで、この学校には知り合いですら、真に一人も居なかった。
僕は中学卒業後、一週間前にこの神津市に引っ越し、一人暮らしを始めた。
切掛は両親の転勤だ。
両親はもともと転勤が多く、その度に僕も一緒に転校していた。ひとつところに留まるのは三ヶ月から長くて一年半くらい。だから僕には元々友達がいない。
中学から高校に上がるこの春、両親は別々の県への転勤が決まり、どちらについてくるかと聞かれた。これまでの僕は転校人生だった。どちらについていっても今後も転勤は続く。せっかくだからひとところに落ち着いて、そろそろ友達がほしかった。
そう言えば、子どもっぽくないなと笑われた。けれども反対はされなかった。
全然知らないところよりは、今の中学の友達とも休日に会えるところ、ということで、隣の神津市の寮制高校を選んだ。自由な校風に寮での規律ある暮らし。
そんなわけで短い春休みはずっと引っ越し作業に追われて慌ただしく過ぎ去り、気がついたら桜は満開。風が花びらを吹き散らす中を、寮から入学式の行われる講堂に急ぐ。新しい生活にはちょっとだけ希望があふれてた。
今日からこの新谷坂高校で新しい生活が始まる。そう思っていたはずなのに。
それで自己紹介の顛末もあり、結局のところ、新谷坂高校に入学してからも僕の生活はぱっとしなかった。ようは、高校デビューというやつに失敗したらしい。転校続きで継戦的コミュ力が低かったんだと思う。人間関係って難しい。
それからもう一つの誤算。
新谷坂高校は寮制高校だから、地元の子は少ないんじゃないかと思っていた。だけど半分くらいは地元の子だった。地元の子は地元の子ですでにグループができていて、転入組もなんとなく自然とグループができあがっていく。
僕はというとその流れにするりと乗り遅れ、気が付いた時は、すでにポツンと一人で正しくボッチだった。
どうしよう、このままじゃ高校3年間ボッチなの?
そんな恐慌が頭の中を駆け巡った時、僕に声をかけてくれたのも、そもそもの発端のナナオさんだった。特に責任を感じてのことでもないらしい。
「ようトッチー、何見てんの」
「買い物行こうと思うんだけどさ。お店がよくわかんなくて」
「ふうん、何買うんだ?」
「お菓子とか。あと本屋さん」
「なんなら案内すっか?」
「いいの?」
「もちろんだとも!」
ナナオさんは、地元出身で渡に船だった。
僕は新谷坂町には来たばかりで、右も左もわからない。
ナナオさんは明るい金色の髪を頭の上にくるりと結い上げ、制服もゆるく着崩しているいわゆるギャル系な人。新谷坂高校は制服はあるけど、服装規定はかなりゆるい。
クラスでは『ナナ』と呼ばれていて、パッと見最初はちょっと怖かった。けれどもとても良い面倒見がいいタイプ。道端で困っている人がいれば声をかけずにはいられないタイプ。
『ボッチ』みたいに頭から直行する発言がちょくちょく人に刺さってるけれど、周りを明るい雰囲気にさせる人で、僕には圧倒的に欠けてるスキルをお持ちだ。
「それでボッチ……じゃなくてトッチー」
「もうどっちでもいいよ」
ナナオさんは『ボッチ』という発音が気に入ったらしいけれど、それじゃあんまりにあんまりだから、名字の東矢のトをとって僕をトッチーと呼ぶことに決めたようだ。
最終的に同級生との関係も悪いってほどでもなくて、ナナオさんの取りなしのおかげでちょっと距離を置かれたくらいで落ち着いた。この時点では。話しかければ普通に会話するけど、わざわざ話しかけても来ないという、僕の希望とは少し違う結果。
けれどもこれまでの僕を考えれば、コレでも上々に思える。仕方ない。
それから僕とナナオさんは怪談話が好きっていう共通点もあった。
ナナオさんは新谷坂を離れたことがあまりないらしく、転校続きの僕に色んな街の話を聞く。どこにはどんな名物があって、そこにはこんな面白いお化けの話がある。僕は全ての都道府県の半分くらいは住んだことがある。
さて、本論に戻ろう。
僕が怪異の扉を開ける切欠は4月の終わり、ゴールデンウィーク直前の昇降口で発生した。その話はやっぱりナナオさんが楽しそうな足音と共に運んできた。
クラスがゴールデンウィークに沸きたって、なんとなくみんなそわそわしていたころだと思う。浮かれた雰囲気に反してナナオさんが持ってきたのは、怪奇現象の話だった。
「トッチー。新谷坂山の封印の話って知ってる?」
これが全ての始まりだ。ここから全てが始まった。
その瞬間、春先にしては冷たい風がぴゅうと昇降口に吹き込んで、ざざりと不思議な香りが漂う。新谷坂山はこの学校が建っている山だ。
けれどもナナオさんと同じく怪談話が大好きだった僕は、そんな奇妙な気配は気にせずに、思わず答えてしまった。
「えっ何それ! どんな話?」
始まりはやっぱり新学期、新谷坂高校1年4組の最初のホームルーム、自己紹介の時間だった。
「東矢一人です。東の矢に一人と書きます。隣の三春夜市から来ました」
「一人? ボッチなん?」
「はい」
少しざわめく教室になぜかほどよく響いてしまった女子の呟きと僕の応答に、空気がピキリと凍り付く。僕の頭は高校こそは友達を作ろうという気概で溢れていたけれど、これまで確かにボッチだったから、きっと何かが空回ってしまったんだと思う。
……何故そこで頷いてしまったんだろう。
その瞬間、教室は混乱と、絶妙に微妙ないたたまれない空気に包まれた。
十秒ほどの無音の世界が過ぎた後、どこ吹く風だったその女子はきょろきょろと周りを見回し、まずったかな、という顔をしてテヘヘと軽く手を擦り合わせた。
「ごめんごめん。悪気ない」
その女子、末井ナナオさんには本当に悪気はなかったらしい。
でも、出合頭のボッチ同意は、同級生の脳内に『話しかけてもいいのかよくわからない奴』というレッテルをはってしまったらしく、その結果、同級生に微妙な距離を取られてしまった。そもそも僕はボッチだったのに。
不本意でなんという不意打ちだろう。
僕は引っ越したばかりで、この学校には知り合いですら、真に一人も居なかった。
僕は中学卒業後、一週間前にこの神津市に引っ越し、一人暮らしを始めた。
切掛は両親の転勤だ。
両親はもともと転勤が多く、その度に僕も一緒に転校していた。ひとつところに留まるのは三ヶ月から長くて一年半くらい。だから僕には元々友達がいない。
中学から高校に上がるこの春、両親は別々の県への転勤が決まり、どちらについてくるかと聞かれた。これまでの僕は転校人生だった。どちらについていっても今後も転勤は続く。せっかくだからひとところに落ち着いて、そろそろ友達がほしかった。
そう言えば、子どもっぽくないなと笑われた。けれども反対はされなかった。
全然知らないところよりは、今の中学の友達とも休日に会えるところ、ということで、隣の神津市の寮制高校を選んだ。自由な校風に寮での規律ある暮らし。
そんなわけで短い春休みはずっと引っ越し作業に追われて慌ただしく過ぎ去り、気がついたら桜は満開。風が花びらを吹き散らす中を、寮から入学式の行われる講堂に急ぐ。新しい生活にはちょっとだけ希望があふれてた。
今日からこの新谷坂高校で新しい生活が始まる。そう思っていたはずなのに。
それで自己紹介の顛末もあり、結局のところ、新谷坂高校に入学してからも僕の生活はぱっとしなかった。ようは、高校デビューというやつに失敗したらしい。転校続きで継戦的コミュ力が低かったんだと思う。人間関係って難しい。
それからもう一つの誤算。
新谷坂高校は寮制高校だから、地元の子は少ないんじゃないかと思っていた。だけど半分くらいは地元の子だった。地元の子は地元の子ですでにグループができていて、転入組もなんとなく自然とグループができあがっていく。
僕はというとその流れにするりと乗り遅れ、気が付いた時は、すでにポツンと一人で正しくボッチだった。
どうしよう、このままじゃ高校3年間ボッチなの?
そんな恐慌が頭の中を駆け巡った時、僕に声をかけてくれたのも、そもそもの発端のナナオさんだった。特に責任を感じてのことでもないらしい。
「ようトッチー、何見てんの」
「買い物行こうと思うんだけどさ。お店がよくわかんなくて」
「ふうん、何買うんだ?」
「お菓子とか。あと本屋さん」
「なんなら案内すっか?」
「いいの?」
「もちろんだとも!」
ナナオさんは、地元出身で渡に船だった。
僕は新谷坂町には来たばかりで、右も左もわからない。
ナナオさんは明るい金色の髪を頭の上にくるりと結い上げ、制服もゆるく着崩しているいわゆるギャル系な人。新谷坂高校は制服はあるけど、服装規定はかなりゆるい。
クラスでは『ナナ』と呼ばれていて、パッと見最初はちょっと怖かった。けれどもとても良い面倒見がいいタイプ。道端で困っている人がいれば声をかけずにはいられないタイプ。
『ボッチ』みたいに頭から直行する発言がちょくちょく人に刺さってるけれど、周りを明るい雰囲気にさせる人で、僕には圧倒的に欠けてるスキルをお持ちだ。
「それでボッチ……じゃなくてトッチー」
「もうどっちでもいいよ」
ナナオさんは『ボッチ』という発音が気に入ったらしいけれど、それじゃあんまりにあんまりだから、名字の東矢のトをとって僕をトッチーと呼ぶことに決めたようだ。
最終的に同級生との関係も悪いってほどでもなくて、ナナオさんの取りなしのおかげでちょっと距離を置かれたくらいで落ち着いた。この時点では。話しかければ普通に会話するけど、わざわざ話しかけても来ないという、僕の希望とは少し違う結果。
けれどもこれまでの僕を考えれば、コレでも上々に思える。仕方ない。
それから僕とナナオさんは怪談話が好きっていう共通点もあった。
ナナオさんは新谷坂を離れたことがあまりないらしく、転校続きの僕に色んな街の話を聞く。どこにはどんな名物があって、そこにはこんな面白いお化けの話がある。僕は全ての都道府県の半分くらいは住んだことがある。
さて、本論に戻ろう。
僕が怪異の扉を開ける切欠は4月の終わり、ゴールデンウィーク直前の昇降口で発生した。その話はやっぱりナナオさんが楽しそうな足音と共に運んできた。
クラスがゴールデンウィークに沸きたって、なんとなくみんなそわそわしていたころだと思う。浮かれた雰囲気に反してナナオさんが持ってきたのは、怪奇現象の話だった。
「トッチー。新谷坂山の封印の話って知ってる?」
これが全ての始まりだ。ここから全てが始まった。
その瞬間、春先にしては冷たい風がぴゅうと昇降口に吹き込んで、ざざりと不思議な香りが漂う。新谷坂山はこの学校が建っている山だ。
けれどもナナオさんと同じく怪談話が大好きだった僕は、そんな奇妙な気配は気にせずに、思わず答えてしまった。
「えっ何それ! どんな話?」
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