君と歩いた、ぼくらの怪談 ~新谷坂町の怪異譚~

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2章 僕らと新谷坂高校の怪談 ~恋する花子さん~

トイレ、その中身

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 そろそろ学校に集合の時時刻になった。
 正直なところ気が進まない。進まないというのも少し違って、なんだかピンと来ないというのが正直なところかも。学校の友達からの誘いと考えると嬉しいけれど、そもそも友達なのかもわからない、昨日始めて話した二人と肝試しに行く。
 どういう反応をすべきなのか、皆目検討がつかないぞ。それに色々おかしい。
 僕は学校の寮に住んでいる。そして寮の玄関前に管理人室がある。外に出るには管理人室前を通らないといけない。そしてこの時間の外出は必ず止められるはず。だから行けなくても仕方がない、よね。
 そんな事を思いながらそろそろと玄関に向かうと、今日に限って何故か管理人さんが席を外していた。いつもいるのになんで?

ー大丈夫だ、なんとかなる。

 昨日の藤友君の言葉を思い出す。あの二人はいない事を知ってたの?
 行かない言い訳がなくなっちゃったと困惑しながら、僕はそっと扉を開けて夜に歩き出す。ぴゅうと涼しい風が吹いた。
 寮は学校のすぐ隣。歩道に沿って5分くらい。
 幅3メートルほどのレンガ敷の歩道の両脇には5メートルおきくらいにグランドライトが設置され、ぽつりぽつりと白い光が夜を浮かび上がらせる。
 一人ですすむ道はどこか寂しい。近づくにつれてだんだん大きくなる夜の校舎の大きな影は、昼間と随分印象が異なった。昼とは違う場所につながっているようで、不気味でおどろおどろしく見えた。

 約束の校舎入り口に着く。当然のように二人は待ちかまえていた。
 藤友君は少し長めの濃い赤のTシャツに濃紺のマウンテンパーカー、それから黒っぽいデニムパンツにローカットスニーカー。坂崎さんは薄いピンクのワイドパーカーに白のスキニージーンズ、藍色のショートブーツ。二人は普通に出かける用の私服で、ジャージ上下で来た僕は少し浮いているような。
「本当に行くの?」
「行くよー?」
 ろくに話したこともないのに?
 なんだか違和感、というか場違い感が酷い。こういうのって仲がいい友達と行くものではないだろうか。そう思えば、坂崎さんは楽しそうだけど藤友君はどこかつまらなそうに見えた。
「行くぞ」
 藤友君はそう短く呟き、職員室に近い通用口に向かう。そして入り口の近くの古びた室外機の下をごそごそとまさぐり小さな鍵を取り出して手早く通用口を開ける。
「どうして知ってるの? 二人も先月引っ越してきたばかりだよね?」
「アンリが見つけた」
「前にも入ったの?」
「初めてだよっ。ドキドキするね」
 色々噛み合っていない。何で鍵の場所を知ってるのさ?
 居心地悪いと思いながらも、早く入れと手招きする藤友君の脇を急いで通り抜ける。通用口はパタリと閉じられ真っ暗闇でおどおどしていると、藤友君が慣れた様子でペンライトで廊下を小さく照らした。
 夜の校舎の廊下はしんと静まり返っている。新谷坂高校の建物は古い。コンクリートの灰色の壁や天井がライトの灯に照らされ深い凹凸の陰を刻む。普段感じることのない威圧感を滲ませる。こうなっては二人がいることが少しだけ心強い。そもそも一人じゃ来はしないけど。

「アンリ、どこから行く?」
 藤友君の声はやっぱりつまらなさそうだ。
「トイレでしょ?」
「どこのトイレから行く? 一階から回るか?」
「うーん、そっか。東矢くんはどこからがいい?」
 突然振られても困る。
 学校にはトイレが複数ある。東の端と西の端に各階。正直どこでもいいんだけど。
「近い東階段から登って、反対側から降りてきたらいいんじゃないかな」
「オッケー、そうしよっ」
 藤友君の後ろに坂崎さんが続き、その後僕が追いかける。そして何かが追いかけてくる。最後のは気のせいだろうけど。
 そうして気が付いた。二人が堂々としていることに。というかものすごく手慣れてる。いつもこんな風にどこかに忍び込んだりしているのかな。窓がカタカタと揺れ、思わず振り向くとその奥には闇が降り積もっていた。

 最初の東階段隣の1階トイレは通用口のすぐ近くにあり、女子トイレに坂崎さん嬉々として飛び込んだ。
「東矢、悪いが男子トイレを見て来てくれないか」
「藤友君は?」
「ここで見張ってる。誰かいないとアンリが勝手にどこかに行きかねない」
 予備のペンライトを持たされ、夜のトイレを手早く見回る。冷たいタイルが光を反射し、正直怖い。各個室をパタパタと開けて入り口に戻れば、坂崎さんが男子トイレも見たいと言い張り、他に人がいないから、ということで坂崎さんも中を確認することになった。そして2階に移動する。
「どうせ全部見るなら同じだろ。ここのトイレもお前が両方見てこい」
「えー? だって肝試しだよ?」
「あの、僕もここで待ってます」
「変なの。まいっか」
 坂崎さんは少し首を傾げ、トイレに入っていった。こんな経緯で、以降は男女ともに全て坂崎さんが点検することに決まった。

「あの、僕がここにいる意味があるのかな。何で誘われたのかよくわからないんだけど」
「……理由はアンリに聞け」
 取り付く島がない……。けれども藤友君は僕を改めてじっとみて、ふぅとため息を付いた。
「勝手に予定を決めたのは悪かったと思ってる。ただ、アンリは話を聞かないからな。嫌だと言えばいつまでも騒ぎ続けるんだよ。キリがないから、絡まれたら早めに諦めた方がいい」
 印象通り、やっぱり話を聞かない人なのか……。
 そうするとさっさと話をまとめてくれた藤友君に感謝をするべきなのかな。
「藤友君は幽霊とか興味あるの?」
「ない。お前は幽霊って信じるのか?」
 つまらなそうな問い返し。
 藤友君は信じないんだな。けれどもさっきから、眉間に僅かにしわを寄せながら廊下をキョロキョロと見回して、やけに警戒しているように見える。よく考えれば校舎に入ってからずっとそんな感じだ。怖がってるふうにも全然見えないけれど。
「僕はまぁ、信じてるかな」
「そっか。俺は幽霊は見えないしな」
 僕は多分、幽霊が見える。幽霊かどうかはわからないけど、今もふわふわと形にならない気配が漂っているのを感じる。
 これは新谷坂山の封印を解いてから、つまりほんの先月末から感じるようになったもので、それが何だかは未だによくわからない。
 けれどもきっぱりと全否定する藤友君の話し方には、かえって好感がもてた。気遣って信じるといわれるより、案外気持ちがいいものだ。
「僕もはっきりとは見たことないよ。何かがいるような気配を感じることは最近よくあるんだけど。坂崎さんは好きなの? 幽霊」
「アンリは……幽霊というよりは面白いものとか変なものが好きなんだよ。そういえばお前、今日急に絡まれただろ。何かあったのか?」

 正直『なにか』に直球で思い浮かぶのは新谷坂の封印を解いたこと。でも幽霊を信じないなら怪異の封印なんてそもそも信じてなんてもらえないだろう。もっと荒唐無稽な話だし。そもそも何僕もて説明していいかわからない。
「言いたくないなら言わなくていい」
 そのぶっきらぼうな返事に少し、ホッとした。
 階段を登って3階の東側トイレを確認する。けれども何もない。藤友君はほっとするように肩をすくめたけれど、坂崎さん少し不機嫌になって口を尖らせた。
「何で何も出ないのかな、つまんない」
「怒るなよ。一旦休憩にするか」
 藤友君が坂崎さんを宥め、飽き教室の扉をガラリと開けると、思わず眩しさに目をひそめた。新谷坂高校は山の斜面に建っている。今まで歩いていた廊下は山側にあり、その窓からは闇に木影がざわめくくらいだったけど、教室の大きな窓は南向きで、その向こうから月の光が煌々と差し込み、教室内をぼんやりと青白く照らしていた。
 椅子をひいてリュックからお菓子を広げる。
「コンビニの新商品」
「東矢くんありがとー、超嬉しい」
「わりぃな」
 ここは依然に真夜中で、知らない人と夜に学校に集まっておやつを食べるってなんだか不思議な感じがする。とはいえ話題は全然なくて、クッキーをかじる音と僕らの座る椅子だけがキィキィ音を立てている。

「その、二人はもともと同じ学校から来たの?」
「そうだよ、ハル君と一緒なの」
「俺らはもともと神津中にいたんだよ」
 神津中学。同じ市内だけど、ここから2時間くらいのいわゆる都会の学校。
 2人は小学校からの幼なじみらしい。中学までは神津に住んでいて藤友君が新谷坂高校を受験すると聞いたから坂崎さんも受験したんだそうだ。
 主に坂崎さんのわけのわからない言動に藤友君が補足しながら二人の話を色々聞いたけれど……僕のことはやっぱり何も聞かれなかった。まあ話すことも特にないけど。
 そして藤友君はそんな話の最中でも、やっぱり窓の外や廊下側を警戒しているように見えた。
「東矢くんは夜の学校は初めて?」
「先月、末井さんと忍び込んだことがあるんだ。その時はどっか窓が空いてないかずいぶん探し回ったけど」
「末井さんって誰?」
「同じクラスだよ。わりと目立つと思うんだけど」
「何しにきたの?」
「人体模型が動くっていう噂を聞いたんだ」
 藤友君が突然机越しにゲシと僕の脛を蹴る。
「えっなにそれ! 行きたい! 理科室だよね!」
 藤友君は小さくため息をついた。
 ごめん、藤友君。『不用意な発言』の範囲がよくわからない。
「行ってみたけど何もなかったよ、ほんとに」
「でもたまたま人体模型が休憩中だったり寝てたりしてたからかもしれないじゃない?」
 慌てて言い繕っても効果がない。
「アンリ、今日はトイレだけだ。俺はもう眠い。東矢も余計なこと言うな」
「ハル君のけちー」
「ほら、もう行くぞ」

 夜の学校探検を再開する。
 3階の長い廊下を反対側まで歩いて西側トイレまで到達。あとは西側半分を探し終えれば終わりだ。坂崎さんは気合を入れて女子トイレに突入した。
 あれ?
 僕はふと、女子トイレの方を見る。他とは違い、このトイレは何だかざわざわと変な感じがした。今までぼんやりしていた気配が濃縮されているような気がして、そしてすいっと何かの糸が僕の手を引っ張る感触があり、でもすぐに感じなくなった。
「東矢、どうした」
 藤友君は僕の変化を目ざとく見つける。何でもないと答える前に、坂崎さんの大声が響き渡る。
「ねえっ、トイレのドアがっ開かないっ」
「……壊れてるんだろ? 東矢、悪いが見てきてもらえないか」
 藤友君がぐったり疲れた声を出す。
 ……女子トイレって入るの罪悪感がある。でも坂崎さんがドアを壊しそうな勢いでガチャガチャやってる音が止まらない。仕方なく僕はトイレに足を踏み入れる。
 女子トイレの構造は基本的には男子トイレとだいたい同じ。入ってすぐが手洗いで、その奥に四個の個室。入口から三番目の個室だけ白いドアが閉まっていて、坂崎さんはその鈍く光るノブをつかんで乱暴に回していたものだから、慌てて駆け寄る。
「あの、坂崎さん、ガチャガチャすると壊れちゃうよ?」
「でもここ開かないんだもん」
 僕もノブに手をかけ軽く引っ張る。すると、僕の手に糸みたいなものが絡まる感触がした。急に気がついて焦る。これは新谷坂山の怪異の気配。
 何でその可能性をすっぽり忘れていたんだろう。ここは新谷坂山にある学校で、怪異が隠れるなら一番近くて丁度いいのに!
 この中には僕が開放した新谷坂山の怪異が隠れているのかもしれない。そう思うと冷や汗が背中を伝う。
 トイレからは嫌な感じや強引な感じは全然しなくて、むしろ助けて欲しいような気配を感じるところが救いだけれど、何も起きないうちにここは離れた方がいい。少なくとも今扉が開くのは回避したい。
 これが僕の怪異なら、藤友君と坂崎さんには関係のない話だ。巻き込みたくない。封印を解いた時みたいに他の人を巻き込むのは嫌なんだ。
「……壊れてるだけだと思うよ」
「でも、『トイレの花子さん』な気がするっ」
 そういえば僕らは『トイレの花子さん』を探しに来た。
 もしここにいるのが学校の怪談の『トイレの花子さん』だとしたら、開けるには法則がある。三回ノックして花子さんに呼びかける。確かこれが正しいアクセスの方法だったはず。
「何も音がしないしさ、中にはきっと何もいないよ」
 坂崎さんはバッと個室のドアに耳を当て、真剣な顔で耳をすます。トイレの中の緊張感が高まった、気がする。
「あの」
「黙って!」
 気が気ではなかったけれど、その大声にビクリと体が固まる。結局のところ、坂崎さんがドアから耳を離すまで3分ほど無言の時間が続いた。
「むぅ。音はしないけど、やっぱり何かいる気がするっ」
 坂崎さんが再びガチャガチャとノブを回し始める。諦めそうにない。どうしよう。
「アンリ、壊れるからやめろ。さすがに壊すのはまずいだろ?」
 いつの間にかトイレに入ってきた藤友君が坂崎さんの手を掴み、ノブから引き離す。ほっとして大きく息を吐くと、トイレの中からも安心したような空気感が漂った。
「えぇ、だってー」
「アンリ、ここに花子さんはいない。静かすぎる。いても寝てるか休憩中だ。そもそもドアが壊れてるだけだろ。明日先生にでも聞いてみたらどうだ?」
 藤友君は人差し指でトイレのドアをトトトンと軽く叩く。
 その瞬間、ピリッと静電気のようなものが流れた。トイレの中のがザザリと蠢く感触に、僕の心臓がビクリと跳ね上がる。藤友君も首筋をかきながら個室のドアを鋭く睨む。
 何か、まずい、気がする。早く立ち去らないと。
「ねぇ、次行こうよ、次」
「そうだぞアンリ、俺は眠い。とっとと帰ろうぜ?」
 藤友君は坂崎さんの肩を無理やり押してトイレから出るのについて行き、最後に後ろを振り返ってトイレのドアが開いていないことを確認する。
 大丈夫……だよね?
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