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2章 僕らと新谷坂高校の怪談 ~恋する花子さん~
幸福からの脱出
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急いで来てほしい、という藤友君のメールを見て、慌てて部屋を飛び出した。
散らばった花子さんたちのところに着いた瞬間、着信音が鳴り響く。藤友君からだ。
「花子さん、ここ、血が出てる。中身が出ないようギュッと押さえてて」
「藤友くん!? 何があったの!?」
「東矢、すぐ救急車呼べ! 花子さん、俺、このままだと壊れるからさ、200数えるくらいの間強くおさえた後に外に出して。外の東矢がなおしてくれる人のところまで連れて行ってくれる」
電話口の藤友君はその話す内容からは考えられないほどに妙に冷静な声で、こちらの返事も聞かずに話し続ける。
どうしたら、どうしたら。一体何が。手のひらがあわあわして震える。
花子さんの中は安全なはずじゃなかったの!?
「東矢、外に出たら怪我をしてるところを強く押さえて血が出ないように、傷は心臓より上をキープ、あとは……」
意味が全然わからない!
けれども聞こえる内容がやばい。一刻を争うのかも。
急いで一度通話を切り、すぐに救急車を呼んだ。
そうこうしていると、花子さんたちの真ん中に転がっていた分解しきれなかった塊がシュルシュルと大きくなり、藤友君を吐き出した。意識があるのかないのかわからないぼんやりした藤友君の左腕にはハンカチが巻かれ、そこからドクリと血の固まりが溢れだす。駆け寄って急いできつく抑えたけれど両腕の隙間から次々と血が流れ落ち、すぐに真っ赤な血だまりが広がる。
腕の先は紫色だ。ええと、これでいいのかな、強かったり弱かったりしないかな。
それにしても一体何があったんだ? 手がかりを求めて周囲を見回した。
すると、藤友君を吐き出した塊の中に直径2センチくらいの緑色のくすんだ石が混じっていた。
そこからしゅるしゅるとした糸のかけらのようなものを感じる。
直感した。これが怪異の本体だ。急いでもぎ取りポケットに入れた。
そうすると、それまできつく絡まっていた部分が自然にほどけてバラバラとなり、さっき分けた四つの塊にそれぞれ合流していく。それまでノタノタと蠢いていただけの四つの山がだんだんと固まって、人の形が形成される。なんとなく花子さんぽい女の子。ちょっと潰れた男の子、ぬめぬめしている男の子、傷だらけの女の子。
花子さんぽい子以外の三人は、僕と藤友君に軽くおじぎをして、それぞれに去っていった。
花子さんぽい女の子は僕と藤友君の隣に座り、真剣な顔で両手でぎゅっぎゅっと空気を握るように動かす。もっと強くってことかな。ハンカチの上から力をこめる。その瞬間、ぷくりと血の泡が立つ。ハンカチはすでに血塗れで、僕の腕を伝ってどろりどろりと地面に滴り落ちる。垂れ込める血の匂い。力を籠めると指先がより青くなり、怖くなってちょっとでもゆるめるとどくりと真っ赤な血が流れはじめる。
ああもう、どうしたらいいの!?
震える僕の手は力が入っているのかいないのか、段々よくわからなくなってきた。本当に怖い。人の命を預かることがこんなに怖いこととは思わなかった。
そうこうしているとけたたましいサイレンの音と一緒に救急車がやってきて藤友君が運び入れられた。僕も一緒に乗り込む。救急車後部の窓からは、花子さんが暗い学校の門からこちらを心配そうに窺っているのが見えた。
「適切な処置です。君がいなければ危なかったかもしれない」
救急隊員の人に褒められた。僕は何もしていない。
「一体何があったんです?」
「ええとその、藤友君から怪我をしたから救急車を呼んでほしいって連絡があって」
不審げな顔のお医者さんに状況を聞かれて通話履歴を見せる。これ、僕が疑われてるのかな。
「それで行ったら血がいっぱい出てました」
「ともあれなかなかの出血量です。しばらくは安静に」
止血が早かったせいで命に別状はないそうだ。藤友君は目を覚まさないまま入院することになった。病院が連絡したのか担任の先生がやってきて、交代で寮に帰れと言われる。
新谷坂に戻れば、学校の入り口で花子さんがひっそりと待っていた。随分心配そうにみえる。
「藤友君は大丈夫だけど、今はまだ治している途中だよ」
花子さんの手招きについていくと、校庭の端にある大きな桜の木にたどり着く。その瞬間、ふわりと桜の香りが舞う。
ここが花子さんの怪異のフィールド。夜の桜の木は堂々と枝葉を空に伸ばし、校庭の隅にどっしりと力強く鎮座していた。
「とうや、ありがとう」
「僕は救急車を呼んだだけだよ。それよりなにがあったの?」
「ハルくんが出してくれないのかって聞いたの。わたしが守るからここにいようって言ったの。そうしたらハルくんがこれを腕にさした。どうして?」
花子さんはうつむきながら僕に小さなナイフを渡す。
万能ナイフから引き出された刃は、3センチほどの深さまで乾いた血が付着していた。思わず取り落とし、慌てて拾う。
これ、自分で刺したの……? 本当に?
「えっと、藤友君は外にでたかったんだと思うよ」
「外……?」
花子さんは困惑に瞳を揺らした。。
ひょっとしたら、『学校の怪談』は学校から出られないから、『外』の意味がわからないのかもしれない。
「この学校以外のところ、かな。藤友君は今も病院にいるけど、僕らはこの学校以外の外に出られるんだ」
「そう……ここはだめなの?」
「僕らはここにずっとはいられないんだ。三年経ったら出て行かないといけない」
花子さんの世界はこの学校だけで、ここから動けない花子さんがなんだか少し、かわいそうに思えてきた。
花子さんは悪い人ではないと思う。藤友君を助けようとしてくれていたし、花子さんの周囲からは他の怖い場所と違って、ふわふわした不思議な空気が漂っていたから。
けれども、こればっかりは、どうしようもない。
僕と藤友君は人間で、花子さんは人間じゃない。
けれども人間じゃないからといって、必ずしも悪い存在ばかりじゃない。僕は既にそれを知っていた。きっと何かがかけちがっていたのかもしれない。
それから東の空が少し明るくなるまで、桜の木に背をもたれて花子さんの話を聞いた。僕らがうまく収まるように。
そして、ちょっとだけ作戦をたてた。
ダメならダメでしかたがないねって花子さんと話しながら。
散らばった花子さんたちのところに着いた瞬間、着信音が鳴り響く。藤友君からだ。
「花子さん、ここ、血が出てる。中身が出ないようギュッと押さえてて」
「藤友くん!? 何があったの!?」
「東矢、すぐ救急車呼べ! 花子さん、俺、このままだと壊れるからさ、200数えるくらいの間強くおさえた後に外に出して。外の東矢がなおしてくれる人のところまで連れて行ってくれる」
電話口の藤友君はその話す内容からは考えられないほどに妙に冷静な声で、こちらの返事も聞かずに話し続ける。
どうしたら、どうしたら。一体何が。手のひらがあわあわして震える。
花子さんの中は安全なはずじゃなかったの!?
「東矢、外に出たら怪我をしてるところを強く押さえて血が出ないように、傷は心臓より上をキープ、あとは……」
意味が全然わからない!
けれども聞こえる内容がやばい。一刻を争うのかも。
急いで一度通話を切り、すぐに救急車を呼んだ。
そうこうしていると、花子さんたちの真ん中に転がっていた分解しきれなかった塊がシュルシュルと大きくなり、藤友君を吐き出した。意識があるのかないのかわからないぼんやりした藤友君の左腕にはハンカチが巻かれ、そこからドクリと血の固まりが溢れだす。駆け寄って急いできつく抑えたけれど両腕の隙間から次々と血が流れ落ち、すぐに真っ赤な血だまりが広がる。
腕の先は紫色だ。ええと、これでいいのかな、強かったり弱かったりしないかな。
それにしても一体何があったんだ? 手がかりを求めて周囲を見回した。
すると、藤友君を吐き出した塊の中に直径2センチくらいの緑色のくすんだ石が混じっていた。
そこからしゅるしゅるとした糸のかけらのようなものを感じる。
直感した。これが怪異の本体だ。急いでもぎ取りポケットに入れた。
そうすると、それまできつく絡まっていた部分が自然にほどけてバラバラとなり、さっき分けた四つの塊にそれぞれ合流していく。それまでノタノタと蠢いていただけの四つの山がだんだんと固まって、人の形が形成される。なんとなく花子さんぽい女の子。ちょっと潰れた男の子、ぬめぬめしている男の子、傷だらけの女の子。
花子さんぽい子以外の三人は、僕と藤友君に軽くおじぎをして、それぞれに去っていった。
花子さんぽい女の子は僕と藤友君の隣に座り、真剣な顔で両手でぎゅっぎゅっと空気を握るように動かす。もっと強くってことかな。ハンカチの上から力をこめる。その瞬間、ぷくりと血の泡が立つ。ハンカチはすでに血塗れで、僕の腕を伝ってどろりどろりと地面に滴り落ちる。垂れ込める血の匂い。力を籠めると指先がより青くなり、怖くなってちょっとでもゆるめるとどくりと真っ赤な血が流れはじめる。
ああもう、どうしたらいいの!?
震える僕の手は力が入っているのかいないのか、段々よくわからなくなってきた。本当に怖い。人の命を預かることがこんなに怖いこととは思わなかった。
そうこうしているとけたたましいサイレンの音と一緒に救急車がやってきて藤友君が運び入れられた。僕も一緒に乗り込む。救急車後部の窓からは、花子さんが暗い学校の門からこちらを心配そうに窺っているのが見えた。
「適切な処置です。君がいなければ危なかったかもしれない」
救急隊員の人に褒められた。僕は何もしていない。
「一体何があったんです?」
「ええとその、藤友君から怪我をしたから救急車を呼んでほしいって連絡があって」
不審げな顔のお医者さんに状況を聞かれて通話履歴を見せる。これ、僕が疑われてるのかな。
「それで行ったら血がいっぱい出てました」
「ともあれなかなかの出血量です。しばらくは安静に」
止血が早かったせいで命に別状はないそうだ。藤友君は目を覚まさないまま入院することになった。病院が連絡したのか担任の先生がやってきて、交代で寮に帰れと言われる。
新谷坂に戻れば、学校の入り口で花子さんがひっそりと待っていた。随分心配そうにみえる。
「藤友君は大丈夫だけど、今はまだ治している途中だよ」
花子さんの手招きについていくと、校庭の端にある大きな桜の木にたどり着く。その瞬間、ふわりと桜の香りが舞う。
ここが花子さんの怪異のフィールド。夜の桜の木は堂々と枝葉を空に伸ばし、校庭の隅にどっしりと力強く鎮座していた。
「とうや、ありがとう」
「僕は救急車を呼んだだけだよ。それよりなにがあったの?」
「ハルくんが出してくれないのかって聞いたの。わたしが守るからここにいようって言ったの。そうしたらハルくんがこれを腕にさした。どうして?」
花子さんはうつむきながら僕に小さなナイフを渡す。
万能ナイフから引き出された刃は、3センチほどの深さまで乾いた血が付着していた。思わず取り落とし、慌てて拾う。
これ、自分で刺したの……? 本当に?
「えっと、藤友君は外にでたかったんだと思うよ」
「外……?」
花子さんは困惑に瞳を揺らした。。
ひょっとしたら、『学校の怪談』は学校から出られないから、『外』の意味がわからないのかもしれない。
「この学校以外のところ、かな。藤友君は今も病院にいるけど、僕らはこの学校以外の外に出られるんだ」
「そう……ここはだめなの?」
「僕らはここにずっとはいられないんだ。三年経ったら出て行かないといけない」
花子さんの世界はこの学校だけで、ここから動けない花子さんがなんだか少し、かわいそうに思えてきた。
花子さんは悪い人ではないと思う。藤友君を助けようとしてくれていたし、花子さんの周囲からは他の怖い場所と違って、ふわふわした不思議な空気が漂っていたから。
けれども、こればっかりは、どうしようもない。
僕と藤友君は人間で、花子さんは人間じゃない。
けれども人間じゃないからといって、必ずしも悪い存在ばかりじゃない。僕は既にそれを知っていた。きっと何かがかけちがっていたのかもしれない。
それから東の空が少し明るくなるまで、桜の木に背をもたれて花子さんの話を聞いた。僕らがうまく収まるように。
そして、ちょっとだけ作戦をたてた。
ダメならダメでしかたがないねって花子さんと話しながら。
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