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姫ちゃんの秘密
姫ちゃんの秘密(2)
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蒼介は自分の迂闊さを悔やんでいた。
なぜ、もっと早くこのリンクに気づかなかったのか。
兎にも角にも、だいぶ早いが電車で待ち合わせ場所へと向かう。
なにかの間違いであってほしい。誰かの悪戯であればよい。そう思いながらも、嫌な予感はぬぐいきれない。待ち合わせ時間が近づくにつれてドキドキ感が高まる。このドキドキ感は昨日までのドキドキ感とは大きく異なる。「ワクワクドキドキ」ではなく「ハラハラドキドキ」のほうである。
待ち合わせ場所の公園がある駅に着いた。公園まではビルの間を少し歩く。蒼介が住む町よりはだいぶ都会であった。
街中ではあるが、公園はあまり人気がなかった。蒼介はしばらくブラブラしていた。
姫ちゃんも別方向から電車で来るはずだが、蒼介が早く来たため駅で会うことはなかった。駅で待ち合わせてもよかったのだが、知り合いに見つかってあとで冷やかされるのは嫌だった。
やがて、姫ちゃんの姿が見えた。
フリルの付いた白いブラウスに、少し広がった膝丈の黒いジャンパースカート。黒いハイソックスと、やはり黒の中ヒールほどのストラップシューズといった出で立ちである。黒髪のロングストレートは、前髪をぱつんと綺麗に切り揃えサイドに段差を付けたまさしく姫カットであった。その頭の上には、おそらくカチューシャになっているのであろう、スカートの色とお揃いの大きめのリボンが載っていた。
蒼介はこの日のために少しばかりゴシック&ロリータファッションの雑誌に目を通していた。モノトーンでコーディネートされたスタイルは、ピンクをメインとしたスウィートロリータほど人目を引くことはない。「一般的な格好の誰かと一緒に歩く」ことを姫ちゃんなりに考慮したコーディネートのようであった。
蒼介は胸を撫で下ろした。上から下までピンクの「激甘」な衣装で来られたらどうしようかと心配していたからである。この場所は、どんな格好でも風景に溶け込んでしまうというほどの大都市ではないのだった。
姫ちゃんは、指一本で持てそうな小ぶりの黒いバッグを両手で腰の前に提げていた。体格は小柄で、よくブログで「中学生に間違えられる」と書いていたが、小学生にも負けそうである。そのせいか、歩幅もせまく、さらに歩き方もおっとりとしているので、なかなか待ち合わせ場所にたどり着かない。
姫ちゃんはゆっくり公園内を見まわしながら歩いていたが、蒼介に気がついて、ちょこちょこと小走りで近づいてきた。
顔写真はすでメールで送っていた。
姫ちゃんは蒼介の前に来ると、ほんの少し息を切らしながらペコリと頭を下げた。間近で見る生姫ちゃんは、容姿、仕草とも、やはり蒼介好みで、すべての懸念を吹っ飛ばす可愛らしさであった。
蒼介も頭を下げた。
「こんにちは……はじめまして」
お互い顔を上げて目を合わせる。
走ったからか、照れているのか、姫ちゃんは少し頬を紅潮させてどぎまぎしたように下から見つめている。うっすらとメイクしていた。
(可愛い、可愛すぎる! どこから見ても女の子だ。男であるはずがない)
「あ、はじめまして……」
姫ちゃんがまた頭を下げた。ハイトーンの小さな声は、これだけでは男なのか女なのか判別がつかなかった。
しかし、蒼介にはとっておきの秘策があった。
「ソウこと夏目蒼介です。夏目漱石の夏目に蒼い、すけは……この、すけ」
「介」の部分は宙に指で書いて見せた。本名を名乗れば、向こうも言わないわけにはいくまい。オフ会などは本名を知らないままハンドルネームで呼び合うことも多いと思うが、今回の場合は多少強引でも本名を聞き出して性別をはっきりさせておきたかった。
もし、男だったら、「ヨサク」なんて名前だったらどうするか? 蒼介はまだその後のことまでは考えがおよばずにいた。
姫ちゃんはためらいながら小さな口を開いた。
「姫こと樋口歩夢です。樋口一葉の樋口に歩く夢です」
「歩夢ちゃんかあ……いい名前だね」
(わかんねぇ……)
会心の策、敗れたり。
文豪繋がりの名字は面白いと思ったが、男女の区別はやはりつかずにいた。
「ソウさんって、本名から取ったんですね。映画の『SAW』からだと思ってました」
「ん……うん、あれも観るけどね。本名からだよ」
お互い映画好きなのは知っている。今日のデートもまず映画鑑賞からである。
「姫ちゃんは?」
「あ……わたしですか?」
姫ちゃんはちょっと口ごもった。
「……お母さんの名前からもらいました」
「ああ、そうなんだ」
ブログにはあまり家庭のことは書いてない。蒼介が文章の端々から得た情報では、ひとりっ子で両親はすでに他界していて、親戚の家で暮らしているらしかった。
(悪いことを聞いたかな?)
蒼介はしょっぱなから雰囲気を悪くしたみたいで後悔した。しかし、ここでお互い黙ってしまうと余計に空気が淀んでしまいそうだったので、思い切って話を進めた。
「お母さん、姫さん?」
「……姫香(ひめか)です。姫に香りです」
「姫香さんか……綺麗な名前だね」
そして、取って付けたみたいにならないように気をつけながら「実際に見る姫ちゃんも本当のお姫様みたいに可愛いね」と付け足した。雰囲気を良くするための苦し紛れの言葉だったが、それは、お世辞以上の効果をもたらしたようだった。
姫ちゃんはさっと頬を赤らめてうつむいた。その表情は見えなかったが、口の端が嬉しそうに丸みを帯びている。そして、なんとか聞き取れるくらいの小さな声で「ありがとうございます」と言った。
「じゃあ、行こうか」
いい感じになってきたところで蒼介が切り出す。姫ちゃんも「はい」と返事をして横に並んだ。
映画の時間までは余裕を見て待ち合わせしていた。姫ちゃんの歩幅に合わせ、ややゆっくり歩きながら蒼介は直接性別を尋ねるべきか悩んでいた。
女子であればめでたし。もし男子だったとすれば、それからこの一日をどうやって過ごせばいいのか。「じゃあ、さよなら」というわけにもいかないが、だからといってここから男の友情みたいなものが生まれるとは想像できなかった。質問を先延ばしにできないと思いながらも、決定的な答えを聞くよりはこの中途半端なままでもいいような気分になっていた。だが、それを知るきっかけはすぐに向こうからやってきた。
「……あの」
「うん?」
「わたしのブログのプロフのところですけど……下のほうに隠しリンクがあって……」
「あ……ああ、見たよ」
「じゃ……じゃあ、そのずっと下のほうのも……」
「うん、ずーっと下のほうね。それも見たよ」
(今朝だけど……)
「そ、そうですか!」
姫ちゃんは安堵の表情を見せた。
それとは逆に蒼介の緊張感は高まった。姫ちゃん、『男の娘』確定である。
「自分の性別を理解してもらった上で付き合ってくれている」姫ちゃんの思考の流れはそうなっているはずである。自分の性別をわかってもらっているのかどうかは、姫ちゃんとしても気になる部分だったのだろう。だからと言って、直接言うこともできずに、見つけてくれることを祈りながらあのリンクを貼ったのかもしれなかった。顔を合わせたときから硬かった姫ちゃんの表情が幾分和らいだようだ。その様子を見ると、「今朝気づいた」とはとても言えなかった。
なぜ、もっと早くこのリンクに気づかなかったのか。
兎にも角にも、だいぶ早いが電車で待ち合わせ場所へと向かう。
なにかの間違いであってほしい。誰かの悪戯であればよい。そう思いながらも、嫌な予感はぬぐいきれない。待ち合わせ時間が近づくにつれてドキドキ感が高まる。このドキドキ感は昨日までのドキドキ感とは大きく異なる。「ワクワクドキドキ」ではなく「ハラハラドキドキ」のほうである。
待ち合わせ場所の公園がある駅に着いた。公園まではビルの間を少し歩く。蒼介が住む町よりはだいぶ都会であった。
街中ではあるが、公園はあまり人気がなかった。蒼介はしばらくブラブラしていた。
姫ちゃんも別方向から電車で来るはずだが、蒼介が早く来たため駅で会うことはなかった。駅で待ち合わせてもよかったのだが、知り合いに見つかってあとで冷やかされるのは嫌だった。
やがて、姫ちゃんの姿が見えた。
フリルの付いた白いブラウスに、少し広がった膝丈の黒いジャンパースカート。黒いハイソックスと、やはり黒の中ヒールほどのストラップシューズといった出で立ちである。黒髪のロングストレートは、前髪をぱつんと綺麗に切り揃えサイドに段差を付けたまさしく姫カットであった。その頭の上には、おそらくカチューシャになっているのであろう、スカートの色とお揃いの大きめのリボンが載っていた。
蒼介はこの日のために少しばかりゴシック&ロリータファッションの雑誌に目を通していた。モノトーンでコーディネートされたスタイルは、ピンクをメインとしたスウィートロリータほど人目を引くことはない。「一般的な格好の誰かと一緒に歩く」ことを姫ちゃんなりに考慮したコーディネートのようであった。
蒼介は胸を撫で下ろした。上から下までピンクの「激甘」な衣装で来られたらどうしようかと心配していたからである。この場所は、どんな格好でも風景に溶け込んでしまうというほどの大都市ではないのだった。
姫ちゃんは、指一本で持てそうな小ぶりの黒いバッグを両手で腰の前に提げていた。体格は小柄で、よくブログで「中学生に間違えられる」と書いていたが、小学生にも負けそうである。そのせいか、歩幅もせまく、さらに歩き方もおっとりとしているので、なかなか待ち合わせ場所にたどり着かない。
姫ちゃんはゆっくり公園内を見まわしながら歩いていたが、蒼介に気がついて、ちょこちょこと小走りで近づいてきた。
顔写真はすでメールで送っていた。
姫ちゃんは蒼介の前に来ると、ほんの少し息を切らしながらペコリと頭を下げた。間近で見る生姫ちゃんは、容姿、仕草とも、やはり蒼介好みで、すべての懸念を吹っ飛ばす可愛らしさであった。
蒼介も頭を下げた。
「こんにちは……はじめまして」
お互い顔を上げて目を合わせる。
走ったからか、照れているのか、姫ちゃんは少し頬を紅潮させてどぎまぎしたように下から見つめている。うっすらとメイクしていた。
(可愛い、可愛すぎる! どこから見ても女の子だ。男であるはずがない)
「あ、はじめまして……」
姫ちゃんがまた頭を下げた。ハイトーンの小さな声は、これだけでは男なのか女なのか判別がつかなかった。
しかし、蒼介にはとっておきの秘策があった。
「ソウこと夏目蒼介です。夏目漱石の夏目に蒼い、すけは……この、すけ」
「介」の部分は宙に指で書いて見せた。本名を名乗れば、向こうも言わないわけにはいくまい。オフ会などは本名を知らないままハンドルネームで呼び合うことも多いと思うが、今回の場合は多少強引でも本名を聞き出して性別をはっきりさせておきたかった。
もし、男だったら、「ヨサク」なんて名前だったらどうするか? 蒼介はまだその後のことまでは考えがおよばずにいた。
姫ちゃんはためらいながら小さな口を開いた。
「姫こと樋口歩夢です。樋口一葉の樋口に歩く夢です」
「歩夢ちゃんかあ……いい名前だね」
(わかんねぇ……)
会心の策、敗れたり。
文豪繋がりの名字は面白いと思ったが、男女の区別はやはりつかずにいた。
「ソウさんって、本名から取ったんですね。映画の『SAW』からだと思ってました」
「ん……うん、あれも観るけどね。本名からだよ」
お互い映画好きなのは知っている。今日のデートもまず映画鑑賞からである。
「姫ちゃんは?」
「あ……わたしですか?」
姫ちゃんはちょっと口ごもった。
「……お母さんの名前からもらいました」
「ああ、そうなんだ」
ブログにはあまり家庭のことは書いてない。蒼介が文章の端々から得た情報では、ひとりっ子で両親はすでに他界していて、親戚の家で暮らしているらしかった。
(悪いことを聞いたかな?)
蒼介はしょっぱなから雰囲気を悪くしたみたいで後悔した。しかし、ここでお互い黙ってしまうと余計に空気が淀んでしまいそうだったので、思い切って話を進めた。
「お母さん、姫さん?」
「……姫香(ひめか)です。姫に香りです」
「姫香さんか……綺麗な名前だね」
そして、取って付けたみたいにならないように気をつけながら「実際に見る姫ちゃんも本当のお姫様みたいに可愛いね」と付け足した。雰囲気を良くするための苦し紛れの言葉だったが、それは、お世辞以上の効果をもたらしたようだった。
姫ちゃんはさっと頬を赤らめてうつむいた。その表情は見えなかったが、口の端が嬉しそうに丸みを帯びている。そして、なんとか聞き取れるくらいの小さな声で「ありがとうございます」と言った。
「じゃあ、行こうか」
いい感じになってきたところで蒼介が切り出す。姫ちゃんも「はい」と返事をして横に並んだ。
映画の時間までは余裕を見て待ち合わせしていた。姫ちゃんの歩幅に合わせ、ややゆっくり歩きながら蒼介は直接性別を尋ねるべきか悩んでいた。
女子であればめでたし。もし男子だったとすれば、それからこの一日をどうやって過ごせばいいのか。「じゃあ、さよなら」というわけにもいかないが、だからといってここから男の友情みたいなものが生まれるとは想像できなかった。質問を先延ばしにできないと思いながらも、決定的な答えを聞くよりはこの中途半端なままでもいいような気分になっていた。だが、それを知るきっかけはすぐに向こうからやってきた。
「……あの」
「うん?」
「わたしのブログのプロフのところですけど……下のほうに隠しリンクがあって……」
「あ……ああ、見たよ」
「じゃ……じゃあ、そのずっと下のほうのも……」
「うん、ずーっと下のほうね。それも見たよ」
(今朝だけど……)
「そ、そうですか!」
姫ちゃんは安堵の表情を見せた。
それとは逆に蒼介の緊張感は高まった。姫ちゃん、『男の娘』確定である。
「自分の性別を理解してもらった上で付き合ってくれている」姫ちゃんの思考の流れはそうなっているはずである。自分の性別をわかってもらっているのかどうかは、姫ちゃんとしても気になる部分だったのだろう。だからと言って、直接言うこともできずに、見つけてくれることを祈りながらあのリンクを貼ったのかもしれなかった。顔を合わせたときから硬かった姫ちゃんの表情が幾分和らいだようだ。その様子を見ると、「今朝気づいた」とはとても言えなかった。
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