Angel Voice - 神様の失敗 - 男の娘は歌うたう【R-18】

朔村ナギ

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天使の初舞台

天使の初舞台(2)

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 自分以外の「男の娘」の存在は気になるところだが、まず集中すべきは番組の収録である。
 姫ちゃんは自分の名前が呼ばれるタイミングをドキドキしながら待っていた。
 当初の段取りでは、歌ったあとに「実はこの子は男の子なんですー!」と紹介されてまわりが驚くという予定だった。
 しかし、メディアへの露出こそ少ないものの、そこそこ曲も売れて男であることが有名になってしまったので、あとで性別をばらしても効果が薄いと判断され、歌う前に紹介されることになった。
 最近話題の「男の娘」として呼ばれ、どこから見ても女の子である見た目で驚かせ、その女装男子の歌声を披露させるのである。
 有名なったと言ってもまだまだお茶の間の知名度は低く、そういった「仕掛け」を作っておくことは十分意義があると思われていた。
 そのことに関して姫ちゃんは「ちょっと違うなあ」と感じながらも「しかたない」と納得するしかなかった。
 純粋に歌手としてあつかわれていない残念さと、自分がこんなだからめずらしがられるのだというあきらめのようなものである。



 美月にもそれはあった。
 むしろ、歌手として正当にあつかわれないことに対しての憤りは姫ちゃん本人よりもはるかに強かった。
 自分は芸人を連れてきたわけじゃない。
 百万人にひとりの……いや、一億人にひとりの逸材を見つけてきたのだ。
 それを珍獣を見るような目で見られるのは我慢ならなかった。
 しかし、実のところ姫ちゃんは女装していないとうまく人前で歌えない。
 美月自身は女装も含めて姫ちゃんの個性だと認めているが、「男の娘」であるということが足かせになっているという心配も十分あった。
 名前を呼ばれ出てきた姫ちゃんを出演者も観客も声をそろえて「可愛い!」と賞賛する。
 しかしどこか奇異なものを見るような目つきである。
 収録前に関係者に挨拶まわりをしたときもおなじような目で見られた。



「へえ……みづきさん、なかなかタレント出さないって思ってたら『こういうの』探してたんだ?」

 なかには見る目のある者もいたが、男だと聞いてほとんどは笑っていた。

「なんで女の格好させてるの?」

 もっともと言えばもっともな意見である。「普通にやっても目立てないから奇抜な格好をさせて人目を引いている」と思われてもしかたない。
 姫ちゃんをイロモノとして笑う者もいれば、美月を所詮素人プロデューサーとして笑う者もいる。
 誰もが「芸能界はそんなに甘くないよ」と言いたげな態度だった。

「気にしなくていいのよ」

 美月は姫ちゃんの肩に手を乗せて言った。

「あいつらの目は節穴なのよ。あなたのすごさが全然わかってないんだから」

「はあ……」

 新人なので挨拶まわりは重要だが、そのたびに美月は姫ちゃんのやる気のスイッチを入れなおさなければならなかった。



(自信を持って)

 美月は別室でモニターを見つめていた。
 画面の中で姫ちゃんはペコペコとまわりに頭を下げ、おどおどしながら中央に立つマイクに向かって歩いている。
 あがり症で気弱で内向的な性格であることはよくわかっていた。
 マイクにたどり着く前に緊張のあまりぶっ倒れるんじゃないかと心配になるが、美月は姫ちゃんならやれると信じていた。
 本来、人前に出ることを好まない姫ちゃんがゴスロリファッションという目立つ格好で街を歩けるのは、自分がなりたい自分になる、あるいはなりたい自分を演じることができるからである。

(今のあなたは、一億人にひとりの歌姫よ)

 今日ももちろんゴスロリである。
 歌う曲に合わせて派手さを抑えモノトーンで統一してある。
 髪型はトレードマークになりつつある黒の姫カットだ。
 靴のかかとはやや高めだが、とくに振り付けもなく動きまわらないので問題ないだろう。
 ちなみに、最初は振り付けも考えられていたのだが、どうしても歌と振りがちぐはぐになってしまうため、ついに美月があきらめたという経緯がある。
 さいわい曲も振り付けを必要としない類のものであった。
 姫香は今のところアイドルのカテゴリーに入っていたが、デビュー曲は軽快なアイドルソングではなく、届かぬ思いを切々と歌ったバラードだった。
 美月が曲の感想を聞くと、姫ちゃんは、現在の自分の心境に合っていてとても感情移入しやすく気に入っていると言っていた。
 イントロがはじまると姫ちゃんの顔つきが変わった。
 画面にアップになった姫ちゃんの表情を見て、美月は「よし」とうなずいた。
 歌うことに集中して、いい意味でまわりが見えなくなっているようだ。
 モニターの中で姫ちゃんが深く息を吸い込んだ。

(これが、あたしが見つけた天使よ)

 腕を組んだ美月の指に力がこもる。

(腰を抜かすがいいわ、節穴ども)



 姫ちゃんの歌声を聴いて、スタジオ全体に「おおーっ!」というどよめきが起こった。
 それは台本通りであったが、すべては自然に沸き上がった声だった。
 なぜなら、出演者と観客だけでなく、スタッフでさえ仕事の手を止め、目を丸くして口をポカンと開き姫ちゃんに見入っていたからだ。
 美月はまずはその満足のいく反応を見て、唇の端をつり上げた。
 「してやったり」感がある。
 会心の笑みだった。



 副調整室で複数のモニターを睨んでいた番組チーフディレクターの岡本雄一 おかもと ゆういちもまた、その歌声に驚愕したひとりであった。
 しかし、彼は立場上なにもせず聴き入っているひまはなかった。
 岡本はすぐに「全部流せ」と短く指示した。
 そばにいたアシスタントディレクターの木村英治 きむら えいじは「え、今からですか?」と聞き返した。
 最初の予定では、歌うのは一コーラスにサビの部分を繰り返した「ラジオエディット」などと呼ばれるショートヴァージョンで、もうすでにそれを歌い出しているからである。
 だが、そう言いながらもスタジオのフロアディレクターに指示を出していた。
 スタジオで観客席と舞台の隙間にいたフロアディレクターの佐野良博さの よしひろは素早く「フルコーラスに変更」と紙に書き殴り姫ちゃんに向けた。
 しかし、ちょうど一回目のサビにかかっていた姫ちゃんは、自分の世界に入り込んでしまってなにも視界に入っていなかった。
 間奏になって曲がショートヴァージョンでないことに気づき、ようやくフリップを振りまわしている佐野を視界にとらえた。
 姫ちゃんは小さくうなずくと二コーラス目を歌い出した。
 視聴者はなぜ歌の合間に姫ちゃんがうなずいたのか不思議に思っただろう。
 美月は苦笑した。
 歌は一流でもタレントとしてはまだまだこれからである。
 とにかく、ショートヴァージョンからフルヴァージョンへの差し替えは、技術的にはなんの支障もなくおこなわれた。



 カメラが引いてスタジオ全体が映し出された。
 美月は画面隅を食い入るように見た。
 そこに、この番組で姫ちゃんをデビューさせた最大の理由が映っていた。
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