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少女未満
少女未満(3)
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姫ちゃんはなんのことかわからずきょとんとしていたが、住み込みで働けると聞いて美月の申し入れを受けた。
会ったばかりで簡単に信用できる話ではなかったが、どこにも行くあてのない姫ちゃんにとっては「助けに船」という絶妙のタイミングであった。
美月曰く「百万人に一人の逸材」らしい。
姫ちゃんは、さすがにそれは言いすぎではないかと思ったが、タレントをスカウトするときはそれくらい大げさに言うものなのかもしれなかった。
実際のところ、美月は良くしてくれた。
寮という名目で事務所近くのアパートを借りてくれた。
「ここにはほかのタレントさんも住まわれているのでしょうか?」
姫ちゃんは部屋に荷物をひろげながら、美月に尋ねた。先輩がいるのなら挨拶をしないと失礼になるだろう。
「ほかのタレント? ああ……言ってなかったわね」
窓の外を眺めていた美月は、姫ちゃんに向き直って言った。
「あなたが我がみづきプロダクションの記念すべきタレント第一号よ」
「……え?」
姫ちゃんが籍を置くことになったのは芸能界でもっとも小さな事務所のひとつだった。
ほかには事務員がひとりいるだけだという。
その事務員が学校の退学手続きをし、通信教育に切り換えてくれた。
美月とふたりで叔父の真之にも会って話をしたらしい。
姫ちゃんは叔父の家での生活のことを少し話していた。
真之は姫ちゃんを取り戻したかったようだが、妻の榛子の手前、言い出せないでいたように見えたそうだ。
みづきプロダクションでの最初の二ヶ月はひたすら歌のレッスンばかりしていた。なんの稼ぎにもならないはずだが、生活費に加えてわずかながらの小遣いももらえた。
いったいこの給料はどこから出ているのだろうと、姫ちゃんのほうが心配になるほどであった。
芸名は「姫香」に決まった。美月にとくにこだわりはなかったらしく、姫ちゃんがぼそりと言った名前がそのまま採用された。
(歌うのは大好きだ)
しかし、それが「人前で」となると話はべつであった。
こんな突然に歌手としてやっていけるものなのか。足もとには不安の種しか転がっていなかった。
姫ちゃんの歌を聴いて、美月は大きくうなずいた。
自分の勘にまちがいがなかったことを確信した。
初めて会ったとき輝いて見えたのは性別が不明な「変わった子」だったからではない。良い意味で常軌を逸したなにかを持っていることに気がついたのだ。
やっと念願の芸能事務所を立ち上げることができて、タレントを探していたところである。
しかし、なかなか思うような人材にはめぐり会えていなかった。
プロデューサーには二種類いる。
ダイヤの原石を探し出して磨きあげるタイプと、石ころを光らせて宝石に見せるタイプだ。
美月は前者のほうだと思っている。
芸能人としてはベテランだがプロデューサーとしては素人である。後者のような技術は持ち合わせていないが、二十年間、玉石混淆の芸能界にいて、たくさんのタレントを見てきた。
人を見る目には自信がある。
百万人に一人の逸材を見つけてデビューさせること。それが彼女の夢だった。
姫ちゃんは女装してゴスロリファッションで街を歩くわりには、内向的であまり衆目を集めるのは好きではないようだった。
そういう事情も踏まえて、歌のレッスンが進むと、人前に出ることに慣れるため、デビュー前イベントとして各所でライブをおこなった。
「どこがいいかしら……」
「今後もゴスロリファッションで通すのなら原宿か新宿、男の娘としてマニアックな客層を求めるなら秋葉原じゃないですか?」
美月の自問に、そばにいた事務員の長谷川藍子が答えた。
大学を出たばかりだが、会計だけでなくファッション関係にも明るく、スタイリストとしての能力にも信頼がおける。
美月が頼りにしている才女である。
ライブと言っても、最初のうちはどこかの店内の一角を借りて、それこそみかん箱程度のお立ち台に立って少数の聴衆の目の前で歌うのである。
歌のほうはなんとかなっても、トークと振り付けに関しては美月曰く「ダメダメ」だった。それでもデビュー前の新人の初々しさとして許容される程度ではあった。
「『コスプレ』的なマニアックなジャンルにカテゴライズされると深さはともかく広さは得られませんよ」
事務所にいても暇なのでイベントの様子を覗きにきた藍子が仏頂面で意見する。
機嫌が悪いわけではなく、藍子はもともと表情にとぼしいところがあった。それが就職活動にも影響したそうである。そのうえ、ひとまわり以上年上で社長でもある美月に対してまったく遠慮のない話し方だった。
「あまり宣伝費はかけられないから」
美月は、藍子の言いようは気にせず答えた。むしろ、歯に衣着せぬ話し方は小気味良いと感じている。
「このあたりの人はみんなネットに明るいでしょう? ネットをつかった評判の拡散力は馬鹿にできないわ。それに、オフィシャルの広告より口コミのほうが信頼性が高いって思われる傾向があるし」
聴衆は少ないが、その中にはわざわざ聴きに来ているマニアがいる。彼らの発信力もあてにできる。
「マスコミよりもクチコミ……ですか」
「上手いこと言うじゃない」
美月は腕を組んで聴衆の後ろから姫ちゃんを眺めていた。
「大丈夫、広く親しまれるようになるわ。姫香はどのカテゴリーにもおさまらない、『姫香』オンリーワンよ」
そう言って自信たっぷりの笑みを見せた。
美月の視線の先で姫ちゃんが歌い終わり、少ないながらも温かい拍手をもらってペコペコと頭を下げていた。
デビュー曲のタイトル、発売日などテンプレートにあること以外はあまりしゃべれない。質問にたどたどしく答えるだけである。
ときおり、おかしな返答をしてまわりから笑い声があがる。しかし、決して失笑などではなく「頑張れ」などと声援が混ざっている。
そして、必ずされる質問が「本当に男の子なの?」である。
「はい、正真正銘の男の子です」
「見えない!」
「姫香は『男の娘』です」
「見ーえーなーいー」
「わた……僕は男の娘なんです……」
「今、言い直した!」
『男の娘』っぽさを演出するために姫ちゃんは「僕」と言うように決められてた。
もちろん、普段の学校生活では僕と言っていたが、ブログのときや女装をしているときは「わたし」または「姫」と言っていたのでつい間違えてしまうのである。
「本当は女なんじゃないの?」
「いえ、その……」
「全然わかんないぞ」
「脱がなきゃわからない!」
「脱げ、脱げー!」
姫ちゃんはすっかり弱ってしまってモジモジしている。
「さて、そろそろ助けに行くか、未来の大スターを」
それを見ていた美月は、足取り軽く聴衆の中に分けいった。
「脱がないうちに、ですね」
藍子は笑みを漏らしてそれを見送った。
少女未満
END
会ったばかりで簡単に信用できる話ではなかったが、どこにも行くあてのない姫ちゃんにとっては「助けに船」という絶妙のタイミングであった。
美月曰く「百万人に一人の逸材」らしい。
姫ちゃんは、さすがにそれは言いすぎではないかと思ったが、タレントをスカウトするときはそれくらい大げさに言うものなのかもしれなかった。
実際のところ、美月は良くしてくれた。
寮という名目で事務所近くのアパートを借りてくれた。
「ここにはほかのタレントさんも住まわれているのでしょうか?」
姫ちゃんは部屋に荷物をひろげながら、美月に尋ねた。先輩がいるのなら挨拶をしないと失礼になるだろう。
「ほかのタレント? ああ……言ってなかったわね」
窓の外を眺めていた美月は、姫ちゃんに向き直って言った。
「あなたが我がみづきプロダクションの記念すべきタレント第一号よ」
「……え?」
姫ちゃんが籍を置くことになったのは芸能界でもっとも小さな事務所のひとつだった。
ほかには事務員がひとりいるだけだという。
その事務員が学校の退学手続きをし、通信教育に切り換えてくれた。
美月とふたりで叔父の真之にも会って話をしたらしい。
姫ちゃんは叔父の家での生活のことを少し話していた。
真之は姫ちゃんを取り戻したかったようだが、妻の榛子の手前、言い出せないでいたように見えたそうだ。
みづきプロダクションでの最初の二ヶ月はひたすら歌のレッスンばかりしていた。なんの稼ぎにもならないはずだが、生活費に加えてわずかながらの小遣いももらえた。
いったいこの給料はどこから出ているのだろうと、姫ちゃんのほうが心配になるほどであった。
芸名は「姫香」に決まった。美月にとくにこだわりはなかったらしく、姫ちゃんがぼそりと言った名前がそのまま採用された。
(歌うのは大好きだ)
しかし、それが「人前で」となると話はべつであった。
こんな突然に歌手としてやっていけるものなのか。足もとには不安の種しか転がっていなかった。
姫ちゃんの歌を聴いて、美月は大きくうなずいた。
自分の勘にまちがいがなかったことを確信した。
初めて会ったとき輝いて見えたのは性別が不明な「変わった子」だったからではない。良い意味で常軌を逸したなにかを持っていることに気がついたのだ。
やっと念願の芸能事務所を立ち上げることができて、タレントを探していたところである。
しかし、なかなか思うような人材にはめぐり会えていなかった。
プロデューサーには二種類いる。
ダイヤの原石を探し出して磨きあげるタイプと、石ころを光らせて宝石に見せるタイプだ。
美月は前者のほうだと思っている。
芸能人としてはベテランだがプロデューサーとしては素人である。後者のような技術は持ち合わせていないが、二十年間、玉石混淆の芸能界にいて、たくさんのタレントを見てきた。
人を見る目には自信がある。
百万人に一人の逸材を見つけてデビューさせること。それが彼女の夢だった。
姫ちゃんは女装してゴスロリファッションで街を歩くわりには、内向的であまり衆目を集めるのは好きではないようだった。
そういう事情も踏まえて、歌のレッスンが進むと、人前に出ることに慣れるため、デビュー前イベントとして各所でライブをおこなった。
「どこがいいかしら……」
「今後もゴスロリファッションで通すのなら原宿か新宿、男の娘としてマニアックな客層を求めるなら秋葉原じゃないですか?」
美月の自問に、そばにいた事務員の長谷川藍子が答えた。
大学を出たばかりだが、会計だけでなくファッション関係にも明るく、スタイリストとしての能力にも信頼がおける。
美月が頼りにしている才女である。
ライブと言っても、最初のうちはどこかの店内の一角を借りて、それこそみかん箱程度のお立ち台に立って少数の聴衆の目の前で歌うのである。
歌のほうはなんとかなっても、トークと振り付けに関しては美月曰く「ダメダメ」だった。それでもデビュー前の新人の初々しさとして許容される程度ではあった。
「『コスプレ』的なマニアックなジャンルにカテゴライズされると深さはともかく広さは得られませんよ」
事務所にいても暇なのでイベントの様子を覗きにきた藍子が仏頂面で意見する。
機嫌が悪いわけではなく、藍子はもともと表情にとぼしいところがあった。それが就職活動にも影響したそうである。そのうえ、ひとまわり以上年上で社長でもある美月に対してまったく遠慮のない話し方だった。
「あまり宣伝費はかけられないから」
美月は、藍子の言いようは気にせず答えた。むしろ、歯に衣着せぬ話し方は小気味良いと感じている。
「このあたりの人はみんなネットに明るいでしょう? ネットをつかった評判の拡散力は馬鹿にできないわ。それに、オフィシャルの広告より口コミのほうが信頼性が高いって思われる傾向があるし」
聴衆は少ないが、その中にはわざわざ聴きに来ているマニアがいる。彼らの発信力もあてにできる。
「マスコミよりもクチコミ……ですか」
「上手いこと言うじゃない」
美月は腕を組んで聴衆の後ろから姫ちゃんを眺めていた。
「大丈夫、広く親しまれるようになるわ。姫香はどのカテゴリーにもおさまらない、『姫香』オンリーワンよ」
そう言って自信たっぷりの笑みを見せた。
美月の視線の先で姫ちゃんが歌い終わり、少ないながらも温かい拍手をもらってペコペコと頭を下げていた。
デビュー曲のタイトル、発売日などテンプレートにあること以外はあまりしゃべれない。質問にたどたどしく答えるだけである。
ときおり、おかしな返答をしてまわりから笑い声があがる。しかし、決して失笑などではなく「頑張れ」などと声援が混ざっている。
そして、必ずされる質問が「本当に男の子なの?」である。
「はい、正真正銘の男の子です」
「見えない!」
「姫香は『男の娘』です」
「見ーえーなーいー」
「わた……僕は男の娘なんです……」
「今、言い直した!」
『男の娘』っぽさを演出するために姫ちゃんは「僕」と言うように決められてた。
もちろん、普段の学校生活では僕と言っていたが、ブログのときや女装をしているときは「わたし」または「姫」と言っていたのでつい間違えてしまうのである。
「本当は女なんじゃないの?」
「いえ、その……」
「全然わかんないぞ」
「脱がなきゃわからない!」
「脱げ、脱げー!」
姫ちゃんはすっかり弱ってしまってモジモジしている。
「さて、そろそろ助けに行くか、未来の大スターを」
それを見ていた美月は、足取り軽く聴衆の中に分けいった。
「脱がないうちに、ですね」
藍子は笑みを漏らしてそれを見送った。
少女未満
END
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