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姫ちゃんの日常
あじさいガオー
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たまの休みはひとりで好きな映画を観に行ったが、最近は自分より少し後にデビューした小鳩ゆうきと外出することが多くなった。
とくになにをするということもなく、おしゃべりしながら街をブラブラ歩いて雑貨や音楽関係の品を見てまわる。
おなじ「男の娘」として親近感を感じるのか、ゆうきは姫ちゃんによくなついた。ただし、プロモーション的には「女装男子」というよりはユニセックスな位置づけであった。
どちらかというと他人と距離を置いてしまいがちな姫ちゃんも、天真爛漫なゆうきの態度にはわりと気兼ねなく接することができたので、一緒にいて心地良かった。
「あじさいガオー!」
テレビ局のスタジオで仕事を終えて、廊下を歩いていた姫ちゃんの脇腹に、誰かが謎の言葉を発しながら勢いよく抱きついてきた。
息を詰まらせながら見ると、満面の笑みで頬をこすりつけている小鳩ゆうきがいた。
「あじさいガオーだよ。お姉ちゃん!」
ゆうきは、脇腹の痛みに眉をしかめている姫ちゃんにはまったく気づかず、嬉しそうに謎の言葉をくり返した。
「あじさい……」
姫ちゃんがすぐに思い浮かべたのは二か月後に迫った『あじさいが丘J-POPフェスティバル』のことであった。
アイドルの祭典と言われるイベントだが、ゆうきはデビュー間もないこともあり参加がなかなか決まらなかった。
姫ちゃんもデビューはゆうきより少しだけ早いだけだったが、話題性があったのでギリギリエントリーできていた。
「もしかして……」
どうなったのか、ゆうきの顔を見れば予想がつく。
「うん、出れるようになったよ! 真奈美さんがなんとかねじ込んでくれたみたい」
「そうなんだ! よかったねえ」
やや苦しそうにしていた姫ちゃんの顔に、ぱっと笑顔が咲いた。
小鳩ゆうきのデビューは姫ちゃんのそれから一か月後だった。
おなじ『男の娘』キャラとして、「素早く二匹目のドジョウを探してきた」などとプロデューサーの時里真奈美ともども二番煎じ的な言われかたもしているが、人気のほうは上々であった。
そもそも、姫ちゃんがデビューする前からゆうきは時里プロモーションに所属していたのだから、二匹目のドジョウであるはずもなく、業界人の悪評はその人気に対するやっかみともとれた。
お互い時間があったので、場所を放送局の社員食堂に移してしばらく話すことにした。
ここの食堂は味に定評があり芸能人も多く利用していた。
隣のテーブルではお笑い芸人の坂板マスオがカレーを食べていた。
典型的な一発屋で、一昨年まではテレビに出突っ張りだったのに、今年になって姫ちゃんが見たのはテレビの中でも外でもこれがはじめてだった。
姫ちゃんとゆうきが「おつかれさまです!」と頭を下げると、「やあ……可愛いねえ」と覇気のない顔で挨拶を返し、また黙々とカレーを口に運んだ。
少し離れたところでは可愛らしい女子の一団が食事をしていた。
姫ちゃんとゆうきが入ってくると、女の子たちはふたりをチラチラと見ながらヒソヒソ話をして笑い合っていた。
姫ちゃんはあまりこういう雰囲気は好きではなかった。
自分が異端なのはわかるが、美月や藍子やゆうきのようにそれを気にせず付き合ってくれる人がいる。
なるべくならそういう人々ととだけ接していきたいと願わずにはいられなかった。
「お姉ちゃん、なににするの?」
ゆうきは彼女たちを一瞥したあと、姫ちゃんにメニューを差し出した。
食事のときなど、テーブル席であってもゆうきはなぜか向かいではなく隣に座る。
姫ちゃんはビーフカレー、ゆうきはハヤシライスを注文した。
「ここは、カレーがいちばん有名なんだよ」
姫ちゃんが言うと、ゆうきは「ボク、辛いの苦手なんだ。お子ちゃまだから」と笑った。
ちょうど料理がきたとき、離れた席にいたロックバンド風の四人組が食べ終わったところで、ひとりが前を通り過ぎざまゆうきに「よっ」と片手を上げた。
「お疲れさまですー!」
ゆうきが元気よく挨拶を返したので、姫ちゃんもつられて頭を下げた。
「東京バンビーズのヨルナシオタカさんだよ」
後ろ姿を見送りながら、ゆうきが姫ちゃんに耳打ちした。
「ヨル……ナ……シオ……タカ」
どこまでが名字でどこからが名前なのかわからない。もしかして全部名前なのだろうか。
「ハッシュド・メリーのマヤコさんと付き合ってるらしいよ」
とっておきの情報とばかりにゆうきが声をひそめたが、姫ちゃんの頭にはハッシュドビーフとマヤ文明しか思い浮かばなかった。
姫ちゃんと違いゆうきは人なつこく社交的なので、すぐに多くの知人が増えた。
ゆうきのデビュー曲もそんな性格を象徴するようなノリの良いアイドルソングだった。
歌唱力では姫ちゃんにおよばないものの、愛くるしい笑みと全身をつかった元気なパフォーマンスで聴衆を魅了する。
その観客を乗せる能力は逆に姫ちゃんが持ち得ないものと思えた。
天性のアイドル・小鳩ゆうきと、圧倒的な歌唱力で神秘性さえ感じさせる歌姫・姫香。
おなじ男の娘キャラでも目下のところ住み分けはできていると言えた。
とくになにをするということもなく、おしゃべりしながら街をブラブラ歩いて雑貨や音楽関係の品を見てまわる。
おなじ「男の娘」として親近感を感じるのか、ゆうきは姫ちゃんによくなついた。ただし、プロモーション的には「女装男子」というよりはユニセックスな位置づけであった。
どちらかというと他人と距離を置いてしまいがちな姫ちゃんも、天真爛漫なゆうきの態度にはわりと気兼ねなく接することができたので、一緒にいて心地良かった。
「あじさいガオー!」
テレビ局のスタジオで仕事を終えて、廊下を歩いていた姫ちゃんの脇腹に、誰かが謎の言葉を発しながら勢いよく抱きついてきた。
息を詰まらせながら見ると、満面の笑みで頬をこすりつけている小鳩ゆうきがいた。
「あじさいガオーだよ。お姉ちゃん!」
ゆうきは、脇腹の痛みに眉をしかめている姫ちゃんにはまったく気づかず、嬉しそうに謎の言葉をくり返した。
「あじさい……」
姫ちゃんがすぐに思い浮かべたのは二か月後に迫った『あじさいが丘J-POPフェスティバル』のことであった。
アイドルの祭典と言われるイベントだが、ゆうきはデビュー間もないこともあり参加がなかなか決まらなかった。
姫ちゃんもデビューはゆうきより少しだけ早いだけだったが、話題性があったのでギリギリエントリーできていた。
「もしかして……」
どうなったのか、ゆうきの顔を見れば予想がつく。
「うん、出れるようになったよ! 真奈美さんがなんとかねじ込んでくれたみたい」
「そうなんだ! よかったねえ」
やや苦しそうにしていた姫ちゃんの顔に、ぱっと笑顔が咲いた。
小鳩ゆうきのデビューは姫ちゃんのそれから一か月後だった。
おなじ『男の娘』キャラとして、「素早く二匹目のドジョウを探してきた」などとプロデューサーの時里真奈美ともども二番煎じ的な言われかたもしているが、人気のほうは上々であった。
そもそも、姫ちゃんがデビューする前からゆうきは時里プロモーションに所属していたのだから、二匹目のドジョウであるはずもなく、業界人の悪評はその人気に対するやっかみともとれた。
お互い時間があったので、場所を放送局の社員食堂に移してしばらく話すことにした。
ここの食堂は味に定評があり芸能人も多く利用していた。
隣のテーブルではお笑い芸人の坂板マスオがカレーを食べていた。
典型的な一発屋で、一昨年まではテレビに出突っ張りだったのに、今年になって姫ちゃんが見たのはテレビの中でも外でもこれがはじめてだった。
姫ちゃんとゆうきが「おつかれさまです!」と頭を下げると、「やあ……可愛いねえ」と覇気のない顔で挨拶を返し、また黙々とカレーを口に運んだ。
少し離れたところでは可愛らしい女子の一団が食事をしていた。
姫ちゃんとゆうきが入ってくると、女の子たちはふたりをチラチラと見ながらヒソヒソ話をして笑い合っていた。
姫ちゃんはあまりこういう雰囲気は好きではなかった。
自分が異端なのはわかるが、美月や藍子やゆうきのようにそれを気にせず付き合ってくれる人がいる。
なるべくならそういう人々ととだけ接していきたいと願わずにはいられなかった。
「お姉ちゃん、なににするの?」
ゆうきは彼女たちを一瞥したあと、姫ちゃんにメニューを差し出した。
食事のときなど、テーブル席であってもゆうきはなぜか向かいではなく隣に座る。
姫ちゃんはビーフカレー、ゆうきはハヤシライスを注文した。
「ここは、カレーがいちばん有名なんだよ」
姫ちゃんが言うと、ゆうきは「ボク、辛いの苦手なんだ。お子ちゃまだから」と笑った。
ちょうど料理がきたとき、離れた席にいたロックバンド風の四人組が食べ終わったところで、ひとりが前を通り過ぎざまゆうきに「よっ」と片手を上げた。
「お疲れさまですー!」
ゆうきが元気よく挨拶を返したので、姫ちゃんもつられて頭を下げた。
「東京バンビーズのヨルナシオタカさんだよ」
後ろ姿を見送りながら、ゆうきが姫ちゃんに耳打ちした。
「ヨル……ナ……シオ……タカ」
どこまでが名字でどこからが名前なのかわからない。もしかして全部名前なのだろうか。
「ハッシュド・メリーのマヤコさんと付き合ってるらしいよ」
とっておきの情報とばかりにゆうきが声をひそめたが、姫ちゃんの頭にはハッシュドビーフとマヤ文明しか思い浮かばなかった。
姫ちゃんと違いゆうきは人なつこく社交的なので、すぐに多くの知人が増えた。
ゆうきのデビュー曲もそんな性格を象徴するようなノリの良いアイドルソングだった。
歌唱力では姫ちゃんにおよばないものの、愛くるしい笑みと全身をつかった元気なパフォーマンスで聴衆を魅了する。
その観客を乗せる能力は逆に姫ちゃんが持ち得ないものと思えた。
天性のアイドル・小鳩ゆうきと、圧倒的な歌唱力で神秘性さえ感じさせる歌姫・姫香。
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