ワイズマンと賢者のいし

刀根光太郎

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終わりと始まり

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「アルム様……どうすれば……」

『魔法を放って逃げるぞ』

「はい!」

 杖を大きく横に振った。言われた通りに炎をばら撒いて逃走する。

 敵は魔法を処理した後に、一定の距離を保ち余裕で追いかけて来る。反転して奇襲もしずらい、嫌な距離。焦りが無い。かなりの手練れだ。リルルナではとても逃げ切れない。

 魔力を借りれば未だに隠れている四人もろとも倒せるが、同時にリルルナの魔力が尽きるだろう。

 追手がどの規模なのか分からない以上それは出来ない。最低限分かるのは侯爵を襲撃出来る頭のイカレタ奴等。ここの六人を倒したとしても切りが無いとみた。


(なら……リルルナを殺せば良い……存分に狩りを楽しんでくれ)


『リルルナ……奇襲だ。反転して奴等を倒す。周辺にいる奴等の位置情報を頭の中に送るから、全員に全力をぶちかましてやれ!』

「は、はい!」


 俺も協力をする。魔法を再利用して、全員をあぶり出す。隠れていた者が慌ててそれに対応する。彼等はそれを防ぎきると、一斉にリルルナに反撃した。彼女は苦痛の声を上げながら、地面に勢いよく転がる。

 リルは苦痛に顔を歪めながらも起き上がり反撃するが、相手は余裕の表情を浮かべる。それは簡単に防がれた。防いだ以外の三人が攻撃魔法を放つ。避けようとするが、幾つかの魔法に当たってしまう。

「どうすれば……」

『奇襲は失敗だ。逃げろ』

 先ほどのように魔法を放つが、まるで効かない。先ほどまではあくまで二人の体だったが、もう力を隠す必要がなくなったからだ。

 時間稼ぎは出来ないが、それでも逃げようと走り出す。魔法が何度も飛んでくる。それを最小限のダメージで抑えながら逃げるが、ついに直撃し大きく飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 彼等は必死に立ち上がろうとする少女を六人で囲み、魔力を溜める。彼等は嗜虐的な顔を隠さない。

「もう……逃げないのか?」

 先ほどとは比べモノにならない規模の魔法を使おうとしているのか、発動に時間がかかっていた。リルルナはふらつきながらも片膝で起き上がり、彼等に問う。

「ど、どうして……どうして私の家族を襲ったの……っ?」

「罪人には当然の報い……」

「……私たち、何もしてないっ……」


「おい、時間が無い。早く戻るぞ」

「ふむ。終わりだ。我々を知る者は抹殺せよ……それが例え幼き使用人であっても」

「私は……リルルナ・ワイズマン。使用人なんかじゃ……」

 彼等はそれを聞いて嬉しそうにする。髪の色から血族ではないと思って居たらしい。

「これが神のご意志……素晴らしいぃ。では死ぬが良い……神に背きし者よ」


 リルルナは全てを悟り、泣き始める。先が見えてしまった。自分は死ぬのだと。最期に家族を想う。その時、赤い石が強い光を放った。そこにいる誰もが驚いた。

「何だこの光はぁ!!」


(これを待ってた。奴等の心に隙が生まれるのを……これならリルルナの魔力でもギリギリ足りる)

 彼等は同時に魔法を途中で消した。眼が空いているが、意識が無い抜け殻となった。だらりとしていて全く動かない。

「な、何が……アルム様これは?」

『奴等の記憶を改ざんする。リルルナを、関係者を全員殺した後で、帰還した事にする』

(俺の名前は勿論、こちらの情報を消去。失った部分の整合性を合わせるために改ざん。情報を引き出したいが、魔力の関係で最低限しか出来ない。今はこれで良い……リルルナを守れればそれで……)

『ここから離れるぞ』

 彼女はコクリと頷いた。


 その後、俺たちは数日間、ボロボロになりながら森を歩き続けた。人が何度も通り、踏み固められた道。街道らしき場所にようやく出た。

 しかし、リルルナがパタリと倒れる。あの魔法で魔力を消費し過ぎたのもあるが、何日も森を歩いたんじゃ、限界か。不味い。

 対策を考えていると、遠くから馬車がやって来た。かなり安定した速度だ。

(これ以上魔力を借るとリルルナが本当に死ぬ……っ。どうする)

 近づいた時、商人らしき初老の男が馬車から出て来た。警戒しつつも彼を観察する。どうやら助けてくれるらしい。馬車が動き出すと外を警戒する。しばらく揺られていたが、特に何事も起こらない。

(助かった……それにしてもこの馬車……)


 昔に考案した魔力で動く馬車。魔力元たる魔石だけではすぐに資源が枯渇するので、超巨大な馬と組み合わせ、長距離かつ高速で移動できるものを作った。

 どうやら現代のものはあれをさらに改良し、馬も小さくなっている。この馬の魔力。別種とは思えない。恐らく交配させて馬車に特化させたのだろう。素晴らしい。特に馬の最適化、丹念に時間をかけないとああはならない。

(揺れが少ない。なるほど、車輪、その軸。その他にも重力や振動の魔法を様々な技術を工夫し組み合わせているのか)

 適切な速度で土を踏みしめる、心地よい馬の足音が響いていた。
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