魂の質屋

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魂の質屋

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「皆様初めまして、私はあるビルの一室で小さく質屋をやっております。しかし、小さい質屋が小さいことしかしてないと思いにならないように。私が何のために質屋をやるのか、そのわけを知ることが出来たのなら、あなたの人生の書斎にひとつ、知恵が入るのかも知れませんね。おや早速お客様が」
 
 ここで入って来たのは一人の女性だった。おそらくこの女性もあの奇妙な張り紙に誘われて来たのだろう。
 [本当に高価買取します。(条件:ゴミ以外の使用済みの物ならどんなものでも買取いたします。)査定はその場ですぐに完了]
 
 「こんなビルの一室で高価買取とか怪しい、胡散臭い。」
 という言葉も扉の向こうから何度も聞いてきたと質屋は言う。時におなじ声色で冷やかしのつもりでくる人も少なくないようだ。
 そんなことを考えていると、もうその女性はカウンター席に座っていた。
 その女性、いかにもアラサー入りたての雰囲気で、セミロングの髪は緩いカールがかかっている。服装は白で統一しており、飾らない感じがした。
 しかしそれはこれから買い取る商品を見るまでの先入観であった。
 「ようこそいらっしゃいました。」
 質屋がそう言うと、女性は持っていた大きな紙袋から大量の小さな箱を出し、その中身を見せた。
 「…!?」
 質屋は絶句した。なぜならそれは、とても小さくはあるが、確かにクラシック・ミニカーだったからだ。
 そこにはいつ発売されたか分からない程に錆び付いているものもあり、クラシックカーの知識が全くない質屋でさえその価値がひと目でわかるレベルのものが沢山あった。
 質屋は気を取り直し、質問をした。
 「…このミニカーは全てお客様が集めたものですか?」
 と言うと、女性の表情が少し曇り、
 「いえ、全部夫のものです。」
 質屋は調子を完全に取り戻し、
 「なるほど。それではこれは、ご主人様が決意をして出したということですね?」
 と聞くと、女性は色あせた様な表情で、
 「どちらかと言うと逆です。夫が帰ってこないから、もう売ろうと決意したんです。」
 そして女性は同じ表情で語る。
 「私の夫は、ミニカーが大好きでした。大人になって、その魅力を知ったらしいです。私は否定しませんでした。夫の顔が一番輝いているものを奪うことなんて出来ませんから。」
 質屋は相づちを打ちながら真剣に聴いている。女性は続けて、
 「一ヶ月前に夫は限定のミニカーを買うために遠出をしました。日帰りだったのですぐ帰ると思っていたのですが…」
 と言うと、女性は涙をほんの少し溜めながら続ける。
 「その夕方、病院から電話が来て、『あなたのご主人が電車に轢かれました。』という電話を受け、すぐに駆けつけたところ、夫の外傷は軽く、命は助かったのですが、意識だけが無かったんです。その後もずっと眠ったままで、このままだと、命に別状はないけど、目を覚ます事もないと医師にも言われたので、私は決意を決めて、これらを売ることにしたのです。」
 その後になって女性は、どっと出てくる涙に気付き、ハンカチで涙を拭いた。
 この一部始終にセンチになりながら、質屋も口を開き、
 「分かりました、ではそのエピソードを交えて、買取額を出すなら…」
 と言い質屋は電卓をカタカタ打った。ただしカタカタ打っているのはわざとで、質屋の中ではとっくに査定は終わっているのだった。ここで電卓の最後のボタンが押されると、電卓を女性の方へ向け、
 「五十万円でいかがでしょうか?」
 という。女性はその額に驚いたが、不安げにすぐにこう言った。
 「本当に、そんな高額でよろしいのでしょうか?何だか今更になって怪しく感じますよ。」
 質屋はその不安を消すように優しく言った。
 「本来なら、四十万でした、しかしお客様のその話は飾らず、そして偽りのないエピソードでしたので、この価格に致しました。」
 女性はその額に納得し、新たな質問を投げかける。
 「…確かに、私の話に偽りはありません。でも失礼ですが、騙されたことはないのでしょうか?偽りのエピソードを用いた詐欺やペテンで、いいように絞られきたことはないのでしょうか?」
 質屋は自信ありげに、かつ優しく諭すように、
 「この質屋を始めるまでに、私は星の数ほど騙され、裏切られもしました。でも私は負けじと『この騙された経験は人を信じさせるために使おう。決して騙すために利用するのではなく。』と心に決めしました。そして私は質屋を始めました。私こそがお客様の商品の本当の価値を見極めることが出来ると、僭越ながらそう思ったのです。何より質屋は、」
 女性のハンカチはマイクロファイバーのタオルに変わった。今まで持っていたハンカチはもう水分を吸い取れないほど濡れていたからだ。
 それを見つつも質屋は続けてシメの言葉を言う。
 「今はいない親がかつてやっていたものでしたから、」
 このありきたりなシメだったせいか、女性の涙はすぐ乾き、だがこのありきたりなシメだったお陰か、女性は涙に濡れて一層美しくなった顔になり、
 「それはたいそう辛かったでしょうね。きっと親御さんも、我が子がこんな素晴らしい天職につけて、喜んでいられているでしょう。」
 逆に諭された質屋は少し照れくさくなり、手短に感謝を述べた。そしてスッとビジネスの話に戻し、
 「では、この額でよろしいのであれば手渡しか、銀行に振込みということもできます。」
 「銀行へお願いします。口座は…」
 と言い、質屋と女性は正式な手続きをし、その後女性は部屋を出る時に、深くお辞儀をして、そして行った。
 
 すると質屋はドアの鍵を締め、すでにミニカーが入っている紙袋を手に持ち、そして受付の奥の奥の、[こちらに]向かって言った。
 「今まで見ていたあなたもまだ、私の本来の目的をまだ知らずにいるでしょう。実は私は商品などどうでもいいのです。」
 「私は…その物の魂が欲しいだけなのですよ。」
 今まで奥で見学していた自分は、ただ呆然と質屋の話を聞いているだけだった。それを気にせず質屋は話を続ける。
 「物を大切にすると心が宿るとお聞きしたことはあるでしょう。それは本当です。まあ見る方が早いでしょう。私について行ってください。」
 と言うと質屋はカウンター席からは死角にある巨大な亀裂の走った壁の前に立ち、その瞬間、質屋は亀裂の中に吸い込まれた。
 自分が呆気にとられていると、亀裂から、
 「あなたも入れるようにしておきましたので。」
 と質屋の声がしたため、恐る恐る亀裂の前に立つと、質屋と同じように自分も吸い込まれてしまった。
 
 [魂の世界]
 そこは死後の世界とは違うところで、あの世とこの世の狭間にある。魂と言うのは万物に宿り、魂の無いものなどない。[魂が宿る]という表現は間違いであり、元々宿っていた極小の魂が月日をかけて大きくなっていくのである。
 そんな説明を長ーい暗いトンネルの中…ではなく、エレベーター位の狭いスペースで自分は質屋から立ちながら聞いた。
 その前には子供の背丈ほどある巨大な立方体の金庫があった。その金庫のドアを慣れた手つきで開け、さっきの紙袋をその金庫の中に入れ、そして閉めた。
 「この金庫は物の魂を限りなくゼロに近づける機械です。これで魂の大半は、魂の世界に送られ、新しく生まれるものに分け与えられます。」
 質屋がそう言うと、ピピッと電子音がなり、金庫を開けた。
 その中には何だか新品の様な雰囲気を醸し出すあのミニカーの入った紙袋と、そして、ビー玉の様な青色の玉が五個ほどあった。
 質屋は慌てて
 「ああ、そうでした!これの説明を忘れていましたね。これは…簡単に言えば[報酬]です。」
 「私、なんとこの[魂の世界]と契約を結んでおりまして、私が魂を送る代わりに、この素晴らしい物をいただけるのです。」
 自分は、この質屋が契約をしていることに驚きはなかった。そんなことよりも驚くのは今質屋が回収した青い玉が神秘以上の何物でもなさそうなことだった。
 「この玉を私は[青玉(せいぎょく)]と勝手に呼んでおります。この青玉は魂の[おから]みたいな物で魂の世界では何の価値もない様ですが、されど魂の塊、体に入れるとエネルギーが沸き起こる代物です。」
 「さて、今から最後の仕事に入りますよ。この青玉を飲んでください。」
 質屋は青玉を飲み、もう一つの青玉を渡しながら言うと、自分もすぐに青玉を飲んだ。すると体から青玉に似たオーラの様なものを身にまとい、少し体が浮かんだ。
 それを見た質屋がすぐさま手を掴んで、
 「ボランティアの様なものですが、私が一番の生きがいにしていることです。さあ、行きますよ!」
 質屋と自分は亀裂を出て、窓を開けた瞬間、気づいたら、質屋と自分は空を飛んでいた。
 
 空を飛んでいることに気がついたのは、数分してからだった。
 まず視界に驚いたが目の乾きもなかった。さらに自分のからだが透けていることに気づいた。下を見ると、みんな質屋や自分が飛んでいることに気が付いていないようだ。
 どうやら自分は、青玉によって護られているらしい。そのため、風の音や風圧も、寒さも何も感じないでいた。
 質屋が何気ない口調で、
 「今から向かうのはあの女性のご主人がいる病院です。今からあのご主人の意識をこの青玉によって取り戻します。」
 というのが明瞭に分かったとき、もう目的地に付いたようだ。
 質屋と自分は透明の体で病院の壁をすり抜け、誰にも気づかれずに女性の夫の病室にきた。
 病室には、あの女性とその夫の二人きりでいた。
 女性は動かぬ彼の世話をする。点滴を見たり。糞尿の管理をする。そして、やさしく言葉をかけるのだ。「いつもここにいるわ、ずっと一緒よ。」と。
 質屋は青玉を密封された点滴に手品のように入れた。
 「アフターケアです」と質屋が言う。質屋の声は誰にも聞こえることはなかったが、この夫婦に言ったのは確かだ。聞こえると夫婦は困るだろう。でも、聴こえるといいな。と密かに思った。
 
 質屋と自分は残り二つの青玉を飲み、仕事場に戻った。その時は、もう見学終了時刻の七時を回っていた。
 帰る前に質屋は言った。
 「私がやっていることはこの小さな質屋に似合わない大きなことです。でも、こんな大きなことが出来るのは、今までの私の数え切れない経験とお客様の大事にしていた商品、そして、魂の世界の存在があったからです。私は常に感謝の心を忘れません。なぜなら感謝こそが私の生きる源だからです。感謝だけでいいのです。あなたも感謝の心を持ってください。何でもいいです。その想いは必ず自分に帰ってくるのですから。」
 この言葉にも魂が宿っているのだろう。それは青玉によるものではなく、質屋自身の言霊によるものだから。
 
 その後、あの夫は意識を取り戻し、あの女性、妻は「よかった」と「勝手に売ってごめんなさい」の想いが一杯で涙がおさまらなかった。
 夫はそんな妻を見て、「僕にはこれがあるさ。」と言いながら鞄の中から取り出したのは…
 夫が欲しがっていた限定のクラシック・ミニカーだった。
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みんなの感想(1件)

関谷俊博
2016.11.01 関谷俊博

魂の質屋という設定がいいですね。すっと小説の世界に入っていけました。

解除

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