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第1章 それは自業自得だろ?

凄腕ハンターの二つ名 ③

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 オーリジン王国、原始の樹海に最も近い都市シラクメン。
 その都市は樹海に近い事もあって、解体屋・鍛治屋・素材の加工場等が多い。
 当然、アッシュも狩った獲物を持ち寄るのは、ほとんどがこのシラクメンだ。

「あっ、見て!【龍殺しのアッシュ】よ!」

「うわっ、早く帰ろう!匂いが移っちまう」

「どうせまた、人の獲物を横取りして自分の成果だとほざくんだろ?」

 彼を見る人々の眼差しは、大半が忌み嫌うものだった。
 だが、一部には歓迎する者達もいる。
 繁華街とは離れた場所にある一室で、アッシュを取り巻く強面の者達がいた。

「旦那ぁ、今日はどんな素材を卸してくれるんですか?」

「今日は、ガズーだ。既に血抜き、解体は済ませてある」

 彼等は、アッシュの討伐した獲物の素材買取に集まった者達だ。
 マジックバッグから小出しに出される素材に、早速彼等は目を光らせる。

「おお、相変わらず状態が良いな」

「下手な解体だと、売り値が付かない上に、食材にもならないからな」

「しかし我々は役得ですな。旦那に懇意にしてもらっているおかげで、ギルドの仲介を入れずに直に最高の品を手に入れられるのですから」

 本来なら冒険者やハンター達は、解体・鑑定・査定まで行ってくれる所属しているギルドに卸すのが一般的である。
 普通なら、業者との直接交渉は品質保証が低い事から、値が叩かれる為に避けるのだ。

 だがアッシュの持ち込む素材は、どれもギルドに劣らない品質管理がなされているので、買取業者側も安心して買う。
 アッシュとしては、仲介料が発生しない分、ハンターギルドに卸すより高く売れるので、大半が彼等に卸しているのだ。

「では旦那、またご贔屓に」

「ああ、次も期待してくれ」

 ガズーの素材と装備品は彼等に卸し、ワイルドボアの素材はハンターギルドに卸した。
 因みに今回の収入は、白金貨30枚、金貨240枚だ。

内訳) ガズー 白金貨30枚。金貨180枚。
  ワイルドボア 金貨50枚。
  冒険者の装備品及び呪われた武器 金貨10枚(処理手数料含む)。

 平民の平均年間所得が金貨200枚前後、Aランク冒険者(4人パーティー)の月収が平均白金貨10枚なので、アッシュがいかに高収入かが分かる。

物価例) パン1個 銅貨5枚~10枚。

 メイン料理1品 銀貨5枚~銀貨8枚。

 宿泊費(一般的な宿)   金貨1枚~2枚。

 銅貨100枚で銀貨1枚と同じ。
 銀貨10枚で金貨1枚と同じ。
 金貨100枚で白金貨1枚と同じ。

 取り引きを終えたアッシュは、路地裏へと移動する。
 見窄らしい路地の袋小路に隠し扉があり、アッシュはそのまま中へと入った。

 中には直ぐに階段があり、地下通路が伸びている。
 行き着く先には外灯が灯る扉があり、アッシュが着くなり扉は開かれた。

「お帰りなさいませ、アッシュ様。いえ、サマエル・ノーマン様」

 そこには白髪の執事とメイドが3人居り、衣類が乗ったワゴンを用意していた。

「変わりないか?」

「はい。問題ありません」

 アッシュは服を脱がされ、メイド達が体を清水で拭き着替えさせていく。
 着替え終えたその姿は、ハンター時の近寄り難い姿とは一変し、貴族の様な気品が見える。

「今回は、カッヘ男爵から。丁寧にお返しせねばな?」

 扉の先は、豪邸が並ぶ住宅街の屋敷の地下に繋がっていた。
 もちろん、この屋敷はアッシュの持ち物だ。

 だが、彼は貴族ではない。
 には、この屋敷の持ち主はサマエル・ノーマンという名の商家の富豪になっている。

 この身分は、なにかと狙われる事の多いアッシュが、街で自由に振る舞う為に用意したものだ。

 殺伐とした風貌のアッシュの時とは違い、身だしなみを整えているノーマン時の姿を、誰も同一人物とは思わないようだ。

 無論、屋敷で雇われている執事達でも、彼が世間から嫌われているアッシュと知る者は限られている。

 執事長のパウマン。メイド長のカーミラと部下のテラ、サラの姉妹メイド。料理長のハッサンの5名がそれに当たる。
 まぁ話が漏れたところで、【捏造者】の通り名があるアッシュの嘘に違いないというオチで終わるのだが。

 自室のソファに腰掛けると、タイミングよくカーミラが紅茶を注ぎ差し出す。

「今回はいかようにしてお返しを?」

「カッヘ男爵は、以前に絡み恥を晒した事を根に持っている様だ。今回は冒険者を使い、呪われた武器を送り込んできた。見合うお返しとなれば、呪いの類が良いだろう。呪いで何か良い案はあるか?」

「では、発汗の呪いなどどうでしょう?」

「う~ん、少し緩くないか?」

「程度によるかと。以前、私が拝見した案件では、対象となった人物は5日も経たずに干物の様になりました。解呪は可能ですが、聖職上位者が必要と容易ではありません」

「ほう、それは見ものだな。だが、どうせなら奴の信用も落としたい。奴の領地の特産は何だ?」

「カッヘ男爵の領産ですと、葡萄酒です」

「ならば、先ずはその最高級品の葡萄酒にのみ、弱めの発汗の呪いを掛けろ。貴族向けの贈答品で使われるだろうからな。後に奴が疑わられ追い込まれたら、強めの呪いを奴に掛けてやれ」

 パウマンは、チラリとカーミラを見る。彼女は、短く頷き姿を消した。
 パウマンやカーミラは普通の執事やメイドではない。
 かつては、隣国に所属する暗殺者と呪術士であり、アッシュに返り討ちにあって、それ以来、新たな主は貴方だと付き従っているのだ。

 報復は、カーミラに任せておけば間違いなく完遂するだろう。

「今日は、ギルドや巷で新たな情報は無かったか?」

「2点ございます。王都より、此処シラクメンに、明日正午頃に第3王子のエドガー様が到着との事。名目は在籍している学園の実習らしく、原始の樹海の入り口付近での予定です。もう一点は、樹海北北西の霊峰ツィーゲンヴァフェの八合目周辺で、ドラゴンを確認したとの事です。どちらも、冒険者ギルドが情報源です」

「ほぅ、ドラゴンか。時期的には子育てによる巣篭もりか。ハンターギルドにはまだ情報が無いのか?」

「まだ見受けられませんでした」

「という事は、10日前に帰還したS級冒険者チーム【斉天の矛】が持ち帰った情報かもな」

「冒険者ギルドに、討伐依頼が出るでしょうか?」

「う~ん…。ドラゴンは子育てに、近隣の大型生物を狩り尽くすからな。討伐依頼は間違いなく出るだろうな。だが巣篭もり中のつがいドラゴン相手だと、シラクメンここの冒険者ギルドの奴等じゃまだ役不足だな」

 【斉天の矛】の奴等でも、1匹なら長期戦でなんとかなるだろうが、2匹なら歯が立たないだろう。

「では、アッシュ様に依頼が来るかもしれませんね」

「どうだかな?冒険者ギルドからすれば、俺は【捏造者】らしいからな?」

 冒険者ギルドが、ハンターギルドに協力を要請することは稀にだがある。
 それは、隣国からの侵略時の際の共同傭兵依頼や、防壁が決壊した場所の修復工事の共同護衛等だ。

「しかし、ドラゴンの巣篭もりは2年ぶりだな。前回は樹海の南西部にいたドラゴンだったが、素材は宝の山だからなぁ。当時でも、竜鱗1枚で金貨10枚は下らなかった」

 その時の狩りでは、討伐にじっくりと20日間も掛けた。
 大変だったのは寧ろ討伐後で、全ての素材の運び出しに、何度も往復して1ヶ月程掛かった。(当時持っていたマジックバッグには、1つにドラゴンの片腕しか入らなかった。結果的に、肉の6割は往復時の自分の食糧と変わった)

「依頼無しで向かうおつもりで?」

「ああ。誰よりも先に討伐してやろう。前回は発見は俺自身だったから、つがいの隙を長期で待てたが、今回は冒険者共に知られている。明日の早朝に立つぞ、準備を頼む」

「仰せのままに」

 主人のイキイキとした表情にパウマンもどこか愉しげに一礼し、準備の為に退室して行った。

「これは久々に、緊張感のある狩りができるかもな」

 アッシュは、ハンター成り立て時の好奇心を少し思い出し、自身も武器の準備に取り掛かるのだった。
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