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第2章 それは、本能?理性?

ネームド ③

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 翌朝、最初の開門時間である午前7時。

「さぁ、出発だ」

 昨夜に結成されたジャン率いる一時的共同チームは、6番門を通過して原始の樹海へと足を踏み入れた。

 新たに加わったのは、

 棍術と薬草学を得意とする僧侶で最年長(38歳)のトマス。チーム内唯一のB級冒険者であり、落ち着いた雰囲気の人格者。

 小剣と探索を得意とする斥候のバザック。ザキニより2つ歳上の24歳。口が悪く、やや短気な性格。

 斧術と生存術サバイバルを得意とする戦士ソルジャーのマートン。
 いでたちは野生児だが、愛用の斧を見る限り、チーム内で最も樹海を理解している。歳は20歳。

 水魔法と料理を得意とする魔術士のエマルトン。臆病な性格だが、調理を始めると人が変わるらしい。魔術学院を卒業したばかりで、17と最年少だ。


 なお、亡くなったドビーは運び屋ポーターだったらしく、当時彼が持っていた物資の大半は、件のホーンラビットに奪われたらしい。

「先ずは、仕掛けた罠の確認から始める。考えたくないが、隠密系のスキルを持っているかもしれない。【気配感知】に頼り過ぎず、五感を持って周囲を見るんだ。くれぐれも警戒は怠らないようにな?」

 先頭にザキニ、殿にバザックを配置し、警戒度を高めながら進む。

「…ハズレか」

 箱罠にはホーンラビットとは別の魔物、ダンケルウォンバット(煙幕ブレスを吐くコアラ似の魔物)が入っていた。

「まぁ、今夜の飯代の足しだ、足し」

 しかし今回は、箱罠はいずれも空振りに終わった。
 周囲にホーンラビットの痕跡も無く、違う魔物の足跡ばかりが目立つ。

「…罠を警戒して活動区域を変えたか?」

 まぁ、箱罠は警戒されやすいから、本来なら長期間に渡り餌付けで油断させる必要がある。
 しかし、エルダー特製の箱罠は、周囲に擬態するかのように目立たない。
 なので、短期で仕掛けれる事が利点だったのだが、完全に見抜かれているようだ。

「ジャン、まだくくり罠がある」

 エルダーも、少し焦りを感じているようだ。ザキニの後につき、次の設置場所へと急ぎたいらしい。

「罠は決して悪くありませんよ。貴方の罠は、効率的でとても素晴らしい罠です」

 トマスもフォローするように、エルダーの後に続いた。

「あ、あれ?罠が無い⁉︎」

 くくり罠を仕掛けた地点には、初めから何も無かったかのように罠は無く、平然と撒き餌を平らげた獣の足跡だけが残っている。

「あ、でも獲物はこっちで痺れてるぞ」

 撒き餌に仕込まれた痺れ草の効果で、直ぐ近くで動けなくなっているデスクスロフタン(ヘラ角を持つ羊の魔物)が居た。

「…まぁ、ヘラ角は高値素材だから良しとするか?」

「…そんなの、無くした罠代で飛ぶよ」

「おい、いちいち気を落とすな。まだ仕事中だぞ?早いとこ素材解体して、次に行くぞ」

 再び気を落としそうになったエルダーに、ザキニが喝を入れて手伝えと解体を促す。

「……。この木に罠を取り付けてたんだよな?…ホーンラビットには肉球が無いのに、よく器用に外せるもんだ。罠の構造を理解した人間の仕業と考えた方が、よほど信じれる」

「だけど、ホーンラビットの獣臭はあるな。分かるのは極僅かだが、ひょっとしてデスクスロフタンの獣臭で上書きして消そうとしたのか?」

 固定した跡だけが残る木の幹に、マートンも興味深々で調べている。

「ジャン、これ等の仕業は、君が言うネームドが原因だと思うかね?」

「ん~、【鑑定】するまで断言はできないが、確信はしている」

「フフッ、それは可笑しな自信だね」

 予感もある。奴は、今も俺達を観察している気がする。

「ジャン、回収ペースを上げよう。少し向こうで他の冒険者達の戦闘が行われている。旗色の悪さから、巻き込まれる可能性がある」

 木の上に登って辺りを観察していたバザックが、スルリと着地するなりそう告げた。

「襲われているのか?」

「ああ、藪を突いて大事になったようだ。キラービーの大群に襲われている」

「分かった。ザキニ、エルダー、角と怪我が取れたなら、肉は今回は諦めろ。少し南に移動する」

「分かった」

 2人は直ぐに素材を回収して、肉類は雑だけど埋めた。

 ジャン達はその場を離れ、南へと移動する。ここで、その冒険者達を助けに向かう選択肢もあるのだが、自分達は今回キラービー対策をしていない。
 自業自得の冒険者稼業では、他チームの救援する事はあまりない。
 油断していた彼等が悪いのだ。

「少し休憩にしよう」

 少し木々が開けた地点を見つけ、休憩しようと皆が近付いたその時、

「待てっ‼︎」

 ジャンの急な一声に、皆は驚き慌てて止まった。

「どうした⁉︎敵か⁉︎」

「ああ、近くに居るぞぉ。どうやら、この辺りに巣穴があるらしい」

 辺りを【鑑定】をしていたジャンの目に、が映ったのだ。
 それは枝を枠組みとして草と土で擬態し、巣穴の出入り口を見事に隠していた。

「気配感知に反応は?」

「無い…が、巣穴の中までは痕跡を消していないようだ」

 奥深く続く巣穴の地面に、ホーンラビットの足跡が確認できる。

「どうする?」

「中に潜んでいるかは分からないが、全ての出入り口を見つけ次第、煙で燻り出す」

「了解!」

 巣穴の出入り口、全6箇所をどうにか発見すると、ジャンの合図で1箇所を除き全て埋め潰した。
 マートンが、湿った木枝を燃やして出た煙を、パタパタと出入り口へ扇いで送る。

「さぁ、出てこいっ!」

 巣穴は煙が充満していった。
 ジャン、トマスは残された出入り口前で待ち、ザキニとマートンは巣穴上部で待ち構え、エルダーとバザックとエマルトンは後方から支援するべく待機している。

 バシュッ、

 煙から何が飛び出し、トマスがタイミングよく棍棒で叩き伏せた。

「ぬ⁉︎」

 それは、糸らしきものでぐるぐる巻きされた土塊だった。

「ぐわぁっ⁉︎」

 突然、背後にいたエルダーが悲鳴を上げた。

「どうしたっ⁉︎」

 エルダーが持つバックパックが引き裂かれ、彼もまた足から血を流していた。

「巣穴じゃない!外にいるぞ‼︎」

 バザックがエルダーを守るように辺りを警戒している。

「あ、足元から急にっ…し、痺れる…」

 痺れを感じながらも、自分で手当をするエルダーは、地面を這う微かな光に気付いた。

「い、糸が地面に隠して⁉︎」

 低い姿勢で見ると、巣穴に向かって無数の糸がうっすらと見える。
 まるで、地面に蜘蛛の巣が張ってあるみたいだ。

「これは…罠⁉︎みんなっ、じめ…」

 言うよりも早く、全員がグンッと突然足を掬われた。

「うわっ⁉︎」

 ジャン達は素早く対応し、糸を切り離して着地した。
 逃げ遅れたエルダーに絡まった糸はバザックが切り離す。

「おかしいなぁ、俺達の相手は蜘蛛系の魔物だったか?」

「麻痺毒だけでなく、粘糸も使えるのか。全くもって異常だな」

 ジャンが睨む先に、件のホーンラビットが姿を現す。

「間違いない、奴はネームドだ‼︎」

 ホーンラビットに【鑑定】を使った結果、その目には確かに視えていた。

《巨人殺しの【アッシュ】》

 だが、その名前以外のステータスやスキルが視れない。
 まだ遠過ぎるか?しかし、これ以上不用意に近付くのは危険だ。

 全員が一定の距離のまま睨み合い、張り詰めた場は、膠着状態に陥っていたのだった。
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