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第3章 神色の世界

第38話 魔鉱の星ランガジャタイ③

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 コースター椅子での移動に慣れてきた頃、目的地である【魔鉱科学研究所】に到着してゲート前で止まった。

『認証スキャンします』

 椅子に座るミノルに、ゲート上からスキャンの光が当てられた。

『対象氏名、ミノル。人間、一般人。アポ無し、社内アカウント登録無し、ゲストとしてCエリアのみ開放されます。入場されますか?』

「ああ、頼む」

『では、お入り下さい』

 ガイダンスが終わると、ゲートが開かれ椅子が再び動き始める。
 どうやら、工場見学と売店を通るルートへと案内されたようだ。

「これは…」

 見学窓から見えるのは、世界誕生と共に歩んで来た魔鉱石の歴史を、3Dホログラムで浮かび上がった女性(人間)が説明を始める。
 映像が映像を出して説明する様は、VRゲームの様な感覚に陥りそうだ。

 説明によれば、

 魔鉱石とは、この星から最も発掘される岩石であり、鉱石内に溜まる魔素エネルギーは、発電・加熱・冷却・吸音といったエネルギーに変換が可能となった。
 更に現代では、人工臓器や人工プラントにも研究が及んでおり、医療と食糧問題の環境も変わって来ているらしい。

(まさか、魔鉱石の便利性が高過ぎて、外界と関わりが少ない世界なのか?)

 この研究所でも、その試作品が展示されていて、既に普及している品は販売していた。
 ミノルは、置いてあるカタログを一部回収した。後で世界地図に取り込む為だ。
 それと、粒状の薬剤が売っていたので購入してみる。
 薬品効果は、栄養剤に近いのか滋養強壮等の効果が記載されている。
 原材料には、魔鉱石プラントの薬草の名が並んで記載されている。
 使うのにはちょっと勇気がいるな。

「そこの君、ちょっと良いかな?」

 いつの間にか、後ろに気品のある男性が居た。気配感知を見逃していたか?
 髪はブロンドで目は蒼く、日に当たっていないのか、白粉化粧をしているかの様に色白な肌だ。

「何でしょう?」

「ああ、私はこういう者でね」

 彼が人差し指を立てると、名刺の様なホログラムが現れた。

「…研究所所長ポルマリン?」

「ええ、ここの所長を務めさせて頂いてます」

「その所長さんが、俺に何か御用でも?」

「いえ、人間の工場見学者は珍しいというか、大人の方は初めてだったもので…」

「あ、そうですか…?」

 しかしその視線は、少し不審な者として見られている気がする。

「今までも、こういった工場見学を?」

 質問の意図からして、産業スパイとか疑われている?

「いや、ただの気分転換だよ。廃棄魔鉱石詰めのバイトに飽きててさ」

 椅子は既にスキャンされている。移動履歴も見られているかもしれない。
 それなら、この椅子の所有者である猿人の行動に合わせて話すのか無難だろう。

「ハハ、アレは地道な作業ですが、我々研究所の運営に重要な仕事ですから。気分転換されて、またご協力お願いしたいです」

「まぁ、おかげで欲しいゲームを手に入れたからね。それが飽きたら、またバイトをするよ」

「ええ、是非」

「じゃあ、俺はこれで」

 ミノルは、所長に軽く頭を下げて再び椅子を動かそうとした。
 すると、所長はその椅子を押さえて笑顔を見せる。

「せっかくです。記念にお土産をどうぞ」

 スッと差し出された物は、小さな雫型の魔鉱石が付いたアクセサリーだった。

「照明の魔鉱石ブローチです。連続使用でも丸2日は持つ人気NO.1の人気商品なんです」

「…どうもありがとう」

 ミノルはそれを受け取り、研究所を後にした。
 椅子をしばらく進めた後、先程のブローチを鑑定する。
 言っていた通りの照明用魔鉱石と表示されるも、測位機付きとも追記されている。

「…GPSみたいなものか。やはり疑われているな」

 ミノルは、ブローチを亜空間収納に入れてみた。測位方法が衛星による観測とは限らないが、時空間が違うので、出さない限りきっと観測はされない筈だ。

(もうこの街では、姿を出しての行動は控えるべきか。椅子自体にも、所有者登録情報があるだろうから、捜索願いが出る前にやはり返すのが無難だろうな)

 ミノルは行き先を猿人の自宅に入力した後、再び【水月鏡花】を使用し姿を消す。

「あ、あれ?戻って来た⁉︎」

 猿人は、椅子を取り戻そうと人を集めていたようで、帰ってきた無人の椅子に驚いていた。
 ミノルはというと、椅子よりも少し後ろからレールの上を歩いて来ていた。

(危なかった。やはり探し初めていたか)

 猿人は、捜索に呼んでいた者達に頭を下げている。
 捜索隊の中には人間も居る。次に尾いて行くのは彼にしよう。

 捜索隊の面々が帰り始めると、早速ミノルは彼の椅子の後ろに付いた。

「…ったく、無駄な時間だった」

 彼は、白人系で年齢は31歳で名はマヌカツ。所持スキルに【機械工学】とある。

(どうやら、椅子のメンテナンス要員として呼ばれた人物のようだな)

 マヌカツは、仕事斡旋所の項目をタップすると、続けてコールマークをタップした。

『はい、こちらマピオン交通トラブルセンターです』

「ああ、依頼35cに出ていたマヌカツだ。依頼受注前にトラブルは解決した為、キャンセルになった。他に依頼が無ければ、今日はもう直帰で良いか?」

『少々お待ちください。……。…はい、大丈夫です。お疲れ様でした』

 通信を切ると、マヌカツは自宅をタップして帰路に就く。
 彼の家は北地区の地下マンションの一室だった。
 椅子はそのままマンションの壁を擦り抜けて、部屋の駐車スペースらしき位置で止まった。

「さてと…。椅子が人1人分の過剰な負荷を受けていたようだが…。調べるか」

 どうやら気付かれていたようだ。ミノルは直ぐに椅子から離れた。

 マヌカツが、椅子のメンテナンスを始めている間に、ミノルは違う部屋を観察する。
 部屋には、魔鉱石の箱が幾つか置いてあるくらいでとても物が少ない。

(魔鉱石が便利過ぎて、不必要な物が溢れないのか)

 部屋を幾つか見て回ると、書斎らしき部屋に厳重に保管されている書棚を見つけた。

(本があるじゃないか。でも、貴重品みたいだな。この世界ではアンティークみたいなものなのか?)

 題名を見ると【古代遺跡に学ぶ】【不科学的な神の教え】【それでも私はやっていない】【正しき生態系とは】等がある。
 少し読みたい気持ちがあるが、電子鍵がかけられている様だ。

 他を見ていると、机の上に置いてある名刺大の魔鉱石プレートを見つけた。
 拾ってみると、直ぐにホログラムが現れた。

「これは新聞⁉︎」

 つい声が出てしまい、ミノルはプレートをそのまま収納して部屋から出た。
 マンションの通路に出ると、類似する玄関が並ぶが、使われていないのか埃が溜まっている。

(普段から、家への出入りは椅子を利用しているのだろうな)

 マンションとしての構造は地球と同じようで、エレベーターと非常階段はあった。
 エレベーター横の案内板を見ると、一応、地上へと出る事はできそうだ。

(とりあえず、此処を拠点にしてみるか)

 ミノルは非常階段の踊り場を軽く清掃して、テントを設置した。

 これまでに手に入れた、廃魔鉱石、カレー缶、カタログ、薬剤、魔鉱石プレートを取り出し広げる。

「う~ん…。文明レベルが高いのは分かるけど、人々の接点が無さ過ぎていて、生活水準とかは分かりにくいな」

 今回のテスターとしての役割も変わらないが、転移者達への依頼内容が戦争の扇動だ。
 転移者に必要な前調査で、各国の勢力の次に生活水準は重要だろう。

「まぁ、考えるのは小腹を満たしてからだな」

 ミノルは、亜空間収納からパンを取り出して、カレー缶のスープに付けながら味わった。まぁ、悪くはないけど物足りないな。
 結局は、陳さん特製のカレー弁当を取り出してしまった。

「うん、やっぱり陳さんのカレーは最高だ」

 食文化の違いは、転移者達にも重要かもしれないな。

「この味が再現できれば、飯テロによる戦争の扇動もできたりしてな?ハハハ」

 食べる事は、命に直結した事だから、案外笑い話じゃないけど。
 俺の考える事じゃないかと、ミノルは味わう事に集中するのだった。

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