上 下
401 / 418
第27章 それでもお腹は空いてくるのですよ⁉︎

397話 開戦

しおりを挟む
 浄化した大地には芝状の草が生え、魔力を吸収する量も僅かだが増している。
 対策として、月の庭モーントガルテンから3頭の飛竜と馬車がクララによって降ろされた。
 降ろす際にも注意を払ったが、このソードムに広がる多重合成魔法は多少の操作が可能らしい。
 モーントガルテンが高度を下げ過ぎると、地面からスライム状の触手が伸びてくるのだ。
 確かに、モーントガルテンには大量の魔力があるから、ソードムどころかパガヤ王国まで、一気に多重合成魔法の範囲が広がるかもしれない。

「馬車は俺が操縦する。オードリーは荷台でサポートだ」

「ハッ!」

 魔法メインであるアヤコとカオリは近接戦は不向きなので、飛竜に乗りモーントガルテンに帰ってもらう。
 代わりに、近接戦が得意なニイヤと主様が、魔導ゴーレムを大量に収納して戻ってきた。

「とりあえず、身体強化メインの竜人ドラッヘン型ゴーレムが20体。機動性重視の銀狼シルバーファング型が20体。急遽、造り替えたのはこれで全部だ」

「ああ、充分だ。残りはモーントガルテンの護りに必要だからね。ハルにも急な注文で無理させた。今度、欲しい技能スキルの習得を手伝ってあげよう」

 最近は、簡単に技能を与えたりはしていない。感覚共有をしながら体験をさせて、技能が発現、習得しやすいように手伝っているだけだ。
 これから先、増える国民を考えると、簡単に技能を譲渡する事は危険と判断したからだ。まぁ、かなり今更だけど。

「3人は移動には飛竜を使うけど、戦いで危なくなったら飛竜を【生命の檻】に入れる事。魔法が使えないこの場では、早い移動手段は飛竜達しか居ないからね?」

 魔法が使えたら、テレポートにムーブヘイスト等の移動手段が使えるんだけど。
 アシヤの狙いは、実に嫌なところを突いてくる。

「ああ、オードリーも檻に入れてやろうか?」

「ニイヤ様、パガヤ王国の建国祭でのアスピダの戦いを見て、私も魔法を禁じた状態での研鑽と鍛錬を日々積んでいます。配下の1人として、戦いに参加したく思います。お許し頂けないでしょうか?」

 ニイヤは冗談で言ったつもりだったみたいだが、オードリーの強い意志を見て、自分が恥ずかしくなっている。

「お、おう。だが、アラヤのサポートがメインだからな?危なそうだったら、回収しに行くから、くれぐれも先走るなよ?」

「ハッ、心得ました」

 そもそも、俺達はまだアシヤの戦力の規模を分かっていない。
 ベルフェル司教とダフネは、魔法メインだと思うから補助に回るだろう。
 注意すべきは、分別の勇者の魂が入ったゴーレム。奴は元々が物理戦が得意な勇者だからな。
 つぎに、ソードムの魔導科学を取り入れた、魔導機兵という戦力を用意しているという事と、痕跡視認で見たホムンクルスという魔導ゴーレムに似た存在だ。

「向こうは、初めから魔法が使えないこの状況を計算に入れて、戦いの準備をして来ている。みんな、アシヤの説得が無理と判断したら、退却命令もあると考えていてくれ。何も相手の土俵で無理に戦う必要は無いからね」

 ただ、こうしている間にも、ソードムの民が魔法を使う度に術に吸収され、大地の浄化が進む。
 腐敗した土地の浄化は良い事だが、それが無差別に人を生贄としてとなると話は別だ。

 アシヤは俺と同じ思考を持っている筈なんだ。
 という事は、俺自身もこんな非情な決断をできる感情があるという事だ。
 俺は、アシヤが説得で済むとは思えない。もともと俺と成り代わると言っていたし、ここまでの行動がそれを本気だと物語っている。

「ご主人様、西北西に複数の反応を確認。モーントガルテンからの報告と一致します」

「来たか…」

 目視でも確認できる程になると、その魔導機兵の大きさを理解できる。

「アレは厄介そうだね」

 明らかに、その機体は硬度の高い素材だと分かる。
 魔法が使えるならともかく、物理的に破壊するにはかなり骨が折れるだろう。

「あの大きい機兵もだけど、小さい機兵もホムンクルス兵も多いから大変だな。そのまま相手するのは、流石に無計画過ぎないか?」

 主様の意見はもっともだ。敵の数は600近くある。この差を埋めるのは容易では無い。

「そこはまぁ、いるんだけどね?」

「ん?誰に?」

 そうこうしている間に、既に超弩砲バリスタの射程距離へと入っている。

「3人は散開して的を絞らせないように。オードリー、魔導ゴーレムを出すから装備品の準備を頼む」

「「「了解」」」

 早速、バリスタの第1射が放たれた。飛竜達も馬車も躱したが、外れた矢が地面に刺さると、一瞬で巨大になり直ぐに砂へと変わり崩れた。

「事前に魔道具にしてた矢だな。当たらなければ問題無い!こちらも魔道具を使用していこう」

 飛竜組の3人は、弓を取り出して高度を上げる。
 前もって、矢筒ごとに異なる魔法を込めた魔鉱石矢が用意してある。
 3人の狙いは先ずはバリスタだ。それぞれが旋回しながら構える。
 その時、突然飛竜達が鳴いた。

『どれ、少しは手伝ってやるかな』

 飛竜達の更に上に、暴風竜エンリルが現れたのだ。

「遅いぞ、エンリル」

 どうやら、アラヤが参戦を頼んでいたらしい。

『うるさいぞ!来てやっただけでも有り難く思え!風の大精霊エアリエル様の頼みでなければ、葡萄酒ワイン樽を3樽分寄越さぬと聞けぬ話だ!』

「そんなんで良いのか…」

 エンリルが、今起こしている風は魔法では無い。物理的な突風だ。だが、その威力は中級魔法トルネードを軽く超える。

「うわぁぁぁっ!」

 ホムンクルス兵達が吹き飛ばされ、機兵達に打つかったりしている。
 多過ぎる兵数が、かえって回避しづらい状況となっていた。

「さぁ、今だ撃て!」

 ニイヤ達はバリスタに向けて矢を次々と放つ。
 バリスタに命中した矢は、衝突と同時に魔鉱石に閉じ込めていたウォータが広がるものだ。
 この魔鉱石ウォータの水は、誘爆性付与した水に水質変化させている。(水っぽいガソリンの様な液体)

「火を放て!」

 今度はフレイムの魔鉱石矢を撃ち込み、10台あるバリスタを炎上させた。
 その後も、エンリルは大型魔導機兵に向けて砂嵐を浴びせて、機兵の機関砲を放つ隙を与えない。

「おいおい、しっかり動けホムンクルス共!」

 中央から怒声が飛び、小型機兵達が機関銃で3人を狙いだす。
 指示を出しているのは、槍を持った魔導ゴーレムだ。

「あれは、寛容の勇者だな。オードリー、準備は良いかい?」

「はい、種類毎に分けました」

 荷台にはゴーレム達が使用する武器が出されている。どれもレミーラが造った【業物】以上の武器だ。今更、出し惜しみはしない。

『ゴーレムを下ろしてくれ!』

 散開中のクララが、飛行を止めずに狼人型ゴーレムを【生命の檻】から出して落としていく。
 落とされたゴーレム達は、空中で体制を変えて着地すると、ホムンクルスの兵達の間を撹乱するように駆け抜ける。

 その隙に、ニイヤと主様は馬車に近付きゴーレムを全て出した。

「バンドウ、相手には勇者が居る。やれるか?」

 ニイヤがバンドウゴーレムを出し、彼専用のナックルと鎖を渡す。

『俺が出した条件を呑め。それを呑むならやってやるよ』

「条件って?」

 ニイヤは先に聞いていたみたいで、困った表情をしている。

『パガヤ王国で、俺を解放しろ。俺はセシリアを側で護る守護者ガーディアンとなる』

 どうやらまだ、セシリア女王に執着しているみたいだ。

「…良いよ。但し、監視の為に幾つか制限を付ける。あと、彼女には伝える」

『…ああ、それで構わねー。約束したからな!』

「ああ、約束は守るよ」

 アラヤの誓いに、表情の変わる筈のないバンドウの顔が笑っている様に感じた。

『っしゃああっ‼︎暴れてやるぜ‼︎』

 バンドウと竜人ゴーレム達は装備を終え、一斉に戦地へと駆け出した。
 ニイヤと主様も飛竜達を【生命の檻】に入れ、ここからは地上戦だ。
 アラヤは2人を馬車に乗せて敵部隊の背後へと回る。

 こっちにもアシヤの姿は見えない。もう、本格的な戦いは始まってしまっている。
 アシヤが居ない事には、説得で止めるなど不可能だ。
 やはり説得の余地は無いのだと、アラヤは下唇を噛み、心を無にと切り替えていくのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

子供を産めない妻はいらないようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,059pt お気に入り:276

この結婚、ケリつけさせて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,150pt お気に入り:2,909

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,797pt お気に入り:1,660

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,565pt お気に入り:1,219

騎士物語〜塵芥のための舞台〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:26,309pt お気に入り:3,544

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:13,845pt お気に入り:259

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:10,266pt お気に入り:3,098

処理中です...