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幼少期編
鈍感と三つ巴
しおりを挟む私のやけくそな話の切り替えに、殿下は待っていましたと言わんばかりに綺麗なアルカイックスマイルを浮かべる。その胡散臭さに眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。殿下は殿下でそれを楽しんでいる様子だ。
――あれだけ特別だなんだと言っておいて、からかっているのが良くわかるわ
呆れてしまう私は、紅茶をお代わりする気も起きず、落ち着かなさを隠す気もなくなっていた。空になったカップをもう一度手に持つと、膝の上でそれを弄りだす。親指で、形なぞりながら、次に殿下が口を開くのをじっと待った。
「本題も何も、ずっと言っているじゃないですか。僕は君が特別なんだよ、アイシャ嬢。それは、妹としてから最近はひとりの女の子として。僕の中で変化しているくらいには君は特別になっているんだ」
おいおい、さっきまで政治的にアウトだとか言っていた口はどれだ、なんて口が裂けても言えない。誤魔化すように飲んでいた紅茶もカップの中にはないので、慌てて口から飛び出そうとする言葉を、唇を結んで抑え込む。飲み込むと、お腹に空気がたまりそうになるので口内消化させる。
「アイシャ嬢は、ルドルフ卿も含めて、ルシウスやアイザックが随分と箱に閉じめてしまうからね。同世代の子たちとの交流が少なくてよかった。僕が君に会いに行こうとするだけで、嫌な顔をされるんだ。前回のお見舞いの時は皆して忙しいのを狙って会いに行ってよかったよ。そのあとに怒られてしまったけれども、君の見せたことのない一面を見れたからね」
――へ、変態だ
寝込んでいる人の顔をみて満足していたというのだろうか。いや、あの時は意識が朦朧としていたから、私自身がきっと何か意識がいでしていた可能性だってある。それを見た結果の、今の殿下であればとても困るというものだ。ああいう意識が朦朧としたときに起こすものは、普段は絶対にしないことだ。ましてや、警戒心を高く持って接している相手には顕著に見せないだろう。例えば、アイシャにとっての殿下とか。
「だから、さ。アイシャ嬢。僕と恋仲にはなる気はない?」
――……はい?
「はい?」
つい、唇の結びが緩んでしまったらしく、素直に言葉が抜けていった。
私の表情があまりにも素っ頓狂だったのか、形のいい笑顔を浮かべていた殿下の顔も楽しそうに少しだけ崩れる。
「そんなに驚いてもらえるとは思わなかったよ。アイシャ嬢は、元来表情が崩れるような子ではないとは思っていたけど、この一言でこうやって表情も普段言わなさそうな発言をしてくれるってだけで、思いを告げて正解だったかな」
殿下の一言でかっと表情が赤くなるのが分かる。何せ、異性に耐性がない。更には、アイシャはまだ10歳だ。恋仲だとかそういうのにはまだ早い気もするのだ。何せ、前世だと小学4年生だぞ。確かにませた小学生なら3年生からカップルなんて作っていた記憶もないが、中身アラサーな錦戸玲奈が完全に早いと訴えている。この世界なら当たり前なのか。確かに、まだ古い習慣とかあるような貴族社会なら家のつながりをもって早い段階からの婚約とかはあるだろう。それはもう、生まれたばかりの赤ちゃんでつながる縁だ。だから、10歳で3歳年上の恋人ってあり得るのか。いや、むしろ普通なのか。中学生と小学生のカップルなのだと客観的に見たらほのぼのして可愛らしいとさえ思えってしまう。だからって、ここで簡単に是を言ってはいけない気がする。
ぐるぐると回る頭はパンク寸前で、思考回路をリセットさせるものものない。今目の前のロイヤルな彼にこの返事をしなければならないのだろうか。一回お持ち帰りではいけないのかなどと、てんぱってしまった私の代わりに動いたのは後ろで静かに控えていた人だった。
「発言を失礼いたします。殿下」
気が付けば私の隣に立ってくれている。横に座ることをしなかったのは礼儀からか。それでも、ずっと護衛騎士として控えていた彼女がとうとう口を開いたということに、殿下も表情がすっと消えていく。彼女は、見た目は美少年だが性別が女だというのを殿下はしっかりと理解しているが、消えた表情の瞳にのせている感情が随分と敵対していた。
「許そう。ローレル伯爵令嬢」
途端に、上に立つ者の物言いだ。13歳にしては長い脚をゆっくりと組み、その膝の上に組んだ手を置く。ピンと伸びた背筋に少しだけ顎を引いた、威圧的なその姿がどうしてかしっくりとしている。
「お嬢様はさようなことには未だ疎く、突然の殿下の提案に大変混乱しております。あまりせっついても宜しくないかと」
なんだろうか、リーシアから与える殿下への圧力。ばちばちと二人に放たれる火花を見た気がする。
――こういう場面って、「やめてぇ、私のために争わないでぇ」っていうのが正解なのだろうけど、実際にそういう場面に立った今、そんなことを言える勇気なんてない
どう見ても三つ巴状態すぎるのだ。わかっている。アイシャはモテる。前世冴えないアラサーをしていてもわかる。この顔はモテないわけがないのだ。色が独特なだけで。今ですら、幼さが強く出てもしっかりと整っているというのに、これが更に6年後、10年後、更には20年後と大人になったとたんに花開いてちょっとやそっとじゃ放っておかれないだろう。それでも、人間離れした見た目に得体の知れない恐怖を感じて、その半分は近付けないでいるくらいも想像にたやすい。
だからって、目の前で取り合うように火花を散らされてもミーハー気分にはなれない。ましてやまだ10歳相手だ。まだまだ将来どうなるかわからない無限の可能性の秘めた年頃で、すでにこうやってイケメンたちが取り合いだすの怖いの一言でしかない。ここで、ラノベの主人公なら、男でも女でも鈍感を発揮するのだろうが。
――最初から鈍感キャラ演じておけばよかったぁ
時すでに遅しなのだ。今更鈍感になどなれやしない。歴代ヒーロー及び、ヒロインはいったいどうやったらあれだけの鈍感を発揮できるのか、勉強したい。
私は、静かにふたりの会話を置物のように固まってひたすら眺めることしかできないでいた。
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