素直になりたくて

糸井未華子

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街並み

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この街の、空気感が好き。




規則正しく走り抜ける車、バス。

がたん、ごとん、
レトロな音を立てて走る路面電車。

安っぽく光る駅ビルの電光掲示板。

ビルの間を吹き抜ける風。

脇目もふらず、歩き去る人々。



この街で変わることなく続いている風景。



この街に居るときは一人、だけど独りじゃない。

二度と会うことはない、一瞬すれ違うだけの人々。


ざわり…ざわり…
ここは、人は居て、居ない、そんな街。


ここにはいつも人が居る。
けれど〝その人〟である意味は無くて。
たった一人が、居ても居なくても変わらない。


人を空気のように変える。そんな街。
それは冷たくなった心に丁度いい。


誰かはいるの。
でも誰も私を気にしてなんていないの。





ぽつんと交差点に佇んで、
ぼうっとシグナルを眺めた。


その下に、突然浮かび上がった人。


「あ…」


ぴぃっぴぃっ…

シグナルは青へと変わる。


その人が軽く手を振って、
長い足で1歩を踏み出した。


『よぉ。』

「隆史…」

『おつかれ。そろそろ帰る頃だと思って。』

「そっか…」


空気のような人が周りを過ぎ去る中。

たしかな実体を持った貴方は、
私の手を取った。

大きな手。暖かな手。確かな、人間の手。


『帰ろう。』

「・・・うん。」


ビルの隙間から、
作り物みたいな月が弱々しく光を放つ。





RRRRRRRRRR…

〔まもなく…3番のりばに列車が参ります…〕



周りと足並みを合わせ、乗り込む電車。
隣り合ってやわらかなシートに腰かける。


「ねぇ…」

『ん?』

「呼んでみただけ…」


膝の上で繋がれたままの手。
長くキレイな指がゆっくり私の手の甲をなぞる。

ゆっくり。ゆっくりと。


張っていた気が、
ゆるりとほどけていくようで。

繋がれた手を見て優しく微笑む
貴方の横顔が愛しい。





『今夜はね、ナポリタン作るよ。
 さっき帰りに材料買って帰ったからさ。』


駅からの帰り道。
にこにこ笑って、他愛ない会話を振ってくれて。

私は相槌を打つことしかできないけど。


貴方の優しさが痛いほど伝わるの。


どうして貴方は、
私が無理してるって気づいちゃうのかな。

どうして貴方は、
私にこんなにも優しく振る舞ってくれるのかな。


「ねぇ。」

『ん?』

「お腹すいたよ、早く帰ろ?ナポリタン楽しみ!」

『そりゃ気合い入れて作んなきゃな』


住宅街を手を繋いだまま、
早足で歩いて。

気づけば足取りは弾んでて。





ねぇこれからもずっと、貴方と一緒にいたいよ。

貴方だけは、空気のような人にはならないから。
私のかけがえのない人だから。









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