転生したら美少女だったけど、中身は効率厨のクラフターです

flyaway

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第1話 目覚めたら絶世の幼女(ただし中身は鉄仮面)

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ガソリンとオイルの匂いが混じり合う薄暗いガレージの片隅で、橘瑤(たちばな よう)は愛機の古いオートバイに向かい合っていた。
腰まである黒髪を無造作に一つに束ね、汚れてもいい作業着に身を包んだ彼女は、油にまみれた手でキャブレターを慎重に分解していく。学校では浮いた存在だった。クラスメイトたちが流行りのスイーツやアイドルの話で盛り上がる中、瑤はもっぱらエンジン構造や金属加工の本を読みふけるか、こうしてガレージに籠っている方が性に合っていた。他人との馴れ合いは非効率的で、瑤にとっては不要な時間でしかなかった。
「……よし」
調整を終えたパーツを組み付け、エンジンを始動させる。軽快な排気音と共に、エンジンは以前より滑らかに回転し始めた。口元にかすかな満足感を滲ませるが、それも一瞬のこと。すぐに次の作業へと意識は移る。瑤にとって、この瞬間だけが何よりも充実していた。
そんな日常は、あまりにもあっけなく終わりを告げた。
バイト帰りの夜道、交差点に猛スピードで突っ込んできたトラック。瑤はそれに気づく間もなかった。衝撃を感じるより先に、意識はぷつりと途絶えた。まるで古いテレビの電源が落ちるように。
次に意識が浮上した時、瑤の鼻腔をくすぐったのは、土と草いきれの濃密な匂いだった。
(……どこかな、ここ)
重い瞼を押し上げると、視界に飛び込んできたのは鬱蒼と茂る木々の緑。木漏れ日がキラキラと地面を照らしている。状況がまるで理解できない。事故の衝撃でどこかへ運び込まれたのだろうか。しかし、病院の無機質な天井でもなければ、アスファルトの感触でもない。背中に感じるのは、ごわごわとした草と湿った土の感触だ。
ゆっくりと身体を起こす。妙に軽い。そして、視界が低い。
立ち上がろうとして、ふらついた。手足が思うように動かないというか、今までと感覚が違う。まるで自分の身体ではないような違和感。
(なんだろう……この手)
視界に入った自分の手は、小さく、そして驚くほど白く華奢だった。油汚れも、工具を握りしめてできたタコもどこにもない。まるで幼い子供の手だ。
混乱する頭で周囲を見回すと、近くに小さな泉があった。ふらつく足取りで泉に近づき、水面を覗き込む。
そこに映っていたのは、見知らぬ少女の姿だった。
陽光を弾いてきらめく銀色の髪は、腰のあたりまで柔らかく波打っている。大きな碧眼は宝石のように澄み渡り、小さな鼻梁と桜色の唇は精巧な人形を思わせる。年は……十歳にも満たないのではないだろうか。全体的に儚げで、守ってあげたくなるような、そんな「可愛い系」と形容されるであろう幼い容姿。
瑤は、水面に映るその姿を数秒間、無言で見つめていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……なんだか、すごく効率悪い感じ……かな」
それが、絶世の美幼女へと変わり果てた自分自身と、この理解不能な状況に対する最初の感想だった。
パニック? 驚愕? そういった感情が全くないわけではない。だが、それらは思考の表面を滑っていくだけで、奥底にある冷静な部分を揺るがすには至らない。それよりもまず、現状分析と対策が先だ。
(この身体……どう見ても子供だよね。体力も腕力も期待できないし。バイクいじりは当分無理そうかな)
少しだけ、眉間にしわが寄る。愛機のカスタムプランが頭をよぎったが、この小さな手ではスパナ一つまともに扱えそうにない。それは純粋に、作業ができないことへの小さな失望だった。
(まず確かめなきゃいけないのは、ここがどこで、何があったのか。それと、どうやって生き延びるか、だね)
瑤は、いや、今の姿で言えば「フィーリア」とでも名乗るべきか、とにかく思考を切り替える。
幼い外見は、生存戦略において不利に働く場面も多いだろう。だが、油断を誘えるという点では利用価値があるかもしれない。どちらにせよ、感傷に浸っている暇はない。
深く息を吸い込む。空気は澄んでいて、都会の排気ガスとは無縁だ。鳥の声、風が木々を揺らす音、遠くで聞こえる獣の咆哮のようなもの。五感を研ぎ澄ませ、情報を集める。幸い、知識だけは前世のものが頭に残っている。サバイバル技術も、本で読んだ程度だが多少の心得はある。
「さて、これからどう動くのが一番いいんだろう……」
小さな唇から漏れた独り言は、誰に聞かせるでもなく、静かな森に吸い込まれていった。フィーリアは、ひとまず安全な場所と水、食料の確保を最優先事項とし、慎重に周囲を警戒しながら、おぼつかない足取りで森の中を歩き始めた。その小さな背中には、見た目の可憐さとは裏腹の、鋼のような意思が宿っていた。
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