殺人計画者

夜暇

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第三章 新出ちづると柳瀬川和彦の場合1

九 ◯柳瀬川 和彦【 12月29日 午後1時30分 】

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 二度あることは三度ある、とは言うが、それが自分にとって悪いことであれば、たまったものじゃない。店を出て行くちづるの背中を睨みつけながら、俺はテーブルの上に乗ったコーヒーを飲み干した。
 四日前、俺は「telco」にて、スカイタワーシティホテル前の喫茶店に来るよう、アンナという女から呼び出しを受けた。
 彼女のことは覚えている。今月初頭、カオルが愛彩を休んでいた時に玲子から紹介を受け、一度だけ指名したキャバクラ嬢だ。そんな、たった一度指名しただけで、帰る時は嫌味も言ってきたような彼女が、俺に一体何の用事なのだろうか。そんな疑問は、呼び出しの際同時に送られた文章と写真により、吹っ飛んだ。
『メリークリスマス。ご結婚されているというのに、カオルさんと随分と仲が良いのですね。この件について、話し合いましょう』
 その写真には、俺とカオル…瑞季の後ろ姿が写っていた。これは、十二月二十四日の夜に、彼女と一緒にいた時のものか。その写真からはとてもじゃないが、この二人の関係が疚しいものである、とは判断がつかないものだった。
 しかしそうは言っても、こうして彼女が俺を呼び出す理由は、明るい話では無い。そう、はっきりと感じていたのである。

 鷺沼崇を、私の目の前から消してください。彼女の言葉の意味がよく理解できず、俺は動きが停止した。それから数秒後、顔をゆっくりと、彼女に向ける。
「こ、この写真の男を…消せって?」
「ええ」アンナは頷く。
「お前は、何を、い、言っているのか分かっているのか?人殺しなんてできるわけが…」
 たどたどしく反論するが、そんなものは気にもせず、彼女は淡々と答えた。
「誰も殺せなんて言っていませんよ。私は『消して欲しい』んです。私がこの男の存在を、この街で感じないようにしていただければそれだけで」
「それは殺すってことと同じ意味だろう!」感情の高まりから立ち上がり、再度強くテーブルを叩いてしまった。カップが振動で揺れる。
「落ち着いてください」
 しかし、アンナは微動だにしない。周囲の客が何事かと驚いて顔を向けるが、俺と彼女の存在を認識した瞬間、「恋人同士の痴話喧嘩」と捉えたようだ。皆顔を戻す。
「この意味をどう取ってもらっても構いません。殺したいのであればどうぞ、殺していただければ」
 それでもなお、アンナは落ち着いた表情をして、俺に接する。彼女に自分と真反対な対応を取られ頭が冷めた俺は、すごすごと椅子に座り直した。
「…できる訳が…ないだろう」
 俯きながら、弱々しく呟く。それを聞いたアンナは、急に俺の頬を両手で掴んだ。それから俺の顔を無理やり彼女の方に向けさせる。
「できる訳が無い、じゃないんです。柳瀬川さん、あなたはやるしかないんですよ」
 頬を掴む彼女の手の力が強まる。俺はそのまま、こくこくと頷くしか無かったのであった。

 くそ、くそ、くそ。俺の、予感どおりだった。一人席に座ったまま、天井を見上げる。
 鷺沼崇、か。アンナから渡された写真を持ち上げ、目の前に掲げてみる。フレームの中の人相の悪い小男が、俺を睨みつける。
 俺はこの男を知らない。しかしそんな、名前と外見以外知らないような人間を、脅迫されたとはいえ自分の保身のために、これから消す…いや、殺さなくてはならない。
「決心がつき次第、私に連絡をください。…逃げようなんて思わないでくださいよ。その時は、どうなるか。分かっていますよね」
 そう言い残し、彼女は店から出ていった。もはや、俺に別の道も戻る道も残されていなかった。しかし、目の前の道もガタがきており、もはや崩れ落ちそうで無いようなものだ。 
 はぁぁと、大きく深く溜息をついた。本当に夢であってくれないか。俺は本当に、なんて運が悪いのだろう。
 いや、そもそも俺の危機管理への意識が薄かったことも原因か。こう、顔見知りから見られたのは二度目になるのだから。
 先月初頭のことだ。瑞季とのホテルでの密会後、二人でいるところを、俺が金を借りたコモレビの社員、檜山にも目撃されていたのだった。それを知ったのは、その次の日のこと。借金返済のためにコモレビに行った時、檜山が「そういえば」と切り出してきた。
「もし、今後返済が滞ることがあるなら。昨日の夜のことを、あんたの妻に暴露しますからねえ」
 単純に考えれば、期限までに慎ましく金を返せば良いだけの話である。しかし彼のような強面の男に言われると、それはもう、脅しといっても過言では無かった。
「…くそ」
 煙草を吸おうと胸ポケットを見たが、入っていない。そうだ、昨日の夜にちょうど一箱吸い終わったのだった。舌打ちをして、従業員に声をかけ、コーヒーをもう一杯注文する。
 檜山もアンナも、どうしてそう人様の事情にとやかく口を突っ込んでくるのか。あいつらは何の関係も無いというのに、人の弱みに付け込む。屑だ。どうしようもない屑だ。
 …まあ、そう腐っていても仕方がない。とりあえず、これからどうするか。それを考えないといけない。どうすれば。…!
 その時、その時だ。ふと、あいつの顔が頭に浮かんだ。そうだ…あいつだ。あいつなら、必ず相談に乗ってくれるはず。こういったことについて、俺よりも詳しいであろうあいつなら。善は急げというばかりに、俺は急いで携帯電話を取り出した。
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