侵入者 誰が彼らを殺したのか?

夜暇

文字の大きさ
57 / 68
第六章 空き部屋

十八

しおりを挟む
 真琴と冬子は、真琴が十八の時に初めて出会った。
 その時、冬子は真琴の父の、勝治が所有するマンションの屋上から、身を投げようとしていた。真琴が彼女を見つけるのが数秒でも遅れていたら、彼女はこの世にいなかっただろう。  
 冬子は行くあてが無かった。群馬にある実家を出て、道すがら知らぬ男の家を渡り歩き、ここまでやってきたのだという。
 自殺は衝動的なものだった。己の人生、生きる意味を見出せなくなった。彼女はそう、真琴に話した。
「お父さんに、呼ばれた気がしたの」彼女は亡霊のような顔で、告げた。「亡くなったお父さんが、こっちにおいでって。そうしたらあの場所に」
 彼女は薄幸の少女だった。数年前に父を亡くし、それからは母が連れてきた後夫から、性的虐待を受けていたとのことだった。
 真琴は彼女を、一人暮らしの自宅に連れて帰った。下心が一切無かったとは言えない。しかしそれ以上に、真琴は冬子のことが、危うく思えてならなかった。このまま帰してはならない。助けなければ。自然と、彼の中で庇護欲が湧き立ったのである。
 それからは家出少女と御曹司の、奇妙な二人暮らしが始まったが、数年が経ち、真琴が成人を迎える頃には、彼らは自然と恋仲の関係になっていた。思春期の彼らが一つ屋根の下で過ごすうえで、そういった関係にならない方がおかしいのだ。
 初対面時と異なり、冬子は明朗な女性になっていた。元来そういった性格の持ち主なのだろう。日が経つ程に、真琴は彼女を生涯の伴侶とし、名実ともに一緒になりたいと思えていた。故に、己の想いを報告するためにも、二人で父親に会いに行った。
「君は真琴に相応しくない」
 対面して早々、勝治は冬子にそう告げた。何故。言わずもがなである。どこぞの馬の骨、藍田製薬の次期社長と考える息子にあてがうことを、賛同する訳がないのである。
 勝治が真琴に示した道は二つ。藍田家…いや、藍田製薬との関係を、今後一切断つか。それとも、冬子との縁を切るか。
 そして真琴は、前者を選んだ。己の家柄ではなく、彼自身の愛すべき人のことを。

「瑛子は?」
冬子の問いに、真琴は首を横に降った。「いなかった。でも、作業はしっかりしていたよ」
「それなら良いけど、困ったわね」冬子はわざとらしく肩を落とした。「時間も有限。あの子もわかってるはずなのに」
「作業?」そこで尚哉が口を挟む。「一体、なんの作業だ?」
 冬子も真琴も、彼の問いに応えない。
「俺、もう一度探してこようか」
「良いわ。今度は私も行く」
「ここは?」
「大丈夫。あと少しだけ話せば、すぐに片付くから」
 片付く。その意味は聞かずとも理解できた。
「えっと。それで、どこまで話したっけ」
 首を傾げる冬子に対して「ちょっと」と、それまで静観していた若月が手をあげた。「あんた達の話を聞いていて一つ、聞きたいことがある」
「何?」
 若月は、リュックサックから数枚の紙を取り出した。柏宮から受け取った報告書だ。
「藍田志織さんの記載にある前妻って、あんたのことなんだろ」
「ええ、まあ」志織の顔で、冬子は肯定する。
「ここでは死んだことになっている。でも、あんたは生きているわけだ」
「そういうことになるわね」何を今更と言わんばかりの呆れ顔を前に、若月は更に尋ねる。
「どうして、そうなっちゃったんだよ」
「さっき言ったわよ。この家との因縁を断ち切りたい。それが理由だって」
 うんざりするように冬子は眉をハの字に曲げるが、若月はかぶりを振った。
「俺が疑問に思うのは、どうしてあんたが『死んでしまった』のか。また、今もなお死んだことになっているのか。その部分だよ。因縁を断ち切るって、よくわからないけど。そこまでしないと、その、断ち切れないものなのか」
「ああ、なるほど」
彼の言いたいことを理解して、冬子は笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

処理中です...