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第六章 空き部屋
十八
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真琴と冬子は、真琴が十八の時に初めて出会った。
その時、冬子は真琴の父の、勝治が所有するマンションの屋上から、身を投げようとしていた。真琴が彼女を見つけるのが数秒でも遅れていたら、彼女はこの世にいなかっただろう。
冬子は行くあてが無かった。群馬にある実家を出て、道すがら知らぬ男の家を渡り歩き、ここまでやってきたのだという。
自殺は衝動的なものだった。己の人生、生きる意味を見出せなくなった。彼女はそう、真琴に話した。
「お父さんに、呼ばれた気がしたの」彼女は亡霊のような顔で、告げた。「亡くなったお父さんが、こっちにおいでって。そうしたらあの場所に」
彼女は薄幸の少女だった。数年前に父を亡くし、それからは母が連れてきた後夫から、性的虐待を受けていたとのことだった。
真琴は彼女を、一人暮らしの自宅に連れて帰った。下心が一切無かったとは言えない。しかしそれ以上に、真琴は冬子のことが、危うく思えてならなかった。このまま帰してはならない。助けなければ。自然と、彼の中で庇護欲が湧き立ったのである。
それからは家出少女と御曹司の、奇妙な二人暮らしが始まったが、数年が経ち、真琴が成人を迎える頃には、彼らは自然と恋仲の関係になっていた。思春期の彼らが一つ屋根の下で過ごすうえで、そういった関係にならない方がおかしいのだ。
初対面時と異なり、冬子は明朗な女性になっていた。元来そういった性格の持ち主なのだろう。日が経つ程に、真琴は彼女を生涯の伴侶とし、名実ともに一緒になりたいと思えていた。故に、己の想いを報告するためにも、二人で父親に会いに行った。
「君は真琴に相応しくない」
対面して早々、勝治は冬子にそう告げた。何故。言わずもがなである。どこぞの馬の骨、藍田製薬の次期社長と考える息子にあてがうことを、賛同する訳がないのである。
勝治が真琴に示した道は二つ。藍田家…いや、藍田製薬との関係を、今後一切断つか。それとも、冬子との縁を切るか。
そして真琴は、前者を選んだ。己の家柄ではなく、彼自身の愛すべき人のことを。
「瑛子は?」
冬子の問いに、真琴は首を横に降った。「いなかった。でも、作業はしっかりしていたよ」
「それなら良いけど、困ったわね」冬子はわざとらしく肩を落とした。「時間も有限。あの子もわかってるはずなのに」
「作業?」そこで尚哉が口を挟む。「一体、なんの作業だ?」
冬子も真琴も、彼の問いに応えない。
「俺、もう一度探してこようか」
「良いわ。今度は私も行く」
「ここは?」
「大丈夫。あと少しだけ話せば、すぐに片付くから」
片付く。その意味は聞かずとも理解できた。
「えっと。それで、どこまで話したっけ」
首を傾げる冬子に対して「ちょっと」と、それまで静観していた若月が手をあげた。「あんた達の話を聞いていて一つ、聞きたいことがある」
「何?」
若月は、リュックサックから数枚の紙を取り出した。柏宮から受け取った報告書だ。
「藍田志織さんの記載にある前妻って、あんたのことなんだろ」
「ええ、まあ」志織の顔で、冬子は肯定する。
「ここでは死んだことになっている。でも、あんたは生きているわけだ」
「そういうことになるわね」何を今更と言わんばかりの呆れ顔を前に、若月は更に尋ねる。
「どうして、そうなっちゃったんだよ」
「さっき言ったわよ。この家との因縁を断ち切りたい。それが理由だって」
うんざりするように冬子は眉をハの字に曲げるが、若月はかぶりを振った。
「俺が疑問に思うのは、どうしてあんたが『死んでしまった』のか。また、今もなお死んだことになっているのか。その部分だよ。因縁を断ち切るって、よくわからないけど。そこまでしないと、その、断ち切れないものなのか」
「ああ、なるほど」
彼の言いたいことを理解して、冬子は笑みを浮かべた。
その時、冬子は真琴の父の、勝治が所有するマンションの屋上から、身を投げようとしていた。真琴が彼女を見つけるのが数秒でも遅れていたら、彼女はこの世にいなかっただろう。
冬子は行くあてが無かった。群馬にある実家を出て、道すがら知らぬ男の家を渡り歩き、ここまでやってきたのだという。
自殺は衝動的なものだった。己の人生、生きる意味を見出せなくなった。彼女はそう、真琴に話した。
「お父さんに、呼ばれた気がしたの」彼女は亡霊のような顔で、告げた。「亡くなったお父さんが、こっちにおいでって。そうしたらあの場所に」
彼女は薄幸の少女だった。数年前に父を亡くし、それからは母が連れてきた後夫から、性的虐待を受けていたとのことだった。
真琴は彼女を、一人暮らしの自宅に連れて帰った。下心が一切無かったとは言えない。しかしそれ以上に、真琴は冬子のことが、危うく思えてならなかった。このまま帰してはならない。助けなければ。自然と、彼の中で庇護欲が湧き立ったのである。
それからは家出少女と御曹司の、奇妙な二人暮らしが始まったが、数年が経ち、真琴が成人を迎える頃には、彼らは自然と恋仲の関係になっていた。思春期の彼らが一つ屋根の下で過ごすうえで、そういった関係にならない方がおかしいのだ。
初対面時と異なり、冬子は明朗な女性になっていた。元来そういった性格の持ち主なのだろう。日が経つ程に、真琴は彼女を生涯の伴侶とし、名実ともに一緒になりたいと思えていた。故に、己の想いを報告するためにも、二人で父親に会いに行った。
「君は真琴に相応しくない」
対面して早々、勝治は冬子にそう告げた。何故。言わずもがなである。どこぞの馬の骨、藍田製薬の次期社長と考える息子にあてがうことを、賛同する訳がないのである。
勝治が真琴に示した道は二つ。藍田家…いや、藍田製薬との関係を、今後一切断つか。それとも、冬子との縁を切るか。
そして真琴は、前者を選んだ。己の家柄ではなく、彼自身の愛すべき人のことを。
「瑛子は?」
冬子の問いに、真琴は首を横に降った。「いなかった。でも、作業はしっかりしていたよ」
「それなら良いけど、困ったわね」冬子はわざとらしく肩を落とした。「時間も有限。あの子もわかってるはずなのに」
「作業?」そこで尚哉が口を挟む。「一体、なんの作業だ?」
冬子も真琴も、彼の問いに応えない。
「俺、もう一度探してこようか」
「良いわ。今度は私も行く」
「ここは?」
「大丈夫。あと少しだけ話せば、すぐに片付くから」
片付く。その意味は聞かずとも理解できた。
「えっと。それで、どこまで話したっけ」
首を傾げる冬子に対して「ちょっと」と、それまで静観していた若月が手をあげた。「あんた達の話を聞いていて一つ、聞きたいことがある」
「何?」
若月は、リュックサックから数枚の紙を取り出した。柏宮から受け取った報告書だ。
「藍田志織さんの記載にある前妻って、あんたのことなんだろ」
「ええ、まあ」志織の顔で、冬子は肯定する。
「ここでは死んだことになっている。でも、あんたは生きているわけだ」
「そういうことになるわね」何を今更と言わんばかりの呆れ顔を前に、若月は更に尋ねる。
「どうして、そうなっちゃったんだよ」
「さっき言ったわよ。この家との因縁を断ち切りたい。それが理由だって」
うんざりするように冬子は眉をハの字に曲げるが、若月はかぶりを振った。
「俺が疑問に思うのは、どうしてあんたが『死んでしまった』のか。また、今もなお死んだことになっているのか。その部分だよ。因縁を断ち切るって、よくわからないけど。そこまでしないと、その、断ち切れないものなのか」
「ああ、なるほど」
彼の言いたいことを理解して、冬子は笑みを浮かべた。
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