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第七章 応接間
一
しおりを挟む屋敷内は不気味な程に静まり返っていた。
真琴と冬子、檻から出された尚哉の三人は、二階の空き部屋を出て、廊下を進む。先頭は尚哉。後方に銃を構えた真琴と、冬子を最後尾に、一同は二階中央の階段までやってきた。
途中、瑛子の部屋の前を通っ た。ノックするも返答は無い。ドアノブを回すと施錠はされておらず。しかし入室するも、彼女はいなかった。
瑛子はどこにいってしまったのか。同行する二人…特に冬子は気が気でないようで、娘が娘の部屋にいないことがわかると、あからさまに動揺した。
「落ち着いて」真琴が小声で彼女に話しかける。「瑛子には、作業が終わったら一階応接間にで待つように言っておいた。あの子はそこにいるはずだよ」
冬子はいてもたってもいられない様子だったが、家主を殺した侵入者が彷徨っているかもしれない。自由に娘を探し回ることができず、苦虫を噛み潰したような表情をしつつも、真琴の言うことに肯いた。
そんなやりとりを背に、尚哉はここまでの道中、気になることがあった。壁や窓、瑛子の部屋の中の至る所が、水で濡れているのだ。その水からはもわりと、鉄のような嫌な臭いが発せられており、鼻にまとわりつく。多分に嗅ぐと、気分が悪くなりそうな臭い。それでいて、身近な臭い。
ガソリン。…そういえば、真琴は遠藤と芳美の遺体の顔を剥ぐだけではなく、燃やすとも言っていた。この部屋の状況。もしや、家を丸ごと焼くというのか。
なるほど、とも尚哉は思った。遺体のみ燃やせば、何か意味があると警察も思うはずである。それでは大河内の力があろうとも、それが彼らの遺体ではないと勘付く者が出るのは、限りなく短い時間の問題かもしれない。
木を隠すなら森の中という訳か。だからといって、屋敷を燃やすなどという発想に至るのは、やはり気が違っている。が、そもそも遺体の判別をつけさせないための「顔剥ぎ」を実行している以上、そう考えるのはもはや今更にも思えた。
三人は中央の階段を、ゆっくりと下に降りていく。折り返しを超えたあたりで、「少し待ってくれ」と、真琴が冬子と尚哉に言った。「何か、音が聞こえないか」
ずり、ずり。言われてみればそうだった。微かに聞こえる、何かを擦るような、小気味の悪い音だ。
音は一階、階段を背に右方から聞こえてくる。
尚哉は嫌な予感がした。自然と、足が止まった。情けないことに、足が震えていた。
「…進むんだ」
耳元に、真琴の囁く声。彼の声も心なしか、震えているように思える。そうして、尚哉の背に拳銃の銃口を押し付ける。逃げられはしない。進むしかない。
一階に降りると、聞こえていた音は大きくなったように思えた。右に顔を向けると、直進した先にある扉が開かれていた。朱いぼんやりとした灯りが、室内から漏れている。
「あそこは…」
「応接間よ」冬子が掠れた声で応える。彼女の娘、瑛子がいるかもしれないという場所。
ずり、ずりりと、一際大きく。近寄るにつれて、何か物と物が混じり合うような、気持ちの悪い音も聞こえ始めた。
「君が、一番に入るんだ」
尚哉から数歩後ろに離れたところで、真琴が尚哉の顔の中心に、銃口の照準を合わせた。冬子も、こくこくと肯く。これまた、拒否権は無い。息を止めて尚哉は扉に近付き、顔の縦半分だけ出し、部屋の中の様子を伺う。
部屋はその名のとおりで、広いが簡素な造り。十畳程度、左手側には大きな窓があり、二階の寝室と同じ柄のカーテンで締め切られている。部屋の中央には、来客用にセットされた黒塗りのソファが、木製のローテーブルを挟む形で対面して置かれている。
テーブルの向こう側に、男がいた。四つん這いの姿勢で、尻を開いた扉の方に向けている。すらりとした体型、白地に黒のギンガムチェック柄のワイシャツを着こなす男の手には、何やら細長い物が握られていた。それを何度か、目の前…床に置かれた何かに押し当て、手前に引いている。
男の手元に視線を移したところで、尚哉は思わず声が出そうになった。人間だ。男の影に隠れて見えないが、誰かがそこに寝そべっていた。
男が手前に腕を引くたびに、ずりり、ずりりと。耳障りで、不快な音が耳の奥で反響する。尚哉の口の中はカラカラで、ねちょりとした粘液が分泌されている。この歳になって久しく感じていなかった恐怖の感情が、頭を、心を、体を支配する。
「ふーんふふーん」
背に尚哉がいることも知らず、男は鼻歌を歌っていた。尚哉は理解できなかった。行なっているその行為が、楽しいというのか。―人の顔を剥ぎ取るという、その行為が。
尚哉は男に、近づいた。男の様子は変わらない。尚哉はもう、後ろにいる真琴達のことなど、頭から抜け落ちていた。どういうわけか、尚哉は自分がここにいることが、なるべくしてなったものではないかと思えてならなかった。
「叔父さん」尚哉は開口、そう告げた。
「ここで、何をしているんだ」
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