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第三章 思惑
五
しおりを挟む各自、椅子に座る。それを見届けたところで、マサキが話し出した。
「皆さんも知っているとおり、昨夜この場所で、大変嘆かわしいことがありました。仲間の一人である、ミナさんが亡くなったのです」
妙に芝居がかった風の話し方。誰も、何も言わない。マサキは一つ咳払いをすると、先を続ける。
「一昨日も話しましたが、いつもどおりのやり方で自殺を決行していたら、誰も死ぬなんてことはなかったんです」
彼は物憂げな表情で、訥々と呟く。私は、そんな彼の前に歩いていった。
「ちょっと」
「なんでしょう、スミエさん」
椅子から立ち上がり、彼の話を遮る。前口上が鼻についた…いや、聞くべきことを早く聞きたかった。
「昨日、電話でも話したわよね。私のこれに届いたメッセージのことよ」
三人に画面が見えるよう、スマートフォンの上部分を親指と人差し指で摘んで、睨む。
「ああ。ミナさんから届いたっていう」
「あなたの仕業よね。マサキさん」
そう詰問すると、彼は両手を前にして、何度か叩いた。
「そのとおりです。びっくりさせちゃいましたか」
電話口でははぐらかしていたが、今度はあっさりと認めるものだ。その態度に虚をつかされた私は、誤魔化すように咳払いをした。
「あ、悪趣味にも程があるわ。だって、あの子は」
「『昨日、私が殺したから』。彼女が生きていて、自分にメールを送ることなんて、できる訳がない」
マサキ…ではない、ジュンだ。彼の言葉に、私は口をつぐんだ。
「もう、全部バレてるんだよ」
彼は鋭い目つきで私を強く睨め付けた。彫りの深い顔だけに、余計きつい表情に見える。
「真相解明なんてマサキさんは言ったけど。話すことなんて決まってんだ。なあ、スミエさん」ジュンは私に近づいてくる。「どうして、ミナを殺したんだ」
思わず足の力が抜けそうになるところを、必死でこらえる。
「私が、彼女を殺した?」
私は無理に、声を張り上げた。カツカツと、履いた靴のヒールを響かせながら、ジュンから離れるように室内を歩く。
「あなた達、本気で思ってるの?」
もういい。ここはやけだ。
「冗談にしては笑えないわね。昨日、あの子は死んだ。でもあれは不運な事故だった。私達全員、それで片付いたんじゃなくて?」
「確かに、昨日はそう判断しました。でも、あれがそうじゃなかったとしたら?」
「そうじゃなかった?」
「ミナさんは事故じゃなくて、殺された。そして」そこで彼もまたジュン同様、冷ややかな視線を私に向けた。「繰り返しになりますが、それをしたのはあなたなんだ」
「どうして…そうなるのかしら」
「私達は彼女の使ったロープが、千切れにくいものに細工されていた。そう、考えているんです」
「細工?なにそれ?」
私が半ば嘲笑するも、彼はいたって真面目な様子だった。
「自殺用のロープは、決行日の前日の夜」そこで彼は、部屋の奥の扉、理科準備室の扉に目を向けた。「あの扉の先に、管理人が置くことになっています。それを知っているのは、昨日ここにいた中だと、私、ジュン君、そしてスミエさん。この三人だけです。ミナさんは、私達とここで仕事をするのは昨日が初めてだし、ターゲットのカヨさんはもちろんあり得ないですからね」
「それなら私じゃなくてあなたの可能性もあるじゃない。それに、ジュン君の可能性だって」
順々に彼らの顔を見る。皆、固い表情で私を見返してくる。
「それに忘れてないかしら。サイトの管理人…サクライさんだったよね。彼が、もしくは彼らなのかもしれないけど。これが事故ではなく殺人だとしたら、彼らも容疑者に含めるべきだわ」
誰も何も言わない。そのまま続けて話す。
「それに…なによ、細工って。そうだった証拠なんてあるの?」
「そのことなんですけど」
腕を組んで彼らに問うたその時、カヨが体を震わせながらも手を挙げた。
「…何?」
わざと語気を強めたのだが、彼女は平然とした表情で私をみる。いや。よく見ると、全身がほんの微かに震えていた。パワハラを受けていただけあって、棘のある言い方は毒なのだろうか。
しかしそれでも、彼女は負けじと見返してくる。昨日の弱々しいものではなく、鋭く光る瞳。彼女の視線に、私は思わず、物言えぬ恐れを抱いた。
…恐れ?
何故、私がこんな小娘に恐れを抱かなければならないのか。生まれたての子鹿のように、ぷるぷる震えて。何を恐れる要素があるというのだろう。
——怖いんでしょ?
ああ、まただ。耳鳴りがする。あの女の、ミナの声が。耳の中で反響する。
——人殺しのくせに。私を殺したくせに。
うるさい。
黙れ。お前はもういない。激しく首を振る。
「続けて良いですか、スミエさん」
私の挙動に、カヨは訝しげな表情をしつつも訊いてくる。
「あ、ええ。良いわ、続けて頂戴」
「ミナさんが使っていたロープ。細工に気付いたのは私なんです
そこで彼女は、手に持っていた袋から二つのロープを取り出した。一つは私やマサキ、ジュンが使ったロープ。もう一つが、ミナが使ったロープ。
「二つのロープの切り口、よく見てください。皆さんが使ったものは、半分程までまっすぐ切れ込みらしき跡が入っていて、以降はずたずたになっていますね」
「なっていますねって。それ、昨日君も確認したじゃないか。その時のことを思い出してごらんよ」
ジュンに指摘され、カヨは小さな声で「確認ですよ、念のために」と言い返す。そして一つ咳をしつつ、「このミナさんが使ったロープの切り口。切れ口全て、ずたずたなんですけど」と一言。
「私が鋏で無理に千切ったからよ。切れ込みがあるから、少しは切りやすかったけど、それでも人一人支えられる程度のロープだから」
そうでしょうね、と返した後で、彼女は眉間に皺を寄せた。「でもこの切れ込み、見ると少し、透明な何かが付いているんです」
「透明な何か?」
冷静に努めつつ、私はカヨよりロープを受け取った。暗いのでスマートフォンのライトでかざしてみると、彼女の言うとおり、切り口両端、三分の一程度が、光を反射する液体のようなものが固着していた。
「乾いているみたいで、カチカチに固まってます」
「へえ」
「それ、なんだと思います?」
「私にわかるわけがないじゃない」
「勘で良いので、教えてくれませんか」
「勘って…」
私は緊張で若干強張るのを感じた。カヨは、彼女は。何を狙っているのだろうか。少なくとも、私に何かを言わせようとしている気配は読み取れた。
改めてロープを見る。「そうね」と、平然を装って、切り口をジロジロと見るふりをする。それならそうで、私も下手なことは言えない。しかし、わからないなんて、あからさまな嘘は駄目だ。これは、多分、誰もが知っている代物なのだから。
「接着剤か、何か?」私はカヨら三人に向けて言う。「そういうのが固まったものじゃないかしら」
「ええ。恐らくそうかと。それも、結構強いやつです」
マサキが同調する。つまりはロープとロープを繋ぎ直せるだけの接着力があるもの。その程度ということなのだろう。私は心の中で息をつく。
「これがなに?」
「他のロープの切り口には、その接着剤の痕がありませんでした。ミナさんのロープだけ、切り口が補強されていた。つまり彼女のものだけ、千切れにくくなっていたんです」
「…なるほどね。でも、昨日も確認したじゃない。その時にあったかしら」
「どうでしたっけ?」
「あなた、見たわよね」
「いや、その。あまり覚えていなくて」
カヨのその言葉に、肩透かしを食らったように気が抜けた。そんなカヨに助け舟を出すかのように、「昨日はこの暗がりだったしな」とジュン。
「ジュン君もカヨちゃん同様、わからない。そういうことよね」
「スミエさんはどうです?」
「覚えていたら、こんなふうに聞いたりしないわよ」
「つまり覚えていないと?」
「そうよ。しっかり言わないとわからないかしら。今、私はその存在を初めて知ったのよ」
私がそう言い放ったところで、場の空気が変わったように思えた。なぜだか、そう感じた。
「でも、接着剤で固着されていた…そのせいでミナさんが亡くなったとしたら、恐らく仕込は、自殺当日よりも前の話ってことなんだと思います」
「そうなんでしょうね」カヨが述べた推論は、少し考えれば思いつくようなものだった。ここは同意しても変ではない。私は肯いた。
しかし数秒後、この時点で私は、彼らの掌の上で踊らされていたことを知ることになる。
「スミエさん」そこでジュンが、静かに私の名を呼ぶ。「もし、そうなら。あんたの言ったこと、おかしいよ」
「何がかしら」
「だってあんたが昨日、ミナのロープを切ったんだ。その時に気付かないわけがないだろ」
いまいち理解できず、ぽかんとした表情で彼を見る。そんな私を置いたまま、ジュンは次にマサキを呼んだ。
「昨日使った鋏って、どんなものでしたっけ?」
そこでマサキは机の上に鋏を置いた。百円均一でも売ってそうな、安物の鋏だ。
「こんなものでこの太いロープを切る。そうなると、当然既に入れてある切れ込みから切るよな。ただ、ミナのロープの切れ込みは、接着剤で補強されていた。つまりは切りにくくなっていたはずなんだよ。それなのに、その存在を『今知った』っていうのは、おかしい話だろ」
がつん、と頭をハンマーで殴られたかのような感覚。私が言葉に窮していると、カヨが追い打ちをかける。
「さっき、スミエさんはこう言いましたね。『切れ込みがあるから、少しは切りやすかったけど』。こんな細工がされていたら、切りやすかったなんて、普通言えないと思いますけど。
ねえスミエさん、どうして昨日ロープを切るタイミングで、接着剤のことを言わなかったんですか」
「そ、それは…」
そこで、ようやく気付いた。
私はこの三人に嵌められたのだと。
最初にロープを切った時の感想を私に話させて、その後接着剤の話に持っていき、私がそれに気付いていたのかを確認する。
そこで「ロープを切った時に気付いていた」なんて、嘯くことはできる。しかし言ったら最後、なぜ昨日言わなかったか、対する答えを言う必要がある。しかしそれを頭ですぐに思いつく能力は、私にはない。
つまりは、八方塞がり。してやられたということになる。
「こんな細工がされていてなお、安物の鋏でその箇所を切ったのは、接着剤の痕跡を少しでも消そうとしたからですよね」
カヨが、淡々と述べる。未だ私の瞳に焦点を合わせてくる彼女の視線から、目線をそらした。この子は——。馬鹿なフリをして、思った以上に強かではないか。
「そうした理由。それは、あなたがその細工を施したから。ロープが千切れず、彼女が死ぬように仕向けたから。そう、なんですよね」
憐れみを含んだカヨの言葉に、私はすぐに反論することができなかった。それはつまり、彼女の主張が正しいと認めることと同義であった。
…でも。
そうであっても。
私は認める訳にはいかなかった。
「動機…」
ふと口についた言葉だったが、それが今のところ彼らに対抗できる一番の武器になりそうだった。
「そうよ。私には、動機が無い」
「動機ですか」
「ええ。あの子を、ミナを殺すだけの動機よ動機。ここまでして彼女を殺す理由なんて、私には何も無いわ」
「いや、あんたにはそれがある」
必死の思いで捻り出したものだったが、彼らにはそれを迎え撃つだけの武器を備えていたらしい。ジュンが、口を挟んできた。
「ここに来るまでの間に俺とマサキさんで調べたよ。あんたと、ミナちゃんとの関係。三年前の事故のこと」
「事故」
とどめを刺されるとは、こういう感覚のことを言うのだろう。私の足は立つことを止めたように、突然膝から崩れ落ちた。
そうか。
彼のその言葉だけで十分だった。
知られてしまっていたのか。あのことを。ミナとの関係を。彼女が、私にとってどんな存在であるのかを。
「そう、そうなのね。それも調べていた訳、か」
「はい…」
「それじゃ、もう本当に言い逃れはできそうにないわね」
半ば自嘲気味に笑う私を、三人は黙って見ている。そんな彼らに、私は半ば自棄になりながらも答えた。
「私、あの子を殺したわ。自殺に見せかけて殺してやったのよ」
やはり、こういうことには向いていないのかもしれない。
私は心の中でそう実感する。
考えてみると、ミナを殺害した動機なんて、彼らにはすぐに、それも容易にばれてしまうことだった。そもそも私がこうして彼らと共にいること自体、元は彼女が原因なのだから。
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