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第四章 目的
四
しおりを挟むスミエが自白したその後。マサキより言い渡された彼女への罰は「追放」だった。
スミエは認めたが、彼女を警察に突き出すことはできなかった。私達は表向きには「集団自殺」(フリであったにせよ)をするために集まったのである。それ故に警察の介入は、サイトのことはもちろん、最悪マサキらやターゲットの私にもあるかもしれない。面倒であることは、間違いなかった。
スミエが今回ミナを殺害したのは、私怨によるものである。見境なく人を殺害するようなことはない。故に今後、人生やりなおしっ子サイトに関わらないことを条件として、追放したのであった。
今、理科室には私とマサキの二人だけ。この前と同じ状況だ。数分前にスミエは出ていき、彼女の後に続く形でジュンも、とぼとぼと去っていった。
「お疲れ様でした、カヨさん」
マサキが理科室内の机の上にお洒落な袋を置いた。中を見ると、誰もが知っている、高級ブランドのチョコレート菓子の箱。そして茶封筒…中には何枚かのお札が入っていた。
「これ、細やか過ぎますがお詫びとお礼です」
「え、そんな…悪いです」
「いえいえ。カヨさんには、お願い以上のことをしてもらいましたから」
彼の申し出を断れず、ひとまずはそれらを手に取った。
「ちなみにそのチョコ、常温で食べると風味が増して美味しくなるらしいですよ。店員さんいわく」
「は、はあ。ありがとうございます」
先程まで誰が殺した、復讐だなんて重々しい話をしていただけに、そう聞いても口内の涎は出てこなかった。
「…あの」
「はい」
「差し出がましいことなんですけど」
「なんでしょうか」
「良いんですか、あの人」
「あの人…あ、スミエさんですか」
「はい。あんな、その。追放なんて。ここでそんなことを決めてしまって良かったのかなって。一応あの、サイトの管理人の方…」
「サクライですか」
「そうそう、そうでした。そのサクライさん。その方とかに聞いた方が良かったんじゃ」
「ああ」彼はにこりと笑った。「良いんです、もう」
「もう?」
「これで、終わりですから」
これで終わり?
「それは一体、どういう」
「さて。カヨさんも、そろそろお帰りください。夜も更けてきましたしね」
ぽかんとした表情の私に、彼はきっぱりと告げる。
本心としては、今頭に浮かんだ疑問を解消したかった。しかし、それだけの時間は無いようだった。
とにかく、私がここにいる目的…スミエの罪を暴くことができたのだ。後はマサキらの問題であり、彼らの面倒ごとに付き合う必要はない。
「ありがとうございました」
それだけ言って、私もまた立ち上がった。そこでふと、机の上に置かれた二本のロープに、目がいった。
どちらも先程、スミエに見せたものである。私はそれらに近付くと、うち一本…ミナが使ったロープを手に取った。
「そういえば」
「どうかしましたか」
「ミナさんのロープって、他の方のロープと見分けがつかないんですね」
「ええ、そうですが」
「確か、体重に合わせて切れ込みを入れているんでしたっけ。間違ったりしたら、危なくはないんですか」
やめろ。
「そのために、私が前日チェックするんです。どれが誰のなのか、間違えないために」
それ以上、気になってはいけない。
しかし私は、私を止めることはできなかった。
気になったり、疑問に思った事柄は、自然に口をついて外に放ってしまう。よくないことだと分かっているのに。分かっているはずなのに。
「でも、こうして見ると、見分けがつかないと思いますけど。マサキさんならともかく、スミエさんはミナさんがどれを使うのか、どうやって知ったんでしょう」
私の発言に、マサキは作ったような笑顔を浮かべた。
「付箋を貼っておきます。名前を書いた」
「でも、そのことを知っているのって、マサキさんだけですよね」私は一度、息をついた。「何だかスミエさんのやったことって、事前に誰がどのロープを使うか、知っていることが前提の話のような気がして…」
そこまで言ってから、私は口をつぐんだ。先を続けることができなかった。その可能性に、気付いたから。
スミエがミナの殺害にロープの細工なんて、考えついたのは、ロープの見分けがつくことを知っていたから。
では何故、それを知っているのか。彼女はどうやって、それを知ることができる?
「マサキさん」
マサキを見る。彼は笑顔のままだ。今、この瞬間。彼の笑顔は、私の背筋を氷点下のごとく凍らせた。
「カヨさん」
彼の声は、それまでの声質とはまるで異なっていた。
「知らなくて良いこともある。あなたはそれを知った方が良い」
口調も氷のように、冷たい口ぶり。無意識に体が震えてくる。その場から動けない私を一瞥した後、彼は理科室の出口を指差した。
「お帰りください。早く」
有無を言わせないような凄み。私は声が出なかった。出せなかった。彼の言うとおり、知らない方が良い。関わらないことが、身のためだ。瞬時に判断し、私は彼を背にして出口へと走り出す。
その時だった。
ばたばた。前方から慌ただしく、大きな音が聞こえ始めた。
「サトシさん、終わったよ。いやあ重くて重くて」
理科室に入ってきたのは、先程出て行ったジュンだった。彼はマサキの目の前にいる私の姿を見た途端、目を大きく見開いた。そして恐らく私も同様に。
「あ。カヨちゃ…」
「ジュン、さん」
マサキは私とジュンを交互に見て、大袈裟に溜息をついた。そんな彼を、私は凝視する。
聞き間違いではない。ジュンは今、彼のことを…
「サトシさん、なんですか」怖々と聞く。「マサキさんじゃなくて」
マサキは諦めたように息をついた。
「ええ、そうです。本名は、オオヤサトシと言います」
「オオヤ、サトシさん…」
「ジュン君。君のせいで誤魔化せなくなったじゃないか」
マサキはジュンを睨むと、彼は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご、ごめん。カヨちゃん、もう帰ったんだって思って」
「君の方が先に出たじゃないか」彼は肩をすくめる。「まあ、でも良いよ、もう。仕方ないから」
彼らのやり取りを目の前に、私の頭の中は全く整理がついていなかった。
名前を偽っていた、マサキ。そして彼らの口ぶりから、ジュンもまた偽名の可能性が高い。
加えて、恐らくスミエにロープの見分けがつくことを教えたのもマサキなのだろう。
どうしてそんな真似を。その理由も分からない。
一人混乱する私を見て、マサキ…もとい、サトシは笑顔を見せた。
「もう分かっていると思うけど。僕と彼はぐるだったんだ」
「ぐるですか」口調も雰囲気もまるで違う彼に、半ば緊張する。
「うん。この際だから言っちゃうけど、実はあのサイト自体も、偽物なんだよ」
あのサイト…人生やりなおしっ子サイト。しかしそれが偽物というか、ヤラセであることは既に聞かされたとおりである。
私の表情から察して、サトシはかぶりを振った。
「昨日話した内容もまた、でっち上げということ」
私はあんぐりと口を開けた。
自殺のフリのことか。ということは、実際にしていたのは、フリでは無かったということか。つまり、本当に自殺をしていたということなのだろうか。
しかしそうであれば、彼らはもうこの世にいない。当然だ。ゲームじゃあるまいし、現実ではそう簡単に死ぬなんてできやしない。
「うん。少し端折り過ぎたから、きちんと話すよ」状況把握ができていない私を察してか、サトシは話してくれた。「人生やりなおしっ子サイトは、僕とこのタクヤ君とで作り上げた。復讐のためにね」
「タクヤ君…」
「俺だよ」サトシの隣にいるジュンが、自分の胸を叩く。
「復讐、ですか」
「うん」
彼の話によると、実際には管理人なんて存在しないし、サイトもまた、自殺志願者を助けるために作成されたものでもないと言う。目的は「復讐」だった。
「復讐なんて。一体、何の。それに、誰に対するものですか」
戸惑いつつも尋ねると、サトシは私の目を見た。
「カヨさんには話したはずだよ。僕の婚約者のこと」
「マサ…いえ、サトシさんの婚約者」
確かにその話は聞いていた。数年前事故に遭い、命を失ったという。
——数年前に、事故?
「その表情。わかったかな」
「まさか」
「ああ」サトシは強く頷いた。「三年前、スミエさんの旦那が運転する車と正面衝突した相手。それ、僕の婚約者だったんだ」
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