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第四章 目的

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 ——感謝?
 タクヤの言葉に、私は捉えようのない違和感を覚えた。私は拳を握り、彼を見つめる。
「している訳が、無いじゃないですか」
「は?」
 口が勝手に動く。声がそのまま、外に出ていく。
「感謝なんて」
 狐につままれたような表情のサトシとタクヤ。共に私を見る。思わずマスクの紐を引っ張り、形を整える。冷や汗で吐きそうだ。
「急になんだよ、カヨちゃん」
 口の端を上げ、小馬鹿にしたような笑みを浮かべるタクヤをきっ、と睨んだ。
 言ってどうなることもない。だからといって、止めることはできなかった。これが性分なのか、感情の高ぶりからくる一時的なものなのか。分かったものではない。それにここで何か、私が言う意味も無い。それは分かっていた。
「だって」
 しかしどうしても、これだけは言いたかった。
「サトシさんもタクヤさんも。婚約者のお姉さんのために、こんなことをした訳じゃない。ただ、自分自身がすっきりしたくてやったこと。自己満足でやったことじゃないですか」
「なんだって?」
 タクヤの表情が固くなり、次第と皺が現れてくる。全身が燃えるように熱い。激しく脈打つ心臓。
 そもそも…である。
「事の発端は、ミナさんの悪戯だったんですよね」
「ああ」
「それならどうして、スミエさんへの復讐をやめようとしなかったんです」
「どういうことかな」
 それまで沈黙していたサトシは、努めて冷静に私に問いかけてきた。
「真相を知ったのは、一年前だった訳でしょう。その時点でスミエさんの旦那さんも、スミエさんも悪くなかったことなんて、分かっていたはずでしょ」
 二人共に何も言わない。今は私の話を聞こう、彼らの間でそういう流れになったのだろうか…それとも。
「でも、今に至るまで復讐の対象を変えずにいた。どうしてなのか。それはただ単に、スミエさんを殺す、ということ自体が、あなた方の復讐になっていたから。そうなんですよね」
 それとも、私の言うことがほぼ当たっているからこそ、何も言わない…いや、言えないのではないだろうか。
 しかし、対するサトシは強気だった。息を吐くと、かぶりを振るう。
「あのね、カヨさん。さっきも言ったけど、君は部外者なんだよ。知ったような口を…」
「私は、部外者なんかじゃありません」
 私の強い主張に、彼も流石に口をつぐむ。
「三年前の事故。その件に関しては、そうかもしれません。スミエさんやあなた達の話を聞いていた時も、なんというか、はっきり言って他人事のように思えていましたから」
「それじゃ…」
「でも、私はその、サイトに登録して、ここにいるんです。三年前のことは部外者だとしても、今この状況に関しては、部外者とはもう言わせません」
 そう。「私」は自殺をするつもりだったのだ。そんな思いに漬け込んで、私を巻き込んだのは彼らなのだ。そんな彼らに、「お前は関係ない」と言われても、言うことが聞けるはずが無いだろう。私にも、己の意見を主張する権利はある。
 何も、興味本位で彼らの関係の中に飛び込むつもりでは無い。ただ…ただ、純粋に私の考えを、その場で二人に伝えたい。そう感じたのである。
「だから、自己満足だっていうんです。そんなあなた方がしたことなんて、お姉さん…」サトシに続いて、タクヤを見る。「お姉さんが、感謝なんてする訳、無いじゃないですか」
「お前に何が分かるんだよ!」
 そこでタクヤが叫んだ。こめかみに太い血管を浮かび上がらせ、荒い息のまま私を睨んだ。
「何が、分かるんだよ」二度目。今度は呟く程に微かな声量。「俺と姉ちゃん、親がいねえんだよ。俺が十一、姉ちゃんが十八の時、事故で逝っちまった。それから、姉ちゃんはずっと俺を育ててきてくれた。昔からそうさ。姉ちゃんは、自分の幸せよりも俺の幸せを優先してくれたんだ」タクヤは荒くなった呼吸を整える。「ようやく自分が幸せになれるって時だったんだよ。サトシさんって素敵な人を見つけて、ようやく」
 最後の方の声は震えていた。彼は泣いていた。
「大人になった今。俺は姉ちゃんに恩返しをしている最中だったんだ。それなのに、あんな奴らに、あっさり殺されちまった。悲しくて、情けなくて。どうしようもなくなっちまった」
「…」
「スミエさんやあの人の旦那が悪くない?馬鹿を言うな。もちろん原因のミナが悪いのは当然だとしても、姉ちゃんを殺したのはあの人の旦那なんだよ。俺から…俺達からしてみれば、その事実がもうあいつらの罪。この結論が覆ることなんてねえ。なあ、そうだろサトシさん」
 タクヤの言葉にサトシは天井を見上げ、「ああ」と一言頷いた。タクヤは軽く頷く。
「今できる恩返し。それがあいつらへの復讐なんだよ」
 そう言い切ったタクヤに、私は何も言い返せなかった。同時に、これは何を言っても考えが変わることが無いことを悟った。彼らにとって、復讐をすることが正しい行動なのである。これはどう反論しようとも、覆すことなどできるわけが無い。だって、彼らからしてみれば私の言うことは誤っているのである。
 そうだとしても。
 私は彼らの行なったことが正しかったこととは思えなかった。その感情を偽善と罵られようとも、己の心に秘めた思いは、彼らのものとは似て否になるものだと分かったのだから。
「もう良い」そこで、サトシは首を左右に振った。
「カヨさん。もう、良いよ。君がここで何を言おうと、僕達の復讐は止まらない。止まらないんだ」
 私はそれ以上、食い下がることはしなかった。それをしても、もはや意味が無いことを悟ったのである。
「とりあえず。君には帰ってもらいたい」
 サトシは部屋の入り口を指差し、強い口調で宣った。それに対し、タクヤは目を丸くさせた。
「良いんすか。帰らせてしまって」
「この子は良いんだよ」サトシはタクヤに肯く。「今夜のこと、もう誰にも話はできないから。この子の住所も、個人情報も、僕達は握っているんだ。もしも今日のことを誰かに言って、それが公になるようなら…頭の良いカヨさんなら分かるよね」
 有無を言わせぬような、威圧的な言い方。
「…はい」
 私は肯くことしかなかった。

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