人生やりなおしっ子サイト

夜暇

文字の大きさ
45 / 51
第五章 望み

しおりを挟む

 九月二十八日。ここに来てから、二度目の朝だ。
 留置所という場所は、寝心地が悪くてしょうがなかった。
 文句を言える立場では無いことは重々承知だったが、無意識のうちに溜息が出る。
 二日前のあの日。
 スミエがミナを殺害したことを白状した日のこと。
 カヨが理科室を出て行ってから少し経ち、スミエの息の根を止めようとタクヤと二人、部屋を出たところで、それは起きた。

「ス、スミエさん!」
 廊下の暗がりから、彼女は突然飛び出してきた。しかも、それだけではない。彼女は持っていたナイフで、タクヤの脇腹を刺したのである。
「う」
 野太い声を上げ、その場にごろりと倒れこむタクヤ。スミエは震えながら、僕を見た。怒りと焦りの混じった、ぐにょぐにょとした眼。その眼を見て、僕は鳥肌が立った。
「スミエさん。あんた、何てことを!」
 意気込もうにも、声が震える。しかし足を踏ん張り、それを見せないよう力の限り叫ぶ。スミエはそんな僕に、負けじと睨む。
「分かっているから、こうして刺したんじゃないの!」
 ヒステリー。スミエは金切声を上げた。そんな彼女を前に、僕は恐怖からか、何も言えなかった。
 タクヤは縄で彼女をしっかり縛ったと言った。しかし、そんな彼女がどうしてここにこうしているのか。それにナイフを持って、どうして俺達を襲ってくるのか。様々な疑問が頭に浮かびつつも、今はこの危機を脱するのが先決だった。
「やられる前にやってやるのよ。私は」
 ふぅー、ふぅーと、荒い息のまま、何かに取り憑かれたようにスミエはそう宣う。
 そんな彼女の持つナイフの刃先からは、タクヤの血が滴り落ちている。深く突き刺したのだろう。刺された当人は廊下の床に這い蹲り、呻き声を微かに上げる程度。身をよじることもできないようだ。
「やられる、なんて。私達が、あんたを殺すつもりだったって?」
「そうよ!そう聞いたわ」
「そんなこと、誰から…」そこまで言いかけたところで、思い当たる節があった。「カヨ、さんか」
「そう、そうよ」
 しまった。彼女がまさか、スミエを解放するなんて思ってもみなかった。スミエの今の様子から察するに、恐らくタクヤが彼女を殺そうとしていると、少々誇張して伝えたに違いない。
「油断していたわね。あんたも殺せばそれでおしまいよ」
「くっ」
 じりじりと間合いを詰めてくる。少しずつ後ずさりをしていると、耳に聞き覚えのある音が聞こえてきた。
 ——サイレンの音?
 警察が、ここに?
「どうして…」
 その音に、目の前のスミエも焦り出した。それは、彼女にとっても想定外の事態のようだ。その一瞬の隙を、僕は見逃さなかった。
 彼女のもとに素早く近寄ると、前に突き出していたナイフを持つ腕を両手で強く掴んだ。ナイフを床に落としたところを見計らって、彼女の足を思い切り蹴り上げる。バランスを崩させ、そのまま彼女を床に思い切り転ばせた。
 よし、これで…
「大人しくしろ!」
 その時、不意に怒声が辺りに響く。眩しい白い光に目がくらみつつも、僕はその声がした方向を見た。
 そこには、俺と俺の下で組み伏せられたスミエ、瀕死のタクヤへ順々に視線を移す、警官数人の姿があった。

 それからの展開は、飛ぶ様に早かった。
 僕とスミエは、かけつけた警官らに捕らえられた。そうして各々留置所に入れられ、今に至る。
 ちなみに、タクヤはあの後息を引き取った。スミエの刺した箇所が、運悪く心臓に到達してしまっていたようだった。 
 姉ちゃんの仇、とってやりましょうよ———。
 タクヤのあの、野太くも少し軽い口調を思い出す。
 彼女の…アカネの唯一の肉親だったタクヤ。自分を慕うその態度に、義理とはいえども、僕は本当の弟のように感じていた。
 そんな彼を、みすみす殺させてしまった。まだ全てが終わっていなかったのに、どうして気が緩んだのだろう。そう悔もうにも、取り返しがつかないことは分かっていた。しかしそれでも悔やまずにはいられなかった。
「オオヤサトシ、来い」
 突然、自分より数段低い声が響いた。また、取り調べか。昨日から今まで、数回同じ様に呼ばれ、連れ出されている。故に用は言われずとも分かっていた。
 考えていたことを一度全て頭の隅に追いやる。ゆっくりと上体を起こし、がたいの良い警官に連れられ、歩く。そうしてそのまま、五畳ほどの四方均等な個室に連れてこられた僕は、中央に置かれた椅子の上に座らされた。
「よお。気分はどうだ」
 後からやってきた、偉そうな態度の警官に尋ねられる。
「気分も何も。正直言って、最悪ですよ」
「そうか、そうか」
 豪快に笑う強面の警官に、僕は心内で悪態をつく。
「お前はそれ程の容疑でここにいるんだ。それも仕方がないだろう」
「それ程って…」
「女の遺体のことだよ」
「ああ」
 昨日の取り調べで、僕は全てを白状した。人生やりなおしっ子サイトのこと。ミナのこと。逮捕された以上、隠し通すことはできそうになかった。
 しかし、女の遺体の件…つまりミナの件のことを言っているのだろうが、彼女を実質的に殺害したのはスミエなのである。それは状況から見て明らかであり、自分はその後始末をしただけであって、直接的に殺した訳では無い。そう仕向けたということも、タクヤが亡くなった以上、自分しか知らないことである。その罪までかぶる訳にはいかなかった。
「あの、昨日も言いましたが。その人は俺と一緒に捕まった女の人がやったんです。間違いないんです。僕と、彼女に殺されたサクライタクヤは、彼女の罪を暴いて、その結果やり返された。それだけです」
 そう反論すると、強面の警官は眉をひそめた。
「まあ佐藤美奈の件は、そうなのかもしれんがね。ただ、俺がここで言っているのは、もう一人の女の遺体のことだ」
「は?」
 もう一人?なんだそれは。
「あのな。佐藤美奈の遺体があった場所に、もう一人分の遺体があったのさ」
「え、そんな馬鹿な」
 四日前、ミナが死んだ日の夜。彼女の遺体を、人気のない山奥にて埋めた。僕の記憶には、それだけしかない。
「何度も言いましたが。俺は佐藤美奈の遺体を処理しただけです。なんですか、そのもう一人って」
 そう問うと。「えーっとな」と警官は手元にある紙をパラパラとめくっていく。
「あー、あったあった。身元は、尾谷佳代。都内在住の無職の女だ」
「尾谷、佳代だって?」
 佳代…カヨ。思わず大声を上げてしまう。強面の警官は一瞬驚いた風に目を見張ったが、次の瞬間いつもどおりの鋭い獣のような目に戻る。
「うるせえよ。何がそんなに…」
「その名前の女が、本当に遺体で?」
 神妙な面持ちで尋ねると、強面の警官は肯いた。
「ああ。鑑識の結果では、死んだのは三日前の夜らしいな。というより」そこで警官は目の前の机を強く叩いた。その音に驚き、全身が萎縮する。「何、知らねえふりしてんだお前。お前が殺して、佐藤美奈と一緒に埋めたんだろうが」
「み、三日前の夜?」
 三日前というと、九月二十五日か。その日はというと、ミナが死んだ次の日の夜である。
 しかしそれは有り得ない。有り得るはずがないのである。カヨは二日前の夜、スミエの犯罪を暴いてもらうため、僕やタクヤと一緒に、あの廃校にいたのだから。
「その遺体、本当に尾谷佳代だったんですか」
「嘘なんかつかねえさ」
 そんな馬鹿な。
 それならば、僕が、タクヤが、スミエが、ミナが話をしていた、カヨは誰だというのだ。
 僕は強く首を振った。
「や、やってません、そんな死体なんて…」
「証拠があるんだよ。お前がやったっていうな」
「証拠?」
「被害者の手から、煙草の箱が見つかったんだ。その煙草から、お前の指紋が検出されたんだよ」
「僕の指紋?煙草の箱?」
 そんな馬鹿な。
 カヨの遺体が、僕の指紋入りの煙草の箱を持っていた?
 呆然とする僕を見て、強面の警官は淡々と説明していく。
「もう一度確認だ。お前から教えてもらった場所。そこに、二人の遺体が埋められていた。その埋めた場所は確か、自分しか知らなかったんだよな」
「ま、まあ」
「どうなんだよ」
「…はい」
 正確には死んだタクヤも知っているが、生きている人間のうちではもはや自分だけしか…
 いや、待てよ。思い出せ。
 そうだ、ミナの遺体を処理する時。カヨは、遺体処理の手伝いを申し出てきた。もちろん俺は断ったのだが、あの後…僕のことを彼女が尾行していたとしたら。
 いや駄目だ、違う。それをして、彼女に何のメリットがあるというのか。それに、そのカヨは、次の日の夜に死んでいた訳である。訳が分からない。
 それなら自殺決行の日、僕達の前に現れたのが、そもそもカヨじゃなかったのだとしたら。カヨの名を騙る第三者だったとしたら。それなら、尾谷佳代が死んでいる中、僕達が「カヨ」と話すことはできる。
 恐らくカヨを名乗った女は、何らかの理由でカヨを殺害するつもりだった。そしてその罪を、僕達になすりつけるために、人生やりなおしっ子サイトに登録した。
 …待てよ、それも違う。僕は彼女がサイトの登録フォームで入力した住所にある家に行き、実際に彼女…尾谷佳代をこの目で見ているのだ。記憶を呼び起こしてみても、間違いない。事前に見た彼女と、九月二十四日に現れた彼女は、まごうことなく同一人物だった。
 それに…もし僕達に罪をなすりつけることが目的だったのなら、僕達のすることが、最初から自殺のフリであることを知っていなければならない。対外的に、僕達は本気で死にたい者達の集まりなのだから。もしもフリでなかったとしたら、罪をなすりつける以前にあの世行きだ。
 当日の彼女の様子を顧みると、それを知っていたようには見えなかった。慣れてない者であれば、知っていることを知らない風に装うとなると、挙動や言動等から必ず綻びが出てくるものである。しかし記憶の限り、彼女にはそれが無かった。彼女は、僕達が自殺のフリをすることを知らなかったのだ。
「それが本当なら、お前の言うことが嘘っぱちだってことは、馬鹿な俺でも分かることなんだぜ」
 強面の警官から再度凄まれる。が、彼に応対する程、心には余裕がなかった。
 あのカヨを名乗った女とは一体、何者だったのだろうか。頭の中にあった、おどおどとした若い彼女の人物像が濁っていく。かと思えば、二日前のマスク姿の彼女が思い浮かぶ。あれは幻ではない、れっきとした「生きた人間」だった。
 唯一分かっていること。それは僕達、いや、僕が、あのカヨと名乗った女に、まんまとしてやられたということである。
「はは…」
 笑いがこみ上げてくる。
「ははは」
 それを止めることは、もはや自分でもできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

【完結】結婚式の隣の席

山田森湖
恋愛
親友の結婚式、隣の席に座ったのは——かつて同じ人を想っていた男性だった。 ふとした共感から始まった、ふたりの一夜とその先の関係。 「幸せになってやろう」 過去の想いを超えて、新たな恋に踏み出すラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...