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第七章 対面
ファミレスにて
しおりを挟む今日で十月に入り、四日目。蒸し暑い夏が終わり、徐々に冬の季節へと移り変わる、転換の季節。稲本に助けてもらいつつも、私は満との財産を元手に、ホテルでの生活をしていた。
あれから二週間、警察は一度も私のもとに来なかった。稲本の所にもそうだ。もしかすると、彼らは何の足取りも追えていないのではないのだろうか。そう期待してしまう程に、平凡な日常だった。
しかし香住達の遺体が発見されたことで、警察は未だ北橋市全域に検問を敷いているそうである。そのこともあり、友美の遺体と正義さんの頭部は、一旦近所のセルフ式の貸冷凍庫に保管していた。鍵は手元にある。誰にも見つかることはないだろう。そうして、ほとぼりが冷めた頃を見計らい、田舎へと高跳びするつもりだった。
今日は少しだけ余裕ができたため、再度稲本と落ち合うことになった。場所は学校から少し離れたファミリーレストランだ。
「あの後、何も無い?」そう尋ねると、彼は一度視線を周囲に巡らす。
周囲では沢山の客がごった返しており、誰も自分達の話を聞いている者はいない。それを確認してから、彼は頷いた。
「ああ。仕事もいつも通り出勤してるけど、特に何もないよ。一応警察…難波の時にも来た大津という刑事が来て取り調べはしていったけど。前回同様、適当にあしらってやったよ」
「…それなら、良いわ」
安堵するも、私は内心焦っていた。今もまだ私(と友美)は、警察による捜索がなされている。事件の重要参考人である訳だから、警察も躍起になっているはずだ。そう考えると、早急に手を打たなければならない。未だ不安の渦中にある。ストレスで胸が押しつぶされそうだ。
すると、その時だった。
「あの人は亡くなったんですよ。力を合わせてなんて。そんなことを言われても、もう、合わせることも、できないんです!」
隣のテーブルに座っていた女が、急に声を荒げて叫んだ。声の大きさに、私達のみならず他の客もまたその席を見る。相向かいに座っていた無精髭の男が、「すみませんねえ」とにやけながら周囲に頭を下げる。
私はぼうっとその様子を見ていたのだが、背中側の稲本はそのテーブルにちらりと目を向け、「あっ」と表情を強張らせすぐに顔を戻した。
「どうしたの?」
小声で尋ねると、彼は誤魔化すようにテーブルの上に置かれたコップの水を飲む。
「後ろの席の男。刑事だ」
「えっ?」思わず目を向けようとして思い留まる。
「ほ、本当に?」
「ああ。しかも、難波が死んだ時の取り調べで、大津と共に座っていた…確か来須とかいう奴だ」
「なんですって?」
五月の件の担当であった刑事が、どうしてこんなところに。そう不思議に思っていた私に、稲本は更に驚くべきことを告げる。
「あと、それだけじゃない。その来須の向かいにいる女、数年前学校にいた教師で」稲本は一呼吸置いて続きを話す。「…関口先生と結婚した、河原先生なんだ」
「え。そ、そんな」
必至で声のボリュームを抑えるも、声が震えてしまう。難波の時にいた刑事であれば、今回私たちが起こした一件にも関与している可能性が高い。そんな刑事と、稲本が殺害した関口の妻が会っている。これはもう、他人事にはできなかった。
私と稲本は耳をすませる。周囲の雑音により、聞こえる内容は断片的なものだ。
「行なうは『その人個人の記憶』の収集です。しか——々では、その——が本当にあの事件に関連したものか、判断がつかない。だから、その——であるご主人がやるしかないのです」
目を白黒させる。一体彼らは何を言っているのだ。その人個人の記憶の収集?あの事件?緊張からか、唾が口内に滲み出る。
「な、なあ。どういうことなんだろう」
稲本が話しかけてくる。しかし私自身詳しく分かっていない点が多く、答えようにも答えられない。
その後も、理解できないような内容が続いた。
記憶を集めること、記憶を整理する等、やたらと記憶を物として扱うような台詞が飛び交っている。
しかし聞き捨てならないのが、来須の言う「ご主人とも会うことができる」という点である。それは十中八九関口のことを指しているのだろう。何度か耳にするシステムとやらを使えば、関口を生き返らせ、会話もできる。来須はそう話しているようだ。
馬鹿馬鹿しい。そんなことができるなら、この世界の犯罪は全て無くなっているはずだし、もっと大々的に公表されているだろう。死んだ人間を生き返らせるなんて、現実的に不可能だ。
心の内で決めつけた私だったが、あながち不可能という言葉で片付けられそうになかった。来須がシステムについて、補足で説明し出したからだ。
「…——テムには、データ化した記憶の空間に、生きた人間が入る——あります。受容機と呼ばれるもので、人間——をデジタルに変換するこ——きるのです」
自然と全身に力が入る。今の話が本当だとすると、関口の記憶をデータ化し、その中に生きたまま入ることができるというのか。胡散臭いにも程があるが、最後に彼の放った言葉により、全身が泡立つのを覚えた。
「九月二十日に起きた事件の解明のために、そしてあなたがもう一度、彼と会うために。ご協力いただきたい」
手が震える。もう片方の手で抑え込む。
システムの真偽をここで突き詰めることは必要無い。問題は、警察が事件を解明するための方法を持っているということだ。確信した。私が警察に捕まらずにいるのも、直近で二人もの死人が出た学校に勤務する稲本でさえ、適当にあしらえる程の取り調べであったことも。彼らは別のやり方で、事件を追っていたのだ。
彼らが席に立った後、稲本は背筋を伸ばして息をついた。
「あいつらの言っていたこと。本当かな」
ぼそっと呟く。彼もまた、今の信じがたい話を聞いたことで、焦燥感に駆られているようだ。
「わ、分からないわよ」
さて、どうする。もし本当に関口の記憶を見ることができたとしたら。そして彼が死ぬ間際、私か稲本の顔を見ていたとしたら。私は晴れて指名手配犯として、全国に顔を晒すことになる。このまま何もしなければ、いずれ私のもとに警察がやってくるだろう。
ああ、どうしてこんな目にばかり遭うのか。まるでパズルゲームだ。次から次へと、連鎖するかのように、不都合なことばかり目の前に現れる。
しかし今回はこれまで同様対処するにも中々厳しい。そんなシステム、どんなものなのか、ましてやそんなものが、どこにあるというのだろう。
「なあ。それならさ」
しかし不安は、目の前の稲本の表情、身振り手振りにより解消された。そうか。詳細に分かっていないのであれば、これから知れば良い。私は稲本に目を向け頷いた。
「…あなたは、今と変わらずに日常を送っていて」
「それでいいのか」
「ええ。ただ、私が来て欲しい時はすぐに来られるよう、準備はしておいて欲しいの」
彼は何も言わずに頷いた。
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