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Beautiful Days

毎週の楽しみ

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 あれからというもの、瑞希とは毎週のようにあの公園で会うようになった。
 確かな約束こそしていなくても、彼は当たり前のように来てくれた。
 最初こそ柊と二人で来ていたけど、いつからか一人で来るようになり、普通に笑って名前を呼んでくれた。
 たったそれだけで嬉しくて、まるで自分の名前が特別なもののように感じられていつも胸が締め付けられた。

 だけど彼には、彼にだけは〝菜花先生〟と呼ばれるのが嫌だった。
 所詮はその程度でしかないんだと言われているようで、それが不満に思えた。
 どれだけ時間を共にしても一緒に笑っても、なにをどうしても縮まない距離がとても不安だった。

 ――近づきたいと思っているのは、もしかしたら自分だけなのかな。




***

「いつになったら、保育園でも普通に話してくれるんですか?」

 いつもと同じように芝生に座って瑞希に聞くと、彼は少し困ったように眉尻を下げて口元に薄く笑みを浮かべる。

「ここで会う時は普通だけど、保育園だと目も合わせてくれない」
「………」
「瑞希くん、ひどいですよ」

 頬を膨らませて怒ったふうに言うと、彼は笑う。
 その笑顔ひとつでどうでもよくなるのを抑え、表情をそのままに瑞希を見つめる。
 公園で会う時と保育園と、態度の違う彼がずっと気になっていた。

「……なに笑ってるんですか」

 責めるように言うと、「すみません」と瑞希は口元の笑みを崩さずに言う。
 別にそんな怒ってるわけじゃなく、彼の笑顔だけで帳消しにされる。

「確かに俺が悪いですけど、そんな拗ねないで下さいよ」

 向けられる瞳が柔らかくて優しくて、スーッと心の奥へと入っていく。

「あ、そうだ、今日は天気がいいから外で食べようと思って弁当作ってきたんです。一緒に食べませんか?」

 瑞希が料理上手なのは柊から聞いて知っている。
 土曜日の夜は、いつも彼が作ってくれたご飯を食べるんだって話してくれた。
 彼のことをなにも知らないから、柊から話を聞かされるのが楽しみだった。
 どんな形でも、柊を介してでも知れるのが嬉しくてたまらなかった。


「ん~、おいしい!!」

 弁当箱に入っていた玉子焼きを口に放り込むと、甘い味が口の中に広がった。
 甘すぎない味つけで、それが菜花の胃袋をどこまでも掴む。

「柊くんが言ってたとおり、瑞希くんって料理上手なんですね」
「まあ、一人暮らし長いですから」
「私もそうだけど、料理は全然できませんよ」

 瑞希が作ってきてくれた弁当を二人で食べながら、他愛ない話をする。
 たったそれだけで嬉しくて幸せで、ずっとこの時間が続けばいいのに、と思う。

 高校を卒業してから一人暮らしで、それなりに自炊もしているほうだ。
 だけど、レシピどおり作るのが苦手で、最後にオリジナルで余計なものを入れる癖がある。
 親曰く、個性的な味らしい。
 褒められてるのかどうなのかわからないけど、食べられないほどの料理じゃない、はず。

「カレーにたくあんとか佃煮とか入れたり、シチューに魚丸ごと入れたり、あとは…」

 瑞希にそのことを話すと、彼は少し呆れたような目を向けてくる。

「……あんまり料理しないほうがいいですよ、菜花先生」

 挙げ句にはそう言われてしまった。
 料理が上手だという自覚はなく、どっちかというと下手だと自負しているけど、そう言われるとさすがに落ち込んでしまう。

「なにそれ! ひっど!!」
「…いや、だって魚丸ごととか有り得ないですよ普通」
「でも、魚とか栄養あっていいって言うじゃないですか。そんなこと聞いたら入れたくなるし」
「だとしても、入れないですよ! しかも丸ごとって!」

 体にいいって言われるものはどうしても入れたくなって、だから創作料理になるわけだけど、これがやめられない。


「あれ? 瑞希?」

 不意にその声が聞こえたと思うと、そこには知らない男の人がいた。
 きっと仲のいい友達なのだろう、人懐こい様子で瑞希に話しかけている。
 彼も彼で、菜花に見せる顔とはどこかいつもと少し違う気がする。

「なにしてんの、こんなとこで」
「……お前こそ」
「俺は今からデート。この公園抜けて行ったほうが早いから近道」
「………」
「そういう瑞希も可愛い子連れてるじゃん。公園デートかよ」

 デート――何気なく言われた言葉に恥ずかしくなって、思わず目を逸らした。
 毎週のように会って話してくれるけど、彼がなにを思って自分と会ってくれているのか、それがわからなくて。
 もしかしたら、デートだと思ってるのは自分だけかもしれない。

「私、高槻菜花っていいます。柊くん…、瑞希くんの甥っ子の保育園で保育士をしてます」

 そう挨拶をすると、その彼は少し驚きの表情を見せながらも微笑んだ。
 すると二人は仲良さそうにこっそりと話し始め、その声が菜花には聞こえず、その様子を見るだけだった。


「……あ」

 ふと女の子が泣いているのに気付き、その子の元へ近寄っていく。
 その女の子に「どうしたの」と聞いても泣くばかりで、なにも言ってくれない。
 しばらく宥めると、落ち着きを取り戻して拙く言葉を継いでいく。

「…っこれ、うさぎさんのおてて、取れちゃったの」
「え? あ、本当だ」
「ママに作ってもらったうさぎさん、おてていたいって」
「うん。じゃあ、直してあげるよ」

 女の子からぬいぐるみを受け取り、菜花は鞄の中から小さな裁縫セットを出して直し始めた。
 料理はあまり得意じゃないけど、不思議と裁縫は得意だった。

「ほら、直った。これで大丈夫」
「わ! ほんとだ!」
「これでまた一緒に遊べるよ。大事な友達だもんね」

 女の子は無邪気に笑って頷いて、ぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
 その子は「おねえちゃん、ありがとー」と言って走って行ってしまった。

 ふとあたりを見回して、砂場で一人で遊んでいる子供がいるのに気付いた。
 それがどこか寂しそうに見えて、気になって近づいていく。
 職業柄なのか、どうしても一人でいる子を見ると放っておけない。

「なに作ってるの?」
「…おしろ」
「そっか。一緒にやってもいい?」
「…うん」

 そうして遊んでいると他の子供達が集まってきて砂のお城を見て、「ぼくもやるー」と遊び始めた。
 さっきまで一人で遊んでいた子が笑顔で遊んでいるのを見て安心して、自然と笑みが漏れた。

「おねえちゃん、ここ穴掘ってー」

 手が泥まみれになるのも構わずに遊ぶ。
 子供が楽しそうに笑っているのを見るだけで、自分までも楽しくなる。


 そして、しばらく子供達と遊んだ後、手を洗ってからまた瑞希の元へと戻る。
 彼はまだ友達と話していて、いつもと違う一面が見れたことに喜びを感じた。
 瑞希のことを知るたびに想いが膨らみ、もうどうしようもない。

「じゃあまたな、瑞希」

 その友達は言いたいことを言うと手をひらひらさせ、律儀に菜花にも挨拶をして、そのあたりに彼の人間性が見えるようだった。

「瑞希はヘタレなとこありますけどいいヤツですから、これからもよろしくお願いしますね」

 まるで恋人にでも言うようなことを言われて悪い気はしないけど、彼女でもなく自分達の関係が友達という枠に入るのかも微妙だ。
 とはいえ、そうじゃない、と言うのも嫌で頷くだけだった。
 どんな形であれ、彼の側にいられる大義名分があるならいい。
 それが無理やりでもこじつけでも、一緒にいる理由ができるなら。


 ――忘れられない人がいる。
 それは確かな事実としてあるけど、それでも瑞希のことをもっと知りたい。
 その気持ちを誤魔化すようなことはできなくて、認めざるを得ない。
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