夏だけでいい

煌羽 つぐめ

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夏だけでいい

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 凍えるほど冷えきったこの部屋で眠り始めてから、どれほどの時間が流れたのだろう。少しの変化も色もない、暗く閉鎖された日々。もしもこの存在が忘れ去られているのならば、世界にとって不要になったのならば、今すぐ命のスイッチを押して、無機質な白い床にこの身ごと溶かしてしまいたい。

 外から活発な足音が聞こえる。不意に明るい光が差し込み、生まれてからまだ数年の瞳に上からのぞきこまれた。嬉しそうに何かの言葉を発しながら、身体をむやみに触っては外へ引っ張り出そうとしてくる。渋々付き合うけれど、一緒に遊ぶときはいつも昔のガラクタで攻撃される役だ。轟音が流れる中で押し潰されたり回転させられるから、遊びが終わる頃にはこの身が粉々に砕け散る。

 満足気な幼い手が、浮かれた色の服を羽織らせてきた。手の主は喜びを顔面で輝かせ、スプーンと共に幸せな時間を味わっている。久々のぬくもりだ。身も心もとかされてしまいそうになる。激しすぎるくらいの変化と、眩しいほど鮮やかな色彩。こんな奇跡がくるのなら、やはり命のスイッチは押さなくてよかった。

 おぼつかない足音が遠くなり、また無音の日々が始まった。外の世界から隔離されたこの無機質な白い部屋で、身動きもせずに過ごす寒さはとてつもなく厳しい。絶望で黒くなった目の奥に、ふと浮かれた色の服が映った。また、あの無条件に可愛いぬくもりは、夏とともにやってきてくれるだろうか。勝手に信じて、消えずに暗闇の中で生き長らえてもいいのだろうか。
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