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第三章
8 他人の苦しみを取るに足らないと決め付けるのは傲慢だ。
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「俺だって息子がいた。親の気持ちは分かる」
「でも、パパはわたしの気持ちを分かろうとはしません。わたしが望まないものを強引に押し付けて、わたしが拒否すれば怒る自分勝手な人です。死ぬほどの苦労を経験してきた軍曹には、きっと贅沢でわがままでちっぽけな悩みでしかないでしょうけど、わたしにとっては気が狂いそうなほど苦痛なんです」
「わがままだのちっぽけだのなんて、俺が決められることじゃない。お前さんに俺の苦しみが分からないのと同じで、俺だってお前さんの苦しみは分からない。ただ分からないってだけで、他人の苦しみを取るに足らないと決め付けるのは傲慢だ」
「その台詞、パパに聞かせてあげたいですね。恵まれているのにわがままだ、戦争中を思えば学問は贅沢だって、口癖のように言ってますから。どれだけわたしを苦しめているのか分かってないんですよ」
「……ん……ああ」
軍曹は困惑顔で曖昧な返事をして、まだ何か言いたそうな素振りだったが、口を噤んだ。
軍曹のこのおかしな態度の理由をわたしが知るのは、数日後のこととなる。
❁ ❁ ❁
糖ヶ原村に到着。雪はボサボサと降り頻っているものの、風がないのは幸いだった。
想像以上の雪深さだが、茅葺屋根の民家ばかりであることは認識できる。電気も通っていないので、二、三百年昔にタイムスリップしたのではないかと錯覚を起こしそうだ。
夏場は涼しくて過ごしやすく、避暑地として人気があるとのことだが、冬となった今ではひっそりとして見る影もない。
軍曹曰く、冬場は農業もできないため、村民の多くは街場へ出稼ぎに行っているのだそうだ。
初めて来た場所なのに、なぜそんなことが分かるのかと訊いたら、軍曹の生まれ故郷も小さな農村だったとのこと。貧乏農家の三男坊で家を継ぐこともできず、否応なく村を出て少年兵に志願し、軍隊を十年以上経験した後にフリーランスの傭兵になったらしい。
聞けば聞くほど壮絶な人生だなぁ。わたし、やっぱりわがままなのかも。
ご挨拶もそこそこに、村長宅の納屋に置かせてもらっていた雪上車に乗り、狐魑魅渓谷を目指した。
ちなみに、この村にはもう一台雪上車があると聞いた。そちらは村でただ一軒の診療所に置かれているらしい。
単車のように跨り、二レールのキャタピラーで進む乗り物なので、雪上車というよりスノーモービルと呼んだ方が良い。
そのスノーモービルを伊太池さんが運転し、わたし達は後部に付けられたそりに乗っていた。
いずれも上部と前面に風雪避けのカバーがあるが、じっと座っているとだんだん寒くなってくる。貸与された防寒着を着ていなかったら、十分と待たずに凍え死んでしまいそうだ。
けたたましいエンジン音を立てながら、スノーモービルは緩い上り坂をひた走り、葉の落ちた白樺林を抜ける。
遥か雪原の彼方にポツンと白い出っ張りがあり、よくよく見たら小屋だった。軍曹の話では、悪天候に見舞われた際に寝泊まりできる緊急用の避難小屋だそうだ。
それにしても変である。雪上に進軍の跡が見られない。
もっとも、風雪が激しければ一晩で轍や足跡は消えてしまう。何も不思議なことではなかった。
雪の下はほぼ全面アイスバーンで、時折その凹凸や雪の吹き溜まりにキャタピラーを喰われるが、伊太池さんの巧みなハンドル捌きでどうにか切り抜けられていた。
結構慣れているようだ。この人、見かけによらず凄い。ほんの少しだけ尊敬してやろう。上から目線な言い方だけど。
そんなこんなで約一時間半後、伊太池さんはスノーモービルを停めた。
「でも、パパはわたしの気持ちを分かろうとはしません。わたしが望まないものを強引に押し付けて、わたしが拒否すれば怒る自分勝手な人です。死ぬほどの苦労を経験してきた軍曹には、きっと贅沢でわがままでちっぽけな悩みでしかないでしょうけど、わたしにとっては気が狂いそうなほど苦痛なんです」
「わがままだのちっぽけだのなんて、俺が決められることじゃない。お前さんに俺の苦しみが分からないのと同じで、俺だってお前さんの苦しみは分からない。ただ分からないってだけで、他人の苦しみを取るに足らないと決め付けるのは傲慢だ」
「その台詞、パパに聞かせてあげたいですね。恵まれているのにわがままだ、戦争中を思えば学問は贅沢だって、口癖のように言ってますから。どれだけわたしを苦しめているのか分かってないんですよ」
「……ん……ああ」
軍曹は困惑顔で曖昧な返事をして、まだ何か言いたそうな素振りだったが、口を噤んだ。
軍曹のこのおかしな態度の理由をわたしが知るのは、数日後のこととなる。
❁ ❁ ❁
糖ヶ原村に到着。雪はボサボサと降り頻っているものの、風がないのは幸いだった。
想像以上の雪深さだが、茅葺屋根の民家ばかりであることは認識できる。電気も通っていないので、二、三百年昔にタイムスリップしたのではないかと錯覚を起こしそうだ。
夏場は涼しくて過ごしやすく、避暑地として人気があるとのことだが、冬となった今ではひっそりとして見る影もない。
軍曹曰く、冬場は農業もできないため、村民の多くは街場へ出稼ぎに行っているのだそうだ。
初めて来た場所なのに、なぜそんなことが分かるのかと訊いたら、軍曹の生まれ故郷も小さな農村だったとのこと。貧乏農家の三男坊で家を継ぐこともできず、否応なく村を出て少年兵に志願し、軍隊を十年以上経験した後にフリーランスの傭兵になったらしい。
聞けば聞くほど壮絶な人生だなぁ。わたし、やっぱりわがままなのかも。
ご挨拶もそこそこに、村長宅の納屋に置かせてもらっていた雪上車に乗り、狐魑魅渓谷を目指した。
ちなみに、この村にはもう一台雪上車があると聞いた。そちらは村でただ一軒の診療所に置かれているらしい。
単車のように跨り、二レールのキャタピラーで進む乗り物なので、雪上車というよりスノーモービルと呼んだ方が良い。
そのスノーモービルを伊太池さんが運転し、わたし達は後部に付けられたそりに乗っていた。
いずれも上部と前面に風雪避けのカバーがあるが、じっと座っているとだんだん寒くなってくる。貸与された防寒着を着ていなかったら、十分と待たずに凍え死んでしまいそうだ。
けたたましいエンジン音を立てながら、スノーモービルは緩い上り坂をひた走り、葉の落ちた白樺林を抜ける。
遥か雪原の彼方にポツンと白い出っ張りがあり、よくよく見たら小屋だった。軍曹の話では、悪天候に見舞われた際に寝泊まりできる緊急用の避難小屋だそうだ。
それにしても変である。雪上に進軍の跡が見られない。
もっとも、風雪が激しければ一晩で轍や足跡は消えてしまう。何も不思議なことではなかった。
雪の下はほぼ全面アイスバーンで、時折その凹凸や雪の吹き溜まりにキャタピラーを喰われるが、伊太池さんの巧みなハンドル捌きでどうにか切り抜けられていた。
結構慣れているようだ。この人、見かけによらず凄い。ほんの少しだけ尊敬してやろう。上から目線な言い方だけど。
そんなこんなで約一時間半後、伊太池さんはスノーモービルを停めた。
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