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第四章 伝説編

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叩き付ける雨は強さを増す。そんな中、役所に向けて、そうぞうしい足音が近づいていた。


「―――アレン!! アルは今何処にいる!?」


バタンと弾かれるように開いた扉から姿を現すとルイスは役所内のアレンを見つけ険しい表情で詰め寄った。


「ルイス殿? この騒ぎは一体?」

「説明する暇はない! アルの居場所を教えてくれ!!」

息を切らし肩で呼吸をする。

みたこともないルイスの表情と、後から同じように駆け込んできたレオ達を見てとんでもないことが起こったのだと感じるや否や、アレンはとっさに口を開いた。


「アルならあそこでマーク博士と花をっ…」


そう言ってアレンが指を差した先に目を向けると役所から見える城門の傍らで、城壁に沿って並べられたプランターをマークと二人で片付けているアルの姿が目に飛び込んだ。

フード付きのマントを被り、強風に煽られながら植木鉢やプランターを館内の中に運び、行ったり来たりしている。


「――っ…良かった…」

まだ何も起こった様子はない。

ルイスはホッと息をつき表情を和らげた。だがまだ安心は出来ない。ルイスは胸を撫でおろし、落ち着きを取り戻すとレオ達とアルの元へ向かった。


「あの者が従者か…」

「ああ」

雨の中を歩きながら視線の先に居るアルを見つめて尋ねるカムイにレオは頷いた。

城の外では隊長の緊急指令で配置に着いた精鋭の隊員達が剣や槍を手に、城門の前で次々に立ち並ぶ姿が見える。

アルはその光景を不思議そうに眺めた。

城から響いてくる警鐘に驚き、

また鬼畜隊長の横暴な訓練でも?
そう思いもしたのだが…

「今から何か始まるの?」

外で整列する隊員達を見ていたアルは、後から近づいてきたルイスに気付きそう尋ねた。


「……何も始まらなきゃいいんだがな………」

ルイスはアルを見つめると意味あり気に言葉を返した。その答えにきょとんとしたアルをカムイは傍でジッと見つめていた。

この者が…
妃奈乃がいう神の従者…


この少女が世界を救うというのか?……


カムイはアルを真っ直ぐに見据え考えを巡らせた。

どこからどう見ても普通の少女だ…

そんな信じ難い表情を浮かべるカムイにレオは気付いた。


「細っこいが、これでも闘技会の準優勝者だ」

「なにっ?…この国の闘技会なら有名だ…いつも上位に名を上げるのは各国の兵(つわもの)ばかりだと……」


「そうだ…神に選ばれるだけはあるだろ?
その証拠に不思議な宝剣も持ってるしな。俺様もその剣のお陰で従者に負けた一人だと言って置こうか?」

「――っ!? レオを負かしたと……それはまことの話しか?」


カムイはアルを見つめたまま難しい顔つきで無言になった。

「アル。前に話しただろう? 南の国の大災害のことを……こちらはその国の村の酋長だ」


後ろでコソコソと話しをするレオ達を気に掛けていたアルにルイスはそう紹介した。

「南の国………あっ!」

覚えてる…隊長さんがあたしに伝説について尋ねて来た日……


「思い出したか? 収穫目前の黄金の稲穂……我々、ルバールの民も恩恵を受けていたあの国の……大地の民とも呼ばれているナジャ族の酋長だ」

「酋長、さん…」

呟くアルにカムイは手を差し出していた。
使い込まれた手の平の皮膚の厚さが土と伴に生活してきたことを物語る。
アルはカムイの手を握り返しながら懐かしさを感じていた。



名もなき村――

今はもうなき村…

自給自足の生活をしていた故郷の村の男達と似た手をしている。


アルはカムイを見上げた。

「あなたの不安がすごく伝わってきます」

「――!?」

「あたしの村はあなたの国で起こっている同じ災害や原因不明の病に侵され滅びました…生き残ったのはたった五人」

「五、人……」

真っ直ぐな瞳で見上げるアルの言葉にカムイはショックを隠せなかった。アルは驚きながら見つめてくるカムイを前にして哀しそうに微笑んだ。

今までのいろんな思いが静かに込み上げてくる。
唇を結び瞳を伏せるとアルはまたカムイを見上げた。
「あたしは村を守りたかった…でもそれが出来なくて…っ…だから」

だからっ……



強い意思を持つ眼差し。その瞳に涙が浮かんでくる。堪えた唇でまた何かを伝えようと口を開きかけたアルをマークが呼んだ。

「ねえアル! 見てあそこ!」

マークの嬉しそうな呼びかけにアルは振り返った。

瞬間に頬を伝う涙を雨の滴と一緒に拭いさる。
アルはマークが指差す先に目を向けた。




雨の霧が立ち込める中、薄暗い視界の先に城と街を結ぶ橋の上を走ってくる人影が見える。

「あ、モニカ!?」


その傍にはナッツも居る。
雨の中を走ってくるびしょ濡れの二人を見つけてマークは真っ先に城門前の隊員達を押し退けて駆け出していた。


アルはモニカ達の所へ行く前にカムイを振り返った。

「あたし…今度は絶対に守りたいんですっ! って言っても何が出来るかわからないけど…もうっ…何もしないで逃げるのは嫌だから…」


カムイはアルのその勢いに飲まれていた。

何に誓うでもない――

アルの真っ直ぐな瞳。そしてその輝きの向こうに少女の抱えてきた思いを痛い程に感じる。

“この少女はとても強い”

カムイは胸を強く打たれたようだった。

「……娘よ……」


アルを見つめてカムイは深く頷いた。

泣いていたアルの瞳からはもう涙も影を潜めていた。

その代わりに強い輝きが増している。

アルもカムイを見つめ返して頷いた。

村を逃げ出すしかなかったあの日…

ずっと後悔ばかりをしながら森の中をさ迷った。
何度戻ろうと足を止めただろうか――

戻っても何の手だて一つ、持ち合わせても居ないのに…

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