上 下
37 / 61
閑章 これまでの日常とこれからの日常

黒の暴食来襲 後編 (said:ヴォルフ)

しおりを挟む
未だ朝靄が立ち込める中、ルキフィガ討伐戦は静かに開始されようとしていた。既にBクラスの隠密系スキルを持った何人かが、ルキフィガの動向と巣の位置を特定する為に動いていた。

「兄様、どうして止めたのですか?」

つん、と魔王の兄ちゃんの袖を引いて白頭の坊主…シリウスて言ったか…が問い掛けた。それは、俺も思ったことだ。魔王の兄ちゃんなら俺を止めると思ってた。

「兄様とボク達だけでも駆逐出来るのに。」

逆の袖を引いて黒頭の坊主…レオニスだったな…が問うて前方に居る夜宵を見遣った。…出来んのかよ、3人だけで。

夜宵は肩にオリーブ色の縞模様を持ったリスを乗せて何かを話している。魔王の兄ちゃんも一度夜宵を見遣ると、双子の坊主達に視線を戻した。

「まぁ…理性が飛んでいる夜宵を見る機会など、そうないからな。」
「「それ、だけ…ですか?」」

ぽかんとした表情で双子の坊主達は言う。

「夜宵が本気で嫌がったら、そこのギルドマスターの頭は胴と別れている。」

ぞわりと全身の毛が逆立った。

「「それも、そうですね。」」

納得しやがったよ…末恐ろしいガキ共だな、本当に。俺は、この会話だけで疲れてきたぜ…。

「それに、発散させてやるのも必要だからな。」
「「発散?何を?」」

首を傾げた双子の坊主達には答えずに、魔王の兄ちゃんは夜宵の傍らに歩いていった。

「準備は済んだか?」
「うん…概ね済んだよぉ。」

振り返った夜宵は驚くほど無表情で…1年前を彷彿とさせた。

1年前…あの面のような無表情のまま、夜宵は山の様にルキフィガの骸を積み上げた。それも、攻撃魔法に身体強化魔法、武器への付与魔法、俺達への回復魔法と防御魔法と確認出来ただけでも五重詠唱クインキャスト…本人は覚えてないらしい。まぁ、過剰行使のせいで3日間ぶっ倒れていたと言うのもあるが。

けしかけといてなんだが、また倒れたりしないか心配していないわけじゃないんだ。

「回復や防御は私がやろう。夜宵は虫共の駆逐に集中すると良い。」

やんわりと夜宵の頭を撫でながら魔王の兄ちゃんが言うと、夜宵は笑った。無邪気でも優しくでもない…艶やかな笑みを浮かべて。

ごくり…背後から幾人かが喉を鳴らすのが聞こえた気がした。
止めておけ、死にたくなかったら。今、魔王の兄ちゃんの背中からとんでもねぇ殺気と威圧感が放たれてるからっ!

「ありがと、ルーのそういうとこ好き。」

するっと然り気無く肩を抱いた魔王の兄ちゃんの腕に触れ、引き寄せられるまま腕に収まった夜宵が言うと、魔王の兄ちゃんは…あれだ、女共が言うところの蕩けるような笑みを夜宵に向けた。

「夜宵とベタベタするのが目的か。」
「「姉様とベタベタするのが目的ですか。」」

俺と、双子の坊主達が呟いたのは同時だった。

理性が飛んでいるってのは…詰まるところ、羞恥心も・・・・飛んじまってるってことでもある。男に耐性なんかねぇだろう夜宵が、今なら恥ずかしがりもせずに素直に甘えてくる絶好の機会ってわけだ…以外に下心バリバリだな、魔王の兄ちゃん。

「「むぅ~…」」

双子の坊主達は頬を膨らませて唸ると、夜宵の元に駆けて行ってその腰辺りに引っ付いて魔王の兄ちゃんと睨み合い、夜宵がそれを見て笑う。

俺としてはなんだか妹か娘を嫁にやったみたいな複雑な気持ちになったが…………1年前とは違うその光景に安堵を覚えた。








──────ことを、直ぐに俺は後悔した。


目の前には、俺の身の丈の3倍以上在りそうな胴体からうねうねと触手をくねらせる巨大な壺型の植物。

飛び交う全裸の野郎共。

地響きを起こし、前方を埋め尽くすルキフィガの大群と笑いながらそれを蹴散らす夜宵───………なんだ!?この混沌カオス具合は!1年前よりひでぇよ!!俺の安堵感を返してくれ!!!

そんな叫びを心の中だけに留め、逃避しそうになる意識をなっがい溜め息で引き戻して俺は声を張り上げた。

「馬鹿共!その植物に近づくんじゃねぇ!!身ぐるみ剥がされたくなきゃ迂回しろ!!」

数にして15体の触手をうねらせるその植物は、夜宵曰く"食虫植物"と言うらしく、ルキフィガの好む匂いを発して引き寄せ、ルキフィガだけを捕食する偏食傾向の植物らしいが、今は絶滅した種だと言う。

その理由が目の前の全裸の野郎共だ。

ルキフィガしか食わねえが、動く物に反応して体内に取り込む。獣なら毛を、人や亜人なら…どうやら装備や服、運が悪ければ体毛を溶かして、ルキフィガじゃなければ吐き出す。

付いた名が"エロ草"

結局、学者がルキフィガしか食わねえと言ったが被害に合った冒険者等に駆逐されたらしい。まぁ、気持ちは分からんでもないが…そのせいでルキフィガが殖えまくって国が1つ滅びた、と言うのは夜宵の肩に乗っていたリスの姿の大精霊様の言葉だ。

「総員、植物を左右から迂回!Cクラス以上は、戦姫の討ち漏らした奴等を迎撃しながら前進、Dクラス以下は素材になる部分の剥ぎ取りと処理に回れ!あれに巻き込まれて死にたくなきゃ、前に出るんじゃねぇぞ!!」

身の丈の倍はある大剣を二振り…火と光の魔法を付与して、まるで短刀じゃねぇかって速さで笑い声を上げながら振り回してる夜宵を指して忠告すると、いつもは血気盛んな奴等も真剣な面をして頷いた。

「仕事にかかれっ!!!!」
「「「「おぉうっ!!!!!!!」」」」

声を上げて動き出した冒険者共を指揮し、夜宵のぶっ飛び具合に再びふかあぁぁい溜め息を吐きつつも、前線に出るべく得物を肩に担いぎ、戦いに隠しきれない笑みを浮かべて走り出す辺り自分も大概だな…と思った。




ルキフィガの骸が山と積まれ、全ての巣の処理が完了し、魔王の兄ちゃんによって昼を過ぎる頃には殲滅が確認された。


余談だが……夜宵は、目に付くルキフィガを殲滅した辺りで正気に戻っちまって、辺りに散乱した骸を見て失神しちまったんで確認は魔王の兄ちゃんがすることになった。


さて、宴の準備でもしますかねぇ。


――――――――――――――――――――――――――

ネタに詰まって更新に1ヶ月…ポンコツですいません×∞

閑章は後2話程…重要なのと、ある意味重要なのを書いて次の章に進みます。
もう少しお付き合い下さい。
しおりを挟む

処理中です...