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第四章
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しおりを挟む「新人秘書のアンタでも、うちのパパと早瀬専務の仲は知ってるわよね?八乙女商事と早瀬商事の未来のために、私たちは結婚するの」
「……政略結婚ということですか?」
「ええ。でも、いずれ彼はあたしを好きになるわ。彼を振り向かせる自信があるの。アンタとのことは彼にとっては火遊びでしょうけど、正直不快だわ」
続けざまに彼女はスマホを取り出して画面をタップする。
彼女の長い爪が画面にぶつかる。カチカチッという音が鼓膜を震わせた。
「これが、クリスマス。これが年末年始。他にもあるけど、見る?」
スマホ画面には、私と陽介くんのツーショットが納められていた。
まるで探偵に撮らせたような鮮明な画像に驚きと恐怖を覚える。
「私たちを尾行していたんですね……。お望みはなんですか?」
「話が早くてありがたいわ。今すぐ、彼から身を引いて。そして二度と彼の前に姿を現さないで」
「そんな……」
あまりに一方的な要求に言葉を失う。
「彼は早瀬商事の副社長で、次期社長なの。アンタと彼じゃ釣り合うわけがないわ。遊んでもらってよかったって彼に感謝なさい?」
「私は、彼と遊びで付き合っているわけではありません。彼も同じ気持ちでいてくれると信じています」
彼女は私と陽介くんの関係を知っている。
下手な言い訳はせず、自身の正直な気持ちを吐露する。
「茜さんが彼の婚約者だと知って……正直驚きました。でも、身は引くことはできません。この件に関しては仕事の後、きちんと彼と話し合います」
私は彼を信じている。誠実な陽介くんは、茜さんという婚約者がいながら私に手を出すような浅はかな人間ではないと確信を持てる。だとしたら、何らかの事情があるのかもしれない。
「話し合う必要なんてないわ。アンタと一緒にいて、彼になんのメリットがあるの?」
「メリット……ですか?」
思いもよらないことを聞かれて、困惑する。
「アンタ、彼に渡せるものがあるの?」
答えに詰まった。彼女は分かっているのだ。私が彼に渡せるものなど何もないことを。
私の反応を楽しむように、彼女が口の端を持ち上げた。
「ないくせに偉そうなことを言うんじゃないわよ。いい?悪いことは言わないから、さっさと消え失せなさい」
「……嫌です」
私は彼女に抵抗するように首を横に振る。
「ふぅん。もしもこの警告を無視すれば、陽介さんもタダじゃすまないわよ。早瀬社長と陽介さんに血の繋がりはないのは知ってるでしょ?」
「どういう意味ですか……?」
空気が一層重たくなる。明らかに風向きが変わった。
「これは彼の為でもあるの。早瀬社長と血縁関係にない陽介さんを、早瀬商事から追い出したい人は大勢いるんだから。この意味、分かるかしら?」
茜さんは皮肉めいた笑みを浮かべて、私に向かってわずかに身を乗り出す。
「アンタみたいな一般人には分からないかもしれないけど、結婚や付き合いはビジネスの一環なのよ。専務が言ってたの。早瀬社長も同じ考えだって。会社の利益よりも私欲を優先するような人間に次期社長は任せられるわけがない」
グッと拳を握りしめて、必死になって込み上げてくる感情を押し殺す。
「アンタとのツーショット写真、週刊誌に持ち込むのもいいかもしれないわね。私っていう婚約者がいながら、秘書と浮気……。そういう下衆な話題って世間の興味を引くのよね。そうなったら彼の華々しい人生も終わるわね。積み上げてきたものが壊れるときなんて一瞬よ。それでもいいの?」
「そんな……やめてください!」
思わず叫んだ。
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