世界滅亡ボタン

かまね🐱

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世界滅亡ボタン

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 この世に真っ白な人間なんていない。みんな、何かしらの嘘で塗り固めて生きている。でも、それは悪いことじゃない。優しさ、僕はこの言葉が大嫌いだ。他人に優しく出来る人間ほど、心の裏じゃ自分のことばかり考えてる。憎しみのほうが余程、人間の本性を現している。

 その日、ランドセルを背負って家に帰る僕のもとに、眩い光が天から降り注いだ。僕一点を照らす光の柱に、僕は驚きながらも、ゆっくりと天を見上げた。そうして僕はそれに気が付いた。何かが、降りてきている。

 天使だ。天使が僕のもとに降りてきている。僕は自然と両手を天にかざしていた。僕の優しさが遂に報われる、そう思った。

「これは……」

 暫くして手の上に乗っかったのは、天使でもなんでもないものだった。それは、片手に収まるほどの小さなボタンだった。天使ではなかったが、これは僕に天が授けてくれたものに違いない。僕はボタンを持ち帰ることにした。

 僕はボタンを押してしまわないように注意しながら家に帰った。鍵を開け、誰もいないことを確認してからこっそりと自分の部屋に入る。このとき、一切音を出してはいけない。

 部屋に入ると、僕はまず新しい鉛筆を数本削り、筆箱の中に入れた。勉強机の引き出しを開け、残りの本数を確認してみると、目算百本近くはあった。しばらくは大丈夫そうだ。緑色の六角形鉛筆、眺めていると段々と苛立ってくる。

「なぁけんじ~、今日も貸してくれよ」

 僕の友達、おさむ。いつもいつも、下卑た笑みを浮かべながら僕に絡んでくる。毎日鉛筆だけを忘れ、僕の給食をお腹が減っているからと言い奪い取ってくる。本当はもう止めてほしいけど、僕が優しい人間であるために我慢している。

「お、おさむくん……わかった……」

 僕は結局、偽物の笑顔を貼り付けて鉛筆を渡してしまう。でもこれは、僕が優しい人間であるため。僕の本当の姿を他人に見せないため。

 僕はクラスの中でみんなに頼られている。みんな、僕のことを優しいと言う。僕は流されるままに優しい人間を演じる。本当はみんな、直ぐにでも殺してやりたいのに。

 ベキッ……気が付けば、手の中で鉛筆が折れていた。バレれば、怒られてしまう。僕はすぐさま窓を開け、外に折れた鉛筆を投げ捨てた。不法投棄になるが、誰も見ていなければ問題はない。鉛筆ぐらいで、僕はどうしてこんなに臆病になっているのだろうか。母さん、お願いだから僕を殴らないで。

「ねぇ、けん君。僕はどうしたらいい?」 

 僕は辛いとき、手鏡に映るもうひとりの僕に話しかける。もちろん、返事は帰ってこない。

「そっちはどう?楽しい?」

 鏡の中の僕は何も言わない。それでも分かった。向こうもあまり変わらないらしい。鏡に映る僕はすごく寂しそうな顔をしていた。ふと、僕の首元に薄っすらとあざのようなものが見えた。

「賢司!賢司!!あんたの、あんたのせいで!!お父さん出てっちゃったのよ!!!」

 痛々しい音ともに僕の悲鳴が響いた。何度も、何度も、殴られ、蹴られた。ごめんなさい、ごめんなさいって母さんの気が済むまで何度も謝った。

「あ……あぁ……ごめんなさい、賢司」

 僕を殴ったあと、母さんはいつも泣いていた。ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら謝罪を繰り返す母さんに、僕は笑顔を貼り付けて「大丈夫」と言う。僕は父さんと違って優しい人間なんだ。

「ねぇけん君、疲れたね」
 
 手鏡の中の僕は、僕の唯一の理解者だ。僕の本質をを知っている唯一の人間だ。

「僕の汚い部分は優しさじゃ隠せないみたい」

 突然、僕が僕の後ろを指さした。僕はゆっくりと振り返る。

「あっ……」

 ボタンだ。視線の先には、天から降ってきた謎のボタンがあった。僕は理由もわからないままボタンを手にした。ボタンに何かが書いてある。

【世界滅亡ボタン】

 ※人類が滅びます

「ぷっ……はははははは!!!」

 世界滅亡ボタン、これは本物だ。僕には分かる。押してしまえば、世界が終わる。これから先の世界で不幸は生まれない、母さんと僕は苦しまない。僕の心は生まれて始めて優しさで満たされた。
 

 



















 



 

 
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