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春~婚約破棄
1. 卒業パーティー
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五年間通った学園の最終日。
生徒たちは講堂での卒業パーティーに出席している。婚約者がいる生徒は婚約者にエスコートされるのが習わしで、エリサも婚約者のロベールとともに出席している。
きらびやかな会場に、華やかなドレス、そして輝く宝石。貴族の通う学園なので、みな家の威信をかけて着飾っている。
「マグノリア、私はこのクレモンティーヌとの愛に生きることにした。だから、おまえとの婚約は破棄する」
突如会場に響いたよく通る声に、みながその声の主へと目を向けた。エリサのいる場所からは離れた会場の中心で、第三王子が最近よく王子がそばに置いている子爵令嬢の腰を抱いて、婚約者のマルスラン公爵令嬢に婚約破棄を告げている。
おめでたいパーティーでの不穏な宣言。一方的な宣言なら王家と公爵家が対立しかねないのだが、こんな衆目の前で行う時点で、根回しをしているとも思えない。
「殿下、これはどういうことですの?」
「お互い親に決められた愛のない関係だったのだ。そなたも心から愛せる者を見つけるといい」
成り上がりの男爵家の人間としては、王子や公爵家など雲の上すぎて、どうなろうと関係ないと言えば関係ないが、国が荒れると男爵家が経営している商会にも影響が出るのでやめてほしい。同じ学年とはいっても身分が違いすぎて遠くから見るだけの相手だったので、自分たちの国の王族が実はこんな頭がお花畑のぼんくらだとは知らなかった。この国の将来が心配になるが、王太子と第二王子の悪い評判を聞いたことがないので、このぼんくらが甘やかされて育っただけだと信じたい。
国と王家のために尽くす義務を持つ貴族の一員としては怒られそうなことを考えながら、エリサの隣に立つ伯爵令息のロベールはどう思っているのかと表情をうかがうと、決意を込めた表情で見返された。
「エリサ、私も婚約を破棄させてほしい。金のために愛を犠牲にすることはできない」
「ええっ?!」
あまりの衝撃に、エリサは令嬢にあるまじき大声をあげてしまった。その声は、王子の婚約破棄宣言に息をひそめていた会場に響き渡り、王子の注意も引いてしまった。
「何ごとだ」
「も、申し訳ございません」
王子の声にロベールが頭を下げているので、エリサも隣で頭を下げる。けれど王子は、まず自分の婚約破棄宣言の後始末をしたほうがいいのではないだろうか。公爵令嬢は遠目に見ても納得していなさそうだというだけでなく、王族の婚約など個人の恋情など何一つ考慮されずに結ばれる政治的な契約だ。この先は、揉める未来しかないように思える。
王子の注意が婚約者の令嬢から離れたことで、会場の空気が少し緩んだ。「これだから成り上がり男爵の娘は」と陰口を言っているのが聞こえるが、エリサには否定できないし、する気もない。
エリサの家であるクレッソン男爵家は、商人だったエリサの祖父が国家功労者への恩賞として男爵位を前王から賜った、元平民の成り上がり貴族だ。前王の時代、戦時に多くの食糧を提供し、終結後にその恩賞として授爵された。要するに、代金を払う代わりに爵位を与えられたのだ。領地もなく、ただの肩書だけの男爵位を。
そのため、成り上がりというのも間違っていないし、予期せぬことであっても、大声を上げるという行為自体が貴族令嬢としてマナー違反であることは事実だ。
王子と公爵令嬢の関係に下手に口を出すと自分にも火の粉が飛んできそうで口をつぐんでいた人たちも、大きな声をあげたのが下級貴族だと分かると言いたい放題だ。そんな中、周りのエリサへの非難に気を大きくしたのか、ロベールは自分の決断が間違っていなかったと自信をもったようで、堂々としている。お花畑のぼんくらが二人もそろうとは、しかもその片方が自分の婚約者だとは、何の因果だ。
「殿下のご決断を拝見し、私も己の心に忠実に生きようと思い、婚約の破棄を決意いたしました」
「そうか! そなたは、たしか……」
「セージ伯爵家の二子、ロベールでございます、殿下」
見事なゴマすりだ。けれど、すり寄る相手は王子でいいのだろうか。
セージ伯爵家は、王子の婚約者の家であるマルスラン公爵家の派閥に所属している。王子の婚約破棄がもめれば、セージ伯爵家はマルスラン公爵家から見限られる。
それに、ロベールとエリサの婚約は、セージ伯爵家の希望で結ばれた。由緒正しく伝統のあるセージ伯爵家は、家柄は良いが、お金がない。成り上がりのクレッソン男爵家は、お金はあるが、しょせん成り上がりだ。互いの足りない部分を補おうと伯爵家から持ち込まれた縁談なのに、爵位が上であるロベールが破談にすることを望み、卒業パーティーで公にしてしまった。王子の婚約は公爵家の出方次第でどうなるか分からないが、エリサたちの婚約破棄はもう撤回できないだろう。伯爵家と男爵家の学生同士の婚約など、王族の婚約とは重みが違いすぎる。
あっという間にマナーのなっていない成り上がり男爵令嬢が、婚約者の伯爵令息から婚約破棄を告げられたと会場中に広まっていった。
セージ伯爵と伯爵夫人は、お金目当てでエリサを家に迎えることに引け目を感じていたのか、家族のイベントには必ず招待して優しく声をかけ、気を遣っていた。なにより、未来の義姉になる、次期伯爵の婚約者である伯爵令嬢のアリアンヌは、お茶会を開いてはエリサを友人の令嬢たちに紹介した。その縁でエリサの父の商会の商談がまとまることが何度もあり、恩義を感じてアリアンヌの伯爵家にも多額の出資をしている。この婚約破棄で男爵家からの出資が打ち切られれば、両家ともに財政状態が急激に悪化してしまうだろう。
エリサが招いた事態ではないが、とても良くしてもらったので、こんなことになって申し訳ないと感じている。ロベールと両伯爵家の未来が心配になってしまうが、それはこの状況でエリサが考えることではない。
王子の爆弾発言で止まっていた演奏が、再び始まり、ワルツが奏でられた。
王子とマルスラン公爵令嬢を除けば、会場の中ではもっとも高い身分となるヴァランセ侯爵令嬢が楽団に指示して踊り始め、王子と公爵令嬢の婚約破棄はうやむやのまま、パーティーが再開された。マルスラン公爵家の派閥ではないヴァランセ侯爵家としては、この騒動は様子見なので、これ以上この場でことを荒立ててほしくないのだろう。
「エリサ嬢、ご退場なさるなら、入り口までお送りいたしますが」
「ギヨーム様、お気遣いありがとうございます。ですが、まだなすべきことがございますので」
「エリサ、大丈夫?」
「ルイーズ、ありがとう。大丈夫よ」
エリサに声をかけてたのは、クレッソン商会と取引のある伯爵令息のギヨームだった。エリサの友人であるルイーズの婚約者でもあるので、同級生から遠巻きされているエリサに、ルイーズと共に近づいてきた。
気遣いにはとてもうれしく思いながらも、エリサにはまだやることがある。この場はただの卒業パーティーではなく、エリサにとっては市場調査の場なのだ。今のドレスの流行や小物は何が人気なのかを失礼に当たらない範囲で見ていく。この年代の貴族がこれほど一度に集まる場はあまりないので、貴重な機会だ。
あの騒動の後もエリサがいつもどおりに、さりげなくドレスを仕立てた店や装飾品を買った店を聞きだしているのを見て、同級生たちも興味を失っていった。「もう次の婚約者を探しているのかしら」とコソコソと話していた人たちも、エリサの目的が分かると、さすが「守銭奴」とあだ名が付けられた商人の娘だと悪い意味で感心し、あきれ返ったらしい。優先順位があって、エリサはそれに従っているだけなのに。
ロベールは同級生と話しているものの女性は連れていないので、恋人はこの会場にいないのだろう。下級生なのかもしれない。
「エリサ、貴女らしいけど、少しは婚約者の裏切りに悲しい顔をしたらどうなの?」
「それは家に帰ってからにするわ、ロクサーヌ」
さらに心配して友人のロクサーヌも声をかけてくれた。心配してくれる二人には悪いが、時間は有限だ。このようなパーティーは、卒業してしまえばもう二度とない機会だ。
満足いくまで情報を集めたころには、パーティーもお開きの雰囲気になっていた。王子の発言があったので、みな気にしていないふりをしながらも、盛り上がりにくかったようだ。
生徒たちは講堂での卒業パーティーに出席している。婚約者がいる生徒は婚約者にエスコートされるのが習わしで、エリサも婚約者のロベールとともに出席している。
きらびやかな会場に、華やかなドレス、そして輝く宝石。貴族の通う学園なので、みな家の威信をかけて着飾っている。
「マグノリア、私はこのクレモンティーヌとの愛に生きることにした。だから、おまえとの婚約は破棄する」
突如会場に響いたよく通る声に、みながその声の主へと目を向けた。エリサのいる場所からは離れた会場の中心で、第三王子が最近よく王子がそばに置いている子爵令嬢の腰を抱いて、婚約者のマルスラン公爵令嬢に婚約破棄を告げている。
おめでたいパーティーでの不穏な宣言。一方的な宣言なら王家と公爵家が対立しかねないのだが、こんな衆目の前で行う時点で、根回しをしているとも思えない。
「殿下、これはどういうことですの?」
「お互い親に決められた愛のない関係だったのだ。そなたも心から愛せる者を見つけるといい」
成り上がりの男爵家の人間としては、王子や公爵家など雲の上すぎて、どうなろうと関係ないと言えば関係ないが、国が荒れると男爵家が経営している商会にも影響が出るのでやめてほしい。同じ学年とはいっても身分が違いすぎて遠くから見るだけの相手だったので、自分たちの国の王族が実はこんな頭がお花畑のぼんくらだとは知らなかった。この国の将来が心配になるが、王太子と第二王子の悪い評判を聞いたことがないので、このぼんくらが甘やかされて育っただけだと信じたい。
国と王家のために尽くす義務を持つ貴族の一員としては怒られそうなことを考えながら、エリサの隣に立つ伯爵令息のロベールはどう思っているのかと表情をうかがうと、決意を込めた表情で見返された。
「エリサ、私も婚約を破棄させてほしい。金のために愛を犠牲にすることはできない」
「ええっ?!」
あまりの衝撃に、エリサは令嬢にあるまじき大声をあげてしまった。その声は、王子の婚約破棄宣言に息をひそめていた会場に響き渡り、王子の注意も引いてしまった。
「何ごとだ」
「も、申し訳ございません」
王子の声にロベールが頭を下げているので、エリサも隣で頭を下げる。けれど王子は、まず自分の婚約破棄宣言の後始末をしたほうがいいのではないだろうか。公爵令嬢は遠目に見ても納得していなさそうだというだけでなく、王族の婚約など個人の恋情など何一つ考慮されずに結ばれる政治的な契約だ。この先は、揉める未来しかないように思える。
王子の注意が婚約者の令嬢から離れたことで、会場の空気が少し緩んだ。「これだから成り上がり男爵の娘は」と陰口を言っているのが聞こえるが、エリサには否定できないし、する気もない。
エリサの家であるクレッソン男爵家は、商人だったエリサの祖父が国家功労者への恩賞として男爵位を前王から賜った、元平民の成り上がり貴族だ。前王の時代、戦時に多くの食糧を提供し、終結後にその恩賞として授爵された。要するに、代金を払う代わりに爵位を与えられたのだ。領地もなく、ただの肩書だけの男爵位を。
そのため、成り上がりというのも間違っていないし、予期せぬことであっても、大声を上げるという行為自体が貴族令嬢としてマナー違反であることは事実だ。
王子と公爵令嬢の関係に下手に口を出すと自分にも火の粉が飛んできそうで口をつぐんでいた人たちも、大きな声をあげたのが下級貴族だと分かると言いたい放題だ。そんな中、周りのエリサへの非難に気を大きくしたのか、ロベールは自分の決断が間違っていなかったと自信をもったようで、堂々としている。お花畑のぼんくらが二人もそろうとは、しかもその片方が自分の婚約者だとは、何の因果だ。
「殿下のご決断を拝見し、私も己の心に忠実に生きようと思い、婚約の破棄を決意いたしました」
「そうか! そなたは、たしか……」
「セージ伯爵家の二子、ロベールでございます、殿下」
見事なゴマすりだ。けれど、すり寄る相手は王子でいいのだろうか。
セージ伯爵家は、王子の婚約者の家であるマルスラン公爵家の派閥に所属している。王子の婚約破棄がもめれば、セージ伯爵家はマルスラン公爵家から見限られる。
それに、ロベールとエリサの婚約は、セージ伯爵家の希望で結ばれた。由緒正しく伝統のあるセージ伯爵家は、家柄は良いが、お金がない。成り上がりのクレッソン男爵家は、お金はあるが、しょせん成り上がりだ。互いの足りない部分を補おうと伯爵家から持ち込まれた縁談なのに、爵位が上であるロベールが破談にすることを望み、卒業パーティーで公にしてしまった。王子の婚約は公爵家の出方次第でどうなるか分からないが、エリサたちの婚約破棄はもう撤回できないだろう。伯爵家と男爵家の学生同士の婚約など、王族の婚約とは重みが違いすぎる。
あっという間にマナーのなっていない成り上がり男爵令嬢が、婚約者の伯爵令息から婚約破棄を告げられたと会場中に広まっていった。
セージ伯爵と伯爵夫人は、お金目当てでエリサを家に迎えることに引け目を感じていたのか、家族のイベントには必ず招待して優しく声をかけ、気を遣っていた。なにより、未来の義姉になる、次期伯爵の婚約者である伯爵令嬢のアリアンヌは、お茶会を開いてはエリサを友人の令嬢たちに紹介した。その縁でエリサの父の商会の商談がまとまることが何度もあり、恩義を感じてアリアンヌの伯爵家にも多額の出資をしている。この婚約破棄で男爵家からの出資が打ち切られれば、両家ともに財政状態が急激に悪化してしまうだろう。
エリサが招いた事態ではないが、とても良くしてもらったので、こんなことになって申し訳ないと感じている。ロベールと両伯爵家の未来が心配になってしまうが、それはこの状況でエリサが考えることではない。
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王子とマルスラン公爵令嬢を除けば、会場の中ではもっとも高い身分となるヴァランセ侯爵令嬢が楽団に指示して踊り始め、王子と公爵令嬢の婚約破棄はうやむやのまま、パーティーが再開された。マルスラン公爵家の派閥ではないヴァランセ侯爵家としては、この騒動は様子見なので、これ以上この場でことを荒立ててほしくないのだろう。
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「エリサ、大丈夫?」
「ルイーズ、ありがとう。大丈夫よ」
エリサに声をかけてたのは、クレッソン商会と取引のある伯爵令息のギヨームだった。エリサの友人であるルイーズの婚約者でもあるので、同級生から遠巻きされているエリサに、ルイーズと共に近づいてきた。
気遣いにはとてもうれしく思いながらも、エリサにはまだやることがある。この場はただの卒業パーティーではなく、エリサにとっては市場調査の場なのだ。今のドレスの流行や小物は何が人気なのかを失礼に当たらない範囲で見ていく。この年代の貴族がこれほど一度に集まる場はあまりないので、貴重な機会だ。
あの騒動の後もエリサがいつもどおりに、さりげなくドレスを仕立てた店や装飾品を買った店を聞きだしているのを見て、同級生たちも興味を失っていった。「もう次の婚約者を探しているのかしら」とコソコソと話していた人たちも、エリサの目的が分かると、さすが「守銭奴」とあだ名が付けられた商人の娘だと悪い意味で感心し、あきれ返ったらしい。優先順位があって、エリサはそれに従っているだけなのに。
ロベールは同級生と話しているものの女性は連れていないので、恋人はこの会場にいないのだろう。下級生なのかもしれない。
「エリサ、貴女らしいけど、少しは婚約者の裏切りに悲しい顔をしたらどうなの?」
「それは家に帰ってからにするわ、ロクサーヌ」
さらに心配して友人のロクサーヌも声をかけてくれた。心配してくれる二人には悪いが、時間は有限だ。このようなパーティーは、卒業してしまえばもう二度とない機会だ。
満足いくまで情報を集めたころには、パーティーもお開きの雰囲気になっていた。王子の発言があったので、みな気にしていないふりをしながらも、盛り上がりにくかったようだ。
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