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十八歳 春~愛縁機縁
3. 甘い言葉
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ニコレットとのお茶会は、問題なく終わったのだと思う。
伯爵家に帰るなり、心配そうにどういう会話をしたのかを聞かれたが、翌々日に伯爵邸を訪れたジョフリーからもお茶会の様子を聞かれている。どれだけ周りがエリサの会話を不安に思っていたのかが分かる。
きっとあのときの会話はすべて、控えていた侍女のアデルから辺境伯家へも報告が上がっているはずだ。その後特に何も指摘されていないので、大きな失言はなかったのだろう。
「ヴァランセ侯爵令嬢とのお茶会はどうだった?」
「問題なかったと思います。ニコレット様とは初めてお話ししましたが、友好的でした。またお誘いいただけるそうです」
「やっぱり婚約の話が聞きたかったのかな?」
「うわさと記憶の中の私があまりにもずれているので、話がしたかったそうです」
「そう……」
「笑っていただいてかまいませんよ。私もそう思っていますから」
笑うのは失礼だと思ったのか微妙な表情をしていたジョフリーは、エリサの言葉を聞いて遠慮なく笑った。令嬢としてはよくないのだろうが、事実だし今さらのことでもある。
ジョフリーとの距離はだいぶ縮まって、こういうやり取りも日常的になっている。
「それから、マグノリア様のご意向もあったそうです」
「マルスラン公爵令嬢か。実は、マルスラン公爵から、ご令嬢の婚約者に私をという打診があの騒動の後あったらしい」
「マグノリア様が辺境に?」
「いや、公爵も本気ではなかったと思うが、一応知っておいてほしい」
「分かりました」
ジョフリーは返答を曖昧にぼかしたので、打診に絡む事情はエリサが知っていいことではないのだろう。ただ、今後ニコレットや、もしかするとマグノリアと顔を合わせることがあるかもしれないので、事実を知っておいたほうがいいと判断したようだ。今回のことにその申し出が関わっていたのかは分からないし、エリサには知るすべもない。
けれど、あの令嬢然としたマグノリアが辺境に。とても似合わないと思うが、きっと求められれば辺境に出向き、完璧に領主代理夫人を務めただろうとも思う。そう思わせる貴高さがマグノリアにはあった。
ニコレットには、「きっと貴女は辺境のほうが自由にできて合っているのでしょうね」と言われたが、本当にそうだ。こんなめんどくさい人間関係、うっかりすると物理的に首が飛びかねない付き合いなど、できることなら避けたい。
魔法陣やコンピュータのいいところは、入力が同じなら、出力も常に同じということだ。意図していないのに、動かすたびに結果が異なるなら、それはプログラムが間違っている。
一方人間は、入力が同じでも、人や場所そのときの状況によって出力が異なる。それが人間の面白いとことなのだろうが、エリサには正直それがわずらわしい。反応が毎回違うなら、準備のしようがないからだ。
そして魔物は、相手や状況など関係なく、人を見たら襲う。
だから、エリサにとっては辺境のほうが、まだなじめる気がする。もちろん辺境にも一筋縄ではいかない人間関係があるのだろうが、こじれたからといって魔物の前に放り出されるようなことはないだろう。
「しかし、なぜ公爵令嬢がエリサ、貴女の動向を気にしたのか、ニコレット嬢は何か言っていたか?」
「アデルから報告はありませんでしたか?」
「父上や母上には行っているとは思うが、私には何も」
「ニコレット様によると、卒業パーティーでの混乱を私一人に押し付けて退場したと、気にかけてくださったそうです」
卒業パーティーという言葉に、あのときエリサが婚約破棄を告げられたことを思い出したのか、ジョフリーの顔が曇った。過去のことでジョフリーは関わっていないことだ。気にしてくれなくてもいいのに、エリサの心を思いやるその優しさがうれしい。
傷つきはしたが、今はこうして優しい人と別の未来を構築中だ。しかもその未来は、きっとロベールとのものよりも明るい。
「そんな顔をしないでください。もう過去のことです」
「けれど、辛いことを思い出させてしまった」
「その結果、今があるのですから」
「そうだね。私が貴女を幸せにすると誓うよ」
突然の甘い言葉に、エリサは固まってしまった。お互いの利害関係が一致して始まった関係だ。そういう意味ではロベールとの関係と大きく変わりはない。決める過程にエリサが関わったかどうかというだけの違いで。
返事をしなければと我に返ったものの、どう答えていいか分からず、エリサはあたふたしてしまった。
ロベールとの婚約が決まっていたこともあって、恋愛方面の模範解答は勉強してこなかった。そもそも勉強することでもない気がするが、友人との会話に上ったこともない。
「返事はもらえないのかな?」
「ほ、保留でお願いします!」
どうしていきなりこんな攻撃力の高い言葉を投げかけられたのか分からず混乱するエリサを見て、ジョフリーが楽しんでいる。
もしかしてジョフリーもミシェルと一緒で、気に入った人はいじめたいタイプなのだろうか。気づかなくていいことに気づいた気がする。
よし、忘れよう。
そして、上手い返事を思いつくかもしれない未来の自分に、期待しよう。
伯爵家に帰るなり、心配そうにどういう会話をしたのかを聞かれたが、翌々日に伯爵邸を訪れたジョフリーからもお茶会の様子を聞かれている。どれだけ周りがエリサの会話を不安に思っていたのかが分かる。
きっとあのときの会話はすべて、控えていた侍女のアデルから辺境伯家へも報告が上がっているはずだ。その後特に何も指摘されていないので、大きな失言はなかったのだろう。
「ヴァランセ侯爵令嬢とのお茶会はどうだった?」
「問題なかったと思います。ニコレット様とは初めてお話ししましたが、友好的でした。またお誘いいただけるそうです」
「やっぱり婚約の話が聞きたかったのかな?」
「うわさと記憶の中の私があまりにもずれているので、話がしたかったそうです」
「そう……」
「笑っていただいてかまいませんよ。私もそう思っていますから」
笑うのは失礼だと思ったのか微妙な表情をしていたジョフリーは、エリサの言葉を聞いて遠慮なく笑った。令嬢としてはよくないのだろうが、事実だし今さらのことでもある。
ジョフリーとの距離はだいぶ縮まって、こういうやり取りも日常的になっている。
「それから、マグノリア様のご意向もあったそうです」
「マルスラン公爵令嬢か。実は、マルスラン公爵から、ご令嬢の婚約者に私をという打診があの騒動の後あったらしい」
「マグノリア様が辺境に?」
「いや、公爵も本気ではなかったと思うが、一応知っておいてほしい」
「分かりました」
ジョフリーは返答を曖昧にぼかしたので、打診に絡む事情はエリサが知っていいことではないのだろう。ただ、今後ニコレットや、もしかするとマグノリアと顔を合わせることがあるかもしれないので、事実を知っておいたほうがいいと判断したようだ。今回のことにその申し出が関わっていたのかは分からないし、エリサには知るすべもない。
けれど、あの令嬢然としたマグノリアが辺境に。とても似合わないと思うが、きっと求められれば辺境に出向き、完璧に領主代理夫人を務めただろうとも思う。そう思わせる貴高さがマグノリアにはあった。
ニコレットには、「きっと貴女は辺境のほうが自由にできて合っているのでしょうね」と言われたが、本当にそうだ。こんなめんどくさい人間関係、うっかりすると物理的に首が飛びかねない付き合いなど、できることなら避けたい。
魔法陣やコンピュータのいいところは、入力が同じなら、出力も常に同じということだ。意図していないのに、動かすたびに結果が異なるなら、それはプログラムが間違っている。
一方人間は、入力が同じでも、人や場所そのときの状況によって出力が異なる。それが人間の面白いとことなのだろうが、エリサには正直それがわずらわしい。反応が毎回違うなら、準備のしようがないからだ。
そして魔物は、相手や状況など関係なく、人を見たら襲う。
だから、エリサにとっては辺境のほうが、まだなじめる気がする。もちろん辺境にも一筋縄ではいかない人間関係があるのだろうが、こじれたからといって魔物の前に放り出されるようなことはないだろう。
「しかし、なぜ公爵令嬢がエリサ、貴女の動向を気にしたのか、ニコレット嬢は何か言っていたか?」
「アデルから報告はありませんでしたか?」
「父上や母上には行っているとは思うが、私には何も」
「ニコレット様によると、卒業パーティーでの混乱を私一人に押し付けて退場したと、気にかけてくださったそうです」
卒業パーティーという言葉に、あのときエリサが婚約破棄を告げられたことを思い出したのか、ジョフリーの顔が曇った。過去のことでジョフリーは関わっていないことだ。気にしてくれなくてもいいのに、エリサの心を思いやるその優しさがうれしい。
傷つきはしたが、今はこうして優しい人と別の未来を構築中だ。しかもその未来は、きっとロベールとのものよりも明るい。
「そんな顔をしないでください。もう過去のことです」
「けれど、辛いことを思い出させてしまった」
「その結果、今があるのですから」
「そうだね。私が貴女を幸せにすると誓うよ」
突然の甘い言葉に、エリサは固まってしまった。お互いの利害関係が一致して始まった関係だ。そういう意味ではロベールとの関係と大きく変わりはない。決める過程にエリサが関わったかどうかというだけの違いで。
返事をしなければと我に返ったものの、どう答えていいか分からず、エリサはあたふたしてしまった。
ロベールとの婚約が決まっていたこともあって、恋愛方面の模範解答は勉強してこなかった。そもそも勉強することでもない気がするが、友人との会話に上ったこともない。
「返事はもらえないのかな?」
「ほ、保留でお願いします!」
どうしていきなりこんな攻撃力の高い言葉を投げかけられたのか分からず混乱するエリサを見て、ジョフリーが楽しんでいる。
もしかしてジョフリーもミシェルと一緒で、気に入った人はいじめたいタイプなのだろうか。気づかなくていいことに気づいた気がする。
よし、忘れよう。
そして、上手い返事を思いつくかもしれない未来の自分に、期待しよう。
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