魔法陣に浮かぶ恋

戌葉

文字の大きさ
71 / 77
SIDE ジョフリー2

1. 叔父と甥の会話1

しおりを挟む
「大人しい領主代理夫人と、強い領主代理夫人、どちらがいいですか?」

 そうエリサに聞かれた。大人しいというのはエリサに合わないと思ったので、強いほうがいいかなと答えたが、まさかその結果がこれだとは。自分をないがしろにする者相手に、魔法陣で脅しをかけるとは思いもよらなかった。
 彼女を自分の常識で考えてはいけない、それをあらためて思い知らされた。

 エリサの要望もあり、結婚式の前だが辺境を訪れた。来春には結婚式があるため、動けない。
 それに、辺境で魔物が増えているという叔父ハロルドからの報告に、騎士団でも調査隊を送るべきかという話が出ているので、エリサとともに訪ねればちょうどいいと思った。

 辺境についてすぐ、領主代理夫人の座が空席のために城内を任せているアニエスと、ピエールの妻であるクロエが、エリサとぶつかったのは、まあ想定内だ。おそらくアニエスもクロエも、実権を渡さないだろうとは思っていたが、露骨に排除するとは想定外だった。表面上はエリサを立てるだろうと思っていたが、女同士の争いを甘く見ていたらしい。
 それでも、いずれエリサとともに辺境に移住したときに、ハロルドかジョフリーが城主として、エリサに譲るようにと命令を出せばいいだろうと考えていた。エリサは今回は波風を立てないことを選んだようだし、ハロルドとともに傍観していた。

 けれど、エリサは移住を待たずに実力行使に出た。
 そのことにも驚くが、それ以上に驚いているのは、そのときに使った魔法陣だ。

「あれは、なんというか、すごいな」
「私も初めてみました。あの速さであれほどの数、魔法省でもできる人間はどれだけいるのか」
「魔法陣の天才、というのは誇張でもなんでもなかったんだな」

 ジョフリーもエリサの能力を見誤っていたらしい。とんでもない才能だ。
 騎士なら、空中に照明弾の魔法陣を書く訓練をする。手元に何もなく絶望的な状況でも助けを呼べるように、それだけは習い、発動するまで練習させられる。それでも、なんとか発動する程度の質の低いものが書けるだけだ。あんなふうに手元も見ずにすらすらと複数を刻んでいくなど、不可能だ。ジョフリーもハロルドも経験があるからこそ、そのすごさが分かる。
 一番難しいとされる空中での魔法陣を自由自在に扱えるなら、魔石や魔法紙に刻むなど造作もないことなのだろう。

 あんな能力を見せられれば、たとえ領の重臣を総入れ替えすることになっても、エリサを手放せるわけがない。

「着飾って部屋に入ってきたときには何をするのかと思ったが」
「ドレスは戦闘服らしいですよ。最初になめられないのが肝心だそうです」

 珍しく宝石までつけたドレス姿に驚き尋ねたジョフリーに、にっこり笑ってそう答えたのだ。パーティーのときの落ち着いたドレスのせいでなめられたと思ったようだ。
 必要なら辺境伯の権力をちらつかせてクロエたちを黙らせようと思っていたジョフリーは、そのとき自分の考えが間違っていることを知った。エリサには、手助けなど必要ない。自分の立ち位置は、自分で決める。そこに邪魔なものがあれば、自分で排除する。大人しく守られているような存在ではないのだ。
 だからといって、ダンカンを利用してあそこまでするとは思わなかったが。
 今までのエリサの行動を見ていれば納得するところもある。話し合いで解決するのが面倒だったんだろう。

「ジョフリー、嬢ちゃんを怒らせるなよ」
「それは私も思いました」

 怒らせたら何が起きるのか、ちょっと想像したくない。ここの城くらいは簡単に吹き飛ぶのではないだろうか。すくなくとも、部屋は無事では済まないだろう。

 そこに、クロエと話をしていたピエールが、ハロルドの執務室に戻ってきた。

「ピエール、クロエは聞き分けてくれそうか?」
「正直分かりません。エリサ様にああいった態度を取るとは思っていませんでした」

 ピエールは結婚後ほとんどを王都で過ごしているが、クロエは領に残された。そのことに理解を示してはいたが、クロエには王都での華やかな生活に憧れがあったのだろう。それが、エリサが来て初めて表面化したのだ。
 この地で子どもの頃からピエールと共に育ち、お互い気心の知れた仲だと思っていたが、ピエールが辺境を離れて暮らすうちに、取り返しのつかないすれ違いが起きていたのかもしれない。

 ただ、相手が悪かったとしか言いようがない。これがただの令嬢なら、実権をクロエが握って留飲を下げることができたかもしれない。それで城が平穏になるなら、それを令嬢がよしとするなら、男たちは口を出すことはない。城の女主人とはそういう立場だ。

「言い聞かせはしましたが、納得できているのかどうか。城を出すべきでしょうか? エリサ様はどうなさるおつもりでしょう」
「分をわきまえ、仕事をちゃんとするなら、エリサが不在の間を任せたいそうだ」
「寛大だな」
「仕事をする場だと割り切っていますよ」

 エリサの生活の場でもあるのだが、そこは線引きができるらしい。
 実際に、エリサがこの領にいない場合、取り仕切るのはクロエであるべきだ。それが、アニエスを増長させてしまった。娘に、誰かの影ではない立場と権力を与えたかったのだろう。

「エリサ様に辺境にいていただくためなら、クロエとの離縁も考えます」
「ピエール?」
「魔物が増えている今、エリサ様が辺境に来てくれたのは、偶然なのでしょうか? もしかして彼女は神の御使いなのではないかと、そう思う私はおかしいのでしょうか?」
「あり得そうだ」
「昨日までならお前の正気を疑ったが、今日のエリサを見た後では否定できないな」

 豪華なドレスに身を包み、魔法陣を周りに浮かせて微笑むその姿は、さながら戦闘の女神が地上に降臨したかのようだった。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

処理中です...