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SIDE ジョフリー2
1. 叔父と甥の会話1
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「大人しい領主代理夫人と、強い領主代理夫人、どちらがいいですか?」
そうエリサに聞かれた。大人しいというのはエリサに合わないと思ったので、強いほうがいいかなと答えたが、まさかその結果がこれだとは。自分をないがしろにする者相手に、魔法陣で脅しをかけるとは思いもよらなかった。
彼女を自分の常識で考えてはいけない、それをあらためて思い知らされた。
エリサの要望もあり、結婚式の前だが辺境を訪れた。来春には結婚式があるため、動けない。
それに、辺境で魔物が増えているという叔父ハロルドからの報告に、騎士団でも調査隊を送るべきかという話が出ているので、エリサとともに訪ねればちょうどいいと思った。
辺境についてすぐ、領主代理夫人の座が空席のために城内を任せているアニエスと、ピエールの妻であるクロエが、エリサとぶつかったのは、まあ想定内だ。おそらくアニエスもクロエも、実権を渡さないだろうとは思っていたが、露骨に排除するとは想定外だった。表面上はエリサを立てるだろうと思っていたが、女同士の争いを甘く見ていたらしい。
それでも、いずれエリサとともに辺境に移住したときに、ハロルドかジョフリーが城主として、エリサに譲るようにと命令を出せばいいだろうと考えていた。エリサは今回は波風を立てないことを選んだようだし、ハロルドとともに傍観していた。
けれど、エリサは移住を待たずに実力行使に出た。
そのことにも驚くが、それ以上に驚いているのは、そのときに使った魔法陣だ。
「あれは、なんというか、すごいな」
「私も初めてみました。あの速さであれほどの数、魔法省でもできる人間はどれだけいるのか」
「魔法陣の天才、というのは誇張でもなんでもなかったんだな」
ジョフリーもエリサの能力を見誤っていたらしい。とんでもない才能だ。
騎士なら、空中に照明弾の魔法陣を書く訓練をする。手元に何もなく絶望的な状況でも助けを呼べるように、それだけは習い、発動するまで練習させられる。それでも、なんとか発動する程度の質の低いものが書けるだけだ。あんなふうに手元も見ずにすらすらと複数を刻んでいくなど、不可能だ。ジョフリーもハロルドも経験があるからこそ、そのすごさが分かる。
一番難しいとされる空中での魔法陣を自由自在に扱えるなら、魔石や魔法紙に刻むなど造作もないことなのだろう。
あんな能力を見せられれば、たとえ領の重臣を総入れ替えすることになっても、エリサを手放せるわけがない。
「着飾って部屋に入ってきたときには何をするのかと思ったが」
「ドレスは戦闘服らしいですよ。最初になめられないのが肝心だそうです」
珍しく宝石までつけたドレス姿に驚き尋ねたジョフリーに、にっこり笑ってそう答えたのだ。パーティーのときの落ち着いたドレスのせいでなめられたと思ったようだ。
必要なら辺境伯の権力をちらつかせてクロエたちを黙らせようと思っていたジョフリーは、そのとき自分の考えが間違っていることを知った。エリサには、手助けなど必要ない。自分の立ち位置は、自分で決める。そこに邪魔なものがあれば、自分で排除する。大人しく守られているような存在ではないのだ。
だからといって、ダンカンを利用してあそこまでするとは思わなかったが。
今までのエリサの行動を見ていれば納得するところもある。話し合いで解決するのが面倒だったんだろう。
「ジョフリー、嬢ちゃんを怒らせるなよ」
「それは私も思いました」
怒らせたら何が起きるのか、ちょっと想像したくない。ここの城くらいは簡単に吹き飛ぶのではないだろうか。すくなくとも、部屋は無事では済まないだろう。
そこに、クロエと話をしていたピエールが、ハロルドの執務室に戻ってきた。
「ピエール、クロエは聞き分けてくれそうか?」
「正直分かりません。エリサ様にああいった態度を取るとは思っていませんでした」
ピエールは結婚後ほとんどを王都で過ごしているが、クロエは領に残された。そのことに理解を示してはいたが、クロエには王都での華やかな生活に憧れがあったのだろう。それが、エリサが来て初めて表面化したのだ。
この地で子どもの頃からピエールと共に育ち、お互い気心の知れた仲だと思っていたが、ピエールが辺境を離れて暮らすうちに、取り返しのつかないすれ違いが起きていたのかもしれない。
ただ、相手が悪かったとしか言いようがない。これがただの令嬢なら、実権をクロエが握って留飲を下げることができたかもしれない。それで城が平穏になるなら、それを令嬢がよしとするなら、男たちは口を出すことはない。城の女主人とはそういう立場だ。
「言い聞かせはしましたが、納得できているのかどうか。城を出すべきでしょうか? エリサ様はどうなさるおつもりでしょう」
「分をわきまえ、仕事をちゃんとするなら、エリサが不在の間を任せたいそうだ」
「寛大だな」
「仕事をする場だと割り切っていますよ」
エリサの生活の場でもあるのだが、そこは線引きができるらしい。
実際に、エリサがこの領にいない場合、取り仕切るのはクロエであるべきだ。それが、アニエスを増長させてしまった。娘に、誰かの影ではない立場と権力を与えたかったのだろう。
「エリサ様に辺境にいていただくためなら、クロエとの離縁も考えます」
「ピエール?」
「魔物が増えている今、エリサ様が辺境に来てくれたのは、偶然なのでしょうか? もしかして彼女は神の御使いなのではないかと、そう思う私はおかしいのでしょうか?」
「あり得そうだ」
「昨日までならお前の正気を疑ったが、今日のエリサを見た後では否定できないな」
豪華なドレスに身を包み、魔法陣を周りに浮かせて微笑むその姿は、さながら戦闘の女神が地上に降臨したかのようだった。
そうエリサに聞かれた。大人しいというのはエリサに合わないと思ったので、強いほうがいいかなと答えたが、まさかその結果がこれだとは。自分をないがしろにする者相手に、魔法陣で脅しをかけるとは思いもよらなかった。
彼女を自分の常識で考えてはいけない、それをあらためて思い知らされた。
エリサの要望もあり、結婚式の前だが辺境を訪れた。来春には結婚式があるため、動けない。
それに、辺境で魔物が増えているという叔父ハロルドからの報告に、騎士団でも調査隊を送るべきかという話が出ているので、エリサとともに訪ねればちょうどいいと思った。
辺境についてすぐ、領主代理夫人の座が空席のために城内を任せているアニエスと、ピエールの妻であるクロエが、エリサとぶつかったのは、まあ想定内だ。おそらくアニエスもクロエも、実権を渡さないだろうとは思っていたが、露骨に排除するとは想定外だった。表面上はエリサを立てるだろうと思っていたが、女同士の争いを甘く見ていたらしい。
それでも、いずれエリサとともに辺境に移住したときに、ハロルドかジョフリーが城主として、エリサに譲るようにと命令を出せばいいだろうと考えていた。エリサは今回は波風を立てないことを選んだようだし、ハロルドとともに傍観していた。
けれど、エリサは移住を待たずに実力行使に出た。
そのことにも驚くが、それ以上に驚いているのは、そのときに使った魔法陣だ。
「あれは、なんというか、すごいな」
「私も初めてみました。あの速さであれほどの数、魔法省でもできる人間はどれだけいるのか」
「魔法陣の天才、というのは誇張でもなんでもなかったんだな」
ジョフリーもエリサの能力を見誤っていたらしい。とんでもない才能だ。
騎士なら、空中に照明弾の魔法陣を書く訓練をする。手元に何もなく絶望的な状況でも助けを呼べるように、それだけは習い、発動するまで練習させられる。それでも、なんとか発動する程度の質の低いものが書けるだけだ。あんなふうに手元も見ずにすらすらと複数を刻んでいくなど、不可能だ。ジョフリーもハロルドも経験があるからこそ、そのすごさが分かる。
一番難しいとされる空中での魔法陣を自由自在に扱えるなら、魔石や魔法紙に刻むなど造作もないことなのだろう。
あんな能力を見せられれば、たとえ領の重臣を総入れ替えすることになっても、エリサを手放せるわけがない。
「着飾って部屋に入ってきたときには何をするのかと思ったが」
「ドレスは戦闘服らしいですよ。最初になめられないのが肝心だそうです」
珍しく宝石までつけたドレス姿に驚き尋ねたジョフリーに、にっこり笑ってそう答えたのだ。パーティーのときの落ち着いたドレスのせいでなめられたと思ったようだ。
必要なら辺境伯の権力をちらつかせてクロエたちを黙らせようと思っていたジョフリーは、そのとき自分の考えが間違っていることを知った。エリサには、手助けなど必要ない。自分の立ち位置は、自分で決める。そこに邪魔なものがあれば、自分で排除する。大人しく守られているような存在ではないのだ。
だからといって、ダンカンを利用してあそこまでするとは思わなかったが。
今までのエリサの行動を見ていれば納得するところもある。話し合いで解決するのが面倒だったんだろう。
「ジョフリー、嬢ちゃんを怒らせるなよ」
「それは私も思いました」
怒らせたら何が起きるのか、ちょっと想像したくない。ここの城くらいは簡単に吹き飛ぶのではないだろうか。すくなくとも、部屋は無事では済まないだろう。
そこに、クロエと話をしていたピエールが、ハロルドの執務室に戻ってきた。
「ピエール、クロエは聞き分けてくれそうか?」
「正直分かりません。エリサ様にああいった態度を取るとは思っていませんでした」
ピエールは結婚後ほとんどを王都で過ごしているが、クロエは領に残された。そのことに理解を示してはいたが、クロエには王都での華やかな生活に憧れがあったのだろう。それが、エリサが来て初めて表面化したのだ。
この地で子どもの頃からピエールと共に育ち、お互い気心の知れた仲だと思っていたが、ピエールが辺境を離れて暮らすうちに、取り返しのつかないすれ違いが起きていたのかもしれない。
ただ、相手が悪かったとしか言いようがない。これがただの令嬢なら、実権をクロエが握って留飲を下げることができたかもしれない。それで城が平穏になるなら、それを令嬢がよしとするなら、男たちは口を出すことはない。城の女主人とはそういう立場だ。
「言い聞かせはしましたが、納得できているのかどうか。城を出すべきでしょうか? エリサ様はどうなさるおつもりでしょう」
「分をわきまえ、仕事をちゃんとするなら、エリサが不在の間を任せたいそうだ」
「寛大だな」
「仕事をする場だと割り切っていますよ」
エリサの生活の場でもあるのだが、そこは線引きができるらしい。
実際に、エリサがこの領にいない場合、取り仕切るのはクロエであるべきだ。それが、アニエスを増長させてしまった。娘に、誰かの影ではない立場と権力を与えたかったのだろう。
「エリサ様に辺境にいていただくためなら、クロエとの離縁も考えます」
「ピエール?」
「魔物が増えている今、エリサ様が辺境に来てくれたのは、偶然なのでしょうか? もしかして彼女は神の御使いなのではないかと、そう思う私はおかしいのでしょうか?」
「あり得そうだ」
「昨日までならお前の正気を疑ったが、今日のエリサを見た後では否定できないな」
豪華なドレスに身を包み、魔法陣を周りに浮かせて微笑むその姿は、さながら戦闘の女神が地上に降臨したかのようだった。
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