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2年目 タイロン編
【閑話】タイロン王国ツウォンの警備隊長 2
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「馬車だよな? 宿まで御者を代わろう」
「助かる」
ギルドの外、案内された馬車は、質素なものではあるが、しっかりした材料で作られ、きちんと整備もされている。
狐は銀の兄さんの肩から馬の背へと飛び移り、クンクン、ヒンヒンとお互いに会話をしているようだ。銀の兄さんも馬の首のあたりを軽く撫でながら、「宿まではこの人が御者をしてくれる」とわざわざ私を紹介した。馬の扱いもいいし、これは騎士出身だろうな。
「ギルドの対応が悪かったよな。すまん」
「気にしていない。よそ者を警戒するのは当然だろう」
「ドラゴンを退治してやるから、情報をよこせ、タダで宿に泊めろ、っていう勘違い野郎が来ることがあるんだ」
警戒しているのはよそ者ではなく、ドラゴン目当ての者なんだが、この街の無礼に怒ってはいないようで、ひとまず安心だ。
話してみると、とても常識的な人物で、ドラゴンのことを討伐対象とは思っていないし素材も求めてはおらず、本当にただ会いたいだけのようだ。
だが、いるかどうか分からない人智を超えた存在にただ会いたい、そのために山を越えていこうとする、その思考が理解できない。どこまで使役獣に甘いんだ。
「ドラゴンは魔物ではないと思うんだが、ここでは違うのか?」
「この辺りの人間は、魔物だとは思っていないし、退治も望んでいない。寝た子を起こしてくれるな、と思ってる」
兄さんがドラゴンを怒らせた場合、被害を被るのはこの地に住む私たちなんだ。だから行かないでほしいんだ。
だが私のその願いは通じなかった。私がドラゴンの住む山の情報を持っていないと知ると、この街での情報収集を諦めたようだ。
山に向かうのは止められそうにない。ドラゴン村の人間が道を教えるとは思えないが、それでも狐のために行くだろうな。
代官と一緒に頭を下げて思いとどまるよう説得するか?
後でギルドも含めて相談だな。
狐は移動中、兄さんの膝の上で、ご機嫌で街の中を見ていた。ときどき鼻をクンクンさせては鳴き声をあげていたので、食べ物のいい匂いがしたんだろう。私よりもいいものを食べて育っていそうだ。
この可愛い狐が山で遭難するのは可哀想だ。人の世話がなければ生きていけなさそうな、呑気な顔をしている。きっと取り残されたら飢えてしまうだろう。
宿に着いて別れる際に狐に声をかけると、お返しなのかペロッと私の手を舐めて、尻尾を振った。
こちらのことなど一切疑わずに、愛嬌を振りまく狐を見ていると、願いを叶えてやりたくなる。願うだけなら、いいよな。
「狐、会えるといいな」
『キャフッ』
「応援してもらったのが嬉しかったそうだ」
「そうかそうか。怪我するなよ」
首筋を撫でると、ふわふわの毛はとても手触りが良かった。
無謀なことをするんじゃないぞ。もし山で遭難しそうになったら、さっさと諦めて下りてくるんだぞ。
宿を出ると、警備隊の一人が、冒険者の格好で近づいてきた。
「客を装って泊まります」
「頼む。常識的な人物だが、おそらく高位貴族だ。無理に接触するな」
「分かりました」
宿や周りの人間に無理なことを言うような人物には見えなかったが、貴族なら他の客のトラブルに巻き込まれても困る。何かができるわけではないが、部下に見張らせておこう。
冒険者ギルドに戻ると、知らせを受けて駆け付けた代官と、警備隊の副長が待っていた。
「上級ランクの冒険者は貴族だという噂を聞いたが」
「おそらく高位貴族です。オルデキア出身で、去年から旅をしていると言っていました。部下を同じ宿に泊まらせています」
「オルデキアの高位貴族では、私には何もできない」
代官が天を仰いだが、皆同じ気分だ。今まで貴族の後援を受けた冒険者なら来たことがあるが、貴族自身が来たことなどなかった。これは国に助けを求めるしかないが、どう考えても間に合わない。銀の兄さんは、明日にでも村に向かい、そのまま山へ向かうかもしれない。
貴族の財力で、山を越えるための何か秘密の道具を持っているかもしれないし、これはもしかするとドラゴンにたどり着くかもしれないぞ。あの兄さんは、ドラゴンを怒らせるようなことはしなさそうだが、自分の住処に人が入ってきたというだけでドラゴンが怒る可能性だってある。
「お待たせしました。王都の統括ギルド長と連絡が取れました。彼はオルデキア王国のフォロン侯爵家第三子で、名前はウィオラス。氷の騎士と呼ばれていた、氷の上級魔法使いです。今は騎士をやめて冒険者となり、諸国を旅しているそうです」
「侯爵家の元騎士か。厄介だな」
下手なことをすれば、外交問題になってしまう。オルデキアに知られないためには、人目のない山の中で息の根を止めるしかないが、上級魔法使いの元騎士相手に今の戦力では負けが確定している。
これは、頼み込む以外に方法がない気がするが、あの狐は納得してくれるだろうか。
「それが、これは国からの通達なのですが、彼は止めなくてよいと」
「どういうことだ?」
「よく分からないのですが、彼のすることを妨げてはならないと」
「オルデキアとの関係を優先して、この地域を見捨てるのか?!」
「王都から騎士がこちらに向かうので、この先のことは騎士に任せるようにと」
どういうことだ。あの兄さん、何者だ? 他国の侯爵家の元騎士とはいえ一冒険者なのに、なんで王都から騎士が出張ってくるんだ。この領の人間とギルドじゃ対応しきれないってことだよな? どんな厄介ごとを抱えているんだよ。
だがまあ後のことを全部押し付けられるのは、こっちにとっては幸いだ。急いできてくれ。
警備隊は兄さんの監視を続けることになったが、宿で狐と一緒に楽しそうに食事をして、早々と部屋に引き上げて休んだそうだ。
宿の他の客たちは、狐に興味を持ち、狐も愛嬌を振りまいていたというから、他の客とのトラブルは心配なさそうだ。
となると、残る心配事は明日以降のドラゴン村だな。
ドラゴン村には、兄さんのことを知らせないことに決めた。
あの村の人間は暴力的な手段に訴えることはないし、貴族だと知ってもあの村の人間が上手にさばけるとは思えない。
すでに二人の隊員を村へと向かわせているので、雲行きが怪しくなったら彼らが上手くとりなしてくれるだろう。
「助かる」
ギルドの外、案内された馬車は、質素なものではあるが、しっかりした材料で作られ、きちんと整備もされている。
狐は銀の兄さんの肩から馬の背へと飛び移り、クンクン、ヒンヒンとお互いに会話をしているようだ。銀の兄さんも馬の首のあたりを軽く撫でながら、「宿まではこの人が御者をしてくれる」とわざわざ私を紹介した。馬の扱いもいいし、これは騎士出身だろうな。
「ギルドの対応が悪かったよな。すまん」
「気にしていない。よそ者を警戒するのは当然だろう」
「ドラゴンを退治してやるから、情報をよこせ、タダで宿に泊めろ、っていう勘違い野郎が来ることがあるんだ」
警戒しているのはよそ者ではなく、ドラゴン目当ての者なんだが、この街の無礼に怒ってはいないようで、ひとまず安心だ。
話してみると、とても常識的な人物で、ドラゴンのことを討伐対象とは思っていないし素材も求めてはおらず、本当にただ会いたいだけのようだ。
だが、いるかどうか分からない人智を超えた存在にただ会いたい、そのために山を越えていこうとする、その思考が理解できない。どこまで使役獣に甘いんだ。
「ドラゴンは魔物ではないと思うんだが、ここでは違うのか?」
「この辺りの人間は、魔物だとは思っていないし、退治も望んでいない。寝た子を起こしてくれるな、と思ってる」
兄さんがドラゴンを怒らせた場合、被害を被るのはこの地に住む私たちなんだ。だから行かないでほしいんだ。
だが私のその願いは通じなかった。私がドラゴンの住む山の情報を持っていないと知ると、この街での情報収集を諦めたようだ。
山に向かうのは止められそうにない。ドラゴン村の人間が道を教えるとは思えないが、それでも狐のために行くだろうな。
代官と一緒に頭を下げて思いとどまるよう説得するか?
後でギルドも含めて相談だな。
狐は移動中、兄さんの膝の上で、ご機嫌で街の中を見ていた。ときどき鼻をクンクンさせては鳴き声をあげていたので、食べ物のいい匂いがしたんだろう。私よりもいいものを食べて育っていそうだ。
この可愛い狐が山で遭難するのは可哀想だ。人の世話がなければ生きていけなさそうな、呑気な顔をしている。きっと取り残されたら飢えてしまうだろう。
宿に着いて別れる際に狐に声をかけると、お返しなのかペロッと私の手を舐めて、尻尾を振った。
こちらのことなど一切疑わずに、愛嬌を振りまく狐を見ていると、願いを叶えてやりたくなる。願うだけなら、いいよな。
「狐、会えるといいな」
『キャフッ』
「応援してもらったのが嬉しかったそうだ」
「そうかそうか。怪我するなよ」
首筋を撫でると、ふわふわの毛はとても手触りが良かった。
無謀なことをするんじゃないぞ。もし山で遭難しそうになったら、さっさと諦めて下りてくるんだぞ。
宿を出ると、警備隊の一人が、冒険者の格好で近づいてきた。
「客を装って泊まります」
「頼む。常識的な人物だが、おそらく高位貴族だ。無理に接触するな」
「分かりました」
宿や周りの人間に無理なことを言うような人物には見えなかったが、貴族なら他の客のトラブルに巻き込まれても困る。何かができるわけではないが、部下に見張らせておこう。
冒険者ギルドに戻ると、知らせを受けて駆け付けた代官と、警備隊の副長が待っていた。
「上級ランクの冒険者は貴族だという噂を聞いたが」
「おそらく高位貴族です。オルデキア出身で、去年から旅をしていると言っていました。部下を同じ宿に泊まらせています」
「オルデキアの高位貴族では、私には何もできない」
代官が天を仰いだが、皆同じ気分だ。今まで貴族の後援を受けた冒険者なら来たことがあるが、貴族自身が来たことなどなかった。これは国に助けを求めるしかないが、どう考えても間に合わない。銀の兄さんは、明日にでも村に向かい、そのまま山へ向かうかもしれない。
貴族の財力で、山を越えるための何か秘密の道具を持っているかもしれないし、これはもしかするとドラゴンにたどり着くかもしれないぞ。あの兄さんは、ドラゴンを怒らせるようなことはしなさそうだが、自分の住処に人が入ってきたというだけでドラゴンが怒る可能性だってある。
「お待たせしました。王都の統括ギルド長と連絡が取れました。彼はオルデキア王国のフォロン侯爵家第三子で、名前はウィオラス。氷の騎士と呼ばれていた、氷の上級魔法使いです。今は騎士をやめて冒険者となり、諸国を旅しているそうです」
「侯爵家の元騎士か。厄介だな」
下手なことをすれば、外交問題になってしまう。オルデキアに知られないためには、人目のない山の中で息の根を止めるしかないが、上級魔法使いの元騎士相手に今の戦力では負けが確定している。
これは、頼み込む以外に方法がない気がするが、あの狐は納得してくれるだろうか。
「それが、これは国からの通達なのですが、彼は止めなくてよいと」
「どういうことだ?」
「よく分からないのですが、彼のすることを妨げてはならないと」
「オルデキアとの関係を優先して、この地域を見捨てるのか?!」
「王都から騎士がこちらに向かうので、この先のことは騎士に任せるようにと」
どういうことだ。あの兄さん、何者だ? 他国の侯爵家の元騎士とはいえ一冒険者なのに、なんで王都から騎士が出張ってくるんだ。この領の人間とギルドじゃ対応しきれないってことだよな? どんな厄介ごとを抱えているんだよ。
だがまあ後のことを全部押し付けられるのは、こっちにとっては幸いだ。急いできてくれ。
警備隊は兄さんの監視を続けることになったが、宿で狐と一緒に楽しそうに食事をして、早々と部屋に引き上げて休んだそうだ。
宿の他の客たちは、狐に興味を持ち、狐も愛嬌を振りまいていたというから、他の客とのトラブルは心配なさそうだ。
となると、残る心配事は明日以降のドラゴン村だな。
ドラゴン村には、兄さんのことを知らせないことに決めた。
あの村の人間は暴力的な手段に訴えることはないし、貴族だと知ってもあの村の人間が上手にさばけるとは思えない。
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