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過去と剣と

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 あの後、無事に宿を見つけた俺たちは男女にわかれて2つ部屋を取った。別に俺としてはキャンプで散々一緒に寝ていたし、一部屋でもよかったのだが、女には女のあれこれがあるらしく非難を浴びたためだ。
 外は良くて中はダメなその感覚がよくわからないし、こんなに疲れていたら何もする気になんてなれないのだが。
 何かあったらすぐ呼べよ、とリーナたちに言って俺とルキは部屋に入った。正直もうベッドに寝転びたいくらいには疲れがきていて、足を動かすのもやっとの状態だった。
 オレ先にシャワー浴びてくるわ、と言って脱衣所に向かったルキに、おう、とだけ返して俺は椅子に座った。ルキが戻ってきたら俺もサッとシャワーを浴びてすぐ寝てやりたい。
 とりあえずまた簡単なアクセサリーでも作って売るか、とこっそり洞窟で採っておいた鉱石とネックレス用の素材を取り出した。青く光るその鉱石は見ているだけでも不思議と癒されるような気がする。
 さて、どんな形にしようか。青いし無難に涙のような形か、それとも夜空をイメージした星の形か。

(ハートも可愛いだろうし悩むな……。とりあえず綺麗に磨くだけ磨いて、形はまた今度決めよう)

 表面の少し汚れているところを剣で削りながら、水魔法で濡らしておいた布で拭いていく。あとで机の上綺麗にしておかないとな、とすでに溜まってきた削りカスに少しため息をついた。

 集中していると時間が経つのは早いもので、鉱石は見違えるほどに綺麗に輝いていた。それに満足した俺は机の上の削りカスをゴミ箱に入れ、鉱石は大事にバッグへと戻した。
 さて、ルキはまだかなと椅子に再び座りながら待っていると、満足したらしいルキが下だけ履いて部屋に戻ってきた。

「お先ー。あー、サッパリしたわ。フィンも入ってこいよ。」

「あぁ。」

「オレなんか飲んでグダってるわ~。」

 そう言ってルキは冷蔵庫から飲み物を取って椅子に座った。長い脚がダランと投げ出されているあたり、ルキも相当疲れているのだろう。
 その様子を見ながら俺は服を脱いでシャワーを浴びに行った。お湯が髪に触れると、思っていたよりも砂埃でやられていたらしくギシギシと嫌な音を立てる。これは念入りに身体も洗わないとダメだな、と備え付けのシャンプーとボディソープを使って何度も洗い流した。

 ようやく満足して髪を拭きながら部屋に戻ると、ルキはカーテンを開けて外を見ていた。何か気になるものでもあったのだろうかとそのまま見ていると、ふいにルキの背中に大きな傷があるのが目に入った。

(あれは……。斬られた痕か……?)

 不躾にもジッとそれを見ていると、視線に気づいたルキがこちらを向きながら質問してきた。

「んなに気になるかぁ? 別に珍しくもねえだろ、こんなの。」

「すまない、随分と大きな傷だなと思ってつい。」

「まぁ、昔いろいろあったんだよオレ。ホントにいろいろ。これもそん時の傷でさ、薄くはなっても消えてはくんないんだよね。」

 悲しげな声色でそう言うルキの表情は、悲しいよりも怒りが滲み出ていた。一体何にやられたのか、モンスターなのか人なのか、それとも事故なのか。
 気になることはいろいろあったが、ルキはあまり語るつもりはなさそうにすぐいつもの表情に戻した。

「ま、オレの話なんてつまんねえのばっかだし、寝るまでキミのこと聞かせてよ。」

「俺こそ記憶があまりないからつまらないと思うが。」

「そんなことないって! てかホントにアドラーのこと覚えてねえの? 向こうは知ってる風だったけど。」

「あんな風貌の男、一回見たら忘れないだろ。」

 忘れろと言う方が無理なくらいインパクトのあるアドラーを思い浮かべて、思わず打ち消すように首を振った。寝る前に思い浮かべたいものとは正反対のそれは、絶対に夢に出てきてほしくないとさえ思う。
 しかし改めて考えてみるとアドラーに関する記憶がないということは、俺がしていた仕事にアドラーが関わっていた可能性があるということで。あいつの部下だったとか、そういう嫌な可能性もありえるのではないだろうか。

「俺、ヒンメルと戦うとか言っておいて実はアドラーの部下でしたとか?」

「いやそれはねえな。アイツの部下だったならオレはキミを知っている。でもオレがキミを知ったのはあのビラが撒かれた日。だからアドラーの部下ってのはありえないよ。」

 アドラー以外の将の部下でもないと思うよキミ、と続けるルキはやけに自信があるように見える。
 何故そう言い切れるのか、ルキはヒンメル軍の何を知っているのか。俺の話よりよっぽどルキの話の方が有意義に過ごせる気がしてならない。
 とりあえずまだ寝るまで時間があるしじっくり聞いてみるか、と俺は自分の話からルキの話へと話題を変えた。

「ルキはなんでそんなことがわかるんだ? おまえがアドラーの部下だったとか?」

「ちょっと気持ち悪い想像させないよねー……。アイツの部下とか死んでもゴメンだわ。オレ昔ヒンメル軍の偉ーい人たちとヤりあったことあってさ、そんときにキミのこと見なかったから。」

「俺が末端の兵士だったから会わなかっただけ、とかは?」

「それこそねえな。末端の兵士だったらキミ追われてないでしょ。追われてたとしても見つけ次第殺されてるぜ。」

 確かにわざわざ処刑に拘る必要もないし、実際脱走者などは見つけ次第処分しているという噂があった。そしてルキの話によれば、軍でも地位が高かったならルキが俺を知っているはず。
 末端の兵士で重要機密を持ち逃げしたんだとしても、それこそアドラーと会った時に射殺などされていただろう。
 しかし俺がヒンメル軍ではないなら、アドラーと俺は何処で知り合いだったのか。酒場か、武器屋か、それともオレが作ったアクセサリーを買いに来る客か。
 いろいろ考えてみたがどれも想像しては絶対にないな、と言い切れるくらいにはしっくりこなかった。

「オレ、キミ自身よりキミのその双剣の方が気になるけどね。何処で手に入れたとか覚えてねえの?」

 ルキが俺の双剣をジッと見ながら首を傾げた。そんなに何か気になるような装飾がついているわけでもないし、一体何がそんなに気になるのか俺にはわからない。

「リーナに聞いたけど、ソレ石とか削っても刃は削れないらしいじゃん。一体何処で手に入れた?」

「さぁな。漂着したときから持っていたが、何処でいつ手に入れたかは覚えてない。でも持った感じしっくりくるし、技も出せるからずっと持っていたんだろうな。」

 俺がそう言うと、ルキは納得したのかしていないのか、何も言わずジッと双剣を見つめていた。腕の良い鍛冶屋ならこういうのも扱っていそうなものだが、そんなに珍しいのだろうか。
 別に見られて困るものではないし、気が済むまで見てくれて構わないが。

「ま、あんまり考えてもなー。そろそろ寝るか!」

 わりとすぐ満足したらしいルキは剣から目を離してベッドに寝転んだ。俺も寝るか、とベッドに倒れるように寝転がると、一瞬で意識が遠のいていった。
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