追われる身にもなってくれ!

文月つらら

文字の大きさ
32 / 74

脳は処理を停止する

しおりを挟む
 歩き始めて数時間、ようやくヒラソルであろう場所にたどり着いた。事前に聞いていた通り色とりどりの花畑が一面に広がっており、あまりの綺麗さに思わず息を飲む。
 リンドブルムのような緑豊かな土地ならともかく、カラッカラに乾いた大地しかないアゲートでどうやって存在しているのか不思議なくらいだ。何か特殊な土や肥料を使ったりしているのだろうか。
 腰の高さまである花はどれも風でユラユラと揺れており、水滴がついているのか太陽でキラキラと輝いても見える。

「すげーキレイだけど、場所が場所だけに異質で怖ぇな。」

「アゲートで十年くらい過ごしたけど、シンティアもこんな場所があるなんて知らなかったなぁ。お花も見たことがないものばっかり!」

「俺もこんな花は知らないな。見た目はラベンダーとかに似てるが、なんか違和感を感じるというか……。」

 気になって花に顔を近づけて観察してみると、甘ったるいバニラのような、どこか甘美的とも言える香りに少しクラクラした。
 これでハチミツを作っているわけだし危険な花というわけではないのだろうが、長時間嗅いでいたら自我を保てなくなりそうだ。
 それはルキも同じだったようで、手で顔を覆い天を仰いで声にならない声をあげている。

「大丈夫かルキ……?」

「ダメだわオレ……。何この香り凄い意識が持ってかれる……。今アドラーに会ったら即死する自信あるもん……。」

「フラグはやめろ!」

 アドラーなら来ちゃったとか言っていつの間にか後ろにいたりしてもおかしくはない。ここまで行くところ全てに現れているし、何より今俺の後ろに人の気配を感じる。
 これで後ろに立っている人物がアドラーなら俺死んだな、と思いながら俺はゆっくりと振り返った。

「え……。誰……? てか蜂……?」

 後ろにいたそれは大量の蜂の集合体だった。ざっと見て100匹以上はいるだろう。しかも敵意がありますとばかりに針をこちらに向けて威嚇している。
 アドラーではなかったがこれはこれでピンチだ。

「おいルキしっかりしろって! 後ろ! 蜂!」

「うーん……。ちょっと……、ムリ……。キミは……逃げ……。」

 それだけ言うとルキはついにしゃがみ込んだ。顔をあげているのも辛いのか、目を閉じて項垂れている。

「無理とか言ってる場合じゃないって! そうだ、ソフィアなら何か治療できそうな薬を……え?」

 急いでソフィアがいた方を見るが、ソフィアもグッタリと地面に座り込んでいた。それどころかそばにいたシンティアやリーナも同じで、みんな目を閉じて何かをブツブツと呟いている。
 前には座り込んだ仲間、後ろには大量の蜂。おまけに俺も意識が遠のいていきそうなのを必死に誤魔化している始末。この状態で戦えるとはとても思えない。
 それでも逃げ出すわけにもいかず、限界だとフラつく体から目を背けて武器を構えた。双剣より水魔法の方がいいかもしれないが、せっかくの綺麗な花を水で台無しにしたくはない。
 というのは建前でただ魔法を使うことだけの精神力が残っていないだけだ。

「くらえっ!」

 働かない頭と身体を必死に動かして俺は蜂へと攻撃を繰り出した。ただ斬るように上から下へと振りおろしたそれは数匹の蜂を刻んだが、少なく見ても100匹はいるだろう蜂の優勢さは全くもって変わらない。それどころか何匹かは群れから離れていつの間にかみんなを囲むようにして飛び回っている。
 なんとかこの危機を脱しなければと思う気持ちとは裏腹に、体はすでに腕を上げることも怠く長時間持ちそうになかった。

「駄目だ、目が霞む……。でも、みんなを、俺が、守らないと……!」

「はい頭下げてください死にますよ。それ!」

「え何危なっ!」

 突如聞こえてきた声に混乱しながらも急いで頭を下げると、頭上を何かが通り次の瞬間には目の前にいた大量の蜂が跡形もなく消えていた。しゃがんでいなかったら俺がこうなっていただろう。
 一体誰が何をしたんだと後ろを見ると、そこにはバズーカを下ろしてやりきった感を出しているガスマスクの男が立っていた。

「大丈夫でした? すっかり伝え忘れてたのでこうなってるだろうと思いまして。間に合ったようで何よりです。」

「えっと……? その声は、もしかしてマクシムか?」

 そう聞くとガスマスクの男は一瞬だけガスマスクを外してこちらに素顔を見せた。その顔はどう見てもマクシムであり、見知った仲間の存在に緊張を解く。

「ガスマスクをつけないとこちらの世界の人にはキツイんですよここの花。別に寝てしまうだけなので体に害はないんですけど。」

「いや出るときに言って欲しかったんだがそれ。でもまぁ助かったよ、その、バズーカ……。」

「拠点では使わないんですけどね。拠点外は壊してもいいかなって思っているのでよくぶっ放してます。」

 よくぶっ放していいものとは思えないが、どこか満足そうにしているマクシムに突っ込むことはできなかった。もしかしたら日頃のストレス発散がこれなのかもしれない。
 それにしても似合わない組み合わせだな、と思わずジッと見てしまう。ナイフを投げたり短剣で戦ったり、そういう繊細な動きをしますという見た目をしているのにバズーカ。
 人は見かけによらない趣向があるものかもしれないが、ここまでかけ離れていると少し脳が混乱する。

「まぁおそらく今の蜂が討伐対象だと思うので、一度帰りましょうか。依頼人も今日はこちらの世界に来ないみたいですし。」

 そう言うとマクシムは胸ポケットから石を取り出して手を翳した。一瞬強い光に包まれたかと思うと体が空に向かって飛び出し、すぐさま見慣れたリベラシオンのレストラン内に移動していた。
 リーナたちは、と周りを見ると移動の衝撃で目が覚めたのか眠そうにしながらも立ち上がって不思議そうな顔をしている。花畑にいたと思ったらレストランにいたのだから何が起きたのかわかっていないのだろう。

「私たち、あれ、花畑で……。」

「香りにやられて寝ちゃってたんだよおまえら。そんでまぁ、いろいろあって……。マクシムが助けてくれて依頼の蜂も倒して石で帰ってきた。」

「あー、よくわからねーけどなんかまだ頭がボーッとするわオレ……。」

「今説明してもダメでしょうし、今日はこのまま休んで明日朝説明しますよ。ほらお礼のハチミツもこんなに届きましたし! 明日の朝食はハチミツたっぷりのパンケーキとハチミツ入りのホットミルクに……!」

 興奮しながらマクシムはハチミツが入った瓶を眺めている。その後ろに次々と積み重なっていくカゴの中身は全部ハチミツなのだろうか。
 どんどん積み重なっていくな、と見ていたがそれは誰かが積み重ねているわけではなく、何もない空間から急に現れて積み重なっていた。普通に考えてありえないその光景に俺の思考は停止しそうだ。

「お姉さん幻覚が見えるわ~……。」

「シンティアも……。今日はもう休む……。」

 脳の処理能力を完全に超えたそれにみんながレストランから退出しようとしたとき、マクシムが何もない宙に向かって話し出した。

「へぇ、品種改良したんですか! なるほど、この箱が従来のものでこっちが新しく作ってみた物……!」

 俺はもう本当にダメだと思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

現実世界にダンジョンが出現したのでフライングして最強に!

おとうふ
ファンタジー
2026年、突如として世界中にダンジョンが出現した。 ダンジョン内は無尽蔵にモンスターが湧き出し、それを倒すことでレベルが上がり、ステータスが上昇するという不思議空間だった。 過去の些細な事件のトラウマを克服できないまま、不登校の引きこもりになっていた中学2年生の橘冬夜は、好奇心から自宅近くに出現したダンジョンに真っ先に足を踏み入れた。 ダンジョンとは何なのか。なぜ出現したのか。その先に何があるのか。 世界が大混乱に陥る中、何もわからないままに、冬夜はこっそりとダンジョン探索にのめり込んでいく。 やがて来る厄災の日、そんな冬夜の好奇心が多くの人の命を救うことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。 至らぬところも多いと思いますが、よろしくお願いします!

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

Gランク冒険者のレベル無双〜好き勝手に生きていたら各方面から敵認定されました〜

2nd kanta
ファンタジー
 愛する可愛い奥様達の為、俺は理不尽と戦います。  人違いで刺された俺は死ぬ間際に、得体の知れない何者かに異世界に飛ばされた。 そこは、テンプレの勇者召喚の場だった。 しかし召喚された俺の腹にはドスが刺さったままだった。

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

処理中です...