私のわがままな異世界転移

とみQ

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ネストの村編 第1章 変わる日常

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  美奈の声がした方へと駆けつける私と工藤。
  周りには針葉樹が針山のように茂っている。そのどれもが葉や花を擁していないため寂寞とした雰囲気であった。
  足元には木々から枯れ落ちたのか、夥しい量の葉が鬱蒼と敷き詰められており、まるで天然の絨毯のようだ。
  そのお陰で走っても靴下のままの足に負担は少ない。そして周りに視線を向けるだけの冷静さも保つことが出来た。
  カサカサと踏みしめる度に鳴る枝葉の音。
  普段であればそんな些細な事ですら風流であるとか穏やかな昼下がりであるとか。幸せを噛みしめるような温かな陽だまりのような心持ちになれたのかもしれない。
  だが今はどうだ。
  先程耳に届いた悲鳴に、心は灰色に塗り潰されてしまっている。
  心中穏やかとは程遠い感情がぐっしょりと私の胸を埋め尽くしていた。
  しばらく行くと視界が開け、若干見通しの良い場所に出た。
  目の前数メートルの所にようやく見つけた。
  美奈と椎名だ。
  だがあまり喜べた状況ではない。
  二人の前には見たことのない生き物が立ち塞がっていたのだ。

「な!?  ……何なのだ?  あれは?」

  群青色をした虎のような生き物が一匹。
  低い唸り声を利かせて二人ににじり寄っていく。
  今にも襲い掛からんとする勢いであった。

「くそがっ!  椎名たちから離れろってんだっ!」

  考えるよりも先に体が動く工藤。
  手近に落ちていた拳くらいの大きさの石を拾ってその生き物に投げつけた。

「グァンッ!」 

  見事に命中だ。
  その生き物はがなり声を上げて仰け反った。
  運動部に所属していただけあっていい肩をしている。
  一瞬怯んだ様子を見せたそれはこちらを振り向いた。
  少し距離があってはっきりとは見えないがそれでもあの生き物が異形なものだという事ははっきりと分かる。
  こちらを見ているその瞳は紅く、淡い光を放っている。
  獰猛な口から覗く恐ろしいまでに尖った牙。滴る涎。
  低く唸りながらしばらくこちらへと威嚇の様相を見せていたそれは、しばらく睨みつけたかと思うと身を翻し森の中へと消えていった。
  生き物のことも気にはなったが、今は何よりも二人の安否が先決だ。
  工藤と共に美奈と椎名、二人の元へと駆け寄った。

「大丈夫か!?  椎名!?」

「私は大丈夫だけど……美奈が」

  椎名の言葉に目を向けるとうずくまる美奈の二の腕からは血が滴っていた。それにその周りがどす黒くなってしまっている。
  明らかに普通の傷ではない。

「だ……大丈夫だよ?  平気」

  そう言う美奈であったがそれがやせ我慢ということは明白であった。
  彼女は顔面蒼白で額からは大粒の汗が。明らかに辛そうである。

「美奈……立てるか?」

「隼人くん……だい……じょう……ぶだから」

  そのまま倒れてしまいそうになる。

「おい美奈っ!  しっかりしろっ!」

  慌てて美奈の体を支えるが、最早荒い息を吐きながら意識を失ってしまっていた。こんなことが。嘘だ。
  彼女を抱く腕が震える。

「ま……まじかよ。早くどっか安全な所へ連れて行かねえと」

  工藤も狼狽(うろた)え声には強い焦りの色が滲んでいた。

「美奈!  なんてことっ……私のせいで……。私を庇ったりするから……バカなのよ!  私なんかのために!」

  後悔の色を滲ませる椎名に、私も頭の中が真っ白になりそうになる。
  だがそれでは駄目だ。
  そんなことでは状況は悪くなるばかりなのだ。
  私は自分を精一杯鼓舞する。

「椎名、あの生き物は一体なんなのだ?」

  美奈を抱えながら現状を把握すべく尋ねた。
  皆で混乱していても何の解決にもならないのだ。
  こんな時こそ誰かが冷静になり、考えなければならない。
  椎名はちらと私を見、俯く。自分を物凄く責めているのだ。

「……分からない。狼みたいだったけど、目が赤くて3つあった。正直あんな生き物見たことない。牙もすごくて、私の方に唸りながら近づいてきて。……私、足がすくんじゃって。……跳びかかってきた所を美奈に突き飛ばされて……、代わりに美奈が怪我しちゃったの……。ううっ……ごめん美奈。私……て、何?  ……なんだか……体が……熱いっ!」

  すると今度は話をしていた椎名がいきなり苦しみ出した。

「――う……くっ……」

「椎名っ!?」

  椎名までもが苦しそうにうずくまり、両腕で体を包み込む。
  もう勘弁してくれ。思わず呆けたように立ちすくんでしまう。
  一体何だというのだ。次から次に。
  冷静でいようとはするが頭が状況に全くついていかないのだ。
  思わず仰いだ空は、思いの外澄みきってはいても、胸中は全く穏やかではいられなかった。
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