私のわがままな異世界転移

とみQ

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第1章 人と魔族と精霊と

幕間 ~止まらない涙~

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「……はあ」

  今日何度目かのため息が、自然と美奈の口から溢れた。
  ピスタの街の夜は思っていたよりもずっと静かだった。
  ネストの村に比べれば建ち並ぶ家も人々も、段違いに多いはず。
  なのに外から洩れ聞こえてくる喧騒などは一切無く、この静けさが美奈の心を一層後ろ向きにさせる。 
  だがそれも無理もない。
  昼間魔族の襲撃があったのだ。
  人々の心は強く疲弊して、夜も眠れないほどに恐怖しているのだろう。
  魔族の攻撃を何とか防ぎきったとはいえ、その攻撃性は人々の心に強く楔を打ち込んだに違いない。
  現在美菜達は街の宿に部屋を借り、そこに籠っていた。
  隼人、椎名、アリーシャの三人をベッドに寝かせ、美奈は一人椅子にもたれ掛かって皆の目覚めを待っている。
  木目の床を見つめながら、心細さと自身の不甲斐なさに今にも泣き出してしまいそうな心持ちになる。
  魔族の襲撃の後、無事だった美奈は皆を介抱するため一人動き回った。
  美奈からしたら戦いの最中殆ど何も出来なかったのだ。
  これくらいはしないと自分の気が一向に収まらなかった。
  自分がもう少し戦いの役に立てていればこんな結果にはならなかったのではないだろうか。
  こんなに皆ボロボロになって、気を失うまで戦って。
  それを見ている事しか出来なかった自分が情けなくて仕方ないのだ。
  幸い街の危機を救った救世主として周りからは大いに感謝された。
  ヒストリアの姫であるアリーシャがいた事もあり、手放しで喜んでくれた。
  街の所々、破損は目立つものの、犠牲者が思いの外少なかったことも街が立ち直るための障害を最小限に抑えたと言っていいだろう。
   今は多少皆、悲観的になってしまっているとしても、街が立ち直るのにそう時間は掛からないだろうと思いたい。
  結果としては近くの宿の一室を無料で貸し出して貰う事も出来た。
  倒れた三人を移す時にも街の人達は手を貸してもくれた。
  だがそんな人々の優しさに触れても、美奈の気持ちは一向に晴れはしなかった。
  一旦三人をベッドに寝かせ、街の治療師に回復魔法を掛けてもらい、後はしばらく安静にしていれば目を覚ますだろうと言われた。
  そこで美奈も三人の事については一旦安心することは出来た。
  だが、それでもまだ美奈には大きな憂いがあった。
  工藤とフィリアの安否の確認である。
  工藤は椎名の話からも恐らく魔族に連れ去られた可能性が高い。
  だがフィリアは街の外でまだ待っている。
  一人で街の外に置き去りにされて、心細い思いをしているに違いない。
  美奈は危険を顧みずフィリアの元へ急いだ。
  別れの間際に一時間程で戻ると約束したにも関わらず、腰に提げた懐中時計を見て愕然とした。
  あれから既に三時間が経過してしまっていたのだ。
  街の外に馬車が来ているという話もなく、フィリア今も一人木陰で隠れて自分達を待っているのだろうと思った。それはどれ程心細く、辛いことか。
  だが実際は美奈の予想の斜め上を行く結果となる。  
  そして美奈はそこでも大きく心を揺さぶられる事になる。
  直接の原因が何なのかは分からない。だがフィリアの元へと戻るとそこはもぬけの殻だったのだ。
  馬車だけが残っていて、フィリアとインソムニアで手に入れたと言っていた魔石までもが無くなっていたのだ。
  その事実に美奈は再び目眩がしそうになった。
  だがそれでも気持ちを奮い起たせ、馬車を街へ運んだ後、聞き込みを始めた。
  今の彼女に俯いている暇などないのだ。
  万が一にでも街に来ている可能性を信じたかった。  
  何食わぬ顔で難が去った街に来ているのではないかと思いたかった。
  だがそんな事があるはずもなく。
  誰一人として工藤とフィリアを目撃したという情報はなく、美奈の失望に追い打ちをかけることとなる。
  ――――そのまま必死の聞き込みを続けるも、何も得るものはなく、夜が訪れた。
  街中とはいえこれ以上単独で動き回るのも得策ではない。
  美奈はとぼとぼと宿へと戻り、今に至るというわけだ。

「――――はあ……」
 
  ため息をついたからといってどうなるわけでもないのだが、今の状況を鑑みてしまうと、ため息をつかずにはいられなくなってしまう。
  更に今日は自分の無力さを嫌という程痛感させられたのだ。
  本音を言ってしまえばもう逃げ出してしまいたい。
  出来る事なら今すぐ元の世界に戻りたい。
  自分の楽観さに気づかされて、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
  本当に悔しくて、悔しくて。
  だけど逃げる勇気すらないのだ。
  全てを投げ出してここからいなくなってしまう事も出来ない。
  一人では何も出来ないから。
  それと同時に、ここにいる皆が今の自分の存在意義でもあるのだから。
  分かっている。本当は逃げたくなんて無い。
  ただ、皆を守れるだけの力が欲しいのだ。
  皆が傷つかないで済むだけの力が、守られなくても済む力が。
  言うのは簡単だがそのためにどうすればいいのか全く分からない。
  美奈は完全に八方塞がりだった。

「――はあ……」

  再びため息が漏れる。
  本当に自分で自分が情けない。
  駄目だ。一人の時間が続くと、どうしてもどんどん後ろ向きな考え方になっていってしまう。
  早く誰か目覚めてはくれないだろうか。
  そう思いながら伏せていた顔を上げ、今度はこちらも木目の天井を見つめながら、美奈はまた重苦しいため息を吐くのだ。
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