一人では戦えない勇者

高橋

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1章

42話 異世界一豪華な葬儀

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 おっちゃんの復讐相手の遺体は火葬した。
 二頭のスレイプニルにおっちゃんの遺体を吊るして地上へ戻ったら、すっかり日が落ちていた。
 夕方降っていた雪は雨に代わり、ぬかるんだ地面で革靴が泥だらけになっている。
 ダンジョン脇の小屋で、帰還報告とおっちゃんのを含む回収したギルド証を提出。回収した経緯と、遺体をどうしたかを正直に報告して小屋を出る。
 受け付けに背を向けた時、万年平兵士がロジーネさんに「面白い小僧だったよ」と言っていた。

 小屋を出て、城壁を潜り、平民街にある教会へ向かった。おっちゃんを正式な作法で弔ってもらうためだ。あと、お墓もちゃんと作りたい。
 ところが、神官に葬儀をお願いして、おっちゃんの遺体を神官が確認したら、「獣人の葬儀は扱っていない」と追い払われた。
 仮面を被った僕が胡散臭いからか?
 と思ったら、ロジーネさんが苦笑いしながら「この国では、獣人の扱いはこんなもんですよ」と言った。
 獣人を下に見る空気があるのは知っていたから、理解はできる。けど、納得はできない。
 やるせない気持ちで、振り返って教会を見上げる。
 この世界には、神様が本当にいるらしい。
 けど、人類を平等に救ってくれないのは、元の世界の神様と同じだ。
 救ってくれないのなら、いてもいなくてもどちらでもいい。
 むしろ、いないとわかってる方が、救ってくれる存在がいないってわかってる方が、救われるかもしれない。
 諦めてしまえば、自分の足で立ち上がるしかなくなるから。
 神様を頼るより、人間を頼った方がいいんだけど、この教会の人間はダメっぽいな。
 けど、この教会の宗教が、どういった教義なのかは知っておいた方がいいと思った。
 国政と宗教はなかなか切り離せない。その片割れの国政から遠ざかりたい身としては、敵になるかもしれない相手のことを知っておきたい。
 後日、訪ねてみよう。
 そう決めて歩き出す。



 ロジーネさんの案内で、ダンジョン入り口の裏手に来た。
 人通りもなく、日がすっかり落ちて辺りは真っ暗だけど、僕とロジーネさん以外の全員が〈光魔法〉の使い手なので、僕らの周囲だけ昼並みに明るい。

「ここは……冒険者のお墓?」

 辺り一面、石を積み上げてあったり、墓石と思しき木片やら、錆びた剣が地面に突き刺さっている。

「はい。まさか、勇者様が父の葬儀をしようとしてるなんて思いませんでしたから、教会まで無駄足を踏ませてしまいました」

 ロジーネさんが丁寧に腰を折る。上着のゆるゆるの首もとから、胸の谷間ががっつり見える。着痩せするタイプか。結構凄い。
 上体を起こしたロジーネさんと目が合う。気まずい。不自然に目を逸らしてしまった。
 ユリアーナが脇腹をつねる。うん。僕だって弁えてるよ。でも、あんな素敵な景色は見ちゃうでしょ? 僕は悪くないよ。
 てか、この世界には下着がないの? 雨で上着が張り付いて肌が透けてるよ。ユリアーナより立派な胸の形がはっきりわかっちゃうよ。胸の先端のポッチが、ああ、ごめんなさい正妻様。〈威圧〉はやめて。

「こちらの世界の弔いは知らないんだけど、なにか作法はあるの?」
「んー。作法というより、アンデッドにならないようにする処理? 基本は火葬。時間がなければ首を落とすだけ」

 ユリアーナの言葉に、文化の違いというか、死生観の違いを感じる。どうやら、こちらの世界の"弔う"は、"アンデッドにならないようにする"という意味らしい。

「あとは、高位の神官による〈浄化〉かしら。王公貴族は、遺体が綺麗なまま土葬できるから、こちらを選ぶわね」

 遺灰や、首が切り離された遺体を埋めるより、五体揃った遺体を埋める方が好まれるようだ。

「なら、それで頼む」

 僕が言うと、「え?」っとなったロジーネさんを置いて、皆がそれぞれ作業に入る。
 マーヤが展開したドーム状の結界で、雨が遮られる。
 ユリアーナが地面を足先でトンとすると、ぬかるんだ地面が乾く。
 僕は、御影さんと縁に手伝ってもらい、二頭のスレイプニルに吊るされたおっちゃんの遺体をゆっくり丁寧に下ろし、包んでいたシーツを剥がす。
 土気色の肌は生気を感じないが、薄く笑った穏やかな表情で、ただ眠っているだけのようにも見える。
 空いてるスペースに、〈土魔法〉で墓穴を掘っていた由香と由希が戻る。

「〈浄化〉を……」

 見渡して唖然とした。
 ロジーネさん以外、全員の第一クラスが【聖帝】で、第二クラスが【聖王】。第三クラスが【聖女】になってる。しかも、全員カンスト。
 世界一豪華な葬儀になってしまった。
 大国の王でも、こんなキャスティングは無理だよ。
 六人がかりの過剰な〈浄化〉で、墓地ごと清廉な空気に書き替えられる。
 ロジーネさんは、急な周囲の空気の変化に目を白黒させている。
 再び遺体をシーツに包み、二頭のスレイプニルに吊るされ、墓穴にゆっくり下ろされる。ザビーネは休んでていいんだよ。地上まで運んだの、お前とスルメだろ? スルメとスルは交代したけど、お前はいいの?
 一度手を合わせてから、遺体に土をかけて埋める。手で土をかける僕の横で、正妻様は優雅に〈土魔法〉で埋めていた。なんだろう……こう……釈然としない。

「兄さん。墓石はどうしますか?」
「洋風の、横長のヤツがいいんじゃないかな?」

 和風の縦長でもいいけど、あれは日本でも人気がなくなってるからな。まあ、地震が多い国で、あの倒れやすい形が、今まで受け入れられていたのが不思議なんだけど。

「なんて刻みますか?」
「んー……」
「あの、勇者様? 父のために良くしていただいて、非常にありがたいのですが、その、なぜ、そこまでしてくださるのですか?」

 墓に刻む言葉を考えていたら、ロジーネさんに聞かれた。

「そうだな。おっちゃん、ルーペルトさんとは、一日ちょっとくらいの短い付き合いだったけど、色々教わったよ。冒険者の心得から探索の仕方、戦闘、野営。あと、オススメの娼館とか、って蹴っちゃダメだよ!」

 冗談を織り混ぜたつもりが、隣の正妻様が埋めた辺りを蹴ろうとする。罰当たりだよ。羽交い締めにして止めた。

「冗談はさておき」
「冗談の感じじゃなかったけどね」

 うん。冗談じゃなく、本当に教わったからね。

「……さておき、世話になった時間は短かったけど、話していて楽しかったし、勉強になった」

 冗談の部分はサラッと流して、先を続ける。

「そうだな……父親とろくに関わらずに育った俺にとって、父親のような存在なのかな?」

 もし、父親の望む顔で産まれたら、あんな風に笑い合っていたのかな?
 ……いや、それはないか。あの親と仲良く話す状況は想像できない。
 ああ、そうか。僕は、おっちゃんに父性を求めていたのか。

「そうか。父親を求めていたのか」

 独り言のように呟いた僕の頭を、ユリアーナがなにも言わずに撫でる。やめてよ。泣いちゃうよ。……撫でられるのって、結構心地いいな。
 後ろ髪引かれながら、ユリアーナの手を軽く払う。

「墓石には、"勇者の父"って彫っておいて。ああ、本物の娘さんとしては嫌かな?」

 すぐ横に実娘がいるんだった。娘を差し置いて息子を名乗るのは、ちょっと失礼だったな。

「いえ。構いません。勇者様に父と呼ばれて、喜ぶと思います。私も弟か妹が欲しかったですし」

 最後の一言は冗談っぽく言う。

「弟なら、"勇者様"はやめてほしいな」

 こちらも冗談のつもりで返したら、「弟……有りかも」と呟いていた。
 縁作の墓石を、二頭のスレイプニルに吊るす。今度はザビーネとブライアン。またザビーネ? スレイプニルの労働環境について、ユリアーナと話し合いたい。まあ、さすが神獣とでもいうべきか、ザビーネに疲れは見えないけど。
 墓石を設置して、もう一度全員で手を合わせる。いやいや、トドメのような〈浄化〉はいいよ。教会よりも神聖な空間になってんじゃん。

「それじゃあ、ギルドへの報告とかは明日にして、引き上げましょう」

 ユリアーナの提案に、皆が頷く。

「ああ、ちょっと一人になりたいから、先に戻ってて」

 理由は聞かれなかった。けど、マーヤが心配そうになにか言おうとするので、手で制す。

「大丈夫。そのためのこいつらだろ?」

 左右に控えるフレキとゲリを、ワシャワシャっと撫でると、松風が背中に角をクシクシ擦り付ける。正面には、ウカがモフモフ尻尾を振りながら、期待に満ちた目で見上げている。松風とウカは「撫でろ」と? しょうがないなぁ。二頭をワシャワシャ撫でる。今度は、フレキとゲリが撫でろアピール。しょうがないなぁ、って、これエンドレス。
 立ち去るみんなを見送りながら、撫で撫でをもう三巡してお仕舞いにする。
 由香から貰ったワインの小樽を、ポケットから出す。栓を開けて中身を墓石にかけた。
 結界で雨を防いでいたマーヤとの距離が離れたせいか、急に雨に濡れる。ワインも洗い流され、土に染み込む。
 さっきから降り続けてるけど、急などしゃ降りに会った気分だ。
 仮面を外してポケットに仕舞う。

「これだけ濡れたら……」

 泣いていてもバレないよね。
 なら、思いっきり泣いてしまおう。
 声を出して泣いたのは、いつ以来だろう。
 昔読んだ本で、「人のために泣けるのは、優しいからだ」という台詞があった。
 それだと、僕は、自分のためにしか泣いたことがないから、優しくないんだろう。
 自分のためにしか泣いたことがない僕が、初めて人のために泣いている。まあ、死者を思って泣くのは、自分のためらしいけど。
 それでも、初めて誰かを思って涙が出た。
 これは喜ぶべきこと?
 こんなに悲しいのに?
 自分の優しさを知るために、こんなにも悲しい思いをしなければいけないなら、僕は優しくなくていいよ。
 こんな優しさなら、要らない。

 しばらく泣き続けていたら、お腹が鳴る。こんな時でもお腹は減る。
 なんだか少し笑えた。

「帰るか」

 無論、日本ではない。ユリアーナたちがいる場所へ、だ。
 踵を返し、最後に。

「ありがとう。おっちゃ……父さん」

 と、呟いて歩き出す。
 見上げると、空は雲って星空は見えないけど、いつの間にか雨は止んでいた。
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