一人では戦えない勇者

高橋

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間章3

矢萩弓弦9

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 朝になるのを待って、バインリヒ伯爵領の伯都に入る。

 国内であれば、王都で登録した冒険者証が身分証に使えるので、入都税は免除になった。
 しかし、それは僕だけ。
 レオノーレさんの破れたドレスは、僕のローブで隠せたので怪しまれなかったが、身分証を出すわけにはいかない彼女は、入都税を払わなければいけなくて、手持ちがない貴族令嬢のために僕が払うことになった。
 その際、門衛に彼女との関係を聞かれ、上手い言い訳を考えていなかった僕の代わりに、レオノーレさんが。

「恋人です。身分違いゆえ、駆け落ちしている途中なんです」

 と、答えてしまい、否定して疑われるわけにもいかず、腕を組んでちょっと物足りない胸を押し付ける彼女を黙認するしかなくなった。

「なんで恋人なんですか? 姉弟とかでも通じたんじゃないですか?」

 庶民とは縁遠い、新品の服を売ってる店で、ドレスの代わりの旅装を揃えて、昼食がてら入った酒場で聞いてみた。

「その前に、服を着替えたレディに言うべきことがあるのではありませんか?」

 え? 言ったよ。言ったよね? 服屋で試着した時に言ったよね?
 えー、服屋で着替えて、店を出た時にも言うべきなの?

「似合ってますよ。年下に見えるくらい可愛いです」

 嘘です。
 ちょっと儲かってる冒険者っぽいです。
 年相応に見えます。
 二十一歳のお姉さんに見えます。

「そっかぁ。可愛いかぁ」

 チョロいな。
 すっごいテレてるけど、お世辞だってわかってる?
 まあ、確かに? テレ顔は年齢を感じさせない可愛いさがあるけど?

「ふへへぇ」

 訂正。
 緩みきってて、なんかムカつく。

 店員を呼んで注文したいけど、全然気づいてくれない。通りすぎたウェイトレスの手を掴んだら悲鳴をあげられそうだから、僕の代わりに注文してほしい。

「一応、言っておきますけど、周りは僕を認識できない人ばかりだから、レオノーレさんは、さっきから一人でニヤニヤしてる危ない人、って見られてますよ」

 レオノーレさんは、僕の言葉に、はたと気づいて周囲を窺う。
 昼時の込み合う酒場で、美人のレオノーレさんは人目を引くけど、注目されるほどの挙動不審ではないようだ。

「とりあえず、僕の分も注文してください」

 貴族の金銭感覚では安いのか、彼女が注文した二人分の食事とワインは、庶民相手の酒場なのに小銀貨七枚が飛んでいった。
 日本円だと、七万円くらい?
 王都で結構稼いだけど、服代も合わせてなかなか痛い出費だよ。



 午後もいろいろ買わされた。買わされたし歩かされた。
 出費も痛いけど、今は荷物持ちで足腰が痛い。いや、これは精神的な疲労か? 毎回誉めなきゃいけないし、両手に荷物を持ってるのにエスコートしなくちゃいけないし……ほんと、疲れる。

 僕としては、ベンケン王国をさっさと出たいのだけど、レオノーレさんがそれを許してくれない。
 彼女が強引に引っ張るので、伯都のそこそこ高い宿に泊まることになった。

 理由は教えてくれない。
 僕に、なにかをやらせようとしてるのだろう、と予想しているけど、こちらからは聞かない。
 きっと厄介事だろうから。



 宿の一室。

 宿の女将さんが僕に気づいてくれなかったので、泊まる部屋をレオノーレさんが二人部屋にしてしまった。

 ベッドに腰かけて、真っ黒な皮鎧を脱ぐ。
 僕の体に合わせて作られた一点物だから、締め付けるような窮屈さはないのだけど、脱ぐとスッキリする。

「あの……私の気のせいだといいんだけど……」

 振り向くと、レオノーレさんの肌色面積が増えていた。
 僕の気のせいだといいんだけど、それ、下着だよね?
 こっちの世界の下着は、貴族であっても、下はカボチャパンツのようなもっさいヤツで、上はサラシを幅広にしたような布を巻くだけだ。
 なので、色気を感じない。

 むしろ、粗末な貫頭衣だけで、下着を着けていない奴隷の方が、色っぽく見える。
 町を歩いてると時々見えちゃって、困るんだよな。
 オカズとしては、困らないしありがたいのだけど、王都では、自家発電中にロジーネさんが窓からひょっこりやって来そうで、我慢していたんだ。

 あ、そうか。ロジーネさんはいないんだから今夜は、って、レオノーレさんがいた。
 娼館に……いや、娼婦のお姉さんに認識されないかもしれない。ああ、でも、興味はある。認識されないのを承知で、一度行ってみるのも有りか。

「これ……竜の皮、ですか?」
「ええ。黒竜の皮だそうですよ」

 レオノーレさんは、下着姿で頭を抱えている。
 昨日から身に付けてるんだから気づいてるもんだと思ってたし、見慣れてほしい。
 鎧をマジックバッグに入れて床に置く。

「それでは、おやすみなさい」

 布団を被ってベッドに横になる。

「え? 寝るんですか?」
「寝るんですよ。眠いですから」
「こんな美人のお姉さんが、こんな薄着で同じ部屋にいるんですよ? 思春期の男の子として、それはどうかと思うんですけど」
「僕の世界の下着はもっと色気のある物なので、レオノーレさんの下着は、もっさく見えてしまうんですよ。ですから、思春期の男の子としては、いっそ、裸の方が色気があるように思うんですけど」

 眠気と疲労により、ちょっとイラついていたので、ぶっちゃけてしまった。まあ、だからといって、本当に裸になるとは思えなかったから言ったわけで、目を閉じたまま衣擦れの音を聴いてしまうと、「まさか」と目を開けそうになる。

 おっと、危ない。
 騙されないぞ。
 脱いだ、と見せかけて目を開けたらちゃんと着ていて、イタズラ小僧のような笑顔で見下ろしてるんだろ?

「ふむ。目を開けませんか」

 ほらね。
 そうそう騙されたりしないよ。

「では、これでどうでしょうか」

 レオノーレさんが布団を捲り、僕の横に滑り込む。
 いやいや。僕になにか頼みたいことがあるとしても、体を張りすぎじゃない?
 僕だって男の子なんだから、隣に美女が無防備に寝ていたら、紳士でいられな……い……ん? なんか、手に当たる感触が……。

「お望み通り、裸ですよ」

 ……マジかぁ。
 しかし、ここで目を開けるのは負けを認めるようで嫌だ。

 歯を食いしばり、瞼にギュっと力を込める。
 まあ、そもそも勝負じゃないけどね。
 あ、待って、僕の左手を股に挟まないで。
 このまま目を瞑っていたらダメだ。視覚情報がない分、いろいろ想像してしまう。

 意を決して目を開ける。
 横目で隣を見る。
 よし。布団を被ってて頭頂部だけ出てる。
 いや、ダメだ。直接見たい衝動に駆られる。
 視線を天井に戻す。

「そ、それで? 僕になにをさせたいんですか?」

 僕からは聞かないつもりでいたけど、間を持たせるために持ち出してしまった。

「子作り?」
「真面目にお願いします」

 興味はあるよ。

「貴方に依頼があります」
「でしょうね」
「私の復讐を手伝ってほしいです」
「お姫様の?」

 視界の隅で首肯が見える。

 お姫様の暗殺に関わっていたと思われる権力者は三人。
 ここの領主であるバインリヒ伯爵、隣国の王であるハンクシュタイン王、そして、お姫様の父親であるアレンス王。
 この三人の暗殺は難し……くはないか。僕、ベンケン王国の王城で、誰にも咎められることなく王の私室に入れたんだよね。
 けど、復讐対象がこの三人の他にもいるんなら手伝えない。というか、手伝うのではなく、僕が代わりに暗殺する方が楽だったりする。
 あとは、僕がちゃんと殺せるか、って問題がある。
 盗賊を一人殺して胃を空っぽにしたばかりだ。また吐いてしまうのかな。

「おわかりと思いますが、相手は三人共、権力者です。私の我儘に貴方を巻き込むのですから、相応の対価を支払います」
「ご実家は伯爵家でしたっけ?」

 王の暗殺の対価っていくらくらいが妥当なの? 伯爵に払える?

「実家は、姫様をお守りできなかった私を勘当するでしょう」

 ということは? なんか期待と不安が入り交じる。

「そんな、鼻を膨らませて期待しないでください」

 入り交じってたけど、期待の分量が多かったみたい。鼻から溢れてしまった。
 鼻を一撫でして続きを促す。

「ユヅル君の期待通り、私を対価として差し上げます」

 それは……奴隷的な?

「復讐を果たせたら、私の残りの人生を全て差し上げます」

 んー、なんだろう。嬉しくない。なんでだろう?
 ああ、そうか。ひょっとして。

「生きる意味を見失ってますか?」
「生きる意味、ですか。……そう、ですね。見失ってるかもしれません。私にとって姫様は、守るべき主で親友で憧れでしたから。そうですね。今更ですけど、姫様の存在が私の生きる意味、だったのかもしれません」

 真面目な話を始めようとしてる所だろうけど、先に、股に挟んだままの僕の左手を解放してほしい。

「才能と努力が認められ、姫様と同い年である八歳の貴族令嬢の中から姫様の従者に選ばれた時、私はあくまで仕事として姫様にお仕えするつもりでした」

 ああ、始まっちゃった。左手を……いや、真面目に聞こう。

「王族は、十歳でどのようなクラスに変更できるのか調べるんですけど、姫様には【支援魔術士】の才能しかありませんでした。あの日から姫様の人生は大きく変わりました」

 平賀先輩を知ってる僕からしたら「やったじゃん」と言えるけど、この世界の人にとっては【支援魔術士】の才能しかないというのは、未来がないのと同じらしい。

「それでも、姫様は腐らず努力し続けました。そのお姿は美しかった。努力がすぐに実ってしまう私にとって、諦めず努力し続ける姿は、それだけで崇高なものに見えました」

 シレっと自慢を入れたな。
 てか、貴女の掌からすると、すぐに実ったとは思えないし、今も努力し続けているように見えるよ。

「十八になる頃には、スキルこそ取得できませんでしたが、姫様の剣術は騎士団の者と比べても遜色ないくらいの腕前になりました」

 僕は大した努力もせずに〈弓術〉をカンストさせたから、お姫様に申し訳ない気持ちになる。

「その翌年。今から二年前、アレンス王国に流行り病が蔓延し、王族にも犠牲者が出ました」

 王妃を始め、現国王の子供は、第三王女であるお姫様以外は全員死亡。
 皮肉にも、お姫様は離宮になかば幽閉状態だったので、流行り病の影響を受けなかったそうだ。
 病の終息後、次期国王候補を王家の傍流から国王の養子へ引っ張り、立太子して国内の混乱を治めた頃、それは起きた。

「いえ、あれ以前からおかしかったのかもしれません。陛下がいつからああなったのか、王都から離れた離宮に隔離されていた私たちにはわかりません」

 唐突に国の要職に就く貴族を解任したり、なんの罪もない平民を投獄したり、かと思ったら、投獄した平民を空いた要職に就けたりしたらしい。
 他にも意味のわからない勅命をいくつも出したが、その行動の意味は誰にもわからなかった。
 そのいくつかを聞いて、壊されたパズルを作り直して、それをさらに壊して、いつか元の完成形を思い出せなくなるのを待っているような、そんな印象を僕は感じた。

「その陛下からベンケン行きを命じられ、少し戸惑いましたが、姫様は、今のアレンス王国からは距離を置くべきだろうと思ったそうです。しかし、こんなことになるのなら……いえ、勅命を断れるような立場ではありませんね」

 まあ、断ったら断ったで、アレンス王国とハンクシュタイン王国の関係が悪くなるだろうしね。

「ともかく、私には姫様と一緒にいる時間が全てでした。それを奪ったのです。相応の報いを受けてもらいます」

 ため息が出た。
 要するに、百合カップルの片割れが殺されたので、復讐を手伝ってほしいです。報酬は、好きでもない男に一生尽くす。
 ため息しか出ない。

 僕としては、普通に恋愛して普通に結婚したい。
 こうして裸で男と同衾するのも苦痛だろうに、一生を僕に尽くすなんて、地獄でしょ。

「一応言っておきますけど、私、姫様のことは好きですし尊敬してますけど、恋愛対象は男性ですよ」
「え?」

 思わず顔を左に向けたら、レオノーレさんの顔がズイっと近づく。

「歳上には碌なのがいなかったので、これからは歳下を狙っていこうと思います」

 近いよ。息がかかってるよ。
 なんでそんないい匂いなの?
 女性だから?
 そういえば、相性のいい異性の体臭は、いい匂いに感じるって聞いたことがある。
 レオノーレさんと僕は、相性がいいのか?
 運命の人なの?

「ふむ。媚薬効果のある香水が効きませんか」

 違った。
 平賀先輩に貰った〈毒無効〉が付与された指輪のお陰で、媚薬効果が打ち消されて、いい匂いがするだけの香水になっただけだった。
 ちょっと運命の人かもとか思った自分が恥ずかしい。

「襲っていただけないのなら、私が襲いますよ」
「勘弁してください」

 ため息をついて、布団を不必要に捲らないように気をつけながらベッドから抜け出す。左手を引き抜く時、血の涙が出た気がした。
 ベッドの端に腰掛けたまま、もう一度ため息をつく。
 ため息をつくと幸せが逃げていくそうだけど、そろそろ空っぽになった頃じゃないかな?

「わかりました。依頼は、依頼内容を少し変えて受けます。あと、報酬も変更で」
「報酬の変更は一切受け付けません。内容の変更とは?」
「手伝うのではなく、僕が代わりに暗殺します」
「え? それは……さすがにそこまでしていただくわけには……」
「僕一人の方が、確実に成功します」

 はっきりと「足手まといだ」って言える優しさがほしい。
 僕が言えないのは、レオノーレさんに嫌われたくないからだ。
 ベッドに座り布団で体を隠すレオノーレさんを、不覚にも横目で見てしまい、性欲に屈して突き放せなくなった。

 床に置いたマジックバッグから皮鎧を出して着る。自動装着機能はないので、簡単に装備できる皮鎧でも、まだまだ初級冒険者の僕では素早く着れない。

「どちらへ?」

 聞きながらも、鎧を着るのを手伝ってくれる。全裸で。
 まず、貴女が着てください。

「ちょっと……散歩?」

 不自然に目を逸らしながら言うと、レオノーレさんが背中に密着してくる。こんな時になんで僕は鎧を着ているんだ。

「この流れで娼館に行ったら、切り落としますよ」

 なにを? ナニを?
 散歩のついでに行こうかとは思ったけど、やめておこう。

「い、行きませんよ。ちょっと、伯爵さんちに不法侵入してみるだけです」
「それなら私も」
「いえ。この宿を監視してる気配が二つほどあるので、レオノーレさんはここで待機です」

 可能であれば、そのまま暗殺しようと思っている。
 けど、レオノーレさんが伯都に再入都しているのは把握されているはず。そうなると、伯爵が殺されて疑われる最有力がレオノーレさんなわけだ。なので、レオノーレさんは監視付きで宿にいてもらった方がいい。アリバイ工作的に。
 そう言い含めると、渋々ながら納得してくれた。

 マジックバッグから手甲を出して装着。これも片手では難しい。あ、正面に立たないで、これは手伝わなくていいから、全裸で正面に立たないで。
 顔ごと目を逸らし、コンポジットボウと普通の矢を入れた矢筒を出す。矢筒を片手でベルトのホルスターに入れている間に、手甲は僕の左手に無事収まった。
 マジックバッグは、普段使わないリュックサックタイプの方にしよう。背負って、その上から、光学迷彩機能付きのローブを着る。

「では、いってきます」
「はい。お早いお帰りを」

 若干前屈みになりながら、部屋の扉を開けて、廊下に出る。

 扉を閉める時に見たレオノーレさんは、心配そうな顔をしていた。
 心配してるのはこちらですよ。
 いつまで全裸でいるんですか?
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