一人では戦えない勇者

高橋

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4章

17話 報酬を貰いに来ただけなのに

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 先頭を行く馬上のマーヤの背中を見ながら、松風を歩かせ城門を潜る。

 右にイルムヒルデ。
 左にはユリアーナ。
 そして正面はマーヤ。
 うん。鉄壁の布陣。
 といっても、三人中二人は妊婦なので、今日のイルムヒルデは、護衛に交渉にと大忙しになるだろう。

 それにしても、この国ではマーヤに向けられる目がキツいな。特に年寄り。

 不快感を隠そうともしないし、あからさまな侮蔑もある。
 後者は大体貴族っぽい格好をしているけど、着てる物はマーヤの方が圧倒的に良質だったりする。

 マーヤが今着ているのは、普段着にしているエプロンドレスとは別の、戦闘用のメイド服だ。
 エプロンでわかりにくいけど、乗馬しやすいようにスカートの前が開いて、下にレギンスのような物を穿いている以外、見た目に違いがない。しかし、要所要所をオリハルコン糸とミスリル糸で編まれているので、並の武器では傷一つつかない。
 そもそも、着てる本人がハイスペックすぎるので、相手の武器がこのメイド服に触れることすらないだろう。

 そんなメイド服を着るマーヤを嘲笑う安い服を着た貴族の顔を、一人一人覚えておく。
 役に立つ情報になるかはわからないけど、信用できない貴族の顔として選別できる。あ、仮面で記録しておけばいいのか。って、ダメだ。城内では、不審者扱いされるから、外しておかないといけないんだった。

 しょうがない。
 仮面を外してポケットに仕舞う。
 ……なんだか僕への視線も増えた気がする。



 厩舎で松風たちを預けて、案内の騎士に先導されること一時間。なんで、城ってこんなに広いの?
 そんでもって、騎士が案内した場所は、こじんまりとした練兵所に見える。

「そなたらに、姫様に謁見する資格があるか試させてもらう」
「ダンジョンの討伐報酬を貰いに来ただけですよ?」

 僕の質問を無視して、案内の騎士は、練兵所に並ぶ騎士の列の端に向かう。

 呼び出して報酬も払わずボコろうとする。
 高が傭兵とはいえ、ダンジョン討伐を成し遂げた相手に対して、これは国の信用を失うような暴挙だ。わかってるのかな?

「まあ、いいか。イルムヒルデ。適度に痛めつけてあげて」

 僕たちも進み、騎士たちと向かい合わせに並ぶ。
 イルムヒルデが前に出る。
 今日の彼女はドレスではない。普段、好んで着てるワンピースでもない。
 縁が提案してシュェが用意した服だ。

 テーマは"オタサーの姫"。

 縁曰く、「フリルの付いたブラウスに、ハイウェストのスカートと、ロングのツインテール。これでオタサーの姫」だそうだ。
 本物の姫に似非姫の格好をさせる意味は? 可愛いけど。

「おい。まさかとは思うが、武器も持たない小娘が相手じゃないだろうな?」
「そのまさかですよ。彼女一人で全員の相手をしますよ」

 僕の言葉に騎士たちが大爆笑。
 その騎士たちを前に、イルムヒルデは優雅にカーテシー。

「イルムヒルデ・ヒラガと申します。若輩者ではありますが、皆様のお相手を勤めさせていただきます。時間の無駄になります故、全員でかかってきてください。纏めて潰して差し上げますので」

 煽るねぇ。

 騎士たちの表情が変わった。
 列の真ん中にいた騎士が前に出て剣を抜く。
 そして、剣を抜いておきながら、呑気に名乗りを上げる。その隙にどうとでもできるのに、イルムヒルデはなにもせず待っていた。

「消えない傷が残っても恨むなよ」
「そちらこそ」

 騎士が剣を振り上げ振り下ろす。
 その剣を、イルムヒルデが親指と人差し指だけで摘まんで止める。

「へ?」

 そりゃあ、そういう反応になるよね。
 そのまま指の力だけで剣を折る。

「え?」

 そりゃあ、そういう反応になるよね。
 折った剣を放り捨てて、騎士の手首を掴みそのまま握り潰す。
 直近で騎士の絶叫を聞きたくなかったのか、騎士の喉を潰す。骨をやられたのか、ノイズ混じりの呻き声を出しながら踞る。

「全員で、と言いましたよ」

 踞る騎士を避けて前に出る。
 動いた者から狩られるとでも思っているのか、驚愕の表情のまま誰も動かない。

「来ないのですか? その辺の自警団の方が勇敢ですよ」

 王都への途中の村で、自警団の訓練を頼まれたことがあったけど、彼らは全くの素人だったので、相手の強さがわからず闇雲に突っ込んできただけだった。
 あれは勇敢ではなく蛮勇だよ。

 イルムヒルデの素直な感想を挑発と受け取ったようで、次々と剣を抜き、抜いた者から次々と手首と喉を潰され、十人以上いた騎士が残り三人になる。
 その三人は、怯えて歯がカチカチ鳴っていた。
 残り三人に戦意がないのに気づいたイルムヒルデが戻ってくる。

「まあ、続ける意味はないわな」

 後ろから、数人の気配が慌ただしく近づいてくる。

 振り返ると、数人の騎士に守られたお姫様っぽい二人の女性がいた。
 急いで来たのだろう、背が低い方のお姫様は息が上がっている。

「こちらにいらっしゃいましたか。どうやら、我が国の騎士に失礼があったようですね」

 笑顔で言う大きい方のお姫様は、うっすら汗をかいているが、呼吸は整っている。
 僕たちが邪魔で、お姫様たちには、失礼があった騎士がどうなったのか見えないようだ。

 とりあえず僕は立礼し、失礼があった騎士が見えるように、隣のユリアーナと一緒に一歩ずれる。

「……間に合いませんでしたか。しかし、さすがですわね。ダンジョン討伐を成し遂げたパーティだけあって、僅か四人でも我が国の騎士では勝てませんか」
「いえ。一人ですよ」
「……え?」

 どうやら僕は、女性の取り繕った笑顔より、こういう間抜け面の方が好きらしい。まあ、ベッドじゃ、みんな凄い顔になってるし、それを可愛いと思ってしまうから、いまさらだったね。

「彼女が、っと、その前に、自己紹介させていただきます。俺は傭兵団『他力本願』の団長で、【支援の勇者】マゴイチ・ヒラガです。お見知りおきを」

 続けてユリアーナ、マーヤが名乗る。
 マーヤの時に、護衛の騎士が、穢らわしい物を見るような目になったのを見逃さなかった。
 お澄ましマーヤの隣のイルムヒルデが一歩前へ。

「お久し振りですね。ヴィルヘルミーネ様。ベアトリクス様。覚えておいででしょうか? イルムヒルデです。今はイルムヒルデ・ヒラガと名乗っています」
「も、勿論です。そのご様子だと、傭兵団の団長に嫁いだという話は本当だったようですね」

 大きい方のお姫様、ヴィルヘルミーネと呼ばれたお姫様が慌てて取り繕う。
 てことは、小さい方が妹のベアトリクスか。公王の子供はあと一人。八歳の王子がいるんだったな。

「そ、それで、イルムヒルデ様がお一人で騎士を?」

 そうは見えないよねぇ。見た目はオタサーの姫だもん。

「イルムヒルデ。先に彼らの治療を」
「王族が呼んだ客に危害を加えたのですから、放っておいても一族郎党処分されますよ?」
「それを決めるのは、シェーンシュテット公国の公王家だよ」

 喉を潰されたままでは、言い訳すらできないしね。

「それに、処分するにしても、戦場で肉壁にした方が有意義だろ?」

 イルムヒルデが一礼して騎士の治療をする。数人が、怖がるあまり、治療のために近づくイルムヒルデを見て失禁した。
 この国の兵力を、彼らを基準に考えたら、今の倍の兵数がいても、ベンケン王国の侵攻を止められないだろう。
 ユリアーナも同じ事を考えていたようで、目が合った僕に苦笑を返した。

 全員の治療を確認して、二人のお姫様に向き直る。
 見られてることにも気づかないようで、イルムヒルデが魔法を使う様を見て、二人とも唖然としていた。

「次は、ちゃんと案内していただけますよね?」

 僕の声にハタと気づいて慌てて取り繕い、僕たちを案内した。
 お姫様二人に先導されるんだから、今度はちゃんと応接室に連れて行ってくれるんだろう。



 連れていかれたのは、応接室ではなく、二人の執務室だった。

 姉姫は、入室するなり護衛の騎士を全員追い出してしまう。
 どういうこと? 騎士に聞かれたくない話?
 お茶もいらないからと、侍女も下がらせて、騎士と一緒に扉の向こうで待機するように命じてしまった。
 いいの? こっちは下げないよ?

「マーヤ。お茶くらいは出してくれ」

 そっちが出さないならこちらが出そう。どうせ、マーヤが淹れたお茶の方が美味しいしね。

 マーヤもお茶を出す順番を弁えているようで、大きい方の姫、ヴィルヘルミーネ・シェーンシュテット殿下を一番に。二番目は小さい方の姫、ベアトリクス・シェーンシュテット殿下。で、三番目はイルムヒルデではなく僕。続いてユリアーナ、イルムヒルデと出して、最後に自分。
 お茶菓子は、テーブルの真ん中に、ドンと大皿に盛り付けられた洋菓子の山。色とりどりのマカロンに目が行くけど、脇を固めるのはマドレーヌ? クッキーもある。あ、そうか。チーズだけじゃなく、バターも安定供給できるようになったって言ってたな。
 てか、このお菓子の山、カロリーにしたら……うん。考えるのはやめよう。指摘もしない。
 お菓子を前にした女性にカロリーの話をするのは、不粋だ。



 しばらく雑談が続く。
 貴族相手にいきなり本題を切り出すのはマナー違反。それは王族であっても同じ。

 とはいえ、無駄な時間だよなぁ。あぁ、マーヤの尻尾をモフりたい。しかし、僕の両サイドは右にユリアーナ、左はイルムヒルデだ。マーヤはユリアーナの隣。ユリアーナ越しに手を伸ばしてマーヤの尻尾をモフったら、怒るだろうなぁ。

 庭の花の話とか興味ないよ。見てないけど、『幻想農園』の菜の花畑の方が凄かったよ。
 育ち盛りが多いから、油の消費量に生産量を追い付かせようとしたら、見渡す限りの菜の花畑になったらしい。圧巻の風景だったよ。

「さて、本日お招きした本題ですが、まずはダンジョンコアの確認をさせてください」

 ユリアーナが立ち上がり、僕の胴体くらいある真球のダンジョンコアを出す。
 それを見て、ベアトリクスさんが慌ててなにかの機材を持ってくる。
 イルムヒルデがコッソリ「魔力量を測定する魔道具ですね」と、教えてくれた。

 テーブルに設置した測定器に、ダンジョンコアを乗せる。
 測定できなかったようだけど、逆に測定できないほどの魔力量が、ダンジョンコアである証明になった。

「確認しました。まずは謝罪させてください」

 ヴィルヘルミーネさんが丁寧に頭を下げる。僅かに遅れてベアトリクスさんも頭を下げる。
 なんの謝罪かな? さっきの騎士たち? それはなさそうだな。だとしたら、報酬か?

「討伐報酬、払えませんか?」

 失礼な言い方だが、気にしないようで、二人とも申し訳なさそうに頷く。

「我が国の財政では、お支払いできません」

 当然だけど、コアの買取りもできない。売る気もないけど。

「そうですか。まあ、討伐報酬はオマケみたいなものですから、そんなに期待はしていなかったので、それで構いませんよ」

 本当にどうでもいいと思ってるけど、この言い方では王族としてのプライドをゴリゴリしてしまったみたいで、二人とも似たような顔で「ぐぬぬ」となっている。

「それと、報酬も払えないのに厚かましいお願いになるのですが、ベンケン王国の侵攻に対して、『タリキホンガン』を雇いたいのです!」

 ヴィルヘルミーネさんが、最後は勢いで言い切る。

「報酬は必ず用意しますので、どうか!」

 ベアトリクスさんも続く。
 二人揃って頭を下げる。

 そうは言ってもねぇ。この国の財政は、建て直したばかりで、貯蓄なんてありゃしない。また借金を作ろうものなら国民の王家に対する信頼は地に落ちるから、国債なんて発行できない。
 かといって、僕にはタダで雇われてもいいと思えるほどの憎悪がベンケン王国に対してないので、無償で雇われる気もない。義理もない。
 むしろ、シェーンシュテット公国は、うちに対して討伐報酬を払えなかった負債がある。

 二人の頭頂部を見ながらため息をつくと、二人の肩がピクンと震える。
 うちも傭兵団として活動してるから、無償というわけにもいかないし、理由もなく割引もできない。
 どう断るか悩んでいたら、右肩をトントンと叩かれる。

「マゴイチ。ちょっと廊下に出てて」

 え? 僕、団長だよ? 団長抜きで話すの?

「女同士で腹割って話したいの。ほれ」

 そう言って、僕を無理矢理立たせる。
 お姫様二人もポカン顔だ。
 扉まで手を引かれる。
 若い騎士と侍女が聞き耳を立てていたのか、ユリアーナが開けた扉の向こうでは、態とらしく屈伸したり、明後日の方を見たりしている。
 他の騎士は大人しく壁際で待機していたようだけど、この二人の行動を黙認したようで、視線を向けると、気まずそうに目を逸らした。

「じゃあ、マゴイチ。大人しく待っててね」

 背中を押されて廊下に出ると、後ろで扉が閉まる。
 しょうがない。扉の正面の壁に背中を預けて待つことにしよう。

「……なにか?」

 先程の若い騎士と侍女が、僕をジッと見つめている。気まずさに負けて聞いてみても、答えはない。

「シェーンシュテット公国は旧シュトルム帝国の正統な血筋で、その歴史も古いと聞いていましたが……」

 いやいや。「うんうん」じゃねぇよ。ここまで言って、僕の言いたいことがわからないの?

「ダンジョンの討伐のことで呼び出されてみたら、いきなり騎士に喧嘩を売られ、廊下で待っていたら不躾な視線を向けられる。歴史はあっても礼節がないなら、蛮族と同じですよ」

 侍女は自分がしている無礼に気づいて頭を下げるが、若い騎士は"蛮族"にだけ反応して顔を赤くする。

「貴様! 我らを愚弄するか!」
「我らではなく貴方だけ愚弄しました」

 他の騎士を巻き込んでやるなよ。
 こんな安い挑発に、僕に掴みかかろうと手を伸ばす。それを一番近くにいた壮年の騎士が止める。

「俺を誰だと思ってるんだ! 俺は近衛騎士団長の」
「知りませんよ。名乗ってないでしょう? そちらこそ、私が誰か知ってるんですか?」
「貴様のような平民を知っているわけないだろうが!」
「王女殿下が呼んだ客の名前を、近衛騎士団長が知らないんですか? 仕事してるんですか?」

 呆れてしまった。
 近衛騎士団長が知らないって、どういうこと?
 駄々っ子を宥めるように、壮年の騎士は騎士団長を抑える。その表情からは諦めが見える。
 壁際に並んでいた騎士たちは、手伝うべきか迷っている。その表情に僕への怒りはなく、純粋に面倒くさそうな顔だった。

「ああ、なんか察した」

 この騎士団長は、本当に仕事をしていないんだろう。おそらく、親の七光りで今の地位にいるんじゃないかな?
 僕が察している間も、「俺こそが両殿下の夫に相応しい」とか言ってる。いやいや。君、王族になっても国賓に喧嘩売りそうじゃん?

 疲れた顔をした壮年の騎士と目が合った。

「なんか、仕事を増やしてすみません」

 壮年の騎士に頭を下げたら、「お気になさらず」と返された。
 苦労してるねぇ。
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