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間章4
姫様と姫様と姫様と元姫様
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【支援の勇者】に関する報告書の束を執務机に放り投げる。
読めば読むほど連中の異常性がわかる。
そして、彼を手放してしまったことによる損害の大きさも。
「最悪ね」
机の向こうで跪く騎士の肩が震える。
「それで、彼らの拠点は?」
「はっ、強固な結界に阻まれ踏み込めません。しかし、時間をいただければ」
「良い。無駄でしょう。兵を引き上げなさい」
「……はい」
項垂れる騎士を下がらせ、入れ替わりに入室した侍女に目を向ける。
「【拳の勇者】はどうです?」
「治療しましたが、また暴れだしたので手足を折って拘束しました」
「獣の方がまだ使い道があるわね」
【支援の勇者】による負傷を治療するのに高価な魔法薬を使ったので、その値段分の利益は得たい。
「種馬にでもしましょう。妊娠期間の短い獣人種を三人ほどアレで孕ませなさい。それで勇者の特性が引き継がれないようなら、処分なさい」
「【斧の勇者】は如何いたしますか?」
「アレの使い道は思い付きません。処分なさい」
治療にいくらかかるか見当もつかないわ。
種馬としても使えないし、処分するしかない。
「しかし、勇者様を処分してしまっては諸外国からクレ」
「構わない。この先、アレを生かし続ける予算より、処分による外交上の不利益の方が安い」
この侍女は、こんなことも言わなきゃわからないのか。
【拳の勇者】に殺された侍女の中には私の側仕えもいた。敵討ちではないけど、長く仕えていたので、心情的にはコレもさっさと処分したい。
それと、殺された側仕えの代わりも早く見つけないと。人選、面接、試用試験、やらなければいけないことが増える。……やっぱり、【拳の勇者】も処分しようかしら。
ああ、でも、一人ならともかく、二人一緒にとなると面倒が増える。
東のハンクシュタイン王国が、国境に兵を集めて演習を始めるらしいし、面倒は減らしたい。あー、誰か、ハンクシュタイン王を暗殺してくれないかしら。
「【弓の勇者】は? 居場所、わかったかしら?」
「いえ。そもそも、似顔絵一つない状況では探しようがありません」
言われて納得する。【弓の勇者】といってもどんな見た目か覚えている者がいない。記憶力に自信がある私ですら朧気な記憶しかない。
「ただ、バインリヒ伯爵の殺害の件で、犯人がわかっていないようなのですが、これの犯人が【弓の勇者】様である可能性があります」
「ドラ息子の犯行ではないの?」
「実家の領地が隣なので面識があるのですが、アレに父殺しができるような胆力はありません。分家の連中に都合が良いから犯人にされただけでしょう」
「しかし、そうなると、"どうして彼が"という疑問が持ち上がりますよね?」
「さて。巻き込まれてやむなく、か、自ら進んで、か。どちらにせよ、伯都に未だ留まっているとは思えません」
「暗部の九割が行方不明になってる現在のベンケン王国では、これ以上調べようがないわね」
侍女が神妙に頷く。
暗部が機能しない原因はわかっている。
【支援の勇者】だ。彼の部下によって、我が国の暗部は殲滅された。
殲滅された理由もわかっている。なんせ、殲滅した猫人族の女が、わざわざ言いに来たのだから。
「"ウザかったから"で殲滅されない暗部を再建しないといけないわ」
「予算の都合上、当分は無理かと」
わかってることを指摘されて、少しイラッとする。やはり、新しい側仕えを探そう。この人、田舎くさいし。
「ところで、手元に残った唯一の勇者がなにかやらかしたって聞いたけど?」
「はい。【土の勇者】様に宛てがった侍女が初潮を迎えましたら"年増はいらない"と、もっと幼い侍女を要求しました」
頭が痛い。
「アレにとっては、初潮を迎えたら年増なのね」
「そのようです」
「それで? 今度はいくつの子を要求しているのかしら?」
「五歳です」
気持ち悪い。
「適当な平民の子を見繕って差し出しなさい」
こんなことを何度も貴族家の者に命じることはできない。
【土の勇者】は確保しておきたかったけれど、切り捨てた方が良さそうね。
「確か、シェーンシュテット公国に侵攻する準備が終わったと、報告があったわね」
【支援の勇者】が公国を出てから侵攻するつもりで計画書を出したのに、先走った貴族がすぐに行動に移してしまったから、このタイミングでは、公国が【支援の勇者】の傭兵団を雇ってしまう。
でも、暗部からの報告では、公国に傭兵団を雇うほどの予算はないはず。なにを対価に支払うのかしら?
「貴族たちが、公国攻めの御輿に【土の勇者】を使いたいって言ってたわね。……許可を出しておきなさい」
「よろしいので?」
首肯で返す。
多少の戦力になるものの、幼女趣味の勇者なんて外聞が悪い。
いっそ、【支援の勇者】に始末してもらいたい。
万一、【土の勇者】が勝つのなら、その力を我が国のために使い潰しましょう。エサになにを与えればいいかわかっている分、【支援の勇者】より扱いやすい。
一礼して退室する侍女の背中と入れ替わりに、初老の文官が不作法に入室する。
彼のこれはいつものことなので、誰も注意しない。父上の前ですらこれだ。実家は伯爵家なのに、彼が礼儀正しくしている姿を見たことがない。
「ヘレナ王女。先日の……髪型、変えました?」
前にお会いした時には変えてましたよ。
「ええ。ニホンではあの髪型はツインドリルというそうです。なんだかバカにされてるような気がしてやめました。そんなことより報告を」
自分で言っていて、笑いながら「ツインドリル」と指差していたニホン人の顔を思い出して、イラッとした。
「ええ。ベンケン王国金貨ですが、姫様の言う通りでしたね。明らかに出回ってる数が多すぎです」
「やっぱり……帝国ですかね?」
「さて……出所はわかりませんが、それなりの国力がある国でないと、これだけの金貨を偽造できないし、そもそも、どれが偽造金貨なのかもわかっていないほど精巧です。流通量から、"おそらく偽物が出回ってるはず"と、それだけがわかっている状態ですからねぇ」
「国力があって技術もある国。西のシュトルム帝国か東のハンクシュタイン王国か……内務卿はなんと?」
「ああ、ダメっすね。"ただで金をくれる国があるわけないだろう"って怒鳴られました。経済戦争って言葉を知らないんですかね?」
血筋だけで出世した者に期待はしていないのだけれど、ここまで物を知らないとなると首を挿げ替えたくなる。
「そっちこそ、陛下はなんて言ってるんですか?」
「報告を宰相に握り潰されたわ」
「うわー。この国終わってますね」
同感ね。王に報告が上がらない国に先はない。
「イルムヒルデ様は上手くやりましたねぇ」
姉の勝ち誇る姿が目に浮かぶ。実際は、自らの手柄を誇るような姉ではなかったから、私の妄想ですけどね。
「他に報告は?」
「地方の犯罪組織が王都に集まってるようですね」
今はまだ、表立って争うようなことはない。しかし、水面下では口火が切られているようだ。
暗部が機能していないので、どの程度の抗争になるか予想できないのがもどかしい。
「他には……あ、さっきの侍女が暇乞いを出していますよ」
あら、そうなの?
まあ、合わないからいいわよ。守秘義務さえ守ってくれれば。
「というか、侍女の人事は貴方の仕事ではないでしょう?」
「貴族の三男坊ってのは、下世話な噂が大好物なんですよ」
「彼女になにかスキャンダルが?」
王家の三女も大好物よ。
「彼女、子爵令嬢よね?」
実家も裕福だったはず。
「ええ。彼女、少し前から【支援の勇者】のことを熱心に調べていたそうですよ」
「ということは、辞めた後、あの蛙を追いかけるつもりですか? なにが彼女をそこまで?」
「さあ? 俺に聞かれても……むしろ、同じ女性として、その蛙? に、なにも思わなかったんですか?」
思わなかったわね。蛙、気持ち悪いし。
「姫様って、異性を見る目がないですからねぇ」
結婚詐欺に三回引っ掛かったこの男に言われるとは思わなかった。
*
実りのない軍議の後、【支援の勇者】様を見送る。
今日は休憩中に城の中庭に誘えました。
けど、結局、緊張しすぎてなにも話せずに休憩が終わってしまいました。
麒麟に乗った背中が小さくなる。
何度見ても凄い光景だ。
伝説の存在に跨がる勇者。
お伽噺の一頁みたい。
伝説によると、世界を統べる者のみが、その背に跨がることを許されるという。
旧シュトルム帝国の伝承では、初代皇帝が女神アガテーより、法を意味する剣と、戸籍を意味する世界樹の枝と共に授けられたのが麒麟だ。しかし、野心に溢れた初代皇帝は、麒麟に跨がるのを許されず、麒麟は空の彼方へと去っていった。
つまり、彼は初代皇帝を越える存在に成り得るということでいいのだろう。いいのだろうか?
ちょっとスケールが大きすぎてわからない。
しかし、イルムヒルデ様が選んだだけのことはある。蛙顔だし。
ああ、でも、今日は仮面を外す機会がなかったので、あまりお顔を拝見できませんでした。
隣で一緒に見送る蛙嫌いの妹は、普通に話せるようになっているようです。ちょっと悔しい。
「マツカゼ、でしたか。あの麒麟に触れた兵士はいないそうですよ」
「団員の中でも、触れられるのは数人だそうですからね」
というか、この話は、ベアトと団長殿が話しているのをこっそり横で聞いていたのだけど。
「お姉様? どうして団長さんと二人きりになったらあんなガチガチになるんですか?」
「そう言うベアトは、随分と仲良くなりましたね」
彼が被っていた仮面を借りて、いろいろとお話ししていましたね。お陰で素顔を見れましたよ。話は聞き逃しましたけど。
「見慣れたら蛙より可愛いわ」
いや、蛙の方が可愛いでしょ。
*
お姉様はヘタレでした。
休憩時間は二人になれるように取り計らったのに、碌に話もできなかったらしい。
せめて素顔を見れるように仮面をお借りしてみたら、あの仮面、凄い魔道具だった。
なんなのあの神器。
あれが傭兵団の標準装備って、近衛騎士団長自慢の剣が滑稽に見える。
「あの仮面、王樹でできてるそうですよ」
「それは……凄いですね」
やっぱり聞いてなかったんですね。
この話、お姉様の隣でしていたんですよ。団長さんの顔を、恋する乙女みたいな顔して見てたから、聞いてないんだろうとは思っていたけど、予想通りというか、こんな重要な話を聞き逃すなんて、予想以上に聞いていなかったのね。
「報酬、私たちでも足りそうにないから、王樹も三本くらい支払いましょうか」
「いえ。手持ちの王樹の残りが少ないそうなので、私たちの嫁入り道具代わりに王樹と一緒に嫁ぎましょう」
その方が、私たちを高く売り込めるのでは?
「なるほど。けど、それだと、私たちより、王樹の価値の方が上がってしまうのでは?」
あー、うん。確かに。先に払った方がいいのかしら?
団長さんの背中が見えなくなる前に、イライラを隠すことなく近衛騎士団長が近づいてくる。
お姉様の想い人との別れに水を挿す無粋者に、ため息が出る。
お姉様も追い払うように手をヒラヒラさせる。
私たちの声が聞こえない位置まで渋々戻る近衛騎士団長を確認してから、お姉様に仮面の性能を教えながら、団長さんの背中を見送った。
*
今日は朝からマゴイチ様を甘やかしている。
ユリアーナ様からは「ほどほどに」と言われましたけど、全力で甘やかしています。
昼食後からずっとベッドの上で膝枕して、気持ち良さそうな寝顔を見ている。
いつの間にか、窓の外が薄暗くなっていた。
そういえば、今日は仕事をしていない。
わたくしの膝の上で寝息を立てるマゴイチ様は、連日、実りのない軍議に引っ張り出されてお疲れのようです。
ベンケン王国軍が国境に近づいているので、そろそろ出兵要請が出るはずなんですが、まだ軍議を続けるつもりなんですかね。
あ、そうだ。ミカゲ様とロクサーヌさんから、マゴイチ様に再編成の草案を書かせるよう言われていたんだった。
……今からでは、夕飯までに終わりそうにありませんね。諦めましょう。
読めば読むほど連中の異常性がわかる。
そして、彼を手放してしまったことによる損害の大きさも。
「最悪ね」
机の向こうで跪く騎士の肩が震える。
「それで、彼らの拠点は?」
「はっ、強固な結界に阻まれ踏み込めません。しかし、時間をいただければ」
「良い。無駄でしょう。兵を引き上げなさい」
「……はい」
項垂れる騎士を下がらせ、入れ替わりに入室した侍女に目を向ける。
「【拳の勇者】はどうです?」
「治療しましたが、また暴れだしたので手足を折って拘束しました」
「獣の方がまだ使い道があるわね」
【支援の勇者】による負傷を治療するのに高価な魔法薬を使ったので、その値段分の利益は得たい。
「種馬にでもしましょう。妊娠期間の短い獣人種を三人ほどアレで孕ませなさい。それで勇者の特性が引き継がれないようなら、処分なさい」
「【斧の勇者】は如何いたしますか?」
「アレの使い道は思い付きません。処分なさい」
治療にいくらかかるか見当もつかないわ。
種馬としても使えないし、処分するしかない。
「しかし、勇者様を処分してしまっては諸外国からクレ」
「構わない。この先、アレを生かし続ける予算より、処分による外交上の不利益の方が安い」
この侍女は、こんなことも言わなきゃわからないのか。
【拳の勇者】に殺された侍女の中には私の側仕えもいた。敵討ちではないけど、長く仕えていたので、心情的にはコレもさっさと処分したい。
それと、殺された側仕えの代わりも早く見つけないと。人選、面接、試用試験、やらなければいけないことが増える。……やっぱり、【拳の勇者】も処分しようかしら。
ああ、でも、一人ならともかく、二人一緒にとなると面倒が増える。
東のハンクシュタイン王国が、国境に兵を集めて演習を始めるらしいし、面倒は減らしたい。あー、誰か、ハンクシュタイン王を暗殺してくれないかしら。
「【弓の勇者】は? 居場所、わかったかしら?」
「いえ。そもそも、似顔絵一つない状況では探しようがありません」
言われて納得する。【弓の勇者】といってもどんな見た目か覚えている者がいない。記憶力に自信がある私ですら朧気な記憶しかない。
「ただ、バインリヒ伯爵の殺害の件で、犯人がわかっていないようなのですが、これの犯人が【弓の勇者】様である可能性があります」
「ドラ息子の犯行ではないの?」
「実家の領地が隣なので面識があるのですが、アレに父殺しができるような胆力はありません。分家の連中に都合が良いから犯人にされただけでしょう」
「しかし、そうなると、"どうして彼が"という疑問が持ち上がりますよね?」
「さて。巻き込まれてやむなく、か、自ら進んで、か。どちらにせよ、伯都に未だ留まっているとは思えません」
「暗部の九割が行方不明になってる現在のベンケン王国では、これ以上調べようがないわね」
侍女が神妙に頷く。
暗部が機能しない原因はわかっている。
【支援の勇者】だ。彼の部下によって、我が国の暗部は殲滅された。
殲滅された理由もわかっている。なんせ、殲滅した猫人族の女が、わざわざ言いに来たのだから。
「"ウザかったから"で殲滅されない暗部を再建しないといけないわ」
「予算の都合上、当分は無理かと」
わかってることを指摘されて、少しイラッとする。やはり、新しい側仕えを探そう。この人、田舎くさいし。
「ところで、手元に残った唯一の勇者がなにかやらかしたって聞いたけど?」
「はい。【土の勇者】様に宛てがった侍女が初潮を迎えましたら"年増はいらない"と、もっと幼い侍女を要求しました」
頭が痛い。
「アレにとっては、初潮を迎えたら年増なのね」
「そのようです」
「それで? 今度はいくつの子を要求しているのかしら?」
「五歳です」
気持ち悪い。
「適当な平民の子を見繕って差し出しなさい」
こんなことを何度も貴族家の者に命じることはできない。
【土の勇者】は確保しておきたかったけれど、切り捨てた方が良さそうね。
「確か、シェーンシュテット公国に侵攻する準備が終わったと、報告があったわね」
【支援の勇者】が公国を出てから侵攻するつもりで計画書を出したのに、先走った貴族がすぐに行動に移してしまったから、このタイミングでは、公国が【支援の勇者】の傭兵団を雇ってしまう。
でも、暗部からの報告では、公国に傭兵団を雇うほどの予算はないはず。なにを対価に支払うのかしら?
「貴族たちが、公国攻めの御輿に【土の勇者】を使いたいって言ってたわね。……許可を出しておきなさい」
「よろしいので?」
首肯で返す。
多少の戦力になるものの、幼女趣味の勇者なんて外聞が悪い。
いっそ、【支援の勇者】に始末してもらいたい。
万一、【土の勇者】が勝つのなら、その力を我が国のために使い潰しましょう。エサになにを与えればいいかわかっている分、【支援の勇者】より扱いやすい。
一礼して退室する侍女の背中と入れ替わりに、初老の文官が不作法に入室する。
彼のこれはいつものことなので、誰も注意しない。父上の前ですらこれだ。実家は伯爵家なのに、彼が礼儀正しくしている姿を見たことがない。
「ヘレナ王女。先日の……髪型、変えました?」
前にお会いした時には変えてましたよ。
「ええ。ニホンではあの髪型はツインドリルというそうです。なんだかバカにされてるような気がしてやめました。そんなことより報告を」
自分で言っていて、笑いながら「ツインドリル」と指差していたニホン人の顔を思い出して、イラッとした。
「ええ。ベンケン王国金貨ですが、姫様の言う通りでしたね。明らかに出回ってる数が多すぎです」
「やっぱり……帝国ですかね?」
「さて……出所はわかりませんが、それなりの国力がある国でないと、これだけの金貨を偽造できないし、そもそも、どれが偽造金貨なのかもわかっていないほど精巧です。流通量から、"おそらく偽物が出回ってるはず"と、それだけがわかっている状態ですからねぇ」
「国力があって技術もある国。西のシュトルム帝国か東のハンクシュタイン王国か……内務卿はなんと?」
「ああ、ダメっすね。"ただで金をくれる国があるわけないだろう"って怒鳴られました。経済戦争って言葉を知らないんですかね?」
血筋だけで出世した者に期待はしていないのだけれど、ここまで物を知らないとなると首を挿げ替えたくなる。
「そっちこそ、陛下はなんて言ってるんですか?」
「報告を宰相に握り潰されたわ」
「うわー。この国終わってますね」
同感ね。王に報告が上がらない国に先はない。
「イルムヒルデ様は上手くやりましたねぇ」
姉の勝ち誇る姿が目に浮かぶ。実際は、自らの手柄を誇るような姉ではなかったから、私の妄想ですけどね。
「他に報告は?」
「地方の犯罪組織が王都に集まってるようですね」
今はまだ、表立って争うようなことはない。しかし、水面下では口火が切られているようだ。
暗部が機能していないので、どの程度の抗争になるか予想できないのがもどかしい。
「他には……あ、さっきの侍女が暇乞いを出していますよ」
あら、そうなの?
まあ、合わないからいいわよ。守秘義務さえ守ってくれれば。
「というか、侍女の人事は貴方の仕事ではないでしょう?」
「貴族の三男坊ってのは、下世話な噂が大好物なんですよ」
「彼女になにかスキャンダルが?」
王家の三女も大好物よ。
「彼女、子爵令嬢よね?」
実家も裕福だったはず。
「ええ。彼女、少し前から【支援の勇者】のことを熱心に調べていたそうですよ」
「ということは、辞めた後、あの蛙を追いかけるつもりですか? なにが彼女をそこまで?」
「さあ? 俺に聞かれても……むしろ、同じ女性として、その蛙? に、なにも思わなかったんですか?」
思わなかったわね。蛙、気持ち悪いし。
「姫様って、異性を見る目がないですからねぇ」
結婚詐欺に三回引っ掛かったこの男に言われるとは思わなかった。
*
実りのない軍議の後、【支援の勇者】様を見送る。
今日は休憩中に城の中庭に誘えました。
けど、結局、緊張しすぎてなにも話せずに休憩が終わってしまいました。
麒麟に乗った背中が小さくなる。
何度見ても凄い光景だ。
伝説の存在に跨がる勇者。
お伽噺の一頁みたい。
伝説によると、世界を統べる者のみが、その背に跨がることを許されるという。
旧シュトルム帝国の伝承では、初代皇帝が女神アガテーより、法を意味する剣と、戸籍を意味する世界樹の枝と共に授けられたのが麒麟だ。しかし、野心に溢れた初代皇帝は、麒麟に跨がるのを許されず、麒麟は空の彼方へと去っていった。
つまり、彼は初代皇帝を越える存在に成り得るということでいいのだろう。いいのだろうか?
ちょっとスケールが大きすぎてわからない。
しかし、イルムヒルデ様が選んだだけのことはある。蛙顔だし。
ああ、でも、今日は仮面を外す機会がなかったので、あまりお顔を拝見できませんでした。
隣で一緒に見送る蛙嫌いの妹は、普通に話せるようになっているようです。ちょっと悔しい。
「マツカゼ、でしたか。あの麒麟に触れた兵士はいないそうですよ」
「団員の中でも、触れられるのは数人だそうですからね」
というか、この話は、ベアトと団長殿が話しているのをこっそり横で聞いていたのだけど。
「お姉様? どうして団長さんと二人きりになったらあんなガチガチになるんですか?」
「そう言うベアトは、随分と仲良くなりましたね」
彼が被っていた仮面を借りて、いろいろとお話ししていましたね。お陰で素顔を見れましたよ。話は聞き逃しましたけど。
「見慣れたら蛙より可愛いわ」
いや、蛙の方が可愛いでしょ。
*
お姉様はヘタレでした。
休憩時間は二人になれるように取り計らったのに、碌に話もできなかったらしい。
せめて素顔を見れるように仮面をお借りしてみたら、あの仮面、凄い魔道具だった。
なんなのあの神器。
あれが傭兵団の標準装備って、近衛騎士団長自慢の剣が滑稽に見える。
「あの仮面、王樹でできてるそうですよ」
「それは……凄いですね」
やっぱり聞いてなかったんですね。
この話、お姉様の隣でしていたんですよ。団長さんの顔を、恋する乙女みたいな顔して見てたから、聞いてないんだろうとは思っていたけど、予想通りというか、こんな重要な話を聞き逃すなんて、予想以上に聞いていなかったのね。
「報酬、私たちでも足りそうにないから、王樹も三本くらい支払いましょうか」
「いえ。手持ちの王樹の残りが少ないそうなので、私たちの嫁入り道具代わりに王樹と一緒に嫁ぎましょう」
その方が、私たちを高く売り込めるのでは?
「なるほど。けど、それだと、私たちより、王樹の価値の方が上がってしまうのでは?」
あー、うん。確かに。先に払った方がいいのかしら?
団長さんの背中が見えなくなる前に、イライラを隠すことなく近衛騎士団長が近づいてくる。
お姉様の想い人との別れに水を挿す無粋者に、ため息が出る。
お姉様も追い払うように手をヒラヒラさせる。
私たちの声が聞こえない位置まで渋々戻る近衛騎士団長を確認してから、お姉様に仮面の性能を教えながら、団長さんの背中を見送った。
*
今日は朝からマゴイチ様を甘やかしている。
ユリアーナ様からは「ほどほどに」と言われましたけど、全力で甘やかしています。
昼食後からずっとベッドの上で膝枕して、気持ち良さそうな寝顔を見ている。
いつの間にか、窓の外が薄暗くなっていた。
そういえば、今日は仕事をしていない。
わたくしの膝の上で寝息を立てるマゴイチ様は、連日、実りのない軍議に引っ張り出されてお疲れのようです。
ベンケン王国軍が国境に近づいているので、そろそろ出兵要請が出るはずなんですが、まだ軍議を続けるつもりなんですかね。
あ、そうだ。ミカゲ様とロクサーヌさんから、マゴイチ様に再編成の草案を書かせるよう言われていたんだった。
……今からでは、夕飯までに終わりそうにありませんね。諦めましょう。
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