千夜一夜

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第一章 教会と孤児院

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 当たっていたと知って青くなる。

「自立を歓迎したい。アンタさっきそんなこと言ってたけど、そういうワガママが許されるお立場だと思う?」

「それは……」

 彼女が王女ならたしかにこの行動は無謀と言わざるを得ない。

 本当にアベル以外が拾っていたら、どうする気だったんだろう。

「わたしだってレティシア様が自立をしたいなら歓迎したい。そのための手助けだってしたいと思ってる。でも、現状は無謀よ」

「たしかに……」

 第一王女ではなく第二王女を擁立したい派閥はいる。

 現実に存在するのだ。

 そんな輩に捕まっていたら利用されただろうし、第一王女派に捕まるのも危険だ。

 たしかにマリンがキレるだけの理由があったのだと今更のように納得した。

 しかし一般の平民であるアベルが、そこまで貴族の事情に詳しいのもどうかと思うが。

 マリンがそのことに疑問も抱いていないことが、なおさら変な気分だ。

 アベルはそこまで貴族の世界に踏み込んでいるのだろうか?

「レイティア様だってご心配されているわ。レティシア様はレティシア様だけのお考えで動けるお立場にはないの」

「それは本人もわかってるんじゃないかな」

「アベル?」

「俺がさっき自立したいならさせればいいって言ったのは、彼女が必死になって世間を知ろうと努力していたからだ。少なくとも無責任な行動じゃない。俺はそう感じたよ」

「でもっ」

「過保護なだけではなにも変わらないよ」

「無責任なこと言わないでっ。それでなにかあったら、だれが責任を取れるのっ!?」

「マリン。少なくとも王族なら、国を統べるべき立場に立つのかもしれないなら、自分の言動の責任は自分で取るべきだ」

「……それじゃ通らないのよ、現実は」

「自分の後始末もできない者が国を統べる。それでいいと思ってるのか、マリン?」

「それは……思ってない。思ってないけど実際になにかあったら、責任を求められる者が絶対に出るのっ」

「それを片付けるのも彼女の責任だろ?」

 どう言っても譲らないアベルにマリンは深々とため息をついた。

「アベルってホントに頑固だわ。しばらく忘れてたわ」

「悪いな。だれ譲りかは知らないけど頑固で」

「バカ」

 呆れたように言い返してから立ち去ろうとして、ふとマリンがアベルを振り向いた。

 アベルは不思議そうにそんな彼女を見る。

「アベルは……」

「なに?」

「だれ譲りかはわからないってさっき言ったけど、わたしよく似た人……いえ。御方を知ってるわ」

「へえ。マリンの知ってる偉い人に俺が似てるって?」

「柔和そうな顔立ちなのに、一度決めたことを譲らないところなんてそっくりよ」

 笑う彼女に笑ってみせた。

 遠ざかる彼女を見送って、ふと左腕に視線を落とす。

 服の下に隠された物を思い浮かべる。

 それはずっしりと重い気がした。




「おはようございます」

 翌朝、食堂に現れたレティことレティシア王女は、そう言って深々と頭を下げた。

 受け入れたアベルたちは驚いた顔をしている。

「昨夜はマリンがお騒がせして申し訳ございませんでした」

「いや。それはいいのだが……帰らなくていいのかい?」

 シドニー神父の優しい声に、レティシアが答えようとしたとき、表で馬の蹄の音が響いた。

 ハッと彼女が顔色を変える。

 アベルは窓からそっと外を覗き込んだ。

 道を塞ぐようにして、豪奢な馬車が止まっている。

 ただし身分がバレないように配慮されたのか。

 王家所有の馬車ではなかった。

 その扉を恭しくマリンが開けている。

 優雅におりてくるのはレティシアと同じ顔をした女の子。

 おそらく第一王女レイティアだろう。

 さすがにふたり揃ったらエル姉にバレるんじゃないかとアベルも青くなる。

「アベルさん?」

 彼女の呼び声にアベルは苦い顔を向けた。

「お姉さんが迎えにきたみたいだよ、レティ」

「え……どうして知って……」

 青ざめるレティシアにアベルは苦い笑み。

「俺さ、これでも吟遊詩人なんだよ。そういうことには詳しいから」

「吟遊詩人? あの舞踏会などでもよく演奏する?」

「そう。だから、俺に隠そうとするのは無理」

「そうだったんですか。騙して申し訳ございません」

 深々と頭を下げるレティシアにアベルは微笑んでみせる。

「悪気がなかったことはわかってるから構わないさ」

「ですが」

「俺に対する言い訳よりお姉さんに対する言い訳を考えた方がいいんじゃないか?」

「そうですね。どうしましょう」

 オロオロするレティシアに昨日の彼女が思い出される。

 本当に箱入りなんだなあ、と。

 自分とは偉い違いだ。

「どうしてお兄ちゃんがレティさんのお姉さんを知ってるの?」

 フィーリアの声にアベルが振り返る。

 シドニーもエルも怪訝そうにふたりを見ている。

「顔を見ればなんでわかったのか、すぐにわかると思う」

 その言葉は間もなく証明された。

 何故ならフィーリアが出迎えて連れてきた少女は、レティシアに瓜二つだったからだ。

 シドニーもエルも唖然としている。

 格好も似たり寄ったりで、入れ代わったりされると、見分けられなくなりそうだった。

「レティ」

 マリンに先導され入ってきた少女は、そう名を呟くなり彼女の頬を叩いた。

 これにはアベルも唖然とした。

 王女同士で殴り合いになるのかと。

 だが、レティシアは叩かれても反撃はしなかった。

 無言で怒りを示す姉姫に頭を下げる。

「ごめんなさい。姉様」

「悪いことをしたとわかるのなら戻っていらっしゃい」

「悪いことをしたとは思ってるわ。でも」

「まだ戻りたくないなんて駄々をこねるつもり?」

「駄々をこねるとかじゃなくて、わたしはもうしばらくここにいたいの。お父さまたちだって説明したら、きっとわかってくださるわ」

「だったら先に説明したら? わたしが迎えにきている時点で、あなたが判断を誤ったことは証明されているわ」

「だって……戻って説明したら、きっと二度と出られない」

 泣き出しそうなレティシアにアベルは可哀想になった。

 彼女は王女として必要不可欠な行動を起こしているだけなのだ。

 説明不足なのは否めないかもしれない。

 でも、説明不足だったという理由だけで責められるのは気の毒だった。

 さて。

 王女殿下をなんて呼ぼう?

 悩みつつ声を投げる。

「あのさ、レティのお姉さん」

 声をかけられたレイティアがアベルを振り向く。

 その眼がすぐに驚きで見開かれた。

「伯父様?」

「は?」

 まっすぐに自分を見て言われたが、アベルは一瞬シドニーのことかと誤解した。

「シドニー神父。知り合いですか?」

 アベルがシドニーを振り向いて問う。

「いや。あれはどうみてもアベルを見て言ったのでは?」

「え? でも、俺まだ18ですし、おじさんなんて言われる歳では……」

 18でおじさんだったら、シドニーなんておじいちゃんだ。

 そう呆れ返るとレイティアも失態に気づいたらしい。

 慌てて咳払いした。

「ご、ごめんなさいっ。あなたがあまりに伯父様に似ているので、つい」

「伯父様って亡くなった伯父様? お父さまの兄上の? アベルさんはそんなに似ているの?」

「レティは伯父さんの顔、知らないのか?」

「わたしはそういうことには疎くて。姉様が知る必要はないからと、肖像画も見せていただけなくて」

「へえ」

 本物の箱入り娘だなとアベルは思う。

 双生児の姉からも大事にされていたようだ。

 しかしお父さまの兄上ってことは現国王の兄君だよな?

 たしか現王は元々は第二王子で、前王が急死したせいで突然、王位を継がなければならなくなったはずだ。

 前王には子供はいなかったと聞いている。

 その前王にアベルが似ている?
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