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第十三章 恋の季節
(3)
しおりを挟む後になってみればこれがアベルの婚姻問題の序章だった。
レグルスの王女たちを宮殿に招き、吟遊詩人の腕前を競うという、普通の世継ぎならあり得ない婚約においての条件を出したアベルである。
これはレグルスとの問題が解決した後に、かなり騒がれたことだった。
レグルスとは戦端は開かれたが、王女たちを人質にしていたこともあって、レグルス王が簡単に白旗をあげてくれた。
ディアンを巻き込み臣下たちが暴走したことを正式に謝罪し、レグルスはレグルスとして新たな道を模索していくこと誓ってくれたのである。
ただその調停にはアベルも出席したのだが、レグルス王には苦笑まじりにこう言われた。
「この度の作戦の発案はアルベルト殿下だとか。ケルト陛下は良きお世継ぎを得られた。羨ましい」
「兄上の子だから」
ケルトは誇らしげにそう言ったが、これにはレグルス王も頷いていた。
「確かに先代の国王陛下は素晴らしい御方だった。アルベルト殿下はお顔立ちだけではなく才気まで受け継がれているらしい」
「褒めすぎですよ、レグルス王」
父の起こした作戦で息子を殺された人に褒められるというのは、アベルはなんとも居心地が悪く、そっぽを向いているしかなかった。
年老いたレグルス王を見ていられなくて。
本来ならとっくに息子が後を継いでいたのだろうに。
「わたしは正式にわたしの第一王女に王位を譲るつもりだ」
「それがいいでしょう。それが正当な受け継ぎだとわたしも思います」
ケルトの言葉に頷きながらも、レグルス王はふと思い付いたと言いたげに口を開いた。
「アルベルト殿下」
「なんでしょうか?」
「吟遊詩人としてあなたを越える腕前の者というのは、事実上いないと伺っている。あの条件は断るためのものなのだろう?」
問われても答えられないアベルである。
口を噤んでしまうアベルにレグルス王は苦く笑う。
「もしあなたが本当に伴侶に求めるものが、吟遊詩人の腕前でも才能でもないのなら、これまでの話とは違った意味で、あなたのお妃として、わたしの娘を貰ってもらえないだろうか」
これにはケルトが顔色を変えたが、そんな叔父を見てアベルは苦笑した。
「残念ですが」
「そうか。やはり意中の姫君がおいでか」
「そういうわけではないのですが、正直なところ、まだ婚約とか結婚とかを具体的に考えたことはないのです。それに」
「それに?」
「これまで父やわたしのために努力してくれた叔父に報いるためにも、わたしは結婚するなら従妹たちのどちらかと決めています。申し出はありがたいのですが、そういうわけですので申し訳ございません」
アベルがはっきり結婚相手としてレイティアたちを考えていると発言したのは、実はこのときが初めてだった。
ケルトは驚いたようにアベルを見たが、甥が真剣にそう思っていると読み取って、嬉しそうに微笑まんでみせた。
まだ恋心は抱いていないだろう。
だが、結婚するならふたりの内のどちらか。
そう決めていると読み取って。
問題はまだ片付いていなかった。
レグルスとの戦争が片付いて国に平穏が戻ってくると同時に活気付いたのが、この難問を解決したアベルに対する求婚騒動である。
吟遊詩人として名の知られた近隣諸国の王女たちが一斉に名乗りをあげたのだ。
自分ならアルベルト王子の望む条件を満たしていると。
その人数は軽く100人以上。
頭が痛いがそのすべてがアベルの正妃希望だった。
最初は断っていたケルトだが、あまりに数が多いので、これははっきり白黒をつけた方がいいと判断した。
そうして戦争が片付いた半月後には、アベルは執務室に呼び出しを食らったのである。
「なに? 叔父さん。突然呼び出して」
「悪いが早急に結婚相手を決めてくれ」
「は?」
呆気に取られるアベルにケルトは手元にあった書類をバサリと広げてみせた。
「なに、それ?」
「アルとの結婚を望む吟遊詩人として名の知られた近隣諸国の王女たちの絵姿だ。当然、見合い用だ」
「ゲッ」
あれはあくまでも断るための条件で、アベルはそんなこと気にしていないのだが、どうやら近隣諸国の王女たちは本気にしたらしい。
条件さえ満たせばアベルの妃になれるのだと。
「結婚相手はレイかレティのどちらか。あの言葉には嘘はないんだな?」
「嘘はないっていうか」
「まさか今更あの場を凌ぐ嘘だったなんて言わないだろうな?」
ケルトに恨めしそうな目で睨まれて、アベルはポリポリとこめかみを掻く。
「俺の意志っていうより、結婚するならふたりの内のどちらかしか、叔父さん、認めないだろう?」
「アルベルト。嫌々、結婚してほしいわけじゃないんだぞ?」
「そうじゃなくて、俺は確かに結婚相手として、ふたりのことを考えようとしてるよ? でも、そこにはやっぱり俺や父さんのために頑張ってくれた叔父さんの娘だから。従妹だからって部分が大きいんだよ」
「アルベルト」
それは現時点では恋愛感情を抱いていないという発言でしかなかった。
そうしてそういう意識を向けようと努力している理由も、レイやレティにあるのではなく、あくまでもふたりがケルトの娘だからという部分に重点を置いているのだ。
アベルにとっての結婚とは今はまだその程度のものなのである。
「ふたりのことはそういう対象とは思えないと?」
「そういうわけじゃないけど。女の子として意識してないって言えば嘘になるから。フィーリアやエル姉の方が、俺にとっては家族みたいな感じだったし」
つまり肉親の方を肉親とは感じず、血の繋がりのないふたりの方を肉親として感じているということである。
アベルはやはり幼いなとケルトはため息を漏らす。
「それに叔父さんは俺にそういうことばっかり言ってるけど、肝心のふたりの意思はどうなんだ? 無理強いしたくないのは俺も一緒だよ。王女としての責務なんて理由で押し切りたくないし」
「そなた……本物の朴念仁だな、アルベルト」
複雑そうにそう言われ、アベルは不思議そうに首を傾げた。
「なに、それ?」
「アルとの結婚を望む吟遊詩人として名の知られた近隣諸国の王女たちの絵姿だ。当然、見合い用だ」
「ゲッ」
あれはあくまでも断るための条件で、アベルはそんなこと気にしていないのだが、どうやら近隣諸国の王女たちは本気にしたらしい。
条件さえ満たせばアベルの妃になれるのだと。
「結婚相手はレイかレティのどちらか。あの言葉には嘘はないんだな?」
「嘘はないっていうか」
「まさか今更あの場を凌ぐ嘘だったなんて言わないだろうな?」
ケルトに恨めしそうな目で睨まれて、アベルはポリポリとこめかみを掻く。
「俺の意志っていうより、結婚するならふたりの内のどちらかしか、叔父さん、認めないだろう?」
「アルベルト。嫌々、結婚してほしいわけじゃないんだぞ?」
「そうじゃなくて、俺は確かに結婚相手として、ふたりのことを考えようとしてるよ? でも、そこにはやっぱり俺や父さんのために頑張ってくれた叔父さんの娘だから。従妹だからって部分が大きいんだよ」
「アルベルト」
それは現時点では恋愛感情を抱いていないという発言でしかなかった。
そうしてそういう意識を向けようと努力している理由も、レイやレティにあるのではなく、あくまでもふたりがケルトの娘だからという部分に重点を置いているのだ。
アベルにとっての結婚とは今はまだその程度のものなのである。
「ふたりのことはそういう対象とは思えないと?」
「そういうわけじゃないけど。女の子として意識してないって言えば嘘になるから。フィーリアやエル姉の方が、俺にとっては家族みたいな感じだったし」
つまり肉親の方を肉親とは感じず、血の繋がりのないふたりの方を肉親として感じているということである。
アベルはやはり幼いなとケルトはため息を漏らす。
「それに叔父さんは俺にそういうことばっかり言ってるけど、肝心のふたりの意思はどうなんだ? 無理強いしたくないのは俺も一緒だよ。王女としての責務なんて理由で押し切りたくないし」
「そなた……本物の朴念仁だな、アルベルト」
複雑そうにそう言われ、アベルは不思議そうに首を傾げた。
「父親であるわたしから、こういうことは言うべきではないのだろうが、このままではふたりが可哀相だから、敢えてはっきり言おう」
「うん?」
「ふたりはそなたのことが、ひとりの異性として好きなのだ」
「は?」
「そこでそういう顔をするな。失礼だろう、アル?」
「いや。でも、いきなりそんなこと言われても……従兄としてじゃなくて?」
「従兄として好きならわもっとそなたに纏わりついている。ふたりとも親族には恵まれなかったからな。近付くのに躊躇う理由。そなたには想像がつかないか?」
「?」
わからないので首を傾げるしかなかった。
「本当に朴念仁だな。男として意識しているから、男性に免疫のないふたりは、そなたに近付くのに勇気がいるんだ。すこしは気付いてやれ。それも男としての器量だぞ?」
「そんなこと言われても……」
レイティアやレティシアがアベルのことが好き?
それも従兄としてじゃなくて、ひとりの男として?
想像すると思わず顔がカッと燃えるように熱くなった。
吟遊詩人としての貴族の令嬢たちから誘われたことがないと言えば嘘になる。
その手の誘いを断るのにアベルはかなり苦労していたものだ。
だが、それはあくまでも浮気相手というか、その場限りの遊び相手みたいな誘いだった。
きちんと恋愛感情を向けられたことがなかったのである。
遊びで夜を経験するのも嫌だったので、アベルはそういう誘いはすべて断ってきた。
だから、まあだれにも言いたくないが19にもなって未経験だ。
子供から好かれるか、それを通り越して遊び相手に指名されるか。
これまでのアベルはそうだった。
アベルにしてみれば生まれて初めて恋愛感情を向けられたことになるのだ。
従妹とはいえ面識は殆どなかったのだし、まあそういう関係になれる相手なのだが。
「いつから?」
ポツリと落ちた問いにケルトも首を傾げる。
「わたしもはっきり聞いたわけじゃないからな。詳しくは知らない。だが、わたしが父親として見抜いた感じでは、おそらくふたりとも一目惚れに近いんじゃないか?」
一目惚れ。
つまり出逢ったのに誤差はあるが、ふたりにはほぼ同時に好かれていたということである。
それもひとりの異性として。
その瞬間、これまで大して意識していなかった、レイティアを抱いて庇ったとのことが思い出され、思わずもっと顔を赤くした。
「顔がさっきより赤いぞ? どうしたんだ、アル?」
「いや。叔父さんがレイから聞いたかどうか知らないけど、俺、レティシアとは手を繋いだこともないけど、レイは抱き締めたことがあるんだよな」
「ほう。つまり本命はレイか?」
面白そうに揶揄うケルトに思わずアベルは「違うっ」と怒鳴りつけてしまった。
「そこまで慌てなくても。それで? 奥手なそなたがどうしてレイを抱き締めたりしたんだ?」
「いや。出逢ってすぐに名を聞かれてさ。答えようとしたら、外で子供たちが遊んでいた木の棒が、突然、窓ガラスを破って飛んできて、それがレイに向かったんだよ。
たまたまそのとき近くにいて、マリンより俺の方が早く庇えたから、とっさに抱いて庇ったんだ。そのときに袖が破けて腕輪を見られたんだけど」
レティシアと出逢っていなければ、そもそもレイティアと出逢うこともなかった。
だから、すべての切っ掛けはレティシアと出逢ったことなのだろう。
だが、あのとき木の棒が飛んできて、そのときにレイを庇わなかったら、そのとき左袖が破れなかったら、アベルの素性が発覚したかどうかは不明だった。
だから、レティシアとの出逢いも、レイティアとの出逢いも運命だったのだろう。
「なるほどな。それでレイティアはそなたのことをわたしに教える気になったのか」
「俺さ、吟遊詩人として舞踏会なんかには出席しなれてたけど、ダンスを踊ったことはなかったから、女の子と触れ合ったこともなくてさ」
「だから、そんなに奥手なのか、そなたは?」
呆れ返ったように言われ、アベルは益々赤くなる。
「女の子って小さくて柔らかいんだなあって、今更ながら思うよ。全然気にしてなかったんだけど」
これにはケルトは笑いそうになるのを堪えるのが大変だった。
これまで意識すらしなかった出来事を、急に意識しだしたのはケルトがふたりの気持ちを教えたからだろう。
つまりアベルがふたりを意識しはじめた証拠なのだ。
そのまま興味を持ってくれればいいのに。
そう思ったとき、ふと気付いた。
「そなた……もしやダンスが踊れないのか?」
「あ。うん。踊れないよ? 今まで必要なかったし」
「バカっ。何故もっと早く言わないっ!!」
「え? え? なにか拙かったのか?」
アベルが慌てている。
まさか舞踏会に出席し慣れているアベルが、ダンスを全く踊れないとは思わなかったので、ケルトは彼の養育にダンスは組み込んでいなかった。
つまり彼は未だに踊れないということなのだ。
これはマズイ。
まだ舞踏会などを開いていないからマシだが、もうすぐお披露目があるのに、そのときに踊れないとなったら問題だ。
「レイとレティを相手に今日からダンスの特訓だっ!!」
「……他の相手にしてくれない?」
ふたりが相手だと意識するので、顔を赤く染めて言ってみたが、ケルトにはしっかり無視された。
いじけてしまうアベルである。
こうしてこのときより、アベルのダンスの特訓が始まることになったのだった。
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