千夜一夜

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第十五章 お披露目の夜に

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「……なにを想像されたか、わたしは敢えて突っ込まないことに致します」

「ウッ。済まない」

 顔を背けるしかないケルトだった。

 失礼な想像と言われたら、それまでだったので。

 かくいうケルトの娘たちも、実は母親とよく似た体型をしていた。

 ケルトが娘たちの自慢をするのは、娘たちが妃に似ているからという事情もあったのである。

 所謂一種のノロケだ。

 これが反対のことをされた場合、どれだけ失礼か、唯我独尊を地でいくケルトでも理解できるから。

「わたしがなにを言っても、おそらく娘は気にすることをやめないでしょう」

「だろうな」

 それしか言えない。

 気にしている理由と父親である公爵が関わっていないと言えば嘘になるが、根本的な理由がアベルにある以上、公爵がなにを言ったところで、リアンは気にし続けるだろう。

 コンプレックスを抱き続けるだろう。

 それを認めてほしいとケルトに言ったのも、期待していないことを告げるためだ。

 それによりアベルの認識を変えたいわけでもない。

 ただこの頼みを通す場合、どうしてもケルトには事実がバレる。

 だから、打ち明けた。

 そういうことなのだろう。

「わたしの願いを陛下は傲慢だとお責めになりますか?」

「……それを言えばわたしの方が傲慢だと思われるだろう?」

 問い掛ければ問い返されて今度は公爵が口を噤んだ。

「本当に期待していないと思っていいんだな?」

「はい」

「それによりアルベルトを動かしたいわけでもない。そう思っていていいんだな?」

「お約束します」

 誓われてケルトは悩むように口を閉ざす。

 認めること自体が彼にとって最大限の譲歩とも言えるのだが、同時にこれは重大な欠点のある頼み事であることも事実だった。

 それがケルトの返事を迷わせる。

 迷う国王に気付いて宰相は不思議そうに首を傾げた。

「却下なされるならまだわかりますが、一体なにを迷っていらっしゃるのですか、陛下?」

「実はな。問題の当事者であるアルベルトに重大な問題があってな」

「重大な問題ですか? 一体どんな?」

「アルベルトはその手の話題が大層苦手だ」

「は? 吟遊詩人というのは……」

「そうだ。普通なら危ない職業だ。遊びで誘ってくる相手もいただろう。特にアルベルトはあの容姿だし、吟遊詩人としても稀有な腕前の持ち主だった。当然だが誘いは数えきれないほどあったはずだ」

「それで何故苦手なのですか? 普通はこういう問題は得意とするべき職業のはずですが?」

 女性の相手だけでなく、容姿によっては同性の相手ですら自信の持てる者。

 それが吟遊詩人だというのが普通の認識である。

 吟遊詩人の多くが副業持ちだということは有名な事実だし、それをしない者は大抵旅をしている。

 それをせずに生計を成り立てる者は、貴族の専属になったりしているものだ。

 アベルはそのどれでもないという、本当に稀有な吟遊詩人だったのである。

 彼のやってきたことは、彼が並大抵の吟遊詩人ではなかったことを証明していた。

 国一番だからこそ、アベルはそういう非常識な方法でも生計が成り立ったのである。

「これはわたしの見立てで、アルベルトから聞いたことではない。だが、おそらくアルベルトは一度も副業、つまり男娼の真似事はしたことがないんだと思う」

「確かに経験はなさげだと以前に陛下からお聞きした覚えはございますが」

「アルベルトの素性を知って調べたことだから、おそらく間違いはないはずだ。アルベルトは副業の誘いをかけられても、一度も受けたことがないんだ」

「はあ。それは本当に稀有な才能の持ち主だったという証明ですね。普通はありえませんから」

「そうだ。普通はあり得ないことを成立させていた類稀な吟遊詩人。それがアルベルトなんだ」

 ここまで言われて公爵もどうしてアベルが、そういう話題が苦手なのか、ようやく理解した。

「つまりなんですか? アルベルト殿下には女性に対する免疫というものが皆無だと?」

「言いにくいがそうだ」

 頭を抱えたくなる事実を打ち明けられ、公爵はその場に座り込みたい心境になった。

 どうしろというのかと天井を仰ぐ。

「仕事としての社交辞令なら、幾らでも言えるだろう。だが、本音でそういう話題を出すことは、アルベルトには……無理だと思う」

「……弱りましたね」

「上辺だけで否定してみせたところで、リアンもアルベルトが本心から、そう思っていると思わない限り納得しないだろう? それでは意味がない気がして、な」

 要はアベルが本気でそう思っているかどうか。

 それが大事なのだ。

 アベルにそういう話題を出せないとなると、手の打ちようがないというのが実情だった。

 思わず途方に暮れるふたりである。

「吟遊詩人として振る舞って説得してくれ。そう頼むことはできると思う。だが、それは上辺だけでリアンを納得させられるかどうかにわたしは自信がない。それでは意味がないだろう?」

「はい。それで演技だったと思われると、却って娘を傷付けてしまいます」

「と、なるとアルベルトに頼んでなんとかできるかどうか。それが非常に怪しくなってくるんだ」

「確かに」

 そもそもそういう話題が苦手だという時点で、アベルを頼るのはほぼ不可能と言っていい。

 これには公爵も頭を抱えてしまった。

「最後の手段もあるにはあるが」

「なんでしょうか?」

「リアンの気持ちを明かさずになにを気にしているかをアルベルトに教えて、妹代わりだったフィーリアを説得するようにリアンを説得してくれ。そう頼む方法だ」

「確か……同じ年でしたね、リアンと」

「そうだ。だから、妹代わりとして、そのままで魅力的だと断言することは、アルベルトにもできると思う」

「しかしそれが妹代わりとしての発言だったと知られると」

「だから、最後の手段だと言ったんだ。ただこれしか方法がないのもまた事実なんだが」

 アベルにできる最終手段。

 それこそ妹代わりとして説得すること。

 これしか方法が残されていないのだ。

 だが、これはリアンに悟られてしまった場合、上辺だけで説得したときと同じように彼を傷つけかねないことでもあった。

 結局はアベルが女性としてリアンを見ていないことが発覚してしまったら結果は同じなのである。

 しかし妹代わりとして発言する分、言葉に説得力はあるはずだ。

 そのせいで見破られないという可能性に賭けるしかない。

 非常に頼りない手段だが、アベルの気性を考えると、それが一番無難な選択だと思えた。

 ふたりはこの後も暫くこの問題で話し合ったが、結局これといった解決策は出なかった。

 どこまで言っても平行線で、最終手段に出ることを決めた直後、アベルは執務室に呼ばれることになるのだった。
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